2019年卒学生の就職活動もいよいよ終盤。学生優位の売り手市場が進展する中、企業側が採用にあの手この手で工夫を凝らす動きも目立っている。ライバル企業が手をつけていない「未踏の地」に活路を求めたり、学生への配慮を徹底したり――。数年前なら「そこまでやるか」と驚かれそうな人事の取り組みをまとめた。
(1) 日本語のほか、英語や中国語など最低3カ国語を使いこなす。
(2) 勉強熱心で文系学生でもプログラミングやデータ分析ができる。
(3) 中国や米シリコンバレーの有力スタートアップ企業でインターンシップの経験がある。
――グローバル展開している企業であれば、のどから手が出るほど欲しい人材ではないだろうか。条件がそろいすぎていて都市伝説のようにも思える、こんな「ハイスペック学生」は存在するだろうか?
答えはイエスだ。ただし国内ではない。
スマートフォン(スマホ)向けゲームなどを手掛けるモバイルファクトリーの採用責任者、小泉啓明氏は昨年末、中国・北京を訪れた。目指したのは中国の政治経済のエリートを多数輩出する名門校・北京大学だ。
■学生ネットワークに着目
狙いを定めたのは日本人留学生。それも交換留学などではなく、自ら受験して正規に入学した、「恐ろしく優秀だが、就活事情など日本の情報を持っていない」(小泉氏)学生らだ。
準備は1年前から入念に進めてきた。もともとは知り合いの企業関係者から「中国や韓国の上位大学に留学している日本人学生が一定数存在する」との情報を聞いたことがきっかけだった。
小泉氏が注目したのは学生同士のネットワーク。中国には「留学生会」という組織があり、北京大学のほか清華大学や中国人民大学などで学ぶ学生が参加している。そこで同社はまずスポンサーの形で留学生会に活動資金を提供。そこから関係を結び、現地で留学生を集めた会社説明会の開催にこぎつけた。
この日、北京大学に集まった日本人留学生は15人。同社からは人事担当役員が参加し、説明会に続いて役員面接も実施した。学生らは優秀で、面接を次々と合格。担当役員が「(採用活動は)もうここに来るだけでいいんじゃないか」と漏らすほどだった。その後は合格者を東京での最終面接に呼び、内定を出した。
さて、この話には後日談がある。内定は出したが、最終的には「内定者が辞退してしまい、19年春入社での実績は作れなかった」というのだ。
だが、小泉氏はあきらめていない。鉱脈を見つけた確かな手応えがあった。来春に就活が本格化する20年卒学生向けでは、中国に加えて、韓国にも手を広げるつもりだ。すでに日本企業としては初めて韓国の漢陽大学校とエンジニア採用のための提携も結んだ。「(韓国のトップ校)ソウル大も視野に入れて、取り組みをより加速したい」と再起を期す。
昨今の超・売り手市場は採用担当者にとっては「レッドオーシャン(競争が激しい既存市場)」。しかし、少し視点を変えれば、「ブルーオーシャン(新規市場)」が見つかるかもしれない。
■「萌えキャラ」に託す
パソナグループでエンジニア人材を派遣するパソナテック。同社が目を付けたのは、いわゆる「オタク」層だ。
「私はこれから訪れる新しい働き方を模索すべく、住んでいる高知県から、『AI』のディープラーニングによる『IoT』のグローバルな発信をしようと立ち上がろうと思っています!」
都内で開かれたあるイベント。こんな威勢のいい呼びかけで聴衆を沸かせる人物の名は、安芸乃てくさん。通称「てくのたん」だ。
てくのたんは高知県在住の女子高校生で、アイドルとしても活動している。ただし、リアルの存在ではなく、2次元の美少女キャラクター。いわゆる「萌えキャラ」だ。
アイドルでありながらパソナテックでインターンもしており、さまざまな働き方を模索する――という設定が設けられている。ツイッターでアカウントも持っている。
てくのたんは昨年来、各所で開かれている様々なイベントや勉強会に登場している。目的は企業ブランドの認知度向上もあるが、それだけではない。イベント会場では、採用担当のスタッフが目を光らせている。そして、関心を持ってくれた場合、すかさずこう声をかける。「よかったら採用試験を受けませんか」
同社はIT人材を採用のターゲットとしている。しかし「直球勝負だけではなかなか会社に興味を持ってもらえない」。そこで「企業のイメージキャラクターに採用活動を後押ししてもらっている」のだという。実際にイベントでの声かけから入社が決まったエンジニアもいる。萌えキャラを入り口に、採用につなげる戦略を軌道に乗せている。
■来ないなら出向く
インターンシップを「出前」します――。料理レシピサイトのクックパッドは大学へ担当者が直接出向いてインターンを開催する取り組みを始めた。
対象はエンジニア職を希望する学部2年生以上の学生。大学から教室やホールなど、学内の施設を借りて実施する。
体裁としては「1日インターン」だ。同社の部長クラスが仕事の概要について説明した後、プログラミング講座を開き、学生には実際にその場でウェブサイトを作成してもらう。実践的な内容で業務の一端を体験してもらう趣向だ。6月に開催した京都産業大学では20人が参加した。
インターンは通常、企業が指定するオフィスなどに学生が出向いて実施するのが一般的。しかしAIやビッグデータの活用拡大を背景に新卒エンジニアは引く手あまただ。振り向いてもらうのも一苦労。そこで大学に出向く作戦に打って出た。
同社は東京本社で10日間のインターンも実施しているが、参加への敷居が高いと感じる学生も多い。特に理系の学生は、実習が忙しい。学内でしかも1日で終わるので「気軽に参加してもらえる」(クックパッド)のは大きな強みだ。
「そこまでやるか」と皮肉ることなかれ。企業にとっては「そこまでやらならいと採用できない」現実がある。20年卒採用では、19年卒採用と同じく売り手市場となる見通し。ブルーオーシャンを探す採用担当者の旅は続く。
(北爪匡、鈴木洋介)