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オウム“体験入信”でぶったまげた美女とニオイ
2013年10月17日


 もう21年も前のことだが、あの「オウム真理教」に“入信”した。当時、東スポ記者があらゆることに自ら挑戦する「ザ・3日ボーズ」なる特集企画があった。決してプライベートではなく、体験取材入信だった。

 当時の教団は宗教団体ではあったが、ヨガ道場から進化し「空中浮揚ができる」と超常現象をアピールし、オカルト雑誌などに登場するなど、異彩を放つ集団だった。1990年の衆院選では東京4区に麻原彰晃(58、本名松本智津夫=現死刑囚)なる教祖が出馬し、奇妙なテーマソングとパフォーマンスで選挙戦を展開したが落選していた。

 彼らの空中浮揚とはどんなものなのか、できるものなら自分も浮いてみたいと思った。だが、教祖のいる総本山の静岡・富士宮総本部や、多くの信者がいる山梨・上九一色村での体験取材の許可は下りず、東京杉並道場が取材先となった。

 初めて告白するが、実は3日持たなかった。まず、ビルの1フロア約100坪の道場に入った瞬間、異臭にやられた。信者はヨガの教えから、朝はお湯やヒモを鼻から入れて洗浄をする。お湯を3リットル、包帯を3メートル飲み込み、勢い良く吐き出し、胃も洗う。そのにおいがずっと漂うなか、修行が続いた。食事は昼のみで、何の味もしない野菜の煮込みに胚芽米。力も湧かない。

 睡眠は1日1時間しか取らせてくれない。何より驚いたのは、美人信者が隣で夜通し、解説をしてくれたことだ。女性信者はみな化粧っ気はなく、風呂上がりのような雰囲気を漂わせ、物腰はどこまでも柔らかい。

 だが、延々とビデオを見させられたのには参った。ゴキブリやハエが画面いっぱいに出てきて「これが前世で徳を積まなかった人の来世の姿です」。2日目の夜、デスクに「頭が変になりそうなので勘弁してください」と泣きを入れた。通いで取材していた先輩のカメラマンが帰途、おごってくれた中華料理は今も脳裏に焼きついている。

 後年、判明するが、取材時の92年、オウム真理教は坂本堤弁護士一家殺害事件(89年)をすでに起こし、90年の衆院選落選直後から殺人兵器の製造に着手し、この年に炭疽菌を製造、翌93年にはのちの松本、地下鉄サリン事件で使用するサリンの製造にも成功した。

 一連のオウム事件取材は95年3月20日の地下鉄サリン事件を機にヒートアップし、東スポ記者も総出で当たった。記者は、麻原が逮捕された同年5月16日の山梨・上九一色村第6サティアン前にいた。「強制捜査が入れば信者が内部で自爆する」との噂が広がるなか、数百人の捜査員が、先頭にカナリアを入れた鳥カゴを持って現れた瞬間は、心の底から震えた。

「毒ガスなどを察知する能力の高いカナリア=サリンばらまきの危険性」が容易に想像できたからだ。

 すぐ隣には「前年は湾岸戦争を取材していた」という海外通信社の記者がガスマスクを付けていた。自暴自棄になったオウム信者が建物もろともドッカーンと爆発させる光景も頭に浮かんだ。

 同時に思ったのは、あの体験取材で洗脳され、美人オウム信者にうつつを抜かして入信していたら、自分はこの(サティアン)中だった――ということだった。

 のちの裁判では、麻原が美人信者をはべらせハーレム状態だったこと、美人信者が警察官や自衛隊員、医者などをスカウトする色仕掛け役を担っていたことが判明する。

(文化部デスク・延 一臣)







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