(cache)懐疑論者の祈り 東日本大震災における官邸主導の総合評価

 

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東日本大震災における官邸主導の総合評価
客観的かつ批判的な調査に基づく公平な評価としての無能・無責任・不誠実

平成23年7月版(12/28微修正更新)


はじめに

  東日本大震災から四ヶ月、現政権は、法令に定められたマニュアルや指針等を軽視し、危機管理や防災の素人にも関わらず、独自の官邸主導で対応を続け、結果として被害を拡大させてしまったように思われる。

しかしながら、菅政権の震災や原発対応への批判に対し、しばしば訳知り顔で「これほどの災害、誰が対応しても大差はない」という一般論で常識的主張をする者もいる。

なるほど、たしかに菅政権でなくとも、福島第一原発の炉心熔融や水素爆発といった、住民の避難にいたる原子力災害は不可避だったと思われる。そして、その責任の多くが、これまでの原子力行政にあり、経済産業省と電力業界の関係など、巷間に指摘されてきた諸問題にあるのは論を俟たない。

だが、そのような要素は、菅政権の対応を肯定的に評価する材料にはならない。

少なくとも我々は、原子力災害への対応、被災者の救済と支援、復興基本計画の策定について、現政権は、法的にも同義的にも最大の責任を負っており、政府官邸の責任に帰する対応や措置は、第三者によって批判的かつ客観的に評価されねばならないと考える。

そこで、我々は、政治的思惑とは独立した第三者として、菅政権の震災関連対応全般について、妥当性を検討し、客観的な総合評価をおこなうこととした。

評価にあたっては、「真実に勝る足場なし」に則り、事実確認にはかなりの注意を払っている。実際、我々は調査において、報道等の二次資料は避け、IAEA提出用の政府公式報告書、東京電力吉田所長証言、保安院等の関連機関の公式資料、参考人証言を含む国会答弁、記者会見の発言などを重視し、公平かつ批判的な態度(critical thinking)によって、各種調査の精度を高めてきた。

さらに、この一年で、現政権は経験と能力が不足しているばかりか、平時から危機管理を軽視してきた政治姿勢が明らかになっており、本来は、厳しい観点を採用すべきであるが、我々は、総じて現政権の政治思想を軽蔑しており、価値観が介在せざるを得ないあらゆる局面で、公平性を欠くリスクが懸念される。

そこで、我々は、各自が己の政治的信条を自覚し、評価が公平性を欠かないよう格別の慎重さを心がけるよう配慮し、公平性と寛容性を原則として採用した。

具体的には、政府官邸の措置に悪い評価を下すような場合は、議論の過程で「菅政権に限った問題ではないかもしれない」という問題設定を立て、旧来の政権の災害対応や危機管理について確認したり、必要に応じて非生起事例(菅総理が現地視察をしなかった場合)の検討もおこなうなど、公平性と合理性の維持に努めるといった具合である。

ともあれ、我々は、それだけの姿勢で調査や検討、議論を重ね、総合的な評価をおこなったのである。にもかかわらず、結論からいえば、東日本大震災における菅政権の対応は「異常なほど最低最悪」という評価になってしまった。

とくに、普通の統治が出来ている政権であれば、ありえないような無策と愚策が散見され、その弊害は、菅政権固有の人災と判断せざるを得なかったのである。また、そのような事態を招いた元凶は、菅総理を長とする素人独自の官邸主導にあると我々は結論する。

考えて欲しい。

これまで災害対策の経験も薄く、平時からの危機管理意識も薄い菅政権が、あきらかにキャパシティを越えているのに挙国一致体制を拒み、素人独自の官邸主導で対応を続けたのである。

その結果として、対応が「普通」にこなせていたのならまだしも、我々の調査では、とても「普通」にすら到達しておらず、道義的に許せない犯罪的な無責任さと無能さばかりが際立ち、非難せざるを得ないのである。

なお、我々は、当報告書によって政府官邸の対応全体についての最終的な評価を下すには充分な内容だと信ずるが、ややもすると結論に異論がある向きもおられよう。

ただし、我々は、今回の調査において、本報告書で取り上げていない様々な事案を調査しており、膨大な検証と議論を重ねていることは強調しておく。

また、当報告書作成にあたって利用した各種調査資料は、全てではないが「政府官邸の対応についての検証情報収集用資料」に整理してあるため、ご参照いただきたい。いずれにせよ、我々の結論や評価を支持するかしないかは別にしても、当報告書は、読者諸兄の、さらなる検討や評価など、いくばくかの用途には資するものであり、適宜ご利用いただければ幸いである。

本編

 我々が、菅政権の東日本大震災関連の対応を評価するにあたり、最初にとりあげる問題は、官邸主導を気取り法令やマニュアルを無視した対応を続けた結果、生じてた諸問題である。

そこで、この問題を正しく評価するために我々が知るべきことは、日本国における平時から定められてきた災害対策である。これは震災対応全般を評価する足場の基礎知識でもあるからだ。

本来、日本において想定される各種災害の対応というのは災害対策基本法によって扱われている。とりわけ、同法第三章に基づく防災基本計画が重要で、緊急時に必要となる手順などを含め、実効性のある法令、指針、マニュアルといった基本ツールが体系的に整備されている。

また、そのなかでも原子力災害は、その特殊性から扱いが異なり、災害対策基本法とは別に、特別法として原子力災害特別措置法が制定されている。

それにより、他の災害以上の精度で、国や事業者、関係機関、地方自治体などの役割や義務が明確にされ、事業者による隠蔽の防止を可能とするよう細かく定めている。

この原子力災害特別措置法は、今回の福島第一原発事故でも役割を果たしている。

たとえば、今回、東電は、事故から最速で「10条通報」をしており、次いで「15条通報」をしているが、これは原子力災害特別措置法によって、迅速な初動と隠蔽を防止する強力な通報義務が定められているからでもある。

要するに、事故の危険性がある場合に、電力会社が様子見しながら通報するかしないか考える余地を法的に封じてあるのだ。

この特別法と防災基本計画の第10編「原子力災害対策編」を根拠とする各種取り決めが、日本における原子力災害に対する備えである。

なお、この備えを精査してみると、日本という国は、我々が漠然と想像していたよりも、遥かにきめ細かく、合理的な防災体制を練っていたことが分かる。

たとえば、防災基本計画では、平時から政府と地域社会が協力し、形式的な行事ではない実効性のある原子力総合防災訓練と、次回訓練への課題や改善点を検討した報告書の作成が規定されている。

具体的例としては、麻生政権下での原子力総合防災訓練が象徴的で、無駄遣いと揶揄する声もあったそうだが、かなり実効性の高い真面目な訓練をしていたことが確認できる。

なにせ、麻生政権時代の訓練で想定されていた原発事故は、奇しくも、今回の福島第一原発事故と同じで、原子炉の冷却機能喪失によって炉心損傷にいたり、大気中に放射性物質が放出されてしまうという事故であった。そして、その状況下での迅速な初動を強く意識した訓練をしていたのである。

この訓練では、電力事業者が15条通報をした段階で、総理が原子力緊急事態宣言を発令し、原子力対策本部や現地対策本部、合同対策協議会といった、防災指針等の定める組織や会議を設置し、専門家に招集命令を出したり、文部科学省は、原子力安全技術センターにSPEEDIを緊急時モードで起動するよう指示を出すなど、かなり実践的な内容である。

そして、訓練では、炉心損傷にいたり放射性物質の漏出が起きる前に、SPEEDIによって放射性物質の拡散傾向の予測計算を20分程度でおこない、原子炉を中心に16方位に区切った円のうち3方位(67.5度)扇形のエリアを避難区域に設定するという、まさに今回のような事故にそのまま適用できるような精緻な訓練をしていたのである。この訓練の様子は動画が残されているのでご参照いただきたい。何が無駄遣いなものか。

さて、問題は菅政権での防災訓練である。実は、驚くべきことに、昨年2010年の10月に、菅政権は麻生政権とほぼ同様の訓練をしていたのだ!

ところが、菅総理をはじめ閣僚たちは、訓練したことすら覚えていなかったのである。

これは推測ではなく、福島第一原発事故から一ヶ月強の4月18日、国会の場で、原子力総合防災訓練について覚えているか問われたときに、菅総理以下閣僚が、揃いも揃って「記憶にない」という答弁をしたのである。

しかも、法令に定められた総合防災訓練後の報告書すら未提出のまま無視していたことまで発覚し、かつての政権ではありえない怠慢が発覚したのである。本件は参議院予算委04月18日第11号を参照されたい。

これは本当に深刻な問題で、菅政権は、日本国を統治する立場にあり、危機管理や防災の最高責任を負っているにも係らず、国家の安全に関する意識と責任感が呆れるほど希薄なのだ。

さらに質の悪い問題として、菅政権は危機管理や防災に関して、これまでの「普通」の内閣とは比較にならないほど素人であるにも係らず、その自覚がないばかりか、自己評価だけは不当に高いのである。

その証拠として、菅総理は、防災訓練を全く覚えていなかったことに加え、防災基本計画すらまともに把握していない様子だったが、自分は原発に専門知識があると自任し、しかも官房長官が「総理は専門知識をお持ち」と追認する始末であった。(3月12日未明官房長官会見他)

結果、もっとも大事な初動にあって、法令やマニュアルを精査し遵守するどころか、現場にとって迷惑でしかない現地視察を強行する愚をおかしてしまった。

もし、菅総理が原子力総合防災訓練を覚えていて、3月12日の総理による現地視察の直前に作成されたSPEEDIの予測計算を、各町長に参考資料として提供していれば、高い放射線量の風下にわざわざ避難させられ、余計な被曝をする国民は、確実に減ったはずである。

しかも、それは結果論ではない。普通の対応であり、そして、それは可能だったのだから。

また、3月12日から遅くとも15日には、法令にしたがったSPEEDIの運用を進言すべきだった斑目委員長は、SPEEDIの計算を初めて見たのが3月20日頃だったというほど、危機管理能力が欠如していた。そして斑目氏は、菅政権が直接任命した人材であり、任命責任も軽くはないだろう。

いずれにせよ、平時からの危機管理意識が問われる局面では、例外なくこのような状態になっていると評価でき、菅政権の危機管理意識は国家を統治する者として犯罪的な無頓着さである。

しかも、もし無頓着なだけならば、阪神淡路大震災の村山総理(社会党)のように、経験も知識も豊富な自民党議員を中心に対応を任せ、官僚をフル稼働させる挙国一致体制で臨むという選択肢もあったはずである。

ところが、菅政権は、傲慢にも官邸主導でやってしまった。もし、総理や官房長官が、不眠不休で対応にあたったとしても、素人が全力で努力したに過ぎず、事態が改善することなど期待できるわけもない。

そして、やはり素人対応は、想像以上に深刻な問題を引き起こしている。

とくに重大な失敗は、災害対策本部長である菅総理が、防災基本計画を遵守しようとせず、指揮系統や役割や権限すら不明瞭で、法的根拠も必然性もない本部だの会議だのが28個も乱立させてしまったことである。

菅政権がいかに素人であっても、防災基本計画に準拠した体制構築を目指していれば、これほど事態が停滞し続けることもなかったはずである。

この本部の乱立と素人官邸主導は、原子力災害の終息を遅らせる致命的な役割も果たした。

菅政権は、まさしく4月18日の参議院予算委員における脇議員の質疑で指摘されているとおりで、日本の防災基本計画において原子力災害対策の中心となるはずの原子力災害合同対策協議会を、名目上の設置しかせず、機能させないまま、ことにあたってしまったのだ。

とりわけ、自称「専門知識を有する」総理を長とする対策本部と、法的根拠もなく民間の東電本社に設置した統合対策本部の主導で、現場への指示というレベルから対応してしまい、足を引っ張り続けてしまった。

もし菅政権が、原子力災害合同対策協議会を設置し、現場の吉田所長の権限を法的に担保し、最善の対策に全力を揮える体制を構築しておけば、官邸と東電本部が素人判断で吉田所長におかしな命令を繰り返し、現場の足を引っ張ることにはならなかったはずなのだ。

この官邸主導による現場の混乱は、吉田所長が怒鳴った理由の真相として、4月22日に現地入りした青山繁晴氏が本人に直接確認した話である。

さらに強調しておくが、これは後知恵ではないし、我々が民主党政権を嫌悪し軽蔑しているから、過剰に非をあげつらっている、ということではない。

そうではなく、膨大かつ詳細な政府用のマニュアルを含めた日本の防災基本計画は、もちろん不十分なところもあるだろう。

だが、優先事項や必用な組織と体制を検討する議論を折込んだうえで、情報の一元化と知識の集約を可能とし、総理を長とする対策本部が必用な権限を有しながら、現場が最適な活動を行えるようにする理想的な体制を構築するために、かなり綿密に練られていることも事実なのである。そして、それを軽視したことが明白だからこそ非難されるべきだと主張しているわけである。

このような、政府官邸の法令無視と場当たり的な対応の実態については、4月29日の内閣官房参与の小佐古教授が官邸主導の弊害を告発した辞任会見でもあかされることになった。

「原子力災害対策も他の災害対策と同様に、原子力災害対策に関連する法律や原子力防災指針、原子力防災マニュアルにその手順、対策が定められており、それに則って進めるのが基本」

「今回の原子力災害に対して、官邸および行政機関は、そのことを軽視して、その場かぎりで「臨機応変な対応」を行い、事態収束を遅らせているように見えます」 (4/29, 辞任記者会見

という弁に象徴されるように、官邸主導によって極めて深刻な事態を招いていることが告発されたのである。この告発は、とくに子供の被曝線量の上限が20msvに引き上げられた件に注目が集まったが、後の影響を考えると、SPEEDIについての告発の方が重要であったと思われる。

なにしろ、この告発が発端で、政府官邸は5月3日にSPEEDIの完全公開に踏み切らざるを得なくなったのである。それにより政府官邸側の「SPEEDIが公開できない理由」が虚偽であったことまで明らかになった。

信じ難いことに政府官邸は、3月12日には野党や学術団体からSPEEDIの予測計算を公開するよう要請されてきたにもかかわらず、一環して「放出源情報がないためSPEEDIでの計算ができない」という主張を続けてきた。

ところが、小佐古教授の告発を経て、SPEEDIが全面公開されたことにより、それまでの政府官邸側の答弁とは異なり、実は3月11日からSPEEDIは緊急時モードで起動しており、当日の16時には最初の予測計算ができていたことが発覚したのである。

さらに呆れたことに、菅総理を長とする原子力災害対策本部は、3月12日の総理による現地視察にあたって、ベントによる影響の予測計算をさせたり、水素爆発の影響なども計算させていたまで発覚したのだ。

しかもSPEEDIによる各種予測計算は、同心円の避難区域の誤りを認めない政府官邸によって、住民の避難計画策定の資料として参照されることもなく、自治体にも提供しなかったのである。

つまり政府官邸は、SPEEDIを避難計画の策定に利用できたのに使わ(え)なかったのである。

とても許せる話ではない。また、以下私見ではあるが、SPEEDIに関して、小佐古教授の告発会見がなければ、100億円規模の税金を投入したシステムが、いざというときに使えない無駄遣いの産物という濡れ衣を着せ、民主党が一体となって「旧政権の過失」と嘯き、自分たちの失態を弁護したことであろう。

SPEEDIも当初の法令に定める運用に従って避難計画に利用するべきであったし、先に論じた体制の問題も同様で、節電担当大臣やボランティア担当大臣など、学園祭レベルの体制を構築する暇があるならば、防災基本計画に定められた体制作りをしっかりすべきだったのだ。

このSPEEDI問題は、あまりにも深刻なので、我々は別途「SPEEDIに関する諸問題の調査と客観的評価」によって詳細な議論をおこなったところで、詳しくはそちらをご参照いただきたい。

さて、今回の対応を検証するまでもなく、そもそも民主党政権の危機管理や国防意識は、口蹄疫問題の対応や普天間基地移設問題からわかるように、日本憲政史上に冠絶する稚拙さである。

それは菅政権になってからも相変わらずで、尖閣問題、竹島署名問題、韓国による竹島開発の黙認、公安資料流出事件など、自公政権時代であれば考えられない安全保障上の大問題を連発している。

そればかりか、さらに深刻なことに、地政学や外交といった要素がない自然災害に関する分野でも、民主党政権の危機管理意識は酷い。実は、以前にもこんなことがあったのだ。

2010年6月、自民党・公明党が津波対策推進法案を議員立法として提出したのであるが、この法案の取り扱いが実に酷いのだ。この法案は2010年2月のチリ地震によって、津波が日本に及んだとき、津波警報を受けて避難した住民が、対象者の3%しかいなかったことから、急いで作成された緊急性のある災害対策の法案だったのである。

これは、原子力総合防災訓練と同じような、形式的ではない実効性のある津波に対する避難訓練をはじめ、住民への啓発から津波対策まで備えた法案であり、素直に成立していれば、2010年11月には、最初の避難訓練が実施されていたはずだったのである。

ところが、危機管理に無頓着で、責任感のない民主党政権は、結局、津波対策法案を無視したあげく、ずっと放置しているのである。今回の東日本大震災による津波被害を目の当たりにして、この法案を提出した議員たちが、どんな気持ちであったのか、悔しさは察して余りある。せめて国民は、このような事態があったこと知るべきであろう。

なお、この法案については、今年7月6日の衆院予算委員で、自民の赤澤議員が、改めて菅総理に認識を問うたところ、なんと津波対策推進法案が、議員立法として提出されていたことを知らないばかりか(東日本大震災から四ヶ月後だ)、そもそも2010年2月のチリ地震のことすら覚えておらず、深刻な危機管理意識の低さを露呈したのである。

この国会も必見であるので、ぜひご確認いただきたい。また、とくに菅政権の官邸主導による弊害は、様々な協力を活かさなかった問題にも顕著である。

普段から国会等を精査しないメディアや自称識者は、しばしば野党の働きもたいしたことがないかのように論じているが、それは看過できない誤認である。

つい先日も、ネット上で「どの政治家も批判ばかりで、批判してる人は、じゃぁあなたは批判以外に何をしてるの?って思ってしまう」という菅総理擁護者の主張を目にしたところであるが、我々はその理不尽な非難には義憤をいだかざるを得ない。

なぜなら、3月11日の震災からすぐに野党は、自民党から社民党まで挙国一致体制をとり、といういか、民主党の一部議員だけもそこに入り、とくに災害対策の経験が豊富な自民党が猛烈な働きぶりで、様々な協力を申し出ている。初動から提出された野党の協力案や助言は、形式が整ったものだけでも400を越えているのだ。

いや、暴言によって首になった松本龍議員ですら、私は死ぬほど嫌いだし、人間として軽蔑しているし、部落関係の活動を問題視しているが、同時に、阪神の経験を活かした不眠不休に近い意味のある対応に尽力したことには相応の敬意を払っている。あの態度は悪質だが、それと功績は分けて評価するのがフェアである。その意味では、社民党議員も同様だ。

また、野党から出された提案は、3月30日の第一次緊急提言といった公式の提案はもとより、非公式にも実に多様で有益な助言を呈してきたし、官邸から情報も提案への返答も貰えない自民党議員は、blogやツイッターを使い、群馬支部を拠点に茨城から北海道までの物資の搬送を適切におこなう実地的な対応もしており、国民と共に個別の救援活動を手配するなど報道されないことが申し訳ないほど獅子奮迅の活躍をしていた。

とくに、被災者でもある小野寺議員、森昌子議員、佐藤正久議員の活躍ぶりは、もっと国民に評価されるべきである。そのあたりの件は「報道されない名誉」として初動の活躍について記録を残しておいた。

ところが、3月15日の自民党小池百合子議員による定例記者会見で判明したように、災害対策の経験が豊富な自民党議員たちが、経験不足の菅政権をフォローすべく、様々な協力を申し出たが、あろうことか、民主党の岡田幹事長は「じゃまをするな」という主旨の返答を返してきたかと思えば「子供手当て法案をとおしてくれ」と国難を道具に法案の成立を要求する始末である。

また、3月16日の与野党会議では、民主党側の福山議員や細野補佐官が、開始から15分で退出してしまうなど、最初から野党の助言や提案をきっぱりと拒絶する姿勢であった。これはまりにも酷いではないか。

我々は、ことさら自民党を持ち上げたいわけではない。だが、少なくとも今回の震災対応に関しては、惜しみ無い賞賛を送る。それがフェアな態度であろう。民主党と比較すればなお顕著であるのだから。

また、公平を期すために述べるが、我々が軽蔑している民主党の興石議員(参院)ですら、震災直後から、自分たちの経験不足を認め、経験豊富な自民党との震災対応連携を提案している。

また、余談だが、心から日本という国家を嫌っているようにしか思えない社民党の福島みずぽ議員は、菅政権の無能さ、レスポンスの悪さに怒り、国会の場で「誰も日本が崩壊する姿なんて見たくないんです!!」と絶叫していた。

してみると、この人は、辻元清美や仙石由人のような嫌日の極左議員とは違うタイプなのだろうかと思い、個人的な評価を修正する必要性を感じてたところである。事実、社民党は自民党に次いで、意味のある災害対策に貢献しているように思える。

皮肉にも、こんなときだからこそ、愛国心と責任感、そしてリアルな能力や気概を見極めることができてしまったのである。それに比して、最大議席を誇る政権与党の議員は「国会に来てもやることがない」「街頭募金をしてもやじられる」などの愚痴が報じられる有様である。しかも、あれだけの議席がありながら、議員立法も出せない始末で、もう救いようがないほど役に立たない。

さて、話が逸れたが、以上、テレビでコメンテーターがろくな論拠も具体性もなく、政治家たちに「無能」のレッテルを貼るのとは別次元で、菅政権の無能さについて説明できたことと思う。

そもそも、官邸主導による失態は、初動から顕著であった。

まず震災翌日の3月12日、すぐに立ち上がった運送会社の人々から「輸送ができない」という声が出ており、交通規制をしてくれという悲鳴が上がっていた

阪神の経験から、合理的な交通規制の必要性は経験知としてあったはずなのだが、政府官邸は、そもそも交通規制を出すのが遅れたばかりか、ノウハウもなければ学ぶ謙虚さもないのか、肝心の輸送すら滞ってしまう稚拙な規制を指示してしまった。

結果、道は空いている、物資はある、なのに被災地には届けられないという異常事態を招いていたのである。そして遅れること3月16日、やっと野党の提案によって、輸送を円滑にするように規制を工夫し、交通が動きだしたという経緯があった。

ただし、とき既に遅く、ガソリンは不足しており、これが全ての物流を停滞させる事態を招いてしまった。そのような状況で、最悪の事件が起きてしまった。

それが「ようやく届いた物資は棺200個、原発事故も重なる悲痛な福島被災地」である。なんと、食料等の必需品が届いたかと思いきや、よりによって「棺」だけが到着したのである。

この報道が事実ならば「道路は寸断されているわけではなく、救援物資は十分、輸送できる」はずなのに、行政のミスにより支援物資が届かないという事態になっていたことになる。

このような状況が生じた主要因を明確にすることはできなかったが、現実として、東北では、政府官邸があまりにもレスポンスが悪いため、野党の自民党と、東京都及び東北五県の知事、経団連、産業界が手を結び、政府官邸を完全に無視した支援体制を構築し、独自の運用スキームで物資の流通を確保したのである。

事実、経団連の公式発表にある運営スキームでは、確かに官邸・政権与党がはずされている。このあたりのことも「報道されない名誉」で取り上げたので参照されたい。

他にも、救援物資の問題も尋常ではない。

いつ頃からか、ピースボートと辻元清美が救援物資を停滞させ、横流ししているというデマが流れたことがあったが、そのデマを払拭した結果、救援物資が山積み放置という本当に起きている深刻な問題まで、デマだと思ってしまった人々がいるようだ。

しかし、リンク先の動画を見ていただければよく判るように、3月30日の段階で、これほどの物資が分配されることなく、また、許可がないから発送できないということで手付かずのまま山積なのである。横流しはデマだとしても、救援物資が大量に放置されていたのは事実である。

この責任は、ボランティア担当大臣として任命された辻本清美でありながら、彼女は3月30日に、大阪で勉強会などをやっていたことが判っている。

また、福島県内の家畜に対する殺処分問題も、やはり社会常識がないとしか思えないやり方だった。これは5月16日衆院予算委で指摘があって気がついたのだが、調べたところ、これが子供の仕事なみに酷い。民主党政権がやることは本当にこんなことばかりで、調べれば調べるほど想像を越える失態ばかりだ。

また、原子力災害においては、実際の対応と、情報開示の両者で、かなり不誠実かつ質の悪いことをしてしまった。先に挙げたSPEEDI問題が象徴的だが、それだけでなく、3月15日には、炉心損傷が7割以上という試算があったにもかかわらず、3月18日に「3%以上の損傷に値するINESレベル5」という発表をおこない、4月6日まで、損傷割合の試算の件は、ほぼだんまりであった。

結局、なぜ3月18日にレベル5にしたのか、納得のいく説明はいまだにされていない。

3月16日には、大熊町でテルルが検出され、メルトダウンの証拠があったのに、2ヶ月以上たってから「発表を忘れていた」とのことで公開されたこともあった。しかも文部科学省は、震災直後から20km圏内でこそこそと線量を測定していたのに、町長や知事に教えず、内部資料にしていたことも発覚している。

3月末には、IAEAから飯館村を避難地域にするよう警告があったのに拒絶し、2週間も遅れて避難区域に設定するハメになった。後に発覚したSPEEDIの予測計算図からは、3月15日前後には当然そうすべきだったことが確認できる。

一方で、そういった高い放射線量を発表しないという、事故を過小評価する方向への非開示だけではなく、なかには、国民が安心し、風評被害を抑えることができたはずの情報を公開しなかったケースもある。

具体的には、一部海産物において喜ばしい検査結果が出たのに、なんと同心円の避難計画の根拠と矛盾するために公表しなかったということを、農水官僚が青山繁晴氏に漏らしたという事例があったのだ。(4/27放送)

こういった、不誠実な情報開示の姿勢は、被害規模を小さくみせ東電を守るといった、単純かつ計画的な図式の隠蔽ではなく、むしろ官邸の面子と責任逃れという下らない隠蔽があったことを証明している。この無能な官邸主導によって、本当にたくさんの犠牲を生み出したことは確実なのである。
※なお、管理された隠蔽と下らない隠蔽の違いについては、「管理された隠蔽」と「くだらない隠蔽」及び我々の立場と論点にて、SPEEDIの問題はSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)についてで説明。

ともあれ、3月14日から4月初頭にかけての政府官邸による原発対応は、日本の国際的信用を失墜させたばかりか、挙国一致でことにあたろうとする与野党議員や地方自治体、国民、企業、各業界の善意をも愚弄するものであった。また、以上のような原発事故対応の稚拙さから想像されると思うが、復興に関しても絶望的である。

この大事な時期に、菅政権にあっては、1次補正予算が異様に遅れたという問題もあれば、国会を普通に閉会しようとしたり、二次補正を秋に出そうとするなど、滅茶苦茶な対応を続けていた。

我々は忘れてはならない。二次補正も国会の会期延長も、野党が言わなければなかったのである。しかも、2ヶ月以上して登場した政府の復興基本法案にいたっては、阪神大震災の復興基本法を丸写ししただけの内容であった。

政府案が異常に遅いばかりか、中身まで、なんとか体裁を保っただけの、困窮した大学生のレポートといったレベルの内容で提出してきたという始末で、弁護の余地がない。

さらに、阪神大震災での対応は、実質、自民党が対応し、野党の協力が乏しいなかでも、50日目には復興基本法を含めた11本の特別法が成立しているのに、今回は、70日でたった5本なのである。しかも全野党が数百の協力案を提出しているなかでのことである。

我々は衆議院本会議5月19日での自民党石破議員に主張に賛同せざるを得ない。

「 今回提出された政府案では、企画立案、総合調整のみしか行わない復興対策本部を設置するにとどまっており、また、復興再生に関する計画や資金の確保に関する具体的規定がないなど、既に大震災発生から二カ月超が経過する中で提出する法案としては、極めて不十分な内容と言わざるを得ません。

多くの本部が乱立し、多数の内閣参与が任命され、指揮系統に混乱が生じている状況が続いておりますが、ようやく出てきた法案は、ほとんど阪神・淡路大震災のときの体制をそのまま踏襲した、いわば焼き直し版でしかありません。この二カ月は一体何であったのか。空白の二カ月ともいうべきであります。」衆議院本会議5月19日

まったくそのとおりだとしか評価のしようがないではないか。

評価と提言

 以上論じた他にも、被災者への義援金がなかなわたらない問題や、ガレキ問題、特別法の未提出などなど、我々が入念に調査し、評価を加えた問題は大量にある。

被災者への義捐金の遅れ、メーカーに発注だけしてキャンセルし在庫を抱えさせて放置したり、初期には電池190万本を民主党本部に置いておいたまま放置しており、どこにも送らないという失態もあったり、ローソンからのおにぎりの提供を台無しにしたり、問題は、尽きることがないほど大量にある。

ただ、私たちは、フェアな評価をするために、電池の件や、被害が広域にわたり過ぎてしまい、当初の防災指針そのままでは運用できない事情など、菅政権固有の問題とは言えない対応の不備については、かなり寛大な視点で評価している。

本件に限らず「どんな対応でも不備はあるし完全を求めればいくらでも批判できる」という主張は、政権批判の多くに対して適切であるが、今回、私たちは、そういった不合理な批判者にならないゆ、相当な注意を払い検証してきたことを強調しておきたい。

しかしながら、その上でもなお、ここまでの議論で、菅政権では、原子力災害の対応はもちろんだが、重要な復興そのものすら遅れていくばかりで、菅政権の無能さが最大の原因となって被害を拡大させてしまったという評価が、妥当な結論であることは明白に思う。

とりわけ、余計な会議や組織を乱立し、命令系統や指揮系統を混乱させることがなければ、被害規模も復興も、ここまで最悪な状況にはならなかったはずであり、人災の側面が甚大であることは確実である。

緊急事態だからこそ迅速なレスポンスが必要な、各方面からの協力要請や提案を活かせないどころか、しばしば拒絶したことは本当に罪作りである。各地からの再三の陳情にも応えることができず、保身と責任逃れに終始する姿も、あまりにも絶望的といえよう。

かような状況であることから、我々が菅政権に対して下す評価は、とても厳しいものである。

やや専門的な表現になってしまい恐縮であるが総合評価は「クソ」である。

いずれにせよ、現政権がいかに統治能力を欠いており、被害を押し広げてしまったのか、その罪がいかに民主党政権固有の問題であるか、実感できるだけの証拠ばかりが積み重なっているのが現実と言えよう。

我々は主張する。

統治能力も誠実さも欠いた民主党に政権交代させてしまった傷がいかに深いか、全ての国民が実感しなくてはならないと。我々は、この民主党政権による痛みを永久に忘れてはいけない。

民主党が政権与党として存続することは、短期間の政治空白よりも損害が大きいわけであり、日本に必要なことは、一刻も早い解散総選挙により、新政権のもとで時限的震災復興挙国一致内閣をつくり、四年間は民主党関連議員を外して、日本の再生に邁進することが最上だと考える。

それこそが、これ以上の人災を減らすために実現可能な方法であると強く確信する我々の提言でもある。

以上

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