【西日本豪雨】不明の兄「早く見つけて」 榎川氾濫で新たな水害発生、続く捜索活動 広島・東区
西日本豪雨による被害を受けた広島県内各地の災害現場は10日、行方不明者の救助や捜索活動が続いた。
府中町で榎(えのき)川が氾濫する新たな被害が発生。断水に加え、物流網が寸断されている地域もあり、市民生活への影響は長期化の様相をみせている。
濁流に襲われた広島市東区の馬木地区。安否不明の70代とみられる住民男性の捜索が続く住宅では、10日も消防隊員らが1階に流れ込んだ土砂を手作業でかき出し続けた。男性が住宅のそばを流れる川の濁流に流された可能性もあり、範囲を広げて捜索が行われた。
夏の日差しが照りつけた被災地。かき出された土は山積みとなり、住宅の壁には押し寄せた土砂の跡がくっきりと残っていた。
「早く見つけてほしい。一生懸命捜索してくれているが、見守っているだけではもどかしい」。兄の家のすぐ近くに住む弟の男性(66)は、そう話した。
豪雨に見舞われた6日夜は、午後7時すぎに自宅が突然の濁流に襲われた。「避難しようとしたところ、目の前の川の水かさが上がって、家に水が飛び込んできた」と振り返る。
兄の安否が気になったが、「もう避難しているだろう」と思い、まずは逃げた。しかし避難所に着いても兄の姿はなく、いやな予感がした。避難所で寝付けないまま翌朝を迎えた。
急いで兄の家に駆けつけたが、家の中にまで土砂が入り込むなど見慣れた光景は一変。兄が庭で大切に世話していた花は濁流にのまれ、兄の車も押し流されて土砂に乗り上げていた。
発生当初、難航する捜索に、消防隊員に声を荒げたこともあった。「土砂はおおむね出したのですが、念のため家の中を確認してもらえますか」。この日、隊員から声をかけられると、肩を落として近寄った。
兄について「きっと1階にあるテレビで、大好きなカープの試合を見ていたのだろう」と推測。「こまめで几帳面な兄。以前はよく一緒にお酒も飲んでいたのだが…。とにかく一刻も早く見つかってほしい」と声を詰まらせた。
一方、13人が死亡、15人が行方不明の呉市。山の斜面に住宅が広がる天応西条(てんのうにしじょう)地区では、地域住民6人が土砂や濁流にのみ込まれ、集落は無残な姿に一変した。
「あの大きな岩の所に知り合いの家があったんです」「新築の家が何軒もあったのに。何でこんなことに…」
集落の中の脇道を上っていくと、複数の住宅が土砂と濁流に押し流されてめちゃくちゃに壊れ、人の背丈ほどもある大きな岩や流木が散らばっていた。流失した住宅のすぐそばに住む元海上自衛隊官の平井伯志さん(69)は9日、自宅の様子を見に訪れ、変わり果てた集落の光景に涙をぬぐった。木造2階建ての自宅も大量の土砂に押しつぶされ、半壊状態だった。
一人暮らしの平井さんが異変に気づいたのは6日午後9時頃。激しい雨が降る中、「ドーン、ドーン」という大きな音が繰り返し鳴り、「山から石が流れ出とるな」と直感した。外に飛び出ると、自宅横の橋に岩や流木が引っかかり、濁流があふれていた。
車で700メートルほど坂を下ったJR呉線近くの市民センターまで避難するつもりだったが、濁流に車がさらわれそうになり、行き先を変えて地区の自治会館に逃げ込んだ。「生きた心地がしなかった」と、押し寄せた水の驚異を振り返った。
自宅を離れる前、要介護のお年寄りを抱える近所の家に避難するよう声を掛けた。土砂に押し流されたのは、その少し下にあった顔見知りの男性宅だった。地区の役員を務める男性は約20人が避難していた自治会館に詰めていたが、妻と母は自宅に残っていた。翌朝、自宅を見に行った男性から「家がなくなっていた」「2人の名前を叫んでみたが答えがなかったです」と聞かされたという。
いま、心の中には後悔しかない。「自分がみんなに声をかければよかったのに、それができんでね…。近所の方を助けられんかった。つらいです」。平井さんはそう言って、何度も何度もタオルで涙をふいた。