容姿の格差

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カチェリーナはグルーシェンカに復讐するべくいろんな方法を考えていた。案として浮かんだのが、グルーシェンカの家族関係だった。どうせみなしごか、もしくは貧民窟の出身に違いない。そこから攻めるのである。カチェリーナは修道院を訪れた。たまたまグルーシェンカは不在だった。カチェリーナは修道院長に面会した。
「わたしはここに多額の寄付をしているカチェリーナというものだが、グルーシェンカについて教えて欲しい。あいつはどうせ捨て子か何かなんだろう」
「グルーシェンカのご実家からも多額の寄付を頂いてますよ」
修道院長はその証拠を差し出した。カチェリーナからの寄付は二番目だった。一番多く寄付しているのはグルーシェンカの実家だった。その実家の名前を見て、カチェリーナはわなわなと震えた。
「もしかしてこいつ貴族か」
「ええ、とても名の知られた御一家です」
これはカチェリーナには痛恨のダメージだった。カチェリーナは出自にコンプレックスがあった。カチェリーナの家は大富豪だが、ある種のマフィアのような存在であり、悪辣なやり方で巨万の富を形成したのだ。だから、まったくリスペクトされていない。カチェリーナは家族と折り合いが悪く、ろくに会話もなかった。家族がカチェリーナを置いてラスベガス旅行に行った時皆殺しにあったのだが、その一報を聞いた瞬間カチェリーナはガッツポーズをしたものである。
「貴族で大卒で、友達がたくさんいる。こんなのありか」
カチェリーナは這々の体で修道院を後にした。グルーシェンカはカチェリーナが持ってないものを全部持っているのだ。歩きながらも身体が震え、道に倒れ込んだ。口に泥を含みながら、カチェリーナは運命を呪った。友達がたくさんいる大卒の貴族から、いつも馬鹿にされているわけだ。これは極めて許し難かった。そしてその憎悪を膨らませていると、いろいろと醜い感情が浮かんできた。カチェリーナは自室へ急いだ。カチェリーナはFacebookにアカウントを作り、グルーシェンカを中傷することにした。カチェリーナの写真とグルーシェンカの写真を並べ、グルーシェンカの容姿をコケにした。グルーシェンカは普通に可愛いのだが、ウクライナ最高の美少女と謳われるカチェリーナと並べれば見劣りする。
「こいつはブスのくせして生意気だ。無神論者め」
だが、そのカチェリーナの行動に賛意は得られず、グルーシェンカの取り巻きから総攻撃された。どうやらグルーシェンカの人望は絶対的らしい。カチェリーナは自分の攻撃が不発に終わったことに絶望し、ベッドに倒れ込んだ。やがてグルーシェンカがやってきた。
「なんかわたしの容姿をネットで中傷してるようですが」
「ああ、おまえはブスだからな」
カチェリーナはグルーシェンカへの敵意を剥き出しにした。友達がゼロで出自も悪く、学校など行ったことがないカチェリーナにとってグルーシェンカは敵でしかなかった。グルーシェンカはベッドに腰掛けるとカチェリーナに語りかけた。
「カチェリーナ様は他人の容姿を笑うような人ではないはずです。そもそも容姿でブイブイ言わせていたら、これまで華やかな人生を送っていたはずです。容姿にものを言わせるようなことはカチェリーナ様に似合わない。なぜ急に容姿の自慢などを始めたのでしょうか」
「おまえがブスだからだよ。美において格差があるからだ」
「修道院長から聞いたのですが、わたしが貴族だとお知りになったようですね」
グルーシェンカはカチェリーナを見やったが、とても目を合わせることは出来なかった。カチェリーナが抱えているコンプレックスはすべて見抜かれているだろう。これだけ惨めなことはなかった。グルーシェンカはカチェリーナの髪の毛を撫でた。
「カチェリーナ様が、ウクライナ最高、というより、世界最高レベルの容姿を持ちながら、決してそれで驕り高ぶらないところをすごい尊敬してました。見た目とか、そういう現世的なことではなく、それを越える理想を信じておられる人だと思っています」
「聖母の理想を持っているとソドムに堕ちるというのはカラマーゾフの兄弟にも書いてある」
カチェリーナは理想を信じていたはずだが、それからあまりにも遠いところに辿り着いてしまった。カチェリーナはグルーシェンカの手を振り払った。
「何にせよ、こういうことになったのだから、もうおまえとは会うまい」
カチェリーナは唇を噛み締めた。
「偉大な人物はソドムを心に抱えているものだと思います。わたしは育ちがよくて性格のいい子をたくさん知ってますが、彼女たちは決して偉人にはなりません。カチェリーナ様は偉大な人間になる素質をお持ちだと思います」
グルーシェンカは容姿を中傷されたことをまったく意に介してないようだった。それでカチェリーナの心は少し和らいだが、同時に胸も痛んだ。
「カチェリーナ様は不器用ですから、何も言わなくていいです。容姿で他人を貶めるなんて慣れないことをしたから疲れたでしょう。少し休んでから、また先のことを考えましょう」
グルーシェンカはカチェリーナの瞼に触れると、そっと閉じた。ひとまずカチェリーナはそれに甘えることにした。
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