リベラルくずれの繰り言

時事問題について日ごろ感じているモヤモヤを投稿していこうと思います.

著作権切れのはずなのになぜ使用許可が必要?

2018-04-27 | 一般
画像や文章といった著作物を勝手にコピーするわけにはいかないが,日本では著作者の没後50年(場合によりいろいろだがとりあえずこうしておく)たてば著作権保護期間は終わるので,以後はパブリックドメインとなり,コピーなどが自由にできる.だが,作者の没後何十年もたってとっくに著作権が切れているはずなのに,ライセンスが求められるような事例がある.
そういう「法的根拠はまったくないか、せいぜいが非常に怪しいものなのに、まるで法的権利があるように関係者が振る舞っている」ことによる権利もどきを福井健策弁護士は疑似著作権と名付けている(コラム「擬似著作権: ピーターラビット、お前に永遠の命をあげよう」).同コラムはピーターラビットの事例を挙げている.著作権が切れても名前が商標登録されていれば,勝手に「その名前を商標として使うこと」はできないなど,一定の制限がかかることはある.ただし,著作権が切れていることには変わりなく,原画を出版したりすることは自由にできる.
なのに,コラムにあるようにもっともらしい「権利表示」をされると,とりあえず許可を申請してライセンス料まで払ってしまうケースがあるという.
著作権の尊重は必要だが,法的にはフリーのはずなものの使用をそうやって制限することは,どうにかならないものだろうか.

追記:美術館の所蔵物の画像の問題が昨年の新聞にあった(朝日新聞2017-5-4).
美術館の展覧会の図録などには現在著作権がなくパブリックドメインのものもあり,それらは利用者が自分でスキャンして使うのは問題ないという.たとえ図録に「無断転載を禁ずる」とあったとしても,出版社や所蔵館と利用者の間にはその文言を守る契約が成立しているとは言えないとの弁護士の見解が紹介されている.(繰り返すが,現在著作権がなくパブリックドメインのものの場合.)ただ,新聞社のアンケートに対して,そういう場合にも申請を求め料金を徴収すると回答した館が複数あったという.「作品の管理と同等にイメージも管理する必要がある」という立場らしいが,法的には根拠はないようだ.アメリカのメトロポリタン美術館は37万5000点のパブリックドメイン画像を自由に使えるようにしたというが,利用する側としては,同様の対応が日本でも世界でも広まってほしいものだ.
一方,美術館に依頼して所蔵物の画像の提供を受けて利用する,という形もあって,「個人的な趣味の利用はお断りしている」との回答が(行間に批判をにじませて?)紹介されているが,美術館側の人員・予算にも限りがあり,「すべての希望に対応し切れない」として断るのはわかる気もする.それでも,有料ではあっても対応してくれれば文化財の利用促進につながるだろう.

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