オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal
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Jealousy

 二本の角と煌びやかな装飾が目立つ兜。黒を基調とし、金と朱の装甲や装飾が施された全身鎧。その背には二本の大剣と、鎧と同じ工匠が作ったとおぼしき立派な盾、腰には見事な装飾が施された長剣の鞘を差している。赤いマントをたなびかせ、悠々と歩くその姿は伝説に於いて英雄と呼ばれる者の風格を備えている。通りに歩く者達は皆、その見事な装備の戦士と、その少し後ろを歩く美しい女性に目を奪われていた。

 

 だがもしも、かつてユグドラシルでギルド・アインズ・ウール・ゴウンに所属していたメンバーが彼の姿を見れば、ニュアンスは多少違えどこう言ったに違いない。

 

「闇堕ちたっちさん?」

 

 前回、アインズは仮の姿であるモモンをいち冒険者として設定したことと、この世界の装備に関しての知識が乏しかったこともあり、外装は無難だと思われる全身鎧の戦士を使用した。だが、今はこの世界にもなかなかおかしなデザインの鎧があることを、アインズは知っている。蒼の薔薇のリーダーの鎧などがそうだ。なのでモモンが大英雄と呼ばれる存在になるのならば、アインズ自身の英雄である、たっち・みーの姿を模してみようと思ったのだ。

 

 たっち・みーの外装データは残っているので、最初アインズはいずれ漆黒と呼ばれることを考慮して、たっち・みーの外装を黒に色置換してみた。だが、その姿を見ているうちに何かが胸の奥からこみあげてきて、そのままの姿を使う案を放棄した。そこで装飾を追加したりしてるうちに、あることを思い出したのだ。

 

 たっち・みー。公式チートと称されたワールド・チャンピオンというクラスに就く、アインズ・ウール・ゴウン最強の戦士。いや、戦士職だけでなく魔法職を含めても最強であった彼は、アインズ・ウール・ゴウン最強の男と呼んだ方がいいのかもしれない。しかもリアルでは奥さんと愛する子供を持ち、遥か昔の子供向け娯楽映像をこよなく愛する、ありていに言えば、勝ち組リア充系イケメンオタクである。

 

 ワールドチャンピオンにのみ装備することを許された純白の鎧と、鎧に匹敵する装備に身を固めた彼は本当に強く、アインズの憧れだった。だが、そんな彼にも悪癖はあった。たっち・みーと衝突することが多く、彼に対する悪態をギルメンが集合していても吐ける男、アインズ・ウール・ゴウン最強の魔法詠唱者であるワールド・ディザスター、ウルベルト・アレイン・オードルの言葉を借りればこういう事である。

 

 

「あいつ、変身ヒーローの話になると早口になって気持ち悪いよな」

 

 

 かつてアインズはたっち・みーに「モモンガさん。ユグドラシルやヘルヘイム、オーバーロードという単語が出てくる作品もあるんだが、よければ今度一緒に見てみないかい」と誘われたことがあった。たっち・みーに強烈な恩義と共に憧れを持っていたアインズは、彼との距離が縮むことを望んで、その誘いを受けてしまったのだ。伝言や身振りでギルメンの幾人かが、絶対にやめたほうがいい!と忠告してくれたにもかかわらずだ――その結果、アインズは己の判断をいたく後悔することになる。

 

 考えてみてほしい。己の趣味ではない作品を二十分程のムービーと言っても四十七本、視聴を複数回に分けたとしても、延べ十五時間四十分以上もの間、百年以上昔の、現在と比べて大変稚拙で画像の荒い平面映像を見せられるというのは、たとえ憧れの人が好む作品だとしても、苦行ではないだろうか。しかも自分はその相手に嫌われたくないし、不快にもなってほしくないのだ。更に一本見終わるごとに、たっち・みーがとても熱く解説してくれるのだが、興味の持てない人間にとって これは とても 辛い。

 

 いつしか、取引先接待中の営業マンの心境でたっち・みーに接するアインズが、そこにはいた。それでもやっと終わったと思った時に、すかさず劇場版という長編のデータをセットされた時は、叫びそうになった。ウルベルトは後日「かわいそうだったが、あれでモモンガさんのあいつに対する崇拝が憧れ程度になったように見えたから、結果としては良かったのかもしれない」と語ったという。

 

 そのムービーの内容はあまり覚えていないのだが、オーバーロードと呼ばれる――アインズとは全く違う外見だった――の1人がたっち・みーとちょっと似ていたことは、かすかに覚えていた。そこで、アインズはたっち・みーからもらった劇場版入りと記された記録映像データを再確認したのだが、記憶にあるよりは似ていたため、その記録映像から外装データを起こしたのだ。なお、そのままではあまりにも赤い部分が多かったので、大部分を黒に置換している。たっち・みーが見たら怒るかもしれないが……できれば怒られる日が来て欲しい、とアインズは願いながら外装データを仕上げたのだった。

 

 

 

 

「――以上が、今後の行動方針だ。何か疑問があれば今聞くがいい」

 

(……自分から自分の声じゃない言葉がでるってのは、やはり気持ちが悪いな。通りのいい声ではあるんだけども)

 

 記憶によると数回ほどしか泊っていない場末の宿屋の2階で、アインズはナーベラル・ガンマと打ち合わせをしていた。自分の声が変に聞こえるのは口唇蟲であるヌルヌル君を使用しているからだが、それにしても……

 

「アインズ様」

 

「ナーベ、何度も言わせるな。この姿で行動している間は念のため、私の事は常にモモンと呼べ、お前の事もナーベと呼んでいるだろう」

 

「はっ、申し訳ありません!畏まりました、モモン様」

 

 床に膝をついた姿勢のナーベラルを見ていると、彼女が今後起こす様々なトラブルが思い出されてくる。こめかみのあたりが痛くなるような気がしてくるのは、あながち気のせいともいえないだろう。ユリ・アルファやルプスレギナ・ベータに供を代えたならその懸念は解決するのだろうな、などと考えても仕方のないことを自然と考えてしまう。これは今のアインズの癖のようなものだ。ナーベラルからあの2人のどちらかに代えたことで発生する未知のトラブルが予測不可能なため、それはできないのだが。前回の流れに沿って行動するという大前提を踏まえれば仕方がない事なのだ。

 

(そういえば、ルプスレギナもカルネ村で……だめだだめだ、今はそんなことを考えても仕方がない。それにしても本当に面倒なことだ)

 

 アインズは自分で決めたこととはいえ、これからエ・ランテルで行動することに倦怠感を憶えていた。前回のナーベラルとのポンコツなやり取りをするのが億劫なので、呼び方をモモン様で良しとしてしまう程だ。モモンは失われた国の王族であるとか、周辺国家の身分を隠した貴人だのと盛んに噂が立っていたので、そう影響はないはずだと己に言い訳する。前回は冒険への期待や未知への楽しみがあったが、今回はそれが全くないことも関係あるのだろう。他にも自身の負担を軽減する策を打ってはいるが、これも今まで通り、プラマイゼロどころかマイナスに振れる公算が高い。それでもやらないよりましだ。

 

「それでモモン様、あの不快なタカラダニはいかがいたしましょう?」

 

「……あの女の持ち物を破壊したのはこちらの落ち度だ、捨ておけ。私は周辺の地理を確認するため外に出てくる。お前はここで侵入者への警戒と定時連絡を行うのだ、よいな」

 

「はっ」

 

  先程階下の酒場でやはり前回同様絡まれたため、アインズは予定通り女が眺めていたポーションを破壊し、補償としてユグドラシルのポーションを手渡した。ただ前回は偶然の破壊だったが、今回は確実に破壊せねばならぬため、投擲強化のマジックアイテムをいくつか装備した上で狙ってぶん投げたのだ。そのため男の怪我は少々ひどくなっているはずだが、まあ自業自得だろう。ナーベラルに周辺の地理を調べてくると言い残し廊下へと出たアインズはぼそぼそと何事かを呟くと、薄暗い屋内にしてはやたらと濃い影を伸ばしつつ階下への階段を下りていった。

 

 

 

 

「おお!こんな素晴らしい品物を扱っておられるとは……特にこのミスリルの短剣、正に芸術品……いや、大貴族の家宝と言われても不思議ではない。うーむこれは美しい、うーむ」

 

 バルド・ロフーレは、エ・ランテルの己が懇意にしてる武器商人の店で、本日数度目の驚きと賞賛の声を上げていた。

 

「お褒めに与り光栄です……こちらをご紹介頂きましたことですし、よろしければバルド様にお譲り致しましょうか」

 

「本当ですか!いやありがたい。すまんな、ルレントロ。これは私が引き取らせてもらうよ。あいつには内緒にしておいてくれ」

 

 武器商人の店を任されている男、ルレントロに声をかけ、上機嫌で目の前の白髪の執事セバスと名乗る男に笑みを返す。目の前にあるミスリル製の短剣は、柄に施された精緻な文様と宝石だけで超一級品の工芸品と言えるほど見事なものだ。鞘にも同様の装飾が施されており、実に美しい。しかも、先程のルレントロの言葉によればオリハルコンが刀身にコーティングされており、武具としても最高の品であるという。持っているだけで箔がつく一品であることは間違いない。

 

 帝国から来た大商人の息女とお付の執事がエ・ランテルで一番の宿“黄金の輝き亭”に宿泊しているという情報を聞き、足を運んだのは数日前だ。非常に美しい、だがまるで貴族のわがまま娘のような態度の息女には眉を顰めたものの、目の前の老執事の完璧な立ち居振る舞い、そして彼らが纏う衣装や装飾品、使う金額からこれは是が非でも繋がりを持っておきたいと思ったのだ。

 そしてそのチャンスは先程訪れた。黄金の輝き亭の店主から、この執事がエ・ランテルで信用のおける武器や工芸品を扱う商人を探していると聞いたのだ。そこで、この武器商を紹介するために執事に名乗り出て同行したのだが……彼が取り出した品物には目を剥いた。大貴族や王族でなければ生涯お目にかかることもないような、素晴らしい品々ばかりなのだ。商人である己が私的な欲望を抑えられず、つい欲してしまった程に。これは大当たりだ。

 

「私は今まで帝国の工芸品や武器も数多く目にしてきたが、セバスさんの品物はどれも実に素晴らしい!ぜひ今後も懇意にさせて頂きたいものだね」

 

「こちらこそよろしくお願い致します。エ・ランテル、いや王国でも有数の大商人であるバルト様にそういって頂けた事、ご主人様も大層お喜びになられるでしょう」

 

 セバス・チャンは心の中で自らの主人、至高の御方に称賛の言葉を送った。自分達が出立する際、資金調達を兼ねた人脈の構築などに使うが良い、とナザリック内で新たに作成されたという、ミスリルやオリハルコンで作られた武具や装飾品の数々を授かったのだが、御言葉の通りこの世界ではミスリル程度の金属の価値が非常に高い。ミスリルの武具などセバスに限らず守護者にとっては玩具のようなものなのだが、この世界では最高級品に当たるのだというのだから驚く他はない。確認されている最硬の金属がアダマンタイトという事も聞いているので、理解はできるのだが。

 

 収集された情報により、ミスリルやオリハルコンはこの世界でも再入手可能と確認できている。そのため調達も指示されているが、入手したミスリルやオリハルコンそのものの価格と比較すると、自分が提示された物品の買取金額は破格である。これはナザリックの鍛冶師たちの技術が評価されているという事だろうが、この分ではナザリックの低位金属備蓄量は大幅に増えていくことになるだろう。実際ここ数日で使用した金銭等、先程のミスリルの短剣一本の価格を考えれば端金である。

 それに目の前の男、バルドはエ・ランテルで食料取引を実質支配していると言われる程の大商人であり、有力者だ。この地位にある人物とこうして容易に関係構築を進められているのも、全ては授かった知識と品々のおかげであることは間違いない。

 

(たとえ未知の世界であっても、至高の御方の英知は我々を正しく導いてくださる)

 

 アインズに対する忠誠心を燃え上がらせつつ、セバスは己に与えられた使命を果たすべく目の前の男と談笑するのだった。

 

 

 

「私が「漆黒の剣」リーダーのペテル・モークです。あちらが野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブ」

 

 明朝、再び冒険者組合を訪れたアインズは記憶通りに受付嬢とのやり取りを終え、声をかけられた漆黒の剣の面々と面談をしていた。アインズはそんな名前だったかな、と思いながらチームメイトを紹介するペテルを眺めていた。正直なところ漆黒の剣というチーム名はよーく覚えていたが、この2人の名前はここに来るまで、ついぞ思い出せなかったのだ。酷い話かもしれないが、それだけ前回思い返すことが少なかったのだろう。

 

「こちらが魔法詠唱者のニニャ“術師”(ザ・スペルキャスター)」

 

「よろしくお願いします。二つ名を持っているということは、ニニャさんは高名な魔法詠唱者なのですか?」

 

「ああ、こいつはタレント持ちで天才って呼ばれているんだぜ」

 

 ひとしきり蘇ってきた記憶と大差ない自己紹介が進む。ニニャには前回、転移直後の何もわからない時に、広範な知識を教えてもらった。その上、タレント保有者であることと日記やツアレの件もあって、よく覚えている。ペテルと話している彼女を見て、ふとその最後を思い出してアインズは少し嫌な気分になった。

 実のところ、彼女をどうするかという事に関して、まだはっきりと決めてはいなかった。タレント持ちであることや様々な情報をもたらしてくれた存在である彼女は、後のツアレの事まで考えると助けてもいいかという気はする。だが、ならば他の漆黒の剣の面々はどうするのか。助けたことで起きる影響は全く未知だ。ンフィーレア同様、監視下に置けるのであればいいが彼らは冒険者だし、前回は名声を高めてくれる存在とする予定だったが、彼らがいなくなってもモモンの名声はあっという間に最高まで駆け上がることとなる。いなくても支障はないのだ。

 

(うーん、やはり難しいな……カルネ村に留め置くようなことはできないだろうし、ナザリックの存在を明かすのも危険だ。助けたところで未知の危険性が増すだけで、銀級冒険者チームにそれ程価値があるとも思えない)

 

 そもそも彼女に価値を見出していれば、アインズは蘇生魔法によってすぐさま蘇生させたのだ。つまり蘇生させるほどの価値はなかったという事。いずれセバスやツアレからの嘆願があった場合、どうしたかはわからないが……だが現状、彼女はまだ死んではいない。蘇生させる価値はなくとも、助ける価値くらいはあるだろうか。アインズがそんな恐ろしいことを考えつつ会話しているとは知らず、漆黒の剣の面々との話は続く。彼女より強いタレント持ちとしてンフィーレアの次に蒼の薔薇のリーダー、ラキュースの名が上がったところでアインズは心の中でこの問題を棚上げし、ンフィーレアのタレントの内容から続けて質問した。

 

「先程の蒼の薔薇というのは王国のアダマンタイト級冒険者チームですね。そのリーダーの方のタレントというのは、どのようなものなのでしょうか?」

 

「あくまで噂だけど、特定の魔法をかける時に全体化することができるタレントだって話だ。本当かどうか確認は出来ねえけどな」

 

「ほう……それは魔法詠唱者であれば随分と便利そうなタレントですね」

 

「流石はアダマンタイト級冒険者チームのリーダーということであるな!私はダイン・ウッドワンダ―、森司祭(ドルイド)である!よろしくお願いするのである!」

 

 名前が思い出せず、心の中であるあるドルイドなどという仮名で呼んでいたダインが最後に自己紹介をして、周辺のモンスター討伐話へと移り、質問が出尽くしたところでアインズはこの退屈なやりとりの中で、ちょっとだけ楽しみにしていた行動をとることにする。

 

「大体まとまったようですね。では、共に仕事をするのですし……顔を見せておきましょう」

 

 アインズはそういうとヘルムを外し、顔をさらした。無論幻影魔法で覆ってはいるのだが。その顔を見た面々から驚きと――記憶と同じようで違った反応が返ってくる。

 

「黒眼黒髪……やはりナーベさんと同郷でこの辺りの方ではないのですね」

 

「ちっくしょう、美男美女の組み合わせかよ……あーでも年いってるんだな、おっさんだな、おっさん」

 

「ルクルット、負け惜しみはみっともないですよ。第三位階の使い手と互角の戦士なら、あの位の年齢で当然でしょう」

 

「ナーベ女史が優秀なのであるな!」

 

(えー……表情と言い、かけられる言葉と言い……こんなに違うの)

 

 ペテルの顔は引き締まり、ルクルットの顔は対照的に歪んだ。ニニャの頬が少し赤い気がする。表情も言葉も変わらないのはあるあるドルイドぐらいだ。ナーベラルがドヤ顔になってるのはなんでなんだ。今のアインズの幻影は外装にあわせて、たっち・みーのリアルでの顔を使用している。この世界は美形の割合がとても高い。鈴木悟の自称三枚目顔が五枚目になってしまう程に……しかし、二枚目はどこの世界でも二枚目であって、三枚目以下に落ちることはないようだ。わかってはいたが、こうやってはっきり裁定が出てしまうとちょっと……いや正直に言うと、とても辛い。アインズは自分の悪戯心を後悔した。

 

(醜い嫉妬心だってわかってるよ。でもさモモンガさん、ちょっとは思わない?金持ちに生まれてイケメンで幼馴染の美人と結婚ってさあ、素でずるいって。ペロロンもこないだのたうち回って、納得いかねえって泣いて殴られてたし。俺じゃなくても、ああいう奴は嫌いだって人は多いと思うよー)

 

 かつてオフ会の後、ユグドラシルで会話したウルベルトの言葉が蘇る。確かにこれは……わかってはいても気持ち的にちょっと納得いかない。その後はンフィーレア・バレアレからの指名の依頼の報告が階下の受付嬢からもたらされ、そのままンフィーレアを迎えて話が続くこととなった。

 依頼内容、面倒ではあるが何故自分を知っているのかの確認を行い出発することとなったが、アインズの声が終始硬かったのは、仕方がない事なのである。

 




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ハムスケをもふもふしたい。







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