オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal
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手違いで8/22に書きかけの文章をアップしてました、申し訳ありません。


Deceive

「アインズ様、デミウルゴス様がまいられました」

 

「そうか、では通せ」

 

 執務室には今現在、アインズと自身の周辺警護を担当しているナーベラル・ガンマしかいない。セバスとアルベドには時間がかかる仕事を命じてあるので、しばらくの間はここに来られない筈だ。アインズは癖になりつつある、今の自身の判断が間違っていないかをもう一度確認しながら、扉を閉めるナーベラルと、執務室に入り優雅に礼をするデミウルゴスに対して視線を向ける。

 

「デミウルゴス、参上いたしました」

 

「うむ、デミウルゴスよ、お前の知恵を借りたい。この世界の情報をより多く、多面的に収集するために、お前達守護者に動いてもらうプランをいくつか考えてみた。聞いてみてくれ」

 

「至高の御方であらせられるアインズ様のお考えになられたプランであれば、私如きの知恵など不要かと思われますが……畏まりました」

 

 アインズは、ナザリック周辺国家でデミウルゴス、セバス、シャルティアにそれぞれ違う形での情報収集を命じるプランと、自身もナザリック外部での活動、すなわちエ・ランテルに身分を隠して出立し情報を収集する旨をデミウルゴスに伝える。特に、アインズ自身の眼で外部の情報を収集する必要性は入念に説明した。

 しかし、と言うべきかやはりと言うべきかはわからないが、デミウルゴスの表情が自身がナザリックの外で活動するという部分で非常に強張ったのを見て、視線を外しやや急ぐように言葉をつづける。その時、ナーベラル・ガンマは見た。デミウルゴスの尻尾の一番先、左右に刺が生えている部分よりさらに先端部分がわずかだがピコン、と上に上がったのだ。

 

「他の守護者だが、アルベドはナザリック大墳墓統括としてナザリック内部と周辺の指揮を任せ、アウラ及びマーレはナザリック周辺の探索と隠蔽作業を共同で続行させる。そしてコキュートスはお前の代理として暫定的にナザリックの防衛責任者とする……これらを含めての意見を聞きたい」

 

「まず、私めに大任を与えて下さった事に深く感謝致します。実に素晴らしいお考えかと……このデミウルゴス、アインズ様の御期待に恥じぬ働きをいたす所存です」

 

「うむ、これだけ大規模かつ現場での判断が重要な任務はお前にしか任せられぬ。期待しているぞ、デミウルゴス。他の件のことはどう思うか」

 

 再びデミウルゴスの尻尾の本当に先の部分だけがピコピコとわずか……数mm程度だが左右一回動いたのをナーベラルは見てしまった。これは目の錯覚や気のせいではない。

 

「はっ、ありがたき幸せ……セバスはニンゲン共の街での情報収集となればその性格から適任ではあるかと。ですが、それゆえニンゲンに接している内に情が移り、いらぬ騒ぎに巻き込まれるやもしれません。誰かを監視役として付けた方が良いかと」

 

「それは私も懸念していた。セバスには補佐としてソリュシャン・イプシロンを付けようかと思う。ソリュシャンであれば人間達に情が移るなどという事はあるまい」

 

「流石はアインズ様、ではシャルティアですが、彼女は血の狂乱を与えられておりますゆえ……」

 

 デミウルゴスの述べたシャルティアの血の狂乱に対しての懸念は情報収集及び目標の選抜はセバス達に任せ、あくまで狩人として働いてもらう事、念のためシャドウデーモンを1体つけることで対策とした。アルベド・アウラ・マーレに関してはデミウルゴスからは全面的に賛同の意を得られたので、ほっとする。

 ただ、アインズからすれば意外なことに、コキュートスを暫定的な防衛責任者とする件に関してはデミウルゴスから否定的な意見が出た。コキュートスは優秀な戦士であり高潔な武人であるが、それゆえに罠や仕掛け、シモベを利用して侵入者を撃退する任には向いていないと言う。

 

「謁見を許された守護者の中でコキュートスだけが新たな任を与えられないとはあまりに不憫、とお考えになられ慈悲をかけられたその御心は私も理解しておりますが……私もナザリック大墳墓の防衛責任者の任を与えられている以上、彼を代理として認めるわけにはまいりません」

 

「そうか、やはりお前には全て見ぬかれてしまったか、では誰に命じるべきと考える」

 

「至高の御身が慈悲に溢れた御方と知っていればこそ、私如きでも気が付く事が出来ただけでございます。やはりナザリック大墳墓の構造を熟知し、全体を差配できる能力に長けたアルベドが兼任するのが最も適当かと。コキュートスも御身がそれ程に己を案じて下さっていると知れば、異は唱えないでしょう」

 

 当然、そんなことはない。前回を思い出しつつ、それぞれの守護者に何を命じるかを当てはめていっただけなのだが正直にそう言えるわけもなく、言うのに慣れてしまったごまかしの台詞を吐いただけだ。前回から引き続きいつも思うのだが、デミウルゴスやアルベドの勘違いの角度は全く読めない。いつかはこの勘違いを正せる日は来るのだろうか。

 

「それで、最後の私自身が人間の街に出る件だが」

 

「アインズ様の深きお考えにはこのデミウルゴス、驚嘆するばかりでございます」

 

「え?うむ、わかってくれて嬉しいぞデミウルゴス。だが、そうだな、何か気になる部分……懸念はないか」

 

 デミウルゴスの称賛の言葉のみの発言にアインズは焦る。今、デミウルゴスをあえて呼び出したのは前回、自身も出立すると守護者達に表明した時に守護者一同……特にセバスとアルベドが猛反対したからである。セバスは“私も、人間というものを知っておく必要があると思うのだ”という己の弁だけで納得させた記憶があるが、アルベドはデミウルゴスが耳打ちするまで強硬な態度を崩そうとはしなかった。

 あの延々と平行線をたどる終わりなきやり取りは、わかってて挑むには少々辛すぎる。なので、事前にデミウルゴスだけに相談することでアルベドの説得方法を聞き出す、もしくは考えさせておくためにこの場を設けたのだ。

 

「では……畏れながら正直に心の内を申し上げれば、我々の力不足により至高の御身に未知の世界の探索及び情報収取などという雑務をして頂かなくてはならないことは、我が身を恥じ入るばかりでございます。ですが、それも至高の御方でなければ成し遂げられぬ真の目的を考えれば致し方なきことかと。ただ、現状収集した情報ではアインズ様が向かわれる予定の王国には至高の御身を害する程の力を持つ者は存在しない、と判断できますが絶対ではございません。御身を守る盾として、我ら守護者もしくはセバスをお連れになって頂きたいところでございます」

 

(聞きたいのはそこじゃないんだよなあ、あと真の目的ってなんだ)

 

 だがその部分を問い返すことはできない。おそらくは後々モモンという存在を利用してエ・ランテルを統治したあの話なのだろうが、この時点からそんなことまで考えていたのだとすると、デミウルゴスの思考っていったいどうなってるのか……想像もつかなくてちょっと怖い。とりあえず、何とかアルベド説得の手掛かりをつかむべく話を続ける。

 

「お前の意見はよくわかった。だが、先程述べた通り各守護者及びセバスには新たな任を与えるゆえ、供として連れてはゆけぬ。そこで我が供となるものは……ナーベラル・ガンマ!」

 

「はひ!」

 

 アインズから言葉をかけられたことで、わずかに動くデミウルゴスの尻尾先端部分に気をとられていたナーベラルは、全く予期しない状態で自身の名を呼ばれ盛大に噛んでしまう。咄嗟に礼をとり、返事をしたものの既に涙目だ。執務室に静寂と微妙な空気が流れるのを感じ、ナーベラルはまるで判決を待つ罪人のような心境に陥るがすぐにその空気は払拭された。

 

「ゴホン、私の周辺警護はプレアデスであると先に定めた。ゆえに引き続きお前たちにその任を任せる。とはいえ、今回は途中で交代するという事は任務の性格上不可能だ。ナーベラル・ガンマ、お前に我が供としてナザリック外に同行する任を命じる」

 

 至高の御方が無かった事として話を進めたという事は、ナーベラルの今の失態は無かったことになる。デミウルゴスはそれをすぐに理解し、その身から噴出していた不信感を収めた。

 

「はっ、こっ、この身に余る光栄、至高の御身の警護の任、確かに受け賜わりました。この身を盾として御身をお守りいたします!」

 

 ナーベラルがもう一回噛んだ。顔が真っ赤なのが手に取るようにわかる。デミウルゴスの眉がちょっと寄るのを見て、微妙な空気が再び流れるのが嫌なアインズは急ぎ話を続ける。

 

「とはいえ、ナーベラルだけではお前も他の守護者達も不安が残るであろう。そこで不可視化及び隠密能力が高いシモベの部隊をナーベラルの部下として連れてゆく。デミウルゴス、これでお前と他の守護者達は納得してくれるかな?」

 

 ようやく本題である。期待からアインズはやや前傾姿勢でデミウルゴスの言葉を待つ……がすぐに返答が返ってこない。こんな事は前回にもなかったが、それ程難しい話なのだろうか。ちなみにナーベラルからは、デミウルゴスの尻尾の先端が艶を失いへにょっ、となってるように見えた。

 

「……失礼致しました、アインズ様。私を含め、他の守護者達は賛同の意を述べると思われます。ですが、セバスとアルベドは納得しますまい。決定事項として命じられる方がよろしいかと」

 

「デミウルゴス、どうしても必要であれば命じよう。だが、私はお前達守護者には出来る限り我が意を理解し、納得してもらいたいと考えている。セバスに関しては私も理由はわかる、ゆえに説得もできるであろう。だがアルベドはなぜ納得せぬと考えた、その理由を聞きたい」

 

「はっ……ですが、あくまで私の推測でございます。大変不敬な……アインズ様にとってご不快な話かもしれませぬ」

 

「かまわぬ、どれほど不快な話であろうとも全て許す。お前のその推測を聞かせてほしい」

 

 デミウルゴスのこんなに歯切れの悪い言葉を聞いたことがあっただろうか、とアインズは不安になる。どんなに時間がかかり、神経がすり減ったとしてもやはり前回の通り守護者を集め、表明するべきだっただろうか。デミウルゴスの尻尾先端が、空中に1mmほどの“の”の字を書いていることに気が付いたナーベラルが自身の発見に驚愕する。やがて尻尾の先端がピン!と伸び、元の輝きを取り戻した。

 

「では、畏れながら私の推論を述べさせていただきます。アルベドは不敬にも至高の御方々であらせられるぶくぶく茶釜様、餡ころもっちもち様、やまいこ様の御帰還により、アインズ様が正妃として御三方の内どなたかを迎えられることを、恐れているのだと推測しております」

 

「はぁ!?」

 

 デミウルゴスの説明はこうだ。異変直後よりアルベドはアインズ様の側にいることに並々ならぬ執念を燃やしており、手段を選んでいないように感じると。デミウルゴスも最初はアインズ以外の至高の41人がナザリックにいない今、アインズの后としてアルベドやシャルティアが納まり、お世継ぎが誕生すれば――ここでものすごく長い謝罪を受けた――と思っていたが、それにしてもアルベドの行動は目に余る。決定的にアルベドがおかしいと思ったのは至高の御方々の話をすることに対し、アルベドが拒否反応を示したからだという。

 

「ですが、我々ナザリック大墳墓に属する者が、創造主であり主人である至高の御方々に否定的な感情を抱く筈はございません。そこで、アルベドの言動より先程の推論に行きついた次第でございます。この考えよりアインズ様がナザリック外部に赴く事、すなわち至高の御方々の探索とアルベドが思い込み、反対する事はほぼ間違いないでしょう。己の弱き心からこのような不敬な考えを抱いていた事、如何様なる罰を受けても拭えるものではありませんが……」

 

「待て、デミウルゴス。お前が詫びることなど何もない」

 

 自らの言葉を遮ってアインズが言葉を発したのを聞き、デミウルゴスは反射的に顔を上げる。

 

「なぜならば、お前のその気持ちは私にはよくわかるからだ。我が友達……自分の創造主がナザリックを去るのをお前達がどう見ていたか、考えるだに胸が痛む。だからこそ、私もこのナザリックを去るかもしれないという不安を抱くのは自然であり、ナザリック大墳墓の未来を一番の知恵者であるお前が憂い、考えるのも当然と思う。だが、今ここで約束しよう、私は、アインズ・ウール・ゴウンは、お前達とナザリック大墳墓にいつまでも共に在ると」

 

「おお……」

 

 デミウルゴス、そしてナーベラルは目の端に涙が溢れ出るのを感じた。アインズの寛大さ、そして慈悲に甚く感動をして。アインズの言葉通り、彼らの多くの創造主達はナザリックより去った。しかし、今眼前に最後までナザリックに残り、今また共にいるとおっしゃって下さった至高の御方がいるのだ。デミウルゴスとナーベラルは、御言葉を己が耳で聞くことができた幸せな存在であると自覚し身震いする。デミウルゴスの尻尾先端部も感動にうち震えているが、今のナーベラルにそれを見る余裕はない。

 

 二人が忠誠心ゲージと幸福ゲージをMAXにしている中、アインズは焦っていた。デミウルゴスの推論が間違ってると思える部分が何もなく、しかも完全に自分の設定書き換えのせいで起こっている問題だからだ。前回のアルベドの行動をすべて把握しているわけではないが、おそらくこの問題は前回から燻っていたのだろう。楽観的に考えていた自分がちょっと嫌になる。

 しかし、一つ疑問が舞い降りる。ならばなぜ、前回アルベドは他の40人の探索を申し出たのだろうか。今のデミウルゴスの推論が的を射ているとすれば、アルベドが自分の后になれると確信したという事になるが……アインズの脳裏にアルベドの様々な行動の数々が浮かび上がる。アインズ視点ではとてもそうは思えないが、アルベドにしてみればどこかで決定的な勝利を確信した瞬間があったのだろうか、わからん。だが、それはそれとして今はアルベドの説得方法を探らなければならない、と考えタイミングを計って口を開く。

 

「さて、アルベドが納得せぬだろうという理由は理解した。だが……その思い込みによるものをどう納得させればよい?」

 

 その言葉に感極まっていたデミウルゴスの体がびくり、と震えその頬に冷や汗が一つ流れる。ナーベラルは、反射的に視線をデミウルゴスの尻尾先端に向け、しおしおと力強さが失われるのを見た。

 

「先程に続き大変無礼な発言ではありますが、おそらくは直近のアルベドの様子から判断しますと……アインズ様より確かな御寵愛の証を受けぬ限りは、納得しないかと」

 

「……えー……」

 

(確かな御寵愛の証ってなんだよ……もういっそぶっちゃけて俺は何をすればいいのか教えろと命じるか?……いや、でもそれを俺が、今ここでデミウルゴスに聞いていいのか?ナーベラルもいるのに?)

 

 デミウルゴスが、あえて言葉を濁しているのか判断はつかないが、そう命じてデミウルゴスより生々しい話が飛び出してきた場合、色々な意味でアインズは困る。

 ぶっちゃけるとしても、もうちょっと違う部分だろう。

 

「ゴホン、デミウルゴスよ。私はナザリック大墳墓の主として、我が友達が創造したお前たち全てを等しく大事に想っている。アルベドのみに特別な物を与えるというのは、うむ、難しいことだ。デミウルゴスよ、お前からアルベドを説得することは出来ぬのか?」

 

 提案を却下しつつ、アインズはぶっちゃける。デミウルゴスに不審に思われないかひやひやするが、杞憂だったようでデミウルゴスは渋い顔のまま問いに答えた。

 

「アルベドが正常であれば……いえ、失礼致しました。平時であればアルベドの説得は容易く可能です。ですが、今現在私はアルベドに敵視されておりますので、私の言葉は彼女には届かないかと……私も早計だったと反省しておりますが、先の至高の御方々の話の際に強硬に対応してしまい、アルベドと衝突いたしました」

 

 何をしてくれてるんだ、とアインズは思ったが、自身が見聞きしたアルベドの言動や情報からから考えて、デミウルゴスに落ち度はないだろうと言葉をのんだ。

 

「他の守護者の手を借りての説得は可能か?」

 

「難しいでしょう。アルベドはこの件に関してシャルティア、アウラにも同性として対抗心を持っております。コキュートスは私と近しいと警戒されてるでしょうし、マーレも指輪をお与えになった際の様子を思い返すと期待できません。ナーベラル、すまないがセバスはどうなってるかね?」

 

 デミウルゴスの言葉に落胆しつつ、最後のナーベラルへの問いかけに希望を持ってアインズはナーベラルを見た、がその困り顔を見て駄目なんだな、とわかってしまう。

 

「見たままを申し上げますと、セバス様とアルベド様はつい先日、回廊にて睨み合っておりました……かと……」

 

「なんだと……」

 

 徐々に語尾が小さくなっていくナーベラルの言葉を聞いて、アインズはアルベドの思っていた以上の全方位やらかしっぷりに思わず呻き、頭を抱えたくなった。前回も自身が知りえなかっただけで、これ程の軋轢があったのかと考えるとエ・ランテルに出立することをとりやめた方がいいのではないかとさえ思える。

 だが、それは自身が立ててきた計画をすべて放棄することになる。それだけはできない。アインズが懊悩していると、デミウルゴスが遠慮がちに言葉を発する。

 

「アインズ様、アルベドの説得が不可能なわけではございません。少々時を頂く事にはなってしまいますが、このデミウルゴス、必ずやアルベドを説得して御覧に入れます」

 

 それでは間に合わない。発言するデミウルゴスも、自身の提案が自らの主人の意に沿えぬものとわかっているのだろう、その面持ちは固く、暗い。だからこそ、アインズはその提案を受け入れるよりなかった。

 

「そうか、ではデミウルゴスよ。アルベドの説得の手立てを考えよ。私も知恵を絞るとしよう」

 

「はっ」

 

 

 

 

 

「……というわけなのだが」

 

 アインズは散々悩んだ末、かなり投げやりな気分でここ、宝物殿にやってきていた。心境としては溺れる者は何とやらである。宝物殿にはゼラチナス・キューブが複数置かれており、纏められていた法国の人間が分類分けされているようだ。

 目立つ場所に巫女姫の浮かんだゼラチナス・キューブがなぜかライトアップされた状態で鎮座しているが、今のアインズにそれらを鑑賞する余裕はない。

 

「なんと、統括殿がそんなことになっておられるとは!」

 

 パンドラズ・アクターが早速、嘆きのポーズをとっているがアインズはそれを見ても光ることは疎か、感情の波も大して動かなかった。アルベドの説得が難しいというか無理という事実と、前回そんな状態であることに気がつかず、己がナザリックを飛び出してしまっていたことの自責の念が、アインズの感情を抑制していたのだ。深刻な悩みがある時は、何をしても楽しくないとかああいう状態である。

 

「この事に関してお前に何か考えはないか、何でもいい」

 

「はっ!アインズ様から放たれる輝きに心を奪われるのは致し方なき事!御身に宿る偉大なる御力、ナザリックの、いや!全ての者がひれ伏すであろうその――!」

 

「そういうのはよい、アルベドを何とか説得する考えだ」

 

 自分でもちょっと吃驚するほど平坦な声が出て、パンドラズ・アクターが予想よりも凹んだが、今はこの卵頭の大仰な台詞を聞いてやれるような精神状態ではないのだ。そう思っていると軍服装備黒歴史が居住まいをただした。特務モードに入ったようだ。

 

「でしたら、デミウルゴス様のご提案通り、御寵愛の証を示せばよろしいのではないでしょうか」

 

「それは出来ん、特に称賛すべき働きをしたわけでもないのに、アルベドだけを特別扱いすることは他の守護者に対しても示しがつくまい」

 

 パンドラズ・アクターが演技がかったものではなく、僅かに考え込むようなそぶりを見せた。

 

「アインズ様、デミウルゴス様の御提案であれば、その御心配はないかと思います」

 

「む?どういうことだ?」

 

「はい、おそらくですが……」

 

 

 

 

 

「アインズ様、デミウルゴス様がまいられました」

 

「そうか、では通せ」

 

 執務室には今現在、アインズと自身の周辺警護を担当しているナーベラル・ガンマしかいない。セバスとアルベドは先程の指示と出立表明の後に、それらの準備を命じたためしばらくの間はここには来ない。扉を閉めるナーベラルと、執務室に入り優雅に礼をするデミウルゴスに対して視線を向ける。

 

「デミウルゴス、参上いたしました」

 

「うむ、デミウルゴスよ。今回の事では私の考えが至らぬ故、お前にずいぶん心労をかけた、許してほしい」

 

「勿体なきお言葉……それに私の提案だけでは不完全であったかと。至高の智によって昇華された結果と思っております」

 

 パンドラズ・アクターによってデミウルゴス案の真意を知ったアインズは、先程各守護者を執務室に集め指示と自らの出立を表明した。当然起こったセバスからの反対意見をかわしてから、供を誰にするかの部分は曖昧なまま、アルベドだけ残るように指示し解散した。

 それから、これまた当然自分が供だと思っているアルベドに、ナザリックに残るように指示し、反論を言い始める前にかぶせるように宝物殿で考えた、というかパンドラズ・アクターの作戦をそのまま実行したのだ。

 

 その内容は、アルベドに「アルベド、私が出ている間は、お前にこれを預っていてほしい」と自らのリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを見せて「私が帰ってきた時は、お前からこれを受け取ろう」と言うだけの簡単なお仕事である。

 

 パンドラズ・アクター曰く“デミウルゴス様の提案は、統括殿がアインズ様から特別な存在だと思われていると感じる御言葉や、任務を与えれば良いという事です”とのことであり、ぶっちゃければアインズにその意図がなくとも、アルベドがそう受け取れば何でもいいというのだ。アルベドを騙すようなことは……と渋るアインズにパンドラズ・アクターは、アインズ様が信頼できるものでなくてはできない仕事を任せるのですから、騙してなどおりません!統括殿がその仕事を与えられたことをどう解釈するかは、統括殿の内心の自由でございます!と熱演とポーズを交えて説明してきた。

 

 そうかな?と納得しかかったアインズは、であればナザリック大墳墓の留守番というのはまさにピッタリじゃないかと考えたが、それではいけないのだという。地位と共に与えられた主たる役目に属する仕事ではなく、あくまでアインズ様が統括殿個人を見込んで!と統括殿が“思われる”仕事が最適解なのです、と踊る黒歴史に熱弁された。だが、そこまで言われても実際にどんな仕事を与えればよいのかアインズにはさっぱりわからなかったため、パンドラズ・アクターに、たとえばどんな仕事なら良いのだ?と質問し、卵頭に提示された案をなるほど、と言いつつそのまま丸パクったのだ。なお、これらのやり取りの終盤の頃には希望が見えたせいか、アインズは光るようになっていた。

 

 結論を言えばこうかはばつぐんで、アルベドは反論をするべく開けた口をパクパク動かした後、周辺にキラキラとエフェクトをまき散らしつつ赤くなって下を向き、小さな声で承知致しました、お気をつけていってらっしゃいませ、と答えた後はもじもじくねくねしっぱなしだった。アルベドのその行動に不穏の前兆を感じ取ったアインズは、アルベドにいくつか任務を与え執務室から退室させたのだが、その足取りは軽く、浮いているかのようだった。実際に浮いていた可能性もある。

 

「少々浮かれすぎのようにも見えましたが、先程すれ違った私や、通りかかったセバスにも実に上機嫌で挨拶をしてきました。このわずかな間に我々の不手際による確執も解消されてしまうとは、流石でございます」

 

「そ、そうか、良い結果が出たようで何よりだ。私にも不確定と思っていた部分があったからな」

 

「ご謙遜を……このデミウルゴス、アインズ様の至高の英知にひれ伏すばかりです」

 

 前回もリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはナザリック外への持ち出しを禁じていたし、シャルティアやパンドラズ・アクターに預けることもあった。その仕事をアルベドに任せることで説得ができるのであれば何の問題もないだろう、と考えたのであるが……説得には成功したものの、アインズは何か大きな地雷を踏んだような気になっていた。それが何故なのかはわからないが、教えてくれるものは誰もいない。

 

「さて、デミウルゴスよ。お前に再び来てもらったのは他でもない」

 

 不安は残るが予定通りの行動に移れることを喜び、前に進むとしよう。これから待ち受ける事件に比べれば、こんなことは些事でしかないのだ。

 

 

 

 

 

 おもちゃの劇場で男の人形が、己の指より指輪を外して女の人形に渡し、袖に隠れる。女の人形も己の指より指輪を外し、男の人形より受け取った指輪をその指に付けて、カタカタと揺れた。再び袖から現れた男の人形に、女の人形は自分の外した指輪を渡す。男の人形が受け取った指輪をはめるのを見て、女の人形は体をまた小刻みにカタカタと揺らす。

 

 その人形たちを見つめるパンドラズ・アクター。彼はため息をつくような動作をすると、指を一振りする。男女の人形はその場に崩れ落ち、動かなくなった。パンドラズ・アクターは宝物殿の管理者としてリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに限らず、全く同じマジックアイテムであっても見分けることが可能である。だから、アインズが外よりナザリックに戻ってきた後、その指に輝く至宝を見ればわかってしまう。この劇が、彼女の妄想のままでいるのはいつまでなのかが。

 

「さて、統括殿はどこまでおかしくなっておられるやら……初回からというのは勘弁して頂きたいものですが」

 




多数のご感想、お気に入り登録及び誤字報告をいつもありがとうございます。修正は随時反映させていただいてます。

前書きの通り、手違いで書きかけの物を投稿してしまっておりました。原因は投稿日付設定の入力間違いです。災害によって苦労して帰ってきて、愕然としました。

今後は恥ずかしいですし十分に注意いたします……







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