オーバーロード ワン・モア・デイ 作:0kcal
<< 前の話 次の話 >>
スレイン法国・神都六大神殿の一つ、土神殿。その最奥にある、土神の眼と呼ばれる儀式の間。多くの円柱が立ち並ぶその場所で、女性のみで構成される麗しき土神殿衛兵達に見守られながら、今まさに大儀式が行われようとしていた。
中央には両目を覆うように布が巻きつけられ、薄絹に身を包んだだけで殆ど裸体といっていい年若い少女が佇む。その頭には無数の宝石によって飾られたサークレット。サークレットの中心には大きな琥珀色の宝石が埋め込まれ、そこから何がしかの力が放射されているようであった。
少女の身につけるこのサークレットこそ法国最秘宝の一つ、土の叡者の額冠。着用者の人格を奪い、外部から魔力を供給する事によって、人間を人類では発動させることのできぬ、神の領域である第七位階以上の魔法を発動可能なマジックアイテムへと変える、恐るべき秘宝だ。
少女の周囲には、同じような格好をした女性たちが佇んでいる。違うことは目を覆う布が無いことと、その頭に秘宝がかぶせられていないことだ。土の巫女姫を中心として6人。ちょうど巫女姫を円形に囲むような形となる。その陣の前には高位神官の証を首より下げた老婆と、やはり女性の神官達が付き従っている。
「では始める。土の巫女姫に力を集めよ」
老婆の声に従い土の巫女姫を囲む巫女達が、土神に捧げる祈りの言葉を唱え始めると、巫女姫の周辺の地面が鳴動し、巫女たちより土の巫女姫に向かって魔力が注がれる。周囲の巫女たちの顔色が僅かに白くなっていくと共に土の巫女姫の頬が染まり、上気してゆく。その口から淡い吐息が漏れ始めたのを見て、老婆は背後に控える者たちに指示を出した。
「第8位階魔法<プレイナーアイ/次元の目>を発動させる、補助せよ」
これぞ法国に伝わる大儀式、集団の魔力を纏め上げ膨大な魔力を巫女姫の身に宿す秘術である。この儀式を経て叡者の額冠の装着者、巫女姫は人類の限界を超えた魔法の発動が可能となるのだ。
<オーバーマジック・プレイナーアイ/魔法上昇・次元の目>
発動したのは第8位階魔法<プレイナーアイ/次元の目>遠く離れた場所であってもその場にいるかのような映像を映し出し、かつ映し出した対象を分析する、まさに神の御業といえる強大な感知魔法だ。対象は、現在リ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの抹殺任務に従事する陽光聖典。彼らは常日頃より、特殊な任務につく六色聖典をこうして感知魔法で確認していた。彼らが無事であるか、未知の危機に遭遇してはいないか“正常”であるかを把握するためである。
土の巫女を通して魔法が発動し、いつものように巫女姫の頭上に魔法によって映像が現れる――筈だった。だが、そこに現れたのは数m程の黒い靄の塊。塊には中心部に不可思議な文字列が並んでいる。それと同時に、糸が切れたように巫女姫と周囲の巫女が崩れ落ちた。
「失敗じゃと!?」
老婆はその光景を眼にした瞬間、かつて前任者より対象が感知魔法に対する強力な魔法的防御に守られている時は黒い映像が現れる、と申し送りをされた事を思い出した。その時は老婆――まだその時はそこまでの年齢ではなかったが――は神の御業たる第8位階魔法が防がれるなどということがあるのだろうかと疑問を覚えたが、目の前の光景はまさしくその状況に他ならない。老婆の台詞に周囲の神官や神殿衛兵がどよめくが、それも一瞬の事であった。
この老婆は勘違いをしている。前任者が言い残したのは黒い映像。今、彼女たちの目の前にあるのは文字の浮かんだ黒い靄だ。その黒い靄より迅雷の如く、何かが無数に飛び出した。
「きゃあああ!」「くそ、放せ!」「ちょ、やめ、ああっ!」「な、なんなのこれは!」「ひいぃ!」
周辺より、いや、意識の無い土の巫女姫達を除く全ての者から悲鳴、あるいは怒号が上がる。黒い靄より無数に現れた迅雷の正体は、子供の指から腕ほどの太さの触手だった。無数の触手は周辺の者の手足、胴に巻きついて次々に持ち上げ、靄に引きずり込んでいく。
衛兵は空いている手で剣を抜き放ち触手に攻撃するが、彼女たちの持つミスリルの剣を以てしてもまるで歯がたたない。それどころか攻撃を加えた次の瞬間には、数倍の触手に絡まれ身動きを封じられる。神官も慌てて魔法を発動させようとするが、印を結び口を開く前に腕や顔に触手が巻きつき、魔法を発動させるどころではない。
「この、このぉ!ぐあっ」「んむー!んむー!」「やだ、いやだぁ!おぼぉっ!」「神よ!お助けくださあっ……」「まって! ほんとまって!いやあ!」
建立から長きに渡り静謐を保っていた儀式の間はしばしの間、悲鳴によって占領され――やがて再び静謐を取り戻した。後に残るのは黒い靄とそこから生えたままの触手。触手は周辺を丹念に調べ神官が落とした聖印、衛兵が取り落とした剣、その他のこまごまとした物を拾い集めると黒い靄へと戻っていった。
全ての触手が黒い靄に吸い込まれた直後、異変に気づいた儀式の間に続く通路の守護神殿騎士達数名が「失礼!」と口々に言いながら儀式の間になだれ込む。彼らは空中の黒い靄とその中心に浮かぶ不可思議な文字に驚き、警戒しつつも周囲を見回す。そうしている内にも文字は刻一刻と変わっていく。彼らは危険を承知で素早く儀式の間中央まで進み、円柱の影なども急ぎ確認するが巫女姫は愚か、人っ子一人いない。
「異常事態だ!神官長に――」
彼らがもしも六大神の使用していた文字を修めていれば、あるいは黒い靄に浮かんでいた“数字”の意味がわかったかもしれない。
“0”
土神殿の大部分が爆炎と雷撃の渦に飲み込まれ、儀式の間より炎の柱が突き上がった。その炎の柱は神都のどこからでも見ることができるほど巨大であったと、法国の記録に残されたという。
パンドラズ・アクターが物理的には転倒するであろう謎のポーズと共にパチン、と指を鳴らすとその背後の空間に30人弱の人間が現れた。アインズの眼を以ても見抜けなかったということは、ギルドメンバーのスキルを使用したのだろう。その内の1人、目隠しをされた少女だけがすぐ手前に浮かんでいる。よく見ると少女も、他の人間達も透明な液状の立方体の中にいるようだ。それよりも気になることは、この少女の恰好をアインズが知っているという事。
「叡者の額冠!?」
アインズは目の前に浮かぶ少女の頭部に輝く叡者の額冠を見て、思わず声を上げる。間違いない、宝石の色こそ違うがンフィーレアが装着させられていた、ユグドラシルでは再現不可能な超レアな呪いのマジックアイテムだ。彼を助けるためやむなく破壊したが、あの時は惜しい事をした。
だが、なぜここに叡者の額冠が?と考えるうちに視線が自然と下の方に動き、薄絹の向こう――というか、前は腰の辺りから完全にはだけている――を見てしまったアインズは慌てて叡者の額冠に視線を戻す。いかん、シャルティアの時といい何故自分の眼は勝手に、と僅かに発光し始めたアインズだったが、すぐそばから上がった大仰な声に精神平衡の効果が現れるまでも無く一気に冷静となる。
「おお、流石至高の御方!知の化身アァインズ様!既にこのマジックアイテムの事をご存知だったとは!」
しまった。アインズは口を押さえかける己が手を意志の力で全力で押さえ込みつつ、パンドラズアクターの一連のアクションにより結局発光する。
「いや、私も噂で聞いた事があるのみだ。その姿と名だけをな……お前の反応からすると間違いないようだが」
「はい!こちらのマジックアイテムは間違いなく、叡者の額冠でございます。アインズ様!私の知識にない、私の力では作成不能のぉマジックアイテム!その効果は!」
<オール・アプレイザル・マジックアイテム/道具上位鑑定>
アインズが鑑定の魔法を起動すると、パンドラズ・アクターがしゅーんと音が聞こえるかのように、あからさまにちぢんでいく。
「なるほど……これは確かに私でも作成は出来ぬな」
アインズは全部知っているのだが、これ以上ぼろを出さぬためにあえて、鑑定の魔法を唱えた。決してパンドラズ・アクターの独演会を防ぐためではない。しかし困った事になった。
この叡者の額冠は間違いなくこの世界由来のマジックアイテムであり、ユグドラシルのアイテム作成スキルでは再現が不可能だ。これを知っていた事をどう誤魔化すか……とアインズはふむふむと頷きつつ頭を回転させていると、目の前の巨大で透明な立方体に目を付けた。よし、これを利用して時間を稼ごう、あわよくばその流れで有耶無耶にできるやもしれない。
「パンドラズ・アクターよ、これはゼラチナス・キューブだな?これほど明るい場所で見るのは初めてだが……中に入っているものにもよるのだろうが、これは美しいな」
「!はっ、美しくも珍しいマジック・アイテムでしたので、披露に少々趣向を凝らしてみました!」
かけられた言葉に、顔に縦線が入ったままうつむいていたパンドラズ・アクターが顔を上げ、がっちりと食いつく。ぱあぁ!と言う音をアインズは確かに聞いた。もしパンドラズ・アクターが何らかのスキルを用いて自分で言ってたら、あとでぶん殴ろう。だが、今それを実行するほどアインズも非道ではない。
ゼラチナス・キューブはヘロヘロさんの種族・ウーズの一種で、迷宮に特化適応したスライムと言われている。その名の通り透明な立方体という非常に特異な外見をしており、触れた者を一瞬で自分の体内に引きずり込み、有機物なら何でも分解・吸収するという恐ろしいモンスターだ。さらには触れただけで強力な麻痺の効果があり、麻痺に対する完全耐性が無いものはその時点で死亡確定、といういやらしさからナザリックの迷宮内にも一部トラップとして配置されている筈。
だが、こうして改めて十分な光量の下で見ると真水がそのまま固まったような不思議な美しさがあり、中に少女が浮かんでいる目の前のそれは、一級の芸術品と言っても過言ではない。アインズがそんな感想を抱いている間に、パンドラズ・アクターの説明が続く。
「ゼラチナス・キューブは無機物には一切ダメージを与えませんので、ここ宝物殿に納められているマジックアイテムの洗浄に試験的に使用しております!無論、至高の御方々の秘宝ではなく、積みあがっている低位の物に限りますが……微細な隙間、わずかな曇りも100%逃しません!」
「……ほう」
アインズはスライムで洗浄をするという発想がパンドラズ・アクターと被ったことに、もやっとした何かを感じた。
(いやいやパンドラズ・アクターは俺が創造したNPC、たっちさんとセバス、ウルベルトさんとデミウルゴスのように考え方が似通るのはむしろ当然……なんだけど、何だろうこの気持ち)
しかも、なんだ。もしかしなくとも、パンドラズ・アクターの方法の方が優れてないか?アインズは目の前のゼラチナス・キューブを見つめる。この中に自分が入ることを想像する……水の中に浮かんでいるようなものだし、命じれば頭だけ上に出すことや逆さまに浮かぶことも可能だろう。
(結構楽しいかもしれないな、体も綺麗になるし……今度こっそりと試してみよう、だが三吉君には知られないようにしなければな)
「ああ!申し訳ございません、アインズ様!」
「!?な、なんだ」
なぜか恋人に内緒で合コンにいく男のような妙な心境で、ゼラチナス・キューブ風呂計画を練り始めていたアインズは、パンドラズ・アクターの唐突な謝罪の言葉に現実に引き戻される。
「わたくしとしたことが、入手したマジックアイテムに気をとられ、この者たちの報告を致しておりませんでした!遅くなりましたが、ただいまよりご説明させて頂きます」
「うむ、お前のその言葉を待っていたぞ、パンドラズ・アクター。だが、そうあれと創造したのは私だ。気に病むことはない」
嘘である。アインズも完全に目の前のマジックアイテムやゼラチナス・キューブに気をとられていて、報告を求めるのを忘れていた。ツッコミ不在とはかくも恐ろしいものか……そして心の中に冷や汗が垂れる。パンドラズ・アクターの方がそのことに早く気が付くとは。大丈夫なのだろうか、自分。
「おお!慈悲深き我が創造主、アインズ様!では、報告させて頂きます……事前の御指示通り、対情報系魔法の攻性防壁を多重展開し御身のお傍に伏せておりましたので、あの場を目標にしたこの者たちの感知魔法を捕捉いたしました」
パンドラズ・アクターがどこからかファイルのようなものを取り出し、報告を開始する。
「私の攻性防壁により〈フォース・アブショーブション/強制吸収〉が起動、これにより感知魔法発動者より吸収した魔力で<サモン・パック・オブ・ヴァイパーヴァイン/毒蛇蔓の群れの召喚>が起動。撃退されず周辺の生物・無生物の収集に成功。ゆえに犠牲による追加召喚は起動せず、ヴァイパー・ヴァイン召還後に広範囲・威力強化した<ファイア・ストーム/爆炎の嵐><ライトニング・ストーム/轟雷の嵐>が起動したことを、確認しております」
「…………続けよ」
「この者たちの素性ですが……スレイン法国・六大神殿の一つ、土神殿に所属する神官と神殿衛士でございます。叡者の額冠にて巫女姫と呼ばれる少女を高位魔法を行使するためのマジックアイテムに作り替え、感知魔法で六色聖典なる特殊部隊の国外活動を監視する任を負っていたようです。最低限の情報収集前に確認致しましたが、魔法による尋問防止措置などは施されておりません。現状はゼラチナス・キューブ内にて麻痺状態で生きたまま保管しております。この者たちの処遇ですが、いかがいたしましょう」
アインズはパンドラズ・アクターの報告を聞き、しばし瞑目する。そう、実はカルネ村にはパンドラズ・アクターを呼んでおいたのだ。目的は2つ、絶対に来ると分かっている感知魔法を利用し、より一層の情報収集を図るため。かけてくるのがわかっている感知魔法などという、おいしい機会を逃すことはないと考えたのだが、見た限りでは予想以上の収穫が上がったようである。
そしてもう一つはパンドラズ・アクターの能力試験のため。自分の近隣に潜ませていたパンドラズ・アクターは、アルベドや多数のシモベの目をかいくぐることができるか?というものだった。こちらもどうやら十分に成果が上がったと考えていいだろう、とアインズは判断する。
「その者たちは入手経緯の関係上、ニューロニストに尋問させるわけにも氷結牢獄に放り込むわけにもいかぬ。ここ宝物殿でお前の管理下に置いて情報を取集せよ。管理下にある限り、他の処遇や利用法はお前に任せよう、その経緯で破棄してもかまわん。だが、巫女姫に関しては重要研究対象とし、死亡させることの無いように努めよ」
「御命承りました。必ずやご満足いただける結果を御報告させて頂きます」
「……なあ、パンドラズ・アクター。ちょっと聞きたいんだが」
「何でございましょう?」
「んむ、そのな、さっきから報告をしている時、お前の口調がずいぶんと違うように思うんだが、私の気のせいか?」
報告が開始されてからずっと気になっていた。おかげで最初の報告はかなり頭に入っていない。速度、滑舌、発声全てにおいて完璧で、聞きやすく報告されているにも拘らず、だ。ちなみに報告の間は一切オーバーアクションもない。当然アインズは全く光ってない。別に光りたいわけではないのだが、違和感が勝った。
「今の私はアインズ様に任ぜられた、特務として職務を全うしております。アインズ様に授けられた我が衝動!我が熱き想いは!!この身で確かに燃えておりますが!!!……詳細な報告を行う際には、私の常の口調では大変聞き取りにくい筈。ですので、職務に併せた口調にて報告させて頂きました」
ああ、これだこれだ。と一光りしたアインズはパンドラズ・アクターの言葉に納得する。考えてみれば当たり前のことだ。いくらそうあれ、と創造されたからと言って隠密任務中に、あれを披露することなんてある筈がない。仕事とプライベート、TPOによって態度や口調を変えるのは至極当然。アルベドだってそこはわきまえてるくらいだ。ということは任務中のパンドラズ・アクターと行動するのは自分が思ってたよりは、あくまで自分が思ってたよりは、楽なんじゃないだろうか。そう思い、アインズは心持ち自分にかかってる重力の様なものが軽くなるのを感じた。わずかに肩の荷が下りたアインズは、機嫌よくパンドラズ・アクターに声をかける。
「パンドラズ・アクターよ。この度の働き、見事だった。敵味方……私の目すらも欺き隠しおおせたお前の能力、私の判断は間違っていなかったと確信したぞ」
「ありがたきお言葉!この身に宿る能力を授けてくださった至高の御方々、そしてアァインズ様に心より感謝の意を捧げます!」
「よし、では私はそろそろ準備をせねばならぬ。また後日ここには来るが、それまでにこの者たちより情報を集めておけ」
「はっ」
機嫌が良かったせいか、はたまたちょっと慣れてきたのか光らずに済んだアインズは、転移にて宝物殿を後にする。残されたパンドラズ・アクターはしばし礼をとったままの姿勢を保持していたが、やがてその姿は歪んだ蛸の様な禍々しい姿に変わっていく。
「さて、では拷問官を演じましょうか!」
多数のご感想、お気に入り登録及び誤字報告をいつもありがとうございます。こちらは旧12話前半部分となります。本来、ここまでで1話の予定でした。