オーバーロード ワン・モア・デイ 作:0kcal
<< 前の話 次の話 >>
意識を消失したニグンと、完全に戦意喪失している陽光聖典を一瞥しアインズは片手を上げる。周囲の空間が何ヶ所か歪み、ほぼ透明の武装した巨人と蜘蛛のような魔物が数体現れた。同時に地面から複数の影が立ち上がり人型をとり、盛り上がった土からは丸太のようなものが直立し身をくゆらせ始める。空中にも僅かな煌めきを放ち揺らめく何かが漂いはじめた。
「こやつらを連れていけ」
影や地面に潜んでいたモノ、不可視のシモベ達が陽光聖典を無力化するのを眺めているアインズは、もはや彼らに興味を失っているようにも見える。だがその心中は諸諸の感情が渦巻いていた。
(ありえないよなあ……ゲーム開始直後にルール違反とか、やっちゃダメだろう、それは!何のために条件を復唱させたと思ってるんだ。その条件でいいって約束しただろう、ったく何のために戦力を調整したと……あーもー、スカル・ロードとスケリトル・ドラゴンだぞ?相性を考えればアークエンジェル・フレイム40体の方が有利だろうに、しかも自分たちはバフかけ放題。なんでああいう事するかなあ)
天使はほぼ例外なく、神聖属性での攻撃が可能だ。しかも、アークエンジェル・フレイムは炎属性まで持っているアンデッド特効と言っていいモンスターだ。そこまで条件がそろってるにも拘わらずなんであんなことをしやがった、とアインズは先程から心の中でニグンと陽光聖典に悪態をついていた。
(そりゃゲームに負けるか、その直前になれば召喚するとは思ってたけどさあ……まだ何も動いてないじゃないか。あれはない、あれはないよなあ)
抑制されないレベルの感情に苛立ちつつ心の中で悪態をついているアインズだが、自分の何が失敗を招いたかはわかっていた。決定的に視点がずれているのだ。陽光聖典たちが見ていたのは駒ではなく、自分。確かに客観的に駒の戦力を分析していた第三者がいれば、陽光聖典有利では?という判断を下すだろう。だが、彼らは駒ではなく駒の背後にいるアインズをずっと見ており、その脅威に怯えていたのは間違いない。
そのことに気が付けなかったのも、別の視点のずれだ。結局、いまだにアインズから見たこの世界の人間は、一部の交流を持ったもの以外は虫が如き存在なのだ。
だから、殺すことに罪悪感を覚えない。
だから、何を考えているかなど思考の端にものぼらない。
だから、数万人の命を容易に摘み取る魔法を発動させることができる。
(いかんな。自分は人間としての残滓もあり、モモンとして街で人間と接していたことで、修正できていると思っていたが……結局、種としての人間の見方は何ら変わってなかったという事か)
思えばモモンとして街で人に接してはいたが、対等に交流を持っていたのは初期も初期だけだ。それ以降はアダマンタイト級冒険者、英雄モモンとして憧れや尊敬、崇拝を向けられる状態で交流していたに過ぎない。自分が明らかに上位の存在として交流を持っていた結果がこれなのだろう。
(……これは、何か対策を考えておかねばならないな)
先の話ではあるが、やはり為政者として腕を振るうのであれば、統治者としての視線の他に民衆からの視線というものも理解しておかなければならないだろう。政策を決定する際に、民衆にどのような影響があるかは容易に判断できる。それが目的だからだ。だが民衆にどう思われるか、理解してもらうにはどうすればよいか、という部分に於いては民衆の視点という情報は大変重要だ。
思考に没頭し、いつしか完全に冷静さを取り戻したアインズはそこである事に気が付く。視線を向けたのは自身の背後に在るブラック・グレーターワーム・ラヴナーだ。
「……なるほど、あの男や陽光聖典どもが動けなかったのは、そういう理由か」
不死の偉大なる黒魔竜(ブラック・グレーターワーム・ラヴナー)は、膨大な時を経て強大な力を持つにいたった黒竜が長大だが有限である寿命による死を回避するため、自らをアンデッド化した存在だ。生前の黒竜としての能力は全て使用可能な上に種族特性も保持、そこにアンデッドの種族特性を獲得しステータスが上昇する。
これだけでもかなり厄介かつ凶悪なモンスターだが、さらに頭のおかしい能力を獲得する。肉体は骨格を残して全て崩れ去り、その代わりに燐光の力場による体を得るのだが、この体がひどい。自身の周辺で死したものの魂を無尽蔵に吸収するのだ。ブラック・グレーターワーム・ラヴナーの本体は骨格部分であり、この光の体はいうなれば鎧に相当するのだが、いくらダメージを与えても周辺でPOPモンスター等が死んだ場合、その魂を吸収して回復してしまう。また、ソウル・イーターと似て非なる能力も保有しており、魂を吸収した時に回復の代わりに自らを強化することもできるのだ。最初その存在を知った時、つまり初遭遇した時だが「“ぼくのかんがえたさいきょうのもんすたー”かよ、糞運営!」とパーティ総出で激しく突っ込んだものだ。その後出会う事になるレイドボスや、ワールドエネミーがもっとひどかったのは言うまでもない。
そのブラック・グレーターワーム・ラグナーは有名だが、殆どのプレイヤーには無意味なパッシブスキル、畏怖のオーラを保有していた。これは絶望のオーラ・レベル1(恐怖)を強化したスキルで、レベル差がある対象であれば精神無効の種族であっても強い恐怖を与えることができるというものだ。有名なのはその特性故で、無意味なのはレベル差がないと効果がないという点なのだが、陽光聖典には当然のように効いていたらしい。アインズはもちろん、通常のプレイヤーには全く効果がないので忘れていたのだが――
(だが、あの男……ニグンはブラック・グレーターワーム・ラヴナーに対して攻撃するよう、主天使に指示を出していたな)
他の陽光聖典はあの時点で大部分が膝を折り、涙を流して震えていた。立っていたのはニグンと確かあと1人。アインズはその光景を思い出し一考する。
「……アルべド。捕らえた人間共に関しての処遇だが、先だって村や周囲にて捕獲した者どもはいうなれば捨て駒、特別なことはされていないだろう。情報を絞り出した後は実験に供するも――」
アインズは視線をいまだ消えていないデスナイト、すなわち死体を使用したデスナイトに送る。
「――アンデッドの材料にするもよし……そうだな、デミウルゴスと相談し処理せよ」
「ははっ」
「だが、今捕らえたもの達に関しては何かしら魔法で処理をされている可能性がある。情報を絞り出す前にまず徹底的にその部分を洗え。まずは一番立場の低いものから始めよ。それが終わったら情報を引き出す様々な方法をためせ。拷問による自白、魔法による尋問、種族特性を生かした情報収集……マインドイーターや夢魔による記憶の閲覧、生前の記憶を保持するアンデッド化なども試すのだ」
そこでアインズは一度言葉を切り、少し考えるそぶりを見せた後に言葉をつづける。
「隊長らしきあの男と、その横にいた者は最も確実な手段で情報を絞るため一番最後に回せ……いや、私の許可なく使用するな」
「了解いたしました。しかしアインズ様、恐れながら人間如きがそこまで知恵がまわるものでしょうか?」
してるんだな、それが。とアインズは声に出さずに呟くと前回の事を思い出す。その辺りを考慮せずに情報を引き出そうとしたため、よりによってあのニグンという男を一番最初に尋問して法国の情報隠蔽の魔法――魔法により意識をコントロールされている状態で3回質問をされると死ぬ――で喪ってしまい、結果地位の高いものが持っているであろう情報はほとんど手に入らなかった。この頃のアルべドにしてみれば獣や虫がそこまで考えるかなあ?程度の感想なのだろうが、今回もはやめにその認識を正しておく必要がある。
「アルべドよ。人間は臆病で卑小ではあるがゆえに知恵を磨き、常に傷ついた獣の如く注意を払うモノもいるのだ。それに、あの陽光聖典というのは法国の特殊部隊という……そうだな、我々ナザリックに当てはめれば守護者や最低でもプレアデスが率いるシモベの部隊だ。それを自分たちと同等の者たちへの任務へと送るのであれば、私なら情報を引き出されぬように何らかの対策をとっておく。こやつらの首魁がかつて我がナザリックに攻め寄せた者たちと同格の人間種、プレイヤーである可能性もあるしな」
「塵芥の如き者たちではなく、至高の御方と同格の人間種のプレイヤー共ですか。たしかに彼奴等であれば……差し出がましい口を出して申し訳ありません」
「よいのだ。疑問を持ち、問いを投げかけるということは、我が言葉であってもお前が思考を放棄せず思慮を巡らしているという事。そのことを私は嬉しく思う。ただ重ねて言うがここは未知の世界、我々が知らぬことも数多くあり、まだ見ぬ強者知者もいるであろう。その可能性は常にある程度は考慮に入れるべきと考えよ」
「はっ、知恵のたらぬこの身に至高の英知をお授け下さったこと、感謝いたします」
「ではゆくか、村にいる者どもに知らせてやらねばな」
そう言って、アインズは夜の草原を村に向かって歩き始める。続くアルベドは時折息を荒げつつ後をついていったのだが、前回も今回もアインズがその事に気が付く事はなかった。
そしてもう一つ、アインズがニグン達陽光聖典に対して抱いた怒りは、彼らの行動を“ゲーム相手のルール違反による裏切り行為”とアインズが受け止めたことに起因しているもので、そんな受け止め方や感情は、相手を虫などと捉えていた場合決して抱く筈がないという事を――ついにアインズが気が付く事はなかった。
「ゴウン殿、世話になった。この村だけでなく私や部下たちが救われたのは全てあなたのおかげだ……だが夜だというのに本当に出立されるのか?」
「はい、私はここより北の地に住まうもの。今日ここに来たのは偶然のようなものです。遠出をする準備もそうといって出てきた訳でもないので、我が家に戻らせてもらおうかと思います。今日は予想外の事ばかり起こって、大層骨もおれましたしね」
骨だけにな、などと万が一口に出してしまったら数年は思い出しては身悶えし、発光し続けそうなダジャレを目の前の人物が考えているとも知らず、ガゼフは言葉をつづける。
「ゴウン殿のような強者には不要の心配だろうが、夜は人の領域ではない。十分に気を付けてくれ。では褒賞はどうやってお渡しすればよいか?王都に来ていただければ一番良いのだが」
「……今後この村にはたまに訪問することになるでしょうし、出来ればここに送って頂ければありがたいのですが。無理であれば考えましょう」
ガゼフは強大な魔法詠唱者であろう彼に王都に来てもらい、ある人物に会ってもらいたかったが、言外に今は王都に行く気はない、という意志が籠っているのを感じ取ってここは引き下がることとする。
「いや、了承した。私と王国の恩人であるゴウン殿にまずご足労頂こうとは、こちらが失礼であった。褒賞はここカルネ村にお送りするよう、手配しよう。だがもし王都に来られた時は、ぜひ私の屋敷に立ち寄って頂きたい。先程の文はその時のためにも持っていてくだされば幸いだ……ゴウン殿、捕虜をとるようにしたのも貴殿の案だと聞いた。これで此度の事件の黒幕が明らかになれば王国への策謀を未然に防げるだろう、重ね重ね感謝する」
「私が進言はしましたが、捕虜を引き渡したのはこの村の皆さんの判断です。戦士長殿が捕虜の確保に感謝されるというのであれば、この傷ついた村に何らかの支援を頂けるようお願い致します」
「了解した、どういう形になるかここでは確約できぬが、王国戦士長としてこの村への支援をお約束しよう」
「では失礼します。戦士長殿、褒賞の件でなくとも私に何か用件があればここ、カルネ村に連絡を」
アインズ・ウール・ゴウンが踵を返し、従者である黒い騎士とアンデッドの戦士1体と森の方へと去っていくのをガゼフは村長達と共に見送った。彼らの姿が見えなくなって少しすると背後でガラン、と音が響く。そこにいた筈のアンデッドの戦士の姿はなく、ただ戦士が持っていた村を襲った帝国兵に扮した者達の剣が地面に落ちていた。それを見て村長が呟く。
「ゴウン様がおっしゃられていた通りですな」
「うむ……」
村長から、このアンデッドの戦士はアインズ・ウール・ゴウンが村に来てから魔法で呼び出した戦士と聞いていた。彼が村を出立する際、この戦士は普通に召喚したものなので自分が遠く離れるか時間がたてば消えてしまいますから置いていきます、と言っていたが……果たしてあの言葉は真実なのか。たしかに召喚モンスターは時間がたつと消えてしまうと聞いたことがある。ならばあの男は召喚モンスターを永続的に留める研究をしていて、それを成し遂げたという事なのだろうか。このことは王国に戻り次第、自身の知識に間違いがないか確認せねばならない。
自分の部下の誰よりも、あるいは自分よりも強いであろうアンデッドの戦士を召喚し永続的に使役する強大な魔法詠唱者。そのアンデッドの戦士をも上回りかねない強さを感じさせる、黒い騎士。法国の連中……陽光聖典を追い返したと言っていたが、おそらくは全滅させたであろうあの者たちが今後王国の力となってくれるように尽力せねばなるまい、と王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは決意を固めていた。
ナザリック大墳墓、宝物殿。カルネ村より帰還したアインズはアルべドに守護者達への報告を命じた後、すぐさまここに転移した。通常であればブラッド・オブ・ヨルムンガンドの猛毒で汚染されている空気は清浄に保たれ、普段は霊廟前にいる筈のパンドラズ・アクターがアインズを出迎えている。
「お待ちしておりました!モモンガ様!・・・・・・いや」
パンドラズ・アクターが一礼の後、大げさだが優雅な動きで失敗した!のポーズをとったかと思うと、すぐさま胸に手を当てパンドラズ・アクター曰く創造主を讃えるポーズをキメる。
「我が創造主!ん~~~~アインズ様!」
宝物殿に転移しわずか30秒の間に2回光ったアインズは思わず頭を抱えかけるが、今後はここに来ることが増えるのだ、こんなことでいちいち頭を抱えて帰りたくなっていては何もできん、これも鍛錬だ、と考えぐっと動作を押さえ込む。
「・・・・・・パンドラズ・アクターよ、首尾は?」
「中の上、といったところでございます。こちらをご覧ください!」
いつも多数のご感想、お気に入り登録及び誤字報告ありがとうございます。修正は反映させていただいてます。今後ともよろしくお願いいたします。
前回投稿後、大変厳しい意見を多数いただきました。ある程度の修正を行うつもりです。ご不快に思った方は申し訳ありませんでした。
原作1巻の内容が終わると思ったが、そんなことはなかった。本当にもう少しペースを上げないと不味い気がしてきました。