「おやっさんの前で盃を交わした。 これで、今日から俺とお前は五分の兄弟だぜ」 ――たったひとつの出会いが、人生を変えることもある。 俺にとってそれは、兄弟との出会いだった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「ですからねぇ……相手は君に一方的に 因縁をつけられたと、言ってるんですよ」 担任教師がオドオドしながら説教を垂れてくる。 いつもの光景だ。 俺のいる学校は、お世辞にも、偏差値が高いとはいえない。 イジメやカツアゲが、校内のあちこちでおこなわれている。 教師はいつも、見て見ぬふりだ。 「……金を取られていた奴は?」 「彼はね、借りたお金を返しただけだそうですよ、えぇ ですからね、君には反省文を――」 話にならない、苛立って机を叩く。 「くだらねぇ……」 硬直してる教師を尻目に、俺は職員室から出ていく。 これで何度目だ? 授業を受ける気なんて、起きるわけがない。 このまま帰るか…… 昔から、腐った奴を見過ごすことはできなかった。 そのたびに、助けた相手は報復を恐れて口を閉ざす。 俺はただ、不良のレッテルだけを貼られて生きてきた。 「また、手紙のひとつも無しか」 家に着くと、両親からの仕送りが届いていた。 学生の身には多すぎるくらいの金額だ。 「体の良い厄介払いだな……」 ガキの頃は、喧嘩して帰るたびに叱ってくれた両親も、 中学にあがる頃には、俺の顔色を窺うようになっていた。 両親に手をあげたことはない、怒りも憎しみもない。 ただ、二人の恐れを含んだ眼を見るのは、悲しかった。 進学の際に、一人暮らしを勧められて素直に従った。 二人にこれ以上、窮屈な思いをさせたくなかったからだ。 だが、二人にとっての俺は…… 俺は家の中に入ると、制服から着替えて、 ほとんど使わずにいた、これまでの仕送りを集めた。 書き置きくらい残しておくか、 ……いや、両親も、もう俺のことなど、気にもしないだろう。 特に行くあてもないが、俺は家を出た。 ―――――――――――――――――――――――― それからしばらくの間、街から街を転々としていた。 寝泊まりは、カプセルホテルで済まし、金は麻雀やパチンコで稼いで 元金はほとんど減ることはなかった。 何も目的はない、ただ惰性で生きているだけの毎日。 たまに絡まれて喧嘩をする時以外は、生きてる実感もなかった。 そんな生活に疲れた頃、たまたま流れ着いた街のゲーセンで、 複数に囲まれている男がいた。 (あれは、都内でも有数の進学校の制服だな、だが俺には関係ない) 今さら、人助けなんて馬鹿らしい。 裏口から路地裏に連れて行かれる男を一瞥しただけで、 俺はそのことをすぐに忘れ、手近な格闘ゲームを始めた。 しばらくすると、反対側の台から乱入対戦が入ってきた。 退屈せずに済みそうだ。 …………チッ! 舌打ちすると同時に俺は叫んでいた。 「ハメ技使いやがって!」 格闘ゲームには、返すことが不可能な『ハメ技』というものがある。 ほとんどの場合、暗黙の了解で禁じ手に近い。 相手にそれを使われた俺は、つい激昂した、汚い手で負けるのは癪に障る。 「おいおい、使われないように立ち回るのも、腕の内だろ?」 声の主である対戦相手を見て、俺は一瞬だが戸惑った。 こいつは、ついさっき、路地裏に連れて行かれたはずだ。 「おい、てめぇ、ちょっとツラ貸せ」 「ははっ! ゲームもそうだが、熱くなりやすい奴だな」 俺は、そいつが後ろについてくるのを確認すると、裏口の扉を開けた。 思わず、息を飲む。 さっき男を取り囲んでいた奴らが、そこかしこで倒れていた。 「……お前がやったのか?」 言ってから、気づいた。 こいつの服装に乱れはない、顔も綺麗な状態だ。 「あぁ、こいつら、うちの連中から結構な額をふんだくっててな それを回収する為に、わざわざ制服着て、網を張ってたんだぜ。 まぁ、俺も取り立てた金の一部は、貰うことになってるし 儲けさせてもらった分、手加減はしてやった」 いくら俺でも、この人数を相手に、無傷で勝つのは難しいだろう。 少し痛めつけるだけのつもりだったが、俄然、興味が湧いてきた。 「……そうか、俺相手には手加減なんざ必要ねぇぞ」 「だといいがな」 ディフェンスの上手さは、おそらくボクシングだろう。 俺には以前、ボクサー崩れとやりあった経験がある。 余裕かましたツラに一撃入れてやる―― 「おっと、カッとなりやすいわりには、小技を使うんだな」 右ストレート、続けて右腕を死角にして右の蹴りを打ったが 涼しい顔で避けられた。 その動きは、ボクシングのそれとはまるで違う。 「てめぇ、なにか武道でもやってやがるな?」 「ははっ、そんな高尚なもん、やらねぇよ」 だが、明らかに、こちらの動きを読んでの動きだ。 「まぁ、そうだな、人間の動きってのは単純なもんだ。 殴る、蹴る、威力を出すには、それ相応の動き方が必要だ。 そこさえ見切っちまえば、後は簡単なもんだぜ?」 言うのは簡単だ。だが、実践するには 膨大なパターンを覚えて、それに対して反応しなければならない。 ハッタリじゃなければ、こいつは紛れもない天才だ。 「たとえば――」 不意に一撃入れられた。 まるで意識の隙間を突かれたようだ。 「人間は動く時はだいたい、息を止めるか、吐きながらだ。 逆に、息を吸う瞬間は無防備になりやすく、虚も突きやすい」 自分の技術の背景を簡単に教えるのは、破られない自信があるのだろう。 「てめぇがどういう奴かは理解した、だが勝つのは俺だ」 俺には策があった。 いや、策と呼べるほどの代物ではない。 愚直に前に出て圧力を掛け、一撃に賭ける、ただそれだけだ。 「……あきれるほど頑丈な奴だな」 「お前のパンチが軽いんじゃないのか?」 「ははっ! 言うじゃねぇか、ゾンビ野郎!」 致命的な一撃は避け、軽い攻撃は受けながら間合いを詰めていく。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ、はぁ……どうした? 動きが鈍ってきたぞ?」 「……いい加減、倒れろよ、しつこい男はモテないぜ」 明らかに動きの鈍ったスイングが俺を襲う。 だが、これはブラフだ。 やりあいながら、俺はこいつの性格を把握しつつあった。 精彩に欠けるパンチをあえて受け、 本命の一撃に合わせてこちらも態勢を整える。 狙いは相打ち―― 「「っ!」」 かろうじて踏みとどまる。 奴は……そのまま崩れ落ちる、俺は賭けに勝った。 「でたらめな野郎だな……一撃でひっくり返しやがった。 お前みたいな奴は初めてだぜ」 「あぁ、俺もお前みたいなのは初めてだ。」 おぼつかない足取りで路地裏を出ようとする。 「同じ手は食わねぇ、次やったら負けねぇぞ」 「あぁ、そうかもな」 ―――――――――――――――――――――――――――- それから、街に繰り出すたびに、よく顔を合わせるようになった。 そして、くだらないことで張り合って、殴り合う。 お互い、示し合わせたわけでもないのに、遊び場所が被る。 俺がパチンコで箱を積めば、あいつはスロットで箱を積む。 雀荘で同じ卓についた時は、閉店まで打ち続けた。 いつしか、俺は街に出るとあいつの姿を探すようになっていた。 季節の変わり目に、俺たちは初めて会ったゲーセンの路地裏で 何度目かも分からない喧嘩を終えた。 先に立ち上がった俺は、店内へ戻り、一息つく。 ふと見渡すと、いつか見た連中が 群れを成して裏口に向かっていた。 あいつに用か? 用件があるとすれば、報復だろう。 ダメージのある状態だ、このままなら、あいつもやられる。 だが、助ける義理なんてない、ほっとくべきか。 ……気に入らないな 俺と互角にやりあえる奴が このまま群れるだけの雑魚に、やられていいわけがない。 ……仕方ない、行くか 「トオルくんは、マジでやべぇ人だからよ。お前、死んだぜ?」 「もう蜂須賀組から盃もらってんだべ。マジパネェわ」 「おいおい、あんま相手ビビらせんなよ。 泣いちゃったらかわいそうだろ〜」 どうやら奴ら、今回は自分たちの頭を呼んできたようだ。 負ける気はしないが、今の状態では少々、分が悪い。 会話を聞いていると、あいつと視線が合った。 「おい、遅ぇじゃねぇか」 不意に声を掛けられた。 一斉に視線がこちらを向く。 その瞬間を、あいつが見逃すはずはない。 気づけば俺は、あいつと挟み撃ちの形で 奴らを蹴散らしていた。 「いいタイミングだったな」 さっき声を掛けたのは、やっぱり不意を突く為か。 したたかな男だ。 「……貸しにしとくぞ」 「元はと言えば、お前とやりあったのが原因だろ…… 万全だったら、こんな奴ら、物の数じゃねぇよ。 まぁ、いい。借りはすぐにでも返す」 言葉の意図が、すぐには分からなかった。 「どうした? ついて来いよ、酒でも奢るぜ」 この街は他と違って、かなり緩い。 俺たちくらいの年齢でも、金さえあれば普通に店飲みができる。 店主もいちいち、年齢を確認したりはしない。 こいつとも、酒場で何度か顔をあわせている。 酒の席も例外ではなく、他の場所と同じように 酒量や一気飲みで競っていた。 「また飲み比べでもするか?」 「いや、今回は、やめておくぜ。 たまには張り合わずに、ゆっくり飲むのもいい」 ___________________________ 俺たちは、よく顔をあわせる店に、自然と足が向いていた。 互いに知ってる店の方が、都合がいいだろう。 二人で、空いてる奥のカウンター席に、並んで座った。 「生二つ、ねぎま、ぼんじり、軟骨を二つずつで頼む」 適当に注文を済ませると すぐに生ビールが二つ、目の前に運ばれてきた。 「まぁ、まずは一杯、だな」 今日は、かなり動いて疲れている。 乾いた喉に、その一杯は、染みるほどに効いた。 しばらく、無言で飲んでいると 急に、あいつがこちらに向き直った。 「業神浩だ……お前は?」 「俺は――」 答えながら苦笑した。 俺たちは、あれだけ何度も、やりあったのに まだ互いの名前すら、知らなかったのか。 それから、二人で互いのことを話した。 「お前、なんであんな進学校に行ってる、 色々と、窮屈じゃねぇか?」 「腕っぷしだけじゃ、誰かに利用されて終わりだ。 俺はそうならないように、必要なことは何でもやる。 先々を見据えた、知識と学歴の為だな」 業神も、これまで生きてきた経験から 何かしら、思うところがあるのだろう。 「お前はどうなんだ? 歳は近いみたいだが 学生やってるようには見えねぇ」 俺はこれまでの経緯を軽く説明した。 「流れ者か。まぁ、この街じゃ珍しくもない」 確かに、珍しくもないのだろう。 この街は流れ者にも懐が深い。 俺にとっても、居心地が良い方だ。 そのまま二人、他愛もない雑談をして過ごした。 やがて、閉店時刻を過ぎて、外に出る。 店を出たら、俺はホテルへ 業神は家へと向かうことになる。 しばらく、二人で話の続きをしながら、並んで歩いた。 不思議な感覚だった。 これまで、向かい合って、やりあってきた相手が 隣を並んで歩いている。 不思議だが、こういうのも、悪くない。 こうして、誰かと並んで歩くのは、いつ以来か…… 不意に背中を強く叩かれた。 「この街ではゆっくりしてけよ、流れ者」 そう、声を掛けると、業神は去っていった。 _______________________________ 「一度、試してみてわかった。 勝ち役はお前の方がいいだろう」 あの夜から、俺たちはよく、つるむようになっていた。 今は雀荘で一稼ぎする為に、話し合っている。 「麻雀はお前の方が上手いだろう?」 麻雀に関しては、業神の方が俺よりも上手い。 事実、あいつは俺に振り込む事は滅多になかった。 「確かに、上手いのは俺の方だろう。 だが、強さに関しちゃ、ほとんど差はない」 戦績は五分五分ではある。 「お前は、振り込むことも多いが 勘が良いのか、大物手は上手く避けてる。 それに、俺よりも、ツキが太い」 業神は勘よりも、読みと計算で打つ。 いざという時は博打に出るが、基本は守備重視だ。 「俺の打ち方じゃ、負けた相手は、敬遠するぜ。 お前くらい豪快な打ち方なら相手も 次は勝ってやる、って気になれる」 「わざと振り込めばいいんじゃないか?」 「俺たちが、カモにしようって連中は 接待麻雀に慣れ切ってるような奴らだ。 当然、その辺の機微には聡い」 よく足を運ぶ雀荘で 金払いが良い連中を調べた結果 どこぞの企業の重役クラスが、何人かいるようだった。 「それにな、奴らは、勝ちたいだけなら 接待で十分なところを、わざわざ雀荘で面子を変えて打ってる。 勝ち負けよりも、真剣勝負を楽しみたいんだろう」 なるほど、業神の言いたいことは分かった。 業神の打ち方じゃ、力量差がハッキリと出る。 俺の打ち方なら、ツキの良し悪しで、何とかなる気はするだろう。 劣勢なら、業神がサポートする形だ。 「いいだろう、お前の計画に乗って 今まで間違ったことは、ないからな」 ________________________________ 雀荘には、業神が先に行って カモと同じ卓につき、後から俺が入る段取りにした。 常連客なら、少し前まで俺たちが 何度も、バチバチにやりあっていたことを 覚えているはずだ。 後から来た俺が、業神に サシウマを吹っ掛けて、同じ卓に入る。 誰も組んでいるとは、思わないだろう。 業神が入ってから三十分ほどして 雀荘に入った俺は、首尾よく、卓についた。 今日は、ツモの調子もいい。 この分なら、業神のサポートも要らないな。 しばらく打っているうちに、妙な空気を感じた。 卓からではない、周囲から漂ってくる、殺気のような…… 卓待ちの椅子に三人、こちらに視線を向けているのがいる。 どうやら、こいつらが原因のようだ。 業神も気づいている。 面倒なことになりそうだ…… 今後のこともある、ここで揉めるのは得策ではない。 半荘終わったところで、切り上げて外に出ることにしよう。 俺がトップを取り、業神がサシウマ分を俺に渡すと 「今日はツイてねぇ、俺は降りるぜ」 「そうか、なら、今日の勝負は終わりだな」 二人で卓を離れ、出口へと向かった。 後ろから、視線の主たちがついてくる。 やはり、俺たちに用か。 表に出ると、前に見た顔がこちらを出迎える。 確か、トオルといったか。 すぐに後ろの奴らと合わせて、取り囲まれた。 まずいな。 負ける気はないが、この状況は不利だ。 「俺らに用か? ここじゃ、人目につく 近くに良い場所があるから、ついてきな」 業神が先導して、空き地へと連れて行く。 これで囲みは解けた。 この機転の良さは、俺には無い物だ。 空地へ着くと、リーダー格らしき男が口を開いた。 「お前ら、トオルが蜂須賀のもんだと知ってて 手ぇ出しやがったな? この礼は高くつくぞ」 どうやら、あの不良の頭が、ヤクザの下っ端なのは 本当だったらしい。 今回は、その報復か。 「元々、カツアゲしてた連中が発端だ。 こっちに非はねぇよ、筋違いってやつだぜ それでもやるってのか、なぁ、あんた?」 業神が、リーダー格のヤクザに問い掛けた。 その狙いは、すでに分かっている。 「筋がどうとか関係ねぇ 面子を潰されて黙ってたら、極道じゃねぇん――」 集団に明確な頭がいる場合、頭が重要な決定をする時 下っ端は全員そっちを向く。 今回は喧嘩の口火を切るタイミングだ。 こちらから視線を切った瞬間、俺と業神は飛び出した。 すぐに、トオルを含めた、四人の不良を叩き伏せる。 そして、一旦、距離をおいた。 「てめぇら、ここまでやったら、もう引き返せねぇぞ」 三人のヤクザものは、視線を一度も切らさなかった。 さすがに喧嘩慣れしている。 「おい、お前ら、やれ」 指示された二人が、俺と業神に向かってくる。 「ざっけんなこらー!」 ……これが暴力のプロか、その辺の不良とは違う。 俺はこれで飯を食っている、そんな気概が感じられた。 だが、俺も業神も、負けるわけがない。 こいつらよりも強い相手と、何度もやりあっている。 俺たち二人は、互いにやりあいながら、強くなってきた。 「極道がなんだって? 大したことないな」 俺と業神は、ほぼ同時に相手を倒していた。 残りは一人、大将だけだ。 「おい、てめぇら、起きろ。 いつまでも寝てんじゃねぇ」 奴はこちらに向かわず、倒れた仲間を蹴り起こしている。 怖気づいたわけではないだろうが、なぜだ? 「ガキどもが。 極道と揉めるってことを、まるで分かってねぇ。 今後、てめぇらは、俺らの的だ」 続けて、起き上がったチンピラも、捨て台詞を吐いた。 「大人しくやられてれば、マシだったろうに、馬鹿な奴らめ」 勝つには勝ったが、スッキリしない終わり方だった。 気分直しに、飲みにでも行ってから帰るか…… _______________________________ あいつらの言ったことは、ハッタリではなかった。 あれから、街に出るたびに、不良やチンピラに襲われる。 ご丁寧にも、俺たちに、懸賞金までかけられてるらしい。 ……それにしても、今日は業神の到着が遅い。 待ち合わせの時間は、すでに過ぎているはずだ。 「よぉ、待たせたな」 遅れてきた業神は、すでに傷ついていた。 来る前に、襲われたのだろう。 「奴ら、今度は、学校まできやがった。 さすがに、ヤクザもんに乗り込まれたら、クビだぜ…… まったく、俺の将来設計も、これでパァだ」 段々とエスカレートしてきているな…… 何か対策をしなければ、ジリ貧だ。 そう思っていた矢先、俺たちのいる喫茶店の外で ヤクザものが一人、公衆電話を使っているのに気づいた。 まさか、応援を呼んでいるのか? 度重なる喧嘩で、俺もかなり疲弊している。 今回の待ち合わせは、いつもの行動範囲を出て 落ち着いて話せるようにしていたはずだった。 「……チッ! やるしかねぇだろ! 行くぞ!」 いつになく、業神も好戦的だ、学校の件が理由だろう。 レジで万券を渡して、そのまま外に出ると 公衆電話で話しているヤクザに、殴りかかった。 「うぉっ!?」 業神のパンチは、確実に顔面を捉えた。 だが、男は怯むことなく、無造作に腕を振り払うと 業神をこちらに吹き飛ばしてきた。 「なんだあいつ? 化け物か?」 改めて見ると、今までの相手とは 桁違いの空気を、その男は身に纏っている。 そして、殴られてもまだ、電話を続けていた。 これが本物の極道…… 奴は、俺にそう感じさせた。 「俺の攻撃は通じなかった、お前がやるしかねぇ。 全力の一撃をお見舞いしてやれ」 「今度は不意打ちじゃない あいつが、黙って食らってくれると思うか?」 電話中で、こちらの会話は聞こえてないだろうが 目線はこちらに向いている。 大人しく、こちらの攻撃を食らうはずがない。 「先に俺が、あいつの攻撃を捌いて隙を作る。 その瞬間を見逃すな、必ず決めろ」 業神は、覚悟を決める為、一息つくと こう言った。 「俺が盾で、お前が矛だ」 電話が終わるのを合図に、業神が仕掛けた。 振り回された拳を、捌き切れずに吹き飛ぶ。 だが、体勢は崩れた、俺は全力で拳をぶち込んだ。 「……お前ら、何がしたいんだ?」 一瞬、揺らいだ気がしたが、すぐに反撃の蹴りで 業神の横に転がされた。 「こんな化け物を今まで温存してたのかよ…… 煮るなり焼くなり、好きにしな」 業神が捨て鉢になって言う。 心をへし折るには、十分過ぎる実力差だった。 「あぁ、お前らが、蜂須賀のとこが追ってるガキか 道理で……あいつらじゃ、手に負えないわけだな」 「あんたも仲間じゃないのか?」 「ここはあいつらのシマじゃない だから、俺がお前らを追う理由もない」 情けない話だが、少し安堵してしまった。 「極道の喧嘩に負けも、引き分けもねぇ、勝つまで続けるもんだ。 お前らも、腕はあるようだが、この辺で街から出るんだな ガキの喧嘩じゃ、通用しねぇぞ」 そう言い残して、化け物は去っていった。 「ガキの喧嘩じゃ、通用しない、か よぉく、わかったぜ……」 業神が呟いた。 「負けを認めて、街を出ていくか? そんなタマじゃないだろ、お前は」 「当たり前だ、このまま、やられっぱなしで終わるかよ。 少し準備がいるが、俺に考えがある。 ……反撃開始だ」 同人シナリオ『兄弟仁義』 〜後編へ続く〜