オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal
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Blunder

「後ろにいるのはアルベド。皆さんと少しお話がしたいので、お時間を頂けますか?」

 

 ニグンはこの申し出にのって情報収集をすべき、と判断し先を促すように合図する。だが初対面で名で呼んでほしいとは、この辺りの人間ではないのだろうか?

 

「お時間を頂けたこと、感謝いたします。先ずはあなた方に称賛の言葉を贈りましょう。召喚した炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を前衛に配備し、自分達は後衛として臨機応変に援護や支援をする。指揮官である貴方は監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を動かさず全体を強化しつつ指揮に専念する……見たところ最低限ではあるでしょうが、隊員の皆さんは戦士や野伏の職業も取得してるようだ」

 

 監視の権天使の特殊能力を知っている。その事実にニグンは警戒を強める。

 

 「魔法詠唱者は魔力を失うと、大きくその価値を損なう。その魔力の消費を抑えるため、そして部隊全体の汎用力を高めるための措置と見ました。おそらく各々が取得している魔法も専門分野を設定し、効率的に習得されているとお見受けします。また包囲も実に上手い。常に部隊員全体が、目標とほぼ等距離を保って陣形を保持している。流石は精鋭部隊です」

 

「お褒めに与り光栄だ、とでもいえばいいのかな魔法詠唱者、なにが言いたいっ!?」

 

 自身の言葉を受けて漆黒の騎士が一歩前に出たのを、魔法詠唱者が手を上げて止めるのが見えた。だがその間の一瞬、濃密な殺気、それも人が放つ類ではない強烈な殺気が放たれたのを感じてニグンは言葉を詰まらせる。

 見れば部下たちも、いや恐怖を知らぬ天使でさえも陣形を崩すほどに下がっている。本当にいったい何者なのだ?冷汗が頬を伝うが、今はまだ相手の出方がわからない。気力を集中させ平静を装う。

 

「まあ、待て……失礼、まだ続きがありましてね。称賛を贈るべき事はそれだけではありません、先程の戦いを拝見しましたが、天使達の運用が実に見事だ。一見無駄に飛んでいる天使が複数いましたが、あれらは回避行動をとりつつ、戦士たちの死角に入ろうと常に動いていた。重圧を与えるのには最適の手段……死角に入れた場合は的確に攻撃を行っていましたね。攻撃も実力差があるにも拘らず、手を抜いていない。空中からの一撃離脱という戦法を徹底して崩さず、同時に攻撃する場合にも常にタイミングを意図的にずらすなど、工夫が凝らされている。それでいて、ここぞというタイミングでは召喚モンスターであることを最大限に活用し、捨て身の攻撃を仕掛ける。この緩急をつけた攻撃パターンの構築と運用は相当な訓練と、実戦経験の賜物と感じましたよ。実に素晴らしい……さて、前置きはここまでです」

 

 アインズの言葉を聞いていたニグンはやはりただの魔法詠唱者ではない、と判断を下す。アインズの言う称賛の言葉とやらは、要は自分はお前たちの戦いを見ていて戦力と戦術は熟知したぞという宣言だ。一見で陽光聖典の戦術のポイントを全てではなくとも見抜いたのは、指揮官としての経験があると考えられる。

 だが法国以外で、魔法詠唱者を部隊長や指揮官に置いている人間国家など周辺にはない筈。ならば評議国の手のものか?全身を装備で覆っているのも、それならば頷ける。あの仮面や鎧の下が亜人である可能性も考慮せねばなるまい。そこまで考えていたところで再びアインズが話し始め、より多くの情報を得るためニグンは耳を凝らした。

 

「取引というのは、あなた方に少々実験に付き合って頂きたいのですよ。もうお分かりかとは思いますが、私は貴方達の戦いを見てなお、必勝を確信したから、ここにやってきて貴方達と話をしています。理由は言わずともお分かりになるでしょう?」

 

「はったりを――」

 

「はったりだと……本当にそう思いますか?」

 

 無礼な物言いに反射的に出た言葉をさえぎられたが、アインズの先程よりも力のこもった言葉と、隣の騎士からの重圧におもわず言葉を飲み込む。羞恥の念が浮かぶが、それ以上の威圧感から言葉を発することができない。それを撤回の意と感じたのかアインズは再び口を開いた。

 

「ご理解いただけたようで何より、実験の内容というのはね、擬戦、MvMとでもいいましょうか、ゲームですよ。今から私がモンスターを10……権天使に対応した隊長格モンスターを1体加えて11体召喚しましょう」

 

 何を言っているんだ、そんな雰囲気が部下たちに流れる。ニグンも同様の感想を抱いた。モンスターを同時に11匹召喚するだと?そんなことができる魔法詠唱者など聞いたことがない。

 

「そのモンスター達を指揮して、あなた方の天使を攻撃します。あなた方の権天使か、私の用意した隊長格モンスターのどちらかが撃破されるまで戦う、お互いに新たな召喚は無しでね。支援魔法による援護は許可しましょう、それ以外の行動をした場合は攻撃させてもらいますが。そうそう、私とアルベドは攻撃を受けぬ限り、指揮に専念し戦闘には参加いたしません。それであなた方がこのゲームに勝てば、あなた方の命は保障しましょう、どうですか?」

 

 ニグンは困惑した。目の前の魔法詠唱者が、なぜそんな取引を持ち掛けてきたのか全く理解できなかったからだ。本当にモンスターを10体以上召喚できる魔法詠唱者であれば、取れるべき手段は多い。

 アインズと名乗る魔法詠唱者が召喚術に特化した魔法詠唱者や、同時召喚などのタレント持ちだとしても事前に召喚してからこちらと対峙したほうが、交渉にしろ戦闘にしろ絶対的に有利。自身の懐の内にある水晶と同じくマジックアイテムでの召喚なのかもしれいないが、戦闘の際に自身が攻撃されない限り魔法を使わないというのはおかしな話だ。

 唯一納得できる予想があるとすれば、この交渉を含んだ今までの全てが援軍が来るまでの、あるいは別の何かのための時間稼ぎだという可能性だ。だとすれば不可解な言動や行動にも合点がいく。こちらを混乱させることで時間稼ぎという目的を隠蔽しているとすれば、これ以上付き合わずに狙いを看破したと宣言し行動に出るべきだ。ニグンはそう判断し、一歩前に出て威圧的に言葉を発する。

 

「なんだ、時間稼ぎか?そんな馬鹿な条件は」

 

<ファイアーボール/火球>

 

 突如、横合いより閃光と爆風がニグン達たちを襲い咄嗟に身をかばう。魔法詠唱者ーアインズがほぼ真横に向かって<ファイアーボール/火球>を放ったからだ。遠距離に着弾した筈の火球から未だに熱波が襲い、上空から爆発によって噴き上げられた砂や小石が降りかかってくる。即座に体制を整え直し自分も部下も臨戦態勢に入る。しかし、今のは本当に火球の魔法なのか?

 自分や部下も同じ魔法は修めている。あの威力は自分達の放つ火球の倍、いやもしかするとそれ以上の威力。つまり目の前の魔法詠唱者は、法国の精鋭部隊たる自分達よりも遥かに強大な魔力を持っていることになる。だがあるいは。

 

「……お前達は全員が魔法詠唱者なのだろう?ならばわかる筈だ。今の火球は<マキジマイズマジック/最強化>や<トリプレット/三重化>によって強化したものではない」

 

 ニグンの予想の一つが覆される。だとするとまずい、これ以上あの魔法詠唱者に言葉を紡がせてはいけない、そう思って声をあげようとするが間に合わない。

 

「ただの<ファイアーボール/火球>だ」

 

 言われてしまった、とニグンは視線で部下たちを見回す。部下たちが今の言葉に明らかにおびえているが、幸いにもまだ士気が崩壊するほどではない。

 

「まさか、ここまで教えてもまだ理解できぬわけではないよな?それとも、もっとわかりやすく、<マジック・アロー/魔法の矢>を唱えてやろうか?お前たちの誰かがその時点で死ぬだろうが」

 

 アインズの言葉に、脳裏をよぎった特定属性に特化したエレメンタリストの可能性すら否定される。<マジック・アロー/魔法の矢>は位階が高いものが唱えるほど矢の本数が増える、魔法詠唱者の実力を計るのに最も適した魔法。その魔法を使ってみせようかということは、つまりこの魔法詠唱者は純粋な魔力だけであの威力を出した、と言っているのだ。まさか第六位階では無いだろうが第五位階、英雄級の使い手の可能性は非常に高い。こちらの動揺をよそに、口調の変わった魔法詠唱者は言葉をつづける。

 

「これを最後の警告としよう」

 

 ニグンは、魔法詠唱者がいつのまにか禍々しくも美しい豪奢な杖を持ち、言葉と共に構えるのを見た。

 

「取引に応じるのか?それともこのまま私・・・・・・いや違うな、我らと戦うのか?はっきり言ってしまうが、お前たちではこの私、アインズ・ウール・ゴウンには絶対に勝てぬ。これだけ私が温情をかけているのはな、先程の称賛の言葉がすべて真実だからだよ、陽光聖典の諸君。私も永きにわたって訓練と研鑽を積んできたもの。以前の私は……私では気が付けなかっただろうが、お前たちのその練度に費やされた時間は、多少ではあるが敬意に値するだけのものと認めたのだ。だがその敬意もそろそろ尽きそうだ、返答せよ」

 

「わ、わかった!取引に応じよう。アインズ・ウール・ゴウン殿!」

 

 慌てて返答する。あの火球を今放たれた場合、炎に対する防御魔法をかけていない状態では全ての部下が、あるいは自分すら死なないまでも一撃で戦闘不能になる可能性が高い。しかも、今は戦闘用とおぼしきマジックアイテムの杖まで取り出されている。懐の切り札を切るにしても時間が必要だ。流石にあの魔法詠唱者でも、法国の至宝の知識や対抗策はあるまい。隙を見て、あるいは奴を偽って発動までこぎつけるかだが、今は他に選択肢はない。

 

「よかろう、ではルールの再確認だ。私の駒は召喚するモンスター11体、ゲーム中は私及びアルベドは指揮に専念し攻撃や魔法の対象にされぬ限り戦闘には参加しない。お前達の駒は今召喚している上位天使と権天使…41体か?お前たちは支援魔法での援護を許可する。だが攻撃魔法あるいはこちらの駒に影響のある魔法や武器・武技の使用をした場合、天使たち同様攻撃目標とさせてもらおう。お互いに新たな駒の召喚は禁止とし、相手の大将駒を撃破した方が勝者とする……ああそうそう」

 

 そんな筈はないが、口の無い仮面がにやりと笑ったような気がした。

 

「ひとつ言い忘れていたよ。この場から逃げようとする者は即座に殺す。復唱確認を要求する」

 

 邪悪な魔法使いの台詞にニグンは絶句したが、復唱確認をするしかなかった。

 

 

 

「ふふふ……」

 

 アインズは復唱をする陽光聖典隊長・ニグンを眺めながら笑いを漏らした。相手が完全に掌の上にあるというのは、それだけで何をやってても楽しい。ユグドラシル時代、PKKの目標が罠にかかり、完全に詰んでいるのに、そうであることに気が付かず威勢のいい事を言っているのを眺めている時と同じ愉悦を感じる。よし、やはり自分はSだな、とアインズは前回の羞恥プレイで揺らいだ属性への自信をとりもどした。

 

 先程の褒め言葉は真実ではあるが、それはきっかけであって理由ではない。真の理由は身も蓋も無い事を言えば娯楽、ストレス発散である。無論、アインズも方針決定前にはここで法国と関係を持つことも考えた。だが得るものも多いかもしれないが、前回の記憶があると言うアドバンテージを捨て去るほどではない、と判断し方針を決定したのだ。となれば前回の流れを踏襲する=陽光聖典全滅だ。未来への影響も、謎の能力や戦力もないとわかっているこのイベントを楽しまなくては、とアインズは仕事の合間合間に気分転換として、ここで何をするかをずっと考えていた。

 

 (天使1体1体を丹念に多種多様な魔法やスキルで打ちぬいていこうか、それともダークブラックナイト無双で素手で天使を破壊していくってのはどうだろう。飛行とスキルを使えば、あの程度の天使をキャッチするのは造作も無いし、天使をキャッチして天使にぶつける。これよさそうだな、候補候補)

 

 そして、カルネ村に来てからも考えていた。

 

(アイアムプレイヤー!宣言からの、でもお前らは死刑!という絶望遊戯も捨てがたいか?いや、それならいっそプレイヤー宣言から超位魔法展開して、これ発動する前に何とか出来ないと終了だよ!というTA(タイムアタック)させるのは?……よいぞよいぞ、よしこれだ)

 

 ――と直接的なストレス発散重視の遊びから、仄暗い陰湿ないじめにも似た事まで考えていたのだが、先程天使たちを見事に操る陽光聖典たちを見て“ああ、これはやってないな”とプランを変更したのだ。

 

 一つは、まず自分が召喚したモンスターをどれだけの数なら詳細に操れるかという実験がしたい。今まで2~3体は同時に操作したことはあるが、それ以上の数となると誰かに指揮権を譲渡したり、命令を下し、後はモンスターに自律行動を任せるという形をとってきた。ユグドラシルにおける傭兵モンスターの運用もその形だ。だが、この世界に来て召喚モンスターとは精神的なつながりを通じて、様々なことが可能となっている。それを以て何が出来て、何体まで操作できるのかに興味がわいたのだ。だが、自分が予定していた遊びを変更したのはもっと違う理由があったのかもしれない。

 

(あー、その場の思い付きで、やることを変えちゃえるってのはいいなあ!最高!)

 

 今の自分にとってこの開放感、解放感は何物にも替えがたい。これだけでも、かなりリフレッシュできた実感がある。だが、まだまだお楽しみはこれからだ。そう考えている間にニグンの復唱が終わった。

 

「・・・・・・ここから逃げようとした者は貴殿に攻撃される、これでよろしいか」

 

「ふっふ、よろしいよろしい。では私の準備をしようか」

 

 ――下位アンデッド創造 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)――

 

 ――下位アンデッド創造 骨の領主(スカル・ロード)――

 

 アインズは6匹のスケリトル・ドラゴンと4匹のスカル・ロードをスキルによって創造し、続けて自分の後ろに先ほどから佇んでいたデス・ナイトの不可視化魔法を解除する。陽光聖典から動揺の声が上がるが、アンデッドは天使には弱い。この程度であれば、上位天使40体と権天使で十分に対処可能だろう、戦力に差がありすぎては自分も面白くない。

 

「さあ、では始めようか」

 

「ま、待ってくれ、アインズ殿。部下達と戦術の相談をしたい、少々時間をくれないか」

 

「必要なのかね?」

 

「アインズ殿は我らの戦力を十分に見た、といった。我らは今、アインズ殿の戦力を初めて見たのだ、僅かでいいが、時間は欲しい」

 

 ふむ、と頷きアインズはニグンの提案を一考する。確かに正論だ。自分が逆の立場であっても同じ事を考え、提案するだろう。このゲームの内容いかんによっては、陽光聖典はナザリック外には出さないにしても、待遇を少々変更しようとも考えていたので、その判断材料としても十全に力を発揮してもらった方がいい。

 

「いいだろう、3分間待ってやる」

 

 

 

「円陣!」

 

 ニグンの言葉で部下たちが常よりもやや乱れつつも動き、円陣を組む。

 

「た、隊長、我々はどうすれば」

 

「それを、これから指示する」

 

 ニグンは冷や汗をかきつつも、強い口調で部下の動揺を引き締める。こうして心を強く持てるのも千載一遇のチャンスを神が与えてくださったおかげ、とニグンは心の中で神に感謝を捧げていた。あの忌々しい魔法詠唱者には、大きなミス――自分達に時間を与えた事を後悔させてやる。

 

「敵の召喚したモンスターはいずれも難度50強の強力なアンデッドだ。また、最後に召喚された正体不明のアンデッドに至っては、どれほどの力を有しているかわからない」

 

 ゴクリ、と誰かの喉がなる。あるいは自分の喉だったかも知れない。

 

 スケリトル・ドラゴンは難度50超えとも言われる、最上位に限りなく近い上位アンデッドだ。あらゆる魔法を無効化する脅威の能力を有し、斬撃や刺突への耐性も持つ難敵。竜の姿を模したその体躯は鋭い牙・爪、強靭な尾と強い膂力を誇る。当然飛行も可能だ。

 スカル・ロードも難度50を超える強力なアンデッドで、出現記録こそ少ないがスケルトン・メイジ等の上位種にあたる。下位のアンデッドを操る能力の他、3つの骸骨の頭それぞれに特殊能力を持ち、第3位階の魔法を操るとされている。エルダー・リッチ程ではないが、かなりの強敵――それが6体と4体。単体であればミスリル級パーティで討伐可能なアンデッドであっても、同時に出現すれば難度は跳ね上がる。そしてあの謎のアンデッド。アンデッドに有利な天使を操る自分たちの戦力でも、勝つには死力を尽くさねばならないだろう。

 

 それだけの戦力を召喚する、王国戦士長に与する魔法詠唱者など生かしておくわけにはいかない。ここで討伐しなければ法国の計画に重大な支障をきたすのは確実だ。

 

「隊長・・・・・・もしやと思いますが、あの方は13英雄が1人“死者使い”リグリット・ベルスー・カウラウ様に連なる者なのでは、だとしたら」

 

「言うな。私もその可能性は考えたが、事ここに至っては手遅れだ。それに我らは法国の剣、法国の利益にならぬもの、害になるものは排除せねばならん」

 

 懐の至宝に手をやり、ニグンは己を奮い立たせる。あれだけのモンスターを召喚したのだ。指揮に専念すると言うのも、魔力が尽きていることに対しての偽装に違いない。万が一、そうでなかったとしても、この至宝の前には13英雄に連なる者であろうと抗えるはずが無い。それに、自分たちをあれ程侮辱した相手を、どうして許すことが出来ようか。

 

「各員傾聴」

 

 部下たちの様子が一変し、先ほどまでの動揺する魔法詠唱者の群れではなく、訓練された法国の精鋭部隊・陽光聖典となる。

 

「これより万が一に備え、おのおの対火・対魔法のマジックアイテムの起動及び防御魔法発動の準備をせよ。天使は円陣を解くと同時に盾とする。私は――」

 

 ニグンは声をより小さく、だが皆に聞こえるように宣言する。

 

「最高位天使を召喚する」

 

 

 

 

(3分間って、意識すると結構長いな・・・・・・・)

 

 アインズは自分で3分間と言いつつも、すでに待ちくたびれていた。納得はしたが、直前でおあずけを食らった状態なのだ、長く感じるのも致し方ないかもしれない。横目で自らの召喚したアンデッドたちを見る。既にデス・ナイト及びスカル・ロードはスケリトル・ドラゴンに騎乗していた。残る1体は突撃させるつもりなのでそのままだ。前回のカッツェ平原での戦争では、結局騎乗したデスナイトを実際に戦わせる事は無かった。馬が少々弱いがソウル・イーターでは、あいつらには強すぎるので仕方が無い。時計を見ると2分43秒。ちょっと早いが、もういいだろう。

 

「時間だ!さあ、始めようか!」

 

 その声が聞こえたのか、陽光聖典が円陣を解くと同時に、炎の上位天使たちが陽光聖典を隠すようにざっと移動した。

 

(防御を固めた?だが、せっかくの模擬戦なのだから、こちらの声に答えるくらいはして欲しいな)

 

 アインズがアンデッドを操るべく、意識を集中して精神のパスを手繰ると11体の状態や位置が手に取るようにわかる、それぞれのパスが頭と、指先に繋がっているかのようだ。

 

(これは足の指も含めると、もう10体はいけるかな?なんてな)

 

 とりあえず、予定通りに無騎乗のスケリトル・ドラゴン1体を突撃させて、とアインズが考えたところで、その声が草原に響き渡った。

 

「見よ、最高位天使の尊き姿を!威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!!」

 

 

 

 

(やった!)

 

 ニグンは勝利を確信していた。自らの後ろには権天使と、それよりも遥かに巨大な主天使の姿がある。周囲には清浄な気が満ち溢れ、既に日が落ちた時間だというのに、最高位天使の頭上より煌々と輝く光によって周囲はまるで夜が明けたかのようだ。天使の光を受けて、あの魔法詠唱者の呼び出したアンデッドが光を避けるように身じろぎをしており、それがまた心地いい。やはり不浄なるアンデッドは天使の威光には弱いと見える。それに引き換え、主天使の光を浴びて輝く自分たちの天使は美しい。まさにこれこそ神の軍勢だ。ニグンは自身がその軍勢を指揮していることを心から誇りに思った。

 

 あれほど巨大に、威圧感に満ちた存在に見えた魔法詠唱者共が、今はなんとちっぽけに見えることか。肩は丸くなり両手はだらんと下がり、杖は腕にぶら下がってるかのようだ。あの仮面の中の顔が間抜けにも口をぽかん、と空けているのは間違いあるまい。

 

「流石に貴様といえど、最高位天使の前では恐怖に打ち震えるしかないようだな。だが、この至宝を使わせた貴様には敬意を表しよう」

 

 魔法詠唱者が杖を持たないほうの手で仮面を押さえ、下を向き震え始めた。あまりの神々しき光に邪悪な魔法使いの目でも潰れたか、それとも絶望に泣いているのか。

 

「憐れだな……せめてもの情けだ。苦しまぬよう、一撃でその身を滅ぼしてやろう」

 

「糞が!」

 

 魔法詠唱者が突如怒鳴ったと思うと、周囲にすさまじい音とともに土煙が上がった。魔法詠唱者は続けて地団駄のような動作を繰り返し、その度に轟音が響く。

 

「どうして!そういう事を!するんだ!――許さぬぞ。報いを受けよ、愚か者め」

 

「な、なにを」

 

 魔法詠唱者の急激な変化と、恐ろしいほどの殺気にニグンは思わずうろたえる。だが、自分の背後には神の使いたる主天使が座しているのだ。恐れることはない、とニグンはすぐさま立ち直り、天使と部下に命令を下すべく手を振り上げた瞬間、世界が変容した。

 

 

 ――上位アンデッド創造・暗黒儀式習熟 不死の偉大なる黒魔竜(ブラック・グレーターワーム・ラヴナー)――

 

 

 周囲の温度が極寒の地のごとくに、氷点下まで落ちる。天使の頭上から降りていた光、いや星々の瞬きさえも瞬時に消え去り、空に真の闇が広がった。そこからゆっくりと、巨大な、何かが現れ出でる。主天使を遥かに凌駕する巨体。燐光を纏うその姿は、まさしく伝説の神竜。だがその肉体はすでに無く、その身は骨格とそれを支える光の力場で出来ていた。スケリトル・ドラゴンなど竜の紛い物だとはっきりわかる、本物の竜の気配。あまりにも格の違う存在の出現で、ニグンは自らの思考が停止したことにも気が付かない。

 

「目障りな天使共を排除せよ」

 

 魔法詠唱者が放った冷たい声に、ニグンは我に返る。光竜がこちらを見た。全身が震え、声がうまく出ないがこのままでは確実に死ぬ。ニグンは全身全霊を以て主天使に命令を下した。

 

「善なる極撃(ホーリースマイト)を放て!急げ!」

 

 指令を受けて主天使が善なる極撃を放ち、光竜に直撃するのをニグンは確かに見た。だが空に悠然と在る光竜は全く意に介さず、尾を一閃させる。主天使の上半身があっさりと消失し、そのまま砕け散った。光竜が口を開き、主天使が砕けた後の光の粒子が吸い込まれていく。続けざまに光竜の尾の位置が変わり、その度に天使が次々と光の粒子になって吸いこまれていく。派手な音も無く、動きもなく、ただただ一方的に喰われる天使達。その恐ろしい光景を、ニグンは呆然と見ていることしかできなかった。気が付けば権天使も光の粒子に分解されており、ニグンの視界には光竜を背後に従えた、殺気に包まれた邪悪な魔法使いが立っているのみとなっていた。

 

 ニグンが言葉も出せず死を覚悟したその時、空に陶器が割れたようなひびが発生し、乾いた音が鳴る。その音を聞いて魔法詠唱者からすっと殺気が抜けたように見えた。

 

「やれやれ、そうだったな……情報系魔法を使って、お前たちを監視しているものがいたようだ。まあ……碌な目には遭っていないだろうが」

 

 どこか楽しそうに言葉を紡ぎ始めた魔法詠唱者を見ながら、ニグンは心のどこかが砕ける音を聞いた。自分たちの監視をしている存在、それは本国に違いない。最後の気力も尽き、膝から地面へ崩れ落ちる。頬を涙が伝っていた。カチカチと言う音が自分の歯からなっているのに、ようやく気が付く。

 

「それにしても……舐めた真似をしてくれたな、ずいぶんといい度胸をしている」

 

 遠くから声が聞こえた。ニグンは顔を上げ、魔法詠唱者に命乞いをしようとしたが、歯の根が合わず、体に力が入らず、声が出ない。

 

「ああ……なるほど、恐怖のあまり声も出ないか、手間が省けたな」

 

 何の手間が省けたのだというのだろう。魔法詠唱者は漆黒の騎士を供に、こちらに話しかけながら歩いてくる。

 

「ふふふ……またこんなことを言うとは思わなかったが……確かこうだったな」

 

 眼前で邪悪な仮面の魔法使いと、漆黒の騎士が立ち止まって自分を見下ろした。

 

 

 

「憐れだな……せめてもの情けだ、苦しまぬよう一撃でその身を滅ぼしてやろう」

 




いつも多数のご感想、お気に入り登録及び誤字報告ありがとうございます。修正は反映させていただいてます。今後ともよろしくお願いいたします。

次回で原作1巻の内容が終わる筈です……どこかで加速させないと。


アインズ様激おこの表現を修正いたしました。本当に申し訳ありません。







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