オーバーロード ワン・モア・デイ 作:0kcal
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「来たな」
遥か向こうより土埃が見える。既に周辺に展開したシモベより報告を受けているので、ガゼフ・ストロノーフ率いる戦士団に間違いない。
「ご、ゴウン様、先ほどの騎士たちの仲間でしょうか」
村長と幾人かの村人が、怯えを見せた表情でこちらに問いかけてくる。杞憂なのだが、そう考えるのは当然だろう。
「先ほどのならず者どもと装備が違うようですので、そうではないと思います。そうであったとしても・・・・・・」
片手を上げ2体の――森で呼んだのとは別の、新たに召喚した1体を含む――デス・ナイトを一歩前に出す。ある目的のために呼んだのだが、おそらくはそれまで持つはずだ。
「我がシモベ達を以て、あなた方を守りましょう。ご安心ください」
「この村を救っていただき、感謝の言葉も無い」
「いえいえ私も偶然通りがかり、彼らに雇われた身です。報酬も頂いておりますしね」
目の前で頭を下げているのは、まぎれもなくガゼフ・ストロノーフ王国戦士長。前回と一字一句同じ言葉を発し、カルネ村へとおそらくは時間通りにやってきた。ここまで来ると、自分が関わらない部分では必ず同じことが起きる、と思っていていいだろう。
「雇われて報酬を受け取った、という事はゴウン殿は冒険者なのかな?」
「冒険者ではありません、隠遁していた魔法詠唱者ですよ。冒険者の事は存じておりますがね」
「ふむ、ならば私がゴウン殿の名を知らないのも当然か。すまぬが、村を襲った不逞の輩についてお話しいただきたい。あと申し訳ないが、その前にお尋ねしたいことがある」
ガゼフ・ストロノーフの視線がデス・ナイトに向いたのを見て、そういえばそうだったかと記憶が流れ出す。
「そちらの戦士のようなモンスターは」
「これらは私の研究成果の一つ、私の使役モンスターです」
「では、ゴウン殿のその仮面は?」
「使役モンスターを操るための道具です。これが無ければ制御できないのでね」
アインズは戦士長の厳しい面持ちを見ながらの会話に懐かしさを感じつつ、やはり欲しいなというコレクター魂、自らの感情を確認する。一度逃したからかもしれないが、以前より欲求が強いようだ。可能であればあの装備も込みで欲しい。あの剣も珍しいアイテムだった、王国の至宝とか言っていたか。
(王国は後々支配下に置く、とアルベドやデミウルゴスも前回話していた。ヘッドハンティングの他にガゼフを死なせぬように注意しつつ、王国併呑まで待つという方法もあるな)
可能であればあの戦争前に引き抜きたいところだが、失敗した場合に備えてのプランBとしてそのくらいは考えておくべきだろう。その方法であっても親交を深めておくことはプラスに働くはずだ。そう考えつつガゼフの今日はこの村に泊りたい、という話を聞いていると戦士団の一人から声が上がった。
「戦士長!周囲に複数の影!村を包囲する形で接近しつつあります!」
「おそらくは法国の特殊部隊…うわさに聞く六色聖典」
「ほう……六色と名が付くからには、色でどの部隊かわかるのでしょうか」
この状況でそこに喰いつくか、とガゼフ・ストロノーフは目の前の魔法詠唱者を見る。だがあれ程の使役モンスターと、明らかに強者である黒騎士を供につれているのだ。この程度の状況、この男にとっては危機ではないのかもしれない。
「私も直接対峙したことはない故、確実とは言えないが……白は法国の六大神では生の神を表す色、となれば白を基調とする装備の奴らは陽光聖典という事になるな」
噂が真実だとすれば、たとえどの部隊であっても、今の自分達とは戦力差がありすぎる。おそらく無駄だと思いつつも、僅かな希望にすがるようにガゼフは目の前の魔法詠唱者に問いかけた。
「ゴウン殿、よければ雇われないか?報酬は望まれる額をお約束しよう」
「……ここの村人を守ってほしい、というご依頼であれば」
ガゼフは驚きとともに目の前の仮面の男、アインズ・ウール・ゴウンを見つめてしまう。絶句していると訝しく思ったのか、仮面の男から声をかけられた。
「どうかされましたか?」
「いや、すまない。正直に申し上げるが、ゴウン殿には断られると思っていたのだ」
「ははは、それは見損なわれたものですな。今からお断りしてもよろしいか?」
本気ではないと口調からは感じとれるが、こちらの物言いが大変失礼であったのも確か。ガゼフは謝罪と感謝の言葉を口にする。
「それは困る、失礼なことを口にした事は謝罪する、すまなかった……だが引き受けて頂けるのであれば本当にありがたい。暴虐より無辜の民を救って頂けたこと、今またこうして我が願いを聞き届け、彼らを守って頂けることに心から感謝する」
「村人は必ず守りましょう、我がアインズ・ウール・ゴウンの名にかけて」
「重ねて感謝する、ゴウン殿。貴方のその言葉で後顧の憂い無く、私は前に進むことができる……そうだ、しばし待ってくれ」
ガゼフは腰袋より紙とペンを取り出し、ごく短い手紙をしたため目の前の仮面の男に差し出した。
「私に万が一のことがあった場合でも、この手紙を王都にある私の家にいる夫婦に渡せば、ゴウン殿に可能な限りの報奨を払うように書いておいた。望まれる額には届かぬかもしれぬが、依頼者としての誠意として受け取ってほしい」
異様な仮面を被った魔法詠唱者が、自分の書いた手紙を受け取ったのを見つつガゼフは考える。こうして近くで見ると一層わかる。手紙を受け取った手にはめられたガントレットは言うに及ばす、その身を包む漆黒のローブ、身を飾る装飾品、そしてあの見ただけで冷や汗が流れるほどの使役モンスターを操るという仮面、いずれも尋常ではないマジックアイテムだ。自分自身には魔法の素養はない、だが王より貸し与えられる王国の至宝と同じ性質の圧力を感じるのだ。
(いったい何者なのだ……)
彼を見ていてまず思い出すのは、王国最高の冒険者アダマンタイト級の二組の双璧”蒼の薔薇”のイビルアイ。彼女も仮面をつけ、強力なマジックアイテムを多数保持する魔法詠唱者だ。そのため、先程の手紙にはガゼフ自身に万が一のことがあった場合、彼女たちに彼を引き合わせるように指示してある。何かしら彼女と関係があれば、それによって彼が王国にととどまってくれる可能性があることを考えてだ。
このまま死ぬつもりはないが――もし自分に何かあった場合には、王国にはより強い力が必要となる。通常、冒険者は国同士の諍いには一切関わらないのが常だが彼女たちはある理由により、その範疇に無いことをガゼフは知っていた。
「たしかに受け取りました、では私からはこれを」
手紙と引き換えるように差し出されたのは小さな彫刻。特別なものには見えないが、あれほどの使役モンスターを操る魔法詠唱者が持つ品だ。なんらかのマジックアイテムだろう。
「君ほどのものからの品だ、ありがたく頂戴しよう。ではゴウン殿、私は行かせてもらう。互いに幸運があらんことを」
ガゼフ・ストロノーフの背中が小さくなっていくのを、アインズは見送っていた。
(しかし、あの程度のやり取りの違いでも結果に違いが生じるとは)
懐の手紙を確認する。ガゼフの依頼を条件付きとはいえ、即座に引き受けたのは心証をよくするためだったが、まさか手紙を渡されるとは思っていなかった。無論、自分の目的を考えれば良い結果と言えるのだが、あの短いやり取りの中で結果としては前回と同じ――依頼を受けたこともその内容も変わらないはず――なのに、その過程を少々変更しただけで成果がこうまで変わってしまったというのは無視できない。
アインズは今までの自分が体験した出来事でズレが生じたのは、自身の修正やミスが幾重にも重なったか、大きなミスや修正によって影響が大きいからだと思っていたのだが、これは考えを改める必要がある。
「アルベド、周囲のシモベに伏兵の確認。発見した場合捕縛せよと命令を出せ」
「承知いたしました……ところで、なぜあの人間に尊きお名前を用いてまでお約束をしたか、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「あの男は王国戦士長と名乗った。この王国において高い地位にあることは間違いない。今後我々がこの世界を調査する上で、この村同様有用な足がかりとなろう」
「なるほど……理解いたしました。至高の御方にお時間をとらせたことお許しください」
アインズは質問をしてきたアルベドに返した返答が、前回と何か異なる影響を与えないか試しに思案したが、やはりわからない。
(やはり無理だ、神様じゃないんだから、こんなことまで考えてわかるわけはない)
注意深く行動する必要はある。だが、ここまで細かい変化がいかなる影響を与えるかその都度思案し、結果を見通すのは自身の能力をはるかに超えている。変化を考慮しつつも、必要以上に縛られるのは避けねばならないか。アインズはさらなる難題にやや陰鬱な気分になりかけた。が、既に習慣になりつつある今後の手順の復習を無意識に考え始め、その機嫌は急上昇する。
なぜなら、これから始まるのはそんな変化の波紋を気にすることもなく、自分のやろうとしてることを好きなようにできるイベントだ。これはアインズの記憶の中でも、数少ない貴重な機会だった。
「ふふふ・・・・・・」
アインズの口から、思わず機嫌のよい笑いが漏れる。アルベドがやや怪訝そうにアインズを見るが、笑いが漏れるのを止めることはできなかった。
(楽しみだ――ああ、本当に楽しみだなぁ)
「一体何者だ?」
スレイン法国特殊工作部隊六色聖典が一、陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインは、突如目の前に現れた二人組に困惑と警戒のつぶやきを漏らす。
異様な仮面と豪奢な漆黒のローブ、金色に光る装飾の施されたガントレットを装備した魔法詠唱者然とした人物、そして見事な漆黒の全身鎧に身を固めた騎士。いずれも身に纏っているものが一級品のマジックアイテムであることが見て取れる。本作戦前、他聖典との情報交換ではこれほどの装備を持つ人物の情報は一切知らされていなかった。事前に目を通していた王国の知識をたどっても、かのフールーダ・パラダインのような注意すべき魔法詠唱者や騎士の記録は王国にはない。
正確にはアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”“朱の雫”に注意すべき人物はいるが、目の前の2人は情報にある装備や体格、以前“蒼の薔薇”と対峙した時の記憶から考えても、2組のアダマンタイト級冒険者達のメンバーではありえない。可能性として仮面の魔法使いである“蒼の薔薇”メンバー、イビルアイの関係者かもしれないが、それならば自分に情報が上がってきていてしかるべきである。この威圧感と強者の風格は無名ではありえない筈だが、いずれにしても今は正体不明の魔法詠唱者と騎士として対処するしかない。
周囲を注意深く見まわす。あと一歩で止めを刺すところまで追い詰めた瀕死のガゼフ・ストロノーフと、その部下たちの姿はきれいに消えている。地面にところどころある血の染みが無ければ幻だったのかと思うほどだ。おそらくは幻覚で覆い姿を隠してるのだと予想できるが、万が一転移魔法だとすると相当高位の魔法と推測される、油断はできない。
ハンドサインで部下に天使を前衛に集結させ、視線を確保しつつ相手との射線に配置する陣形を組むよう指示を出す。部下たちも慣れたもので、天使たちが動くのと合わせて陣形を整える。こちらの陣形が整った、と思ったタイミングで魔法詠唱者が一歩前に出た。
「はじめまして、スレイン法国のみなさん……私はアインズ・ウール・ゴウン。アインズ、と呼んでくだされば幸いです」
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次回は、ついにニグンさん!