オーバーロード ワン・モア・デイ 作:0kcal
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「トブの大森林からカルネ村、こっちにエ・ランテル、そして帝都。うんうん、風景や主要な建物も変わらないな」
記憶にあるレメゲトンの悪魔をはじめとする諸諸の仕掛けを確認し、自身の命令のみを受け付ける設定等、アンフィテアトルム移動前のチェックを行ったアインズは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)でナザリック周辺と主要都市の場所を確認しその結果に満足していた。記憶にある場所が全て同じ位置にあることが確認できた意義は大きい。
「これはもう同じ世界で間違いないな、さて次は」
実は更に違う世界に移動してないだろうな?という懸念を払拭できたアインズは、インベントリと無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)の中身をあらため始める。
「うーん、ありえるかもと予想はしていたが……数が戻ってるな」
以前使用した3本の最下級ポーション、カルネ村の姉妹に使用した分、そして宿屋でがさつな女冒険者に渡した分、ンフィーレア・バレアレに譲渡した分は補充していないにもかかわらず、記憶にある数に戻っていた。他の使用や譲渡したアイテム、課金アイテムやゴブリン将軍の角笛などもである。だが記憶違いである可能性もある、とアインズはあるアイテムを取り出した。
「しかし、これだ」
シューティングスター(流れ星の指輪)をしげしげと眺める。そこには3つの流れ星を模した意匠が輝きを宿していた。
「1回使用したにもかかわらず、輝く流れ星は3つのまま……つまりこの指輪は未使用ということになる」
アインズは今の状況にいくつかの仮説を立てていたが、その中で最も自分では確率が高いと思っていたのはタイムトラベル、つまり時間を超える転移門――そんな存在は知らないが――を通った等の原因で未来の自分が過去に来てしまったのでは?というものだったが、自身のアイテムの状態は転移直後のまま、となるとその説は否定される。
「まあ、そもそもユグドラシルからなぜここに来たのかも全然わからないままだったんだけどな」
長らくその問題は放置してしまっていた。最初こそ追求しようとしていたが日々やることは多く、手がかりも見つからずかつ考えても仕方のないことは後回しになりがちなのだ。今回はそうならないように努めないと、と決意しつつ次の仮説の検証に入る。
「蘇生って可能性もあるけど……どうだろうな」
次に考えたのは自分が何らかの事態で死んでしまい蘇生したのではないか、というものだった。これはシャルティアが復活した時に記憶の一部を失っているということと未だプレイヤーの自分の死を体験したことが無かったから充分考えられる。ぞっとしない話ではあるが、可能性を論ずる時点では否定できない。だがアイテムの確認を進めるうち、その可能性はほぼ無いだろうと判断していた。
「蘇生アイテムで一番重要な蘇生の指輪はあるし、他も全て揃っている。LVやステータスの低下も無し。やっぱ蘇生じゃなさそうだ」
元々この考えは否定できないだけで、確率は低いだろうと思っていた。おそらくプレイヤーであった伝説の存在、八欲王の伝承によれば八欲王は倒すたびに弱体化していったとある。これはプレイヤーの蘇生がユグドラシル同様LVダウンとステータスの減少を伴うことを示していると考えられる。またその推測から次の仮説もハズレだろうな、と思いつつ一応考えてみる。
「ロールバックってことは……ないだろうなあ」
遥か昔、MMOをはじめとするネット上で提供されるゲームが生まれてより存在し続ける予想外のバグ、システム上の抜け道を利用したチート、違法改造による不正プレイ等々の深刻な問題に対する運営の最後の切り札であり、ユーザーにとっては最悪の解決方法としてロールバック(巻き戻し)という手法がある。諸諸の問題が確認された日付以前の状態にゲーム内データを強制的に巻き戻してしまうのだ。当然その間にユーザーが手に入れた全ての成果はなかったことになる。多少のお詫びが配られることが一般的だが、それはユーザーに対し一律の事が多く、レアドロップを得ていたユーザーなどがそれで納得することは少ない。ある日、ユグドラシル以外のゲームもしている仲間達がロールバックを喰らったらしく「レアドロップが!経験値が!レコードがあぁ!」と別ゲームの運営への罵詈雑言を垂れ流し、たっち・みーさんに軽く怒られていた。ペロロンチーノは茶釜さんにガチ折檻されていた。
「ふふふ……」
記憶の中の懐かしい風景に笑みがこぼれる。なお幸いと言っていいかどうかはわからないが、ユグドラシルの運営はたとえ致命的なバグがあろうと数々の不正行為があろうと、その切り札をきることなく垢BAN――該当プレイヤーのアカウント削除――によるゲームからの追放やアップデートによるパッチ当てで対応していた。ユグドラシルは糞運営だがそこだけは評価する、と彼らが言った言葉には悔しさが籠っていた。
「ロールバックだとこの世界に糞運営がいることになるしな、それは勘弁だ」
あらゆる可能性は0ではない。神と呼ばれる存在がこの世界を運営していることだってあるかもしれないからだ。しかし六大神や八欲王がプレイヤーであり、それ以前にいたかもしれないこの世界にやってきた最初のプレイヤーがいるなら、そこまで巻き戻されるのが当然ではないか?そも自分の転移してきた時間に巻き戻るというのもおかしな話ではないか。自分は唯一のプレイヤーではないのだ。確かに可能性は0ではない、だが限りなく低いと考えておいていいだろう。
「さてと」
これ以上の仮説の検証は無意味だろう。次は現実問題を処理する時だ、とアインズは次の行動に移ろうと考え……少し陰鬱な気分となる。
「ううう、やっぱり気は進まないなぁ、でもなぁ」
「ゅおうこそおいでくださいました、私の創造主たるモモンガさっまっ!」
「ぉおう……きっつ……いや……うむ、お前も元気そうだなパンドラズ・アクターよ」
アインズは宝物殿に転移しここ霊廟までやってきたのだが、早くも精神の安定化が働くことに辟易する。目の前には宝物殿の守護者であり、欧州アーコロジー戦争・ネオナチ親衛隊風の制服に身を包んだ二重の影(ドッペルゲンガー)、自身が作り出した100LVNPCであるパンドラズ・アクターが無駄なイケメンボイスで挨拶している。その声、その行動は“もう以前と比べてずいぶん慣れた筈だし大丈夫だろう”と言うアインズの甘い考えを打ち砕く程“こうかはばつぐん”で、適当なことを言って今すぐにでもこの場を去りたい衝動に強くかられる。
「はい!元気にやらせていただいております!ところで今回はー」
「世界級(ワールド)アイテムの確認をしにきた、以前と同じく最奥に揃っているか?」
若気の至りが喋って動く、という耐え難い精神ダメージと時間制限があることもあり、途中で台詞を遮って用件を伝える。調査の時間をあの時の1時間から2時間に増やしたが、つまりあの時と違う行動に費やせる時間はそれだけなのだ。
「当然でございます!……と報告したいところではありますが」
「なに?」
まさか、方法はわからないが自分自身が世界級アイテム、おそらくはナザリックが保有する世界級アイテムを以てして今の状況を作り上げたという説が正しかったのか? かなり確率が低いと踏んでいたのだが、と思っているうちにその考えは否定される。
「真なる無(ギンヌンガガプ)は至高の御方であるタブラ・スマラグディナ様の御手により最奥より解き放たれております」
「あ?」
「真なる無(ギンヌンガガプ)は至高の御方であるタブラ・スマラグディナ様の御手により最奥より解き放たれております」
アインズが声を聞き逃したと思ったのか、全く同じことを全く同じポーズで繰り返す目の前の卵頭にいらっとするが我慢して問いかける。
「……真なる無はアルベドが所持している、それ以外は全て揃っているな?」
「なんと、統括殿が!なあぁぁんとうらやま!……失礼、すべてそろっております」
「強欲と無欲、ヒュギエイアの杯、幾憶の刃、山河社稷図と二十が2つだが……間違いないか?」
「もぉちろんでございます」
「ふむ、やはり違ったか……この仮説もハズレか……」
「……」
ならば、ここでやることは決まっている、まずは確認作業。その後はとても気は進まないが、これからのために目の前の卵頭にある命令を下すのだ。
「パンドラズ・アクターよ。お前は200あると言われる世界級アイテムの詳細をいくつ知っている?」
「申し訳ありません、私が知っているのは11個でございます、モモンガ様」
「では次に大事なことを聞こう。私はお前の創造主であり、お前の忠義を一身に受けていると考えている。そうだな?」
「その通りでございます、モモンガ様。私は貴方様によって創造されしもの。たとえ他の守護者、いえ至高の方々に戦いを挑めと言われても迷いなく実行するでしょぉう!」
これも変わらない、確認作業はこれで終了。ならば次にやるべきことは決まっている、考えた末の布石を打つのだ、自身の苦手意識なんか横に置いて決断しなければ。そう思うが宝物殿に来てからの発光回数は既に2桁に達しており、精神的な疲労は鈴木悟換算で他人の失敗フォローのための残業10時間クラスで貯まった自覚がある。やはりやめようか、と魂が弱音を吐いた。思えば、あの時もパンドラズ・アクターを大事にしてるというよりは、自分が接触したくないがために宝物殿外部で活用していなかったのは間違いない。活用法にしても自分の身代わりであるとか、アンデッドの作成とか自分がなるべく顔を合わせずに済むような方法を選択していた。
(だがそれも仕方がなくないか)
恥ずかしい、という感情を克服できる事は少ない。自分では克服したと勘違いしても、ふとした拍子に過去から自分に襲い掛かりいつまでもいつまでも苛むのだ。それが記憶ならともかく目の前で喋り、動いているのだ。しかもこれから下す命令は、その恥の結晶との接触を大幅に増やすことになる。他の方法を考えるべきでは。
(だけど)
アインズの脳裏に様々な後悔と悔恨の記憶が渦巻いた。シャルティアの事件は身を千切られたような哀しみと怒りがあったじゃないか。あんなことがまた起こってもいいのか。恥などという自分のちっぽけな感情が、あの悲劇よりも大きいなんてことは絶対にない。今回の事がなぜ起こったかはわからないが、時が戻ったというならば、よりよい未来を彼らとともに歩むことを選択しなければ。考える限りの最善と、自分の疲労や感情を天秤に乗せるなんてことはしちゃいけない。
(よし)
アインズが自らの生きる黒歴史に対して命令を下す覚悟を決めたその時、黒歴史が動いた。
「恐れながらモモンガ様」
「なな、なんだ?」
己の思考に埋没しており、話しかけられるとは露程も思っていなかったアインズはどもりながら答えてしまう。それで発言の許可を得られたと思ったのか生きる黒歴史は言葉をつづけた。
「今までなさらなかった世界級アイテムの確認をされるという事は、このナザリック大墳墓に世界級アイテムが必要なほどの脅威が迫っている……あるいは!不測の事態が起きているという事……でしょうか?」
「!」
予想してなかった言葉とあるいは!以降の一連の動作に衝撃を受け、アインズは当然のように発光した。だが考えてみればパンドラズ・アクターはナザリックでトップクラスの頭脳と知略をもつと設定されたNPC、つまり今までの質問内容や態度によって、アルベドやデミウルゴス同様その程度の推測は容易なのだ。そして、だからこそ自分はこの手を打つことにしたのだという事を思い出す。
「流石だなパンドラズ・アクター……私が説明せずとも事態に気づいたか」
「無論!我が創造主の意を汲めずして、この身が存在する意味があるでしょうか」
「で……では私がなぜここに1人で来たかもわかっているな?」
「ははっ、私の力をナザリック大墳墓の……いえ! モモンガ様のために振う時が来たということ! そして……今のところ、守護者様方にはこの私の働きを内密にされたいという事ではないでしょうか」
「お、おう……その通りだ」
かつての自分がカッコイイと思っていたポーズを連続で極められ発光体と化したものの、それはまさにアインズが求めていた返答である。そう、あの時は苦手意識が先に立って活用しきれていなかったのは間違いない。だがデミウルゴスやアルベドと同等の頭脳を持ち、装備や条件次第ではあるがシャルティアやコキュートス、セバスに匹敵する戦闘能力、はては自分とほぼ同じレベル、あるいはそれ以上の特殊役(ワイルド)をこなすことも可能なNPCをこのような状況に於いて温存するのは悪手だ。そう思いここに来た。自分の考えは間違っていない。パンドラズ・アクターを動かすことに賭けの要素はあるが、必要なリスクと割り切るべきだ。
「素晴らしいぞパンドラズ・アクター、お前にはこれより私の密命を遂行する任についてもらおうと思っている」
「謹んで拝命いたします……至高の統率者、モモンガ様の密命を実行する任……特務として必ずやお役に立ってみせます」
「特務、うむ、そうだな特務…部隊 そう特務部隊の指揮を任せよう、期待しているぞ」
「ははっ」
(役職としてなんていえばいいのかわからなかったけど特務部隊か、うん……いい響きだ、悪くない。確か困難かつ表立ってできない作戦を実行する部隊のことだったかな)
アインズの脳裏に、昔娯楽映像で見た最新装備に身を固め作戦行動をとる精鋭部隊の姿が浮かぶ。
「してモモンガ様、部隊ということであれば部下のシモベの選抜は私の方で行ってよろしいでしょうか?」
「ん?……そうだな」
パンドラズ・アクターの問いかけで、特務部隊という響きに思考を持ってかれていたアインズは我に返る。これからパンドラズ・アクターにやってもらおうと考えていることは、これからの予定と大きくかかわってくる。基本的にアインズは今後はある行動指針に沿って活動しようと考えていた。その事を踏まえると、今ナザリックに存在するシモベをパンドラズ・アクターの指揮下に入れることは好ましくない。
「いや……お前にこれから遂行してもらう任務はナザリックにおいても私と、お前のみが知る性質のものだ。僅かでも情報が漏れる可能性は下げたい。ゆえにお前の部下は私自らが新たに与える者たちとお前自身がスキルによって創造したもの、任務において召喚する者のみとする」
「了解いたしました」
「守護者はもちろんのこと統括であるアルベド、ナザリックの頭脳ともいえるデミウルゴスにも気づかれてはならない……できるか」
「……Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)」
パンドラズ・アクターがわずかな沈黙の後、いつものオーバーアクションではなく静かで流れるように美しい所作、セバスの如き重々しい口調で返答したことで自分がいかに無茶なことを言っているか自覚させられる。
(アルベドとデミウルゴス、他の守護者にも気が付かれないようにって難易度高すぎるよな……少なくとも俺には絶対無理だ)
自分ができない仕事を平気で部下に投げつける上司などというものは、最低の上司であることは間違いない。本来なら自分もそんなことは命じたくないのだが、今後のためには絶対に必要な命令だと自分を納得させる。
「困難な任務であろうがお前にしかできぬと考えている。必要であれば宝物殿に納められている全てのアイテムの使用も許可しよう、ただし世界級アイテム及び化身(アヴァターラ)の装備に関してはその都度私の判断を仰げ。必要なシモベの召喚に関しても可能な限り叶えよう、そのほかに我が力が必要であれば遠慮なく言うが良い」
「おお!この身に余る御温情、確かに賜りました」
「今は時間が無い故この話はここまでとする……お前にこれを渡しておこう」
インベントリよりリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを3つ取り出しパンドラズ・アクターに手渡す。
「これは……リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウゥン!所持する能力はっ」
語りだそうとするのを慌てて片手を上げて制する。非常に残念そうだが……前にもこれやったな……今は黙殺する。
「予備だ。1つはお前専用、残り2つは部下を宝物殿から出入りさせる場合につかうがいい。ただし、当面宝物殿を出る際には私の許可を必要とすることとする。また言うまでもないがナザリック外への持ち出しは禁止だ。他の守護者やお前の部下以外のシモベに預けることは出来ぬ故、2体同時に転移し1体を外に出したのち、もう1体が指輪を回収し宝物殿に戻るという形をとれ。専用の転移場所も設ける。他に良い案があれば進言せよ……期待しているぞ」
「畏まりました!」
カカァ!と言うオノマトペが立体で幻視出来るほどの迫力でパンドラズ・アクターはカツン!と音を出して踵を揃え、指の先までピンと伸ばし敬礼をする。当然アインズは光る。
「うおぅ……」
あの時と完全に同じ流れだよこれ……あの時より慣れていたからから随分マシだろうと思ってたけどやっぱきっついなー、他のNPCがいなくてよかったと肩を落としつつ、アインズは宝物殿を後にした。
アインズが宝物殿を去るその瞬間、敬礼をしていたパンドラズ・アクターがキランと目を光らせた。仕方のない事ではあるが、パンドラズアクターを直視することを無意識に避けていたアインズは不幸にもそれに気が付かなかった。
精神の安定化はアニメの表現が好きなので、アインズ様はお光になられます。ただ、光が見えるのはアインズ様ご本人のみです。
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