ノートパソコンは楽しくない
カチェリーナは宮殿の寝室に戻った。普段から貧血質な彼女だったが、いつものそれとは違う目眩がしていた。趾に力が入らず、そのままベッドに倒れ込んだ。唯一の居場所であるお姫様のようなベッドに身を横たえてもまるで投獄されたような気分だった。もはやiPhoneを使う気などしなかった。修道院でグルーシェンカに見せられたNexus 7の液晶には森羅万象のすべてが映し出されていた。Nexus 7こそが世界なのだ。iPhoneは所詮は子ども向けのガジェットであり、それはゲームの画面でしかなかった。カチェリーナはグルーシェンカに対して、「iPhone以外は絶対に使わない」と誓ってしまったから、Nexus 7という文明の利器を花嫁として迎え入れることは出来ない。カチェリーナは絶望して天蓋を見上げた。指が動かないのでiPhoneにも触れない。もはや白眼を剥いており、そのまま死んだように横たわっていた。
やがて宮殿を訪れるものがあった。グルーシェンカだった。グルーシェンカは修道服の胸に、まるで愛猫を抱擁するようにNexus 7を抱いていた。どうやらカチェリーナに嫌がらせにきたらしい。
「ここに寝ている少女は死体なのでしょうか。まるで屍のようなのですが」
カチェリーナは反応するのが面倒だったので、天井を向いていた。
「今日はiPhoneを使ってないようですね。さすがのカチェリーナ様も心が折れたようです」
「そんなことはない」
敗北を認めるのは耐えられなかったので、カチェリーナは死んでいた腕を動かして、iPhoneに触れた。そしてiPhoneのスイッチを入れてみたが、その画面の貧弱さに心が沈んだ。Nexus 7が描き出す細密画に比べたら、もはやiPhoneの画面など直視に耐えなかった。
「カチェリーナ様がiPhoneしか使わないと誓ったのはわたししか聞いておりません。わたしが黙っていれば済むことです。Nexus 7を買われてもいいのですよ」
グルーシェンカは悪魔のような微笑を浮かべてカチェリーナを見た。カチェリーナの心臓が早鐘を打った。どうしてもNexus 7が欲しかった。もうiPhoneは使いたくなかった。グルーシェンカの誘惑に撥条仕掛けのように反応しNexus 7を手にしたいという衝動に駆られた。だが、グルーシェンカに弱味を握られることは、カチェリーナには耐えられなかった。
「わたしはiPhoneを使い続ける。なぜならiPhoneを愛しているからだ」
「誓いは変えないのですね」
「ああ、変えない。ちなみにわたしの誓いの中にノートパソコンは含まれるのだろうか」
「含まれないと思います」
「ではこれを見てくれ」
カチェリーナは最後の力を振り絞って起き上がると、ほとんど使っていないWindows 8のノートパソコンを取り出した。これはただのノートパソコンではない。画面の部分をスライドさせて、タブレットのように使うことが出来るのだ。
「これはなかなかいいぞ」
カチェリーナはベッドに寝転がりながら、その画面を見た。
「わはは。Windows 8ですか。カチェリーナ様もついに年貢の納め時のようです」
グルーシェンカは腹を抱えて笑い出した。
「これはなかなか高額でハイスペックなのだ。タッチパネルで操作できる」
カチェリーナは最後の命綱を握るような気持ちでWindows 8の画面にすがった。その横にグルーシェンカがNexus 7を持って横たわった。
「確かにそのノートパソコンはスペックだけは無駄にあるでしょう。しかしNexus 7の方がどう考えても使いやすい」
「いや、これは使いやすいのだ」
カチェリーナは強弁したが、やはりWindows 8でタブレットの真似事をしてみても全然楽しくなかった。
「ノートパソコンでは画面が大きすぎます。画面が大きいからと言って、巨大なテレビをベッドの中に入れたいですか? Nexus 7の液晶は、人間の視野を考えて作られています。だから、こうやって寝転がりながら使うと、そこには宇宙が広がるのです」
グルーシェンカは楽しそうにNexus 7を使っていた。確かに、そこには最高のユーザー体験があるようだった。
「なぜノートパソコンは人気がないのだろう」
「Windowsは作業感が強いのです。作業させられているという義務感をこれだけ強制するツールはないです」
「かつてビジネスマンは意気揚々とノートパソコンを持ち歩いていたではないか」
「作業してるところを見せたいからですよ。スターバックスでエリートを気取りたいだけで、決して楽しいわけではありません」
確かにカチェリーナの目の前のWindows 8は楽しさを欠いていた。いろいろ操作して作業しなければならないという義務感に満ちていた。
「逆に言えば、Windowsは作業には適しているということだな」
「だったら、そのWindows 8を使って、机に向かって作業すればいいんですよ。ベッドにゴロゴロしている生活を断ち切って、一日中机に向かい、そのノートパソコンで作業すればいいんです。Windowsなんて工作機械と同じなのだから、汗水たらして作業しなければ意味がありません」
もはやカチェリーナは反論出来なかった。Windowsをベッドに持ち込むくらいに似つかわしくない取り合わせはないのだ。
「わたしはこうやってNexus 7で愉しみますので、カチェリーナ様はベッドから出て、Windowsで作業されてはどうでしょう。自堕落な生活から立ち直るよい切っ掛けになると思います」
グルーシェンカは底意地の悪そうな目線で、カチェリーナのWindowsパソコンを蔑んだ。ゴロゴロする生活に馴染んだカチェリーナは、Windowsの不細工な画面を眺めて硬直するしかなかった。
やがて宮殿を訪れるものがあった。グルーシェンカだった。グルーシェンカは修道服の胸に、まるで愛猫を抱擁するようにNexus 7を抱いていた。どうやらカチェリーナに嫌がらせにきたらしい。
「ここに寝ている少女は死体なのでしょうか。まるで屍のようなのですが」
カチェリーナは反応するのが面倒だったので、天井を向いていた。
「今日はiPhoneを使ってないようですね。さすがのカチェリーナ様も心が折れたようです」
「そんなことはない」
敗北を認めるのは耐えられなかったので、カチェリーナは死んでいた腕を動かして、iPhoneに触れた。そしてiPhoneのスイッチを入れてみたが、その画面の貧弱さに心が沈んだ。Nexus 7が描き出す細密画に比べたら、もはやiPhoneの画面など直視に耐えなかった。
「カチェリーナ様がiPhoneしか使わないと誓ったのはわたししか聞いておりません。わたしが黙っていれば済むことです。Nexus 7を買われてもいいのですよ」
グルーシェンカは悪魔のような微笑を浮かべてカチェリーナを見た。カチェリーナの心臓が早鐘を打った。どうしてもNexus 7が欲しかった。もうiPhoneは使いたくなかった。グルーシェンカの誘惑に撥条仕掛けのように反応しNexus 7を手にしたいという衝動に駆られた。だが、グルーシェンカに弱味を握られることは、カチェリーナには耐えられなかった。
「わたしはiPhoneを使い続ける。なぜならiPhoneを愛しているからだ」
「誓いは変えないのですね」
「ああ、変えない。ちなみにわたしの誓いの中にノートパソコンは含まれるのだろうか」
「含まれないと思います」
「ではこれを見てくれ」
カチェリーナは最後の力を振り絞って起き上がると、ほとんど使っていないWindows 8のノートパソコンを取り出した。これはただのノートパソコンではない。画面の部分をスライドさせて、タブレットのように使うことが出来るのだ。
「これはなかなかいいぞ」
カチェリーナはベッドに寝転がりながら、その画面を見た。
「わはは。Windows 8ですか。カチェリーナ様もついに年貢の納め時のようです」
グルーシェンカは腹を抱えて笑い出した。
「これはなかなか高額でハイスペックなのだ。タッチパネルで操作できる」
カチェリーナは最後の命綱を握るような気持ちでWindows 8の画面にすがった。その横にグルーシェンカがNexus 7を持って横たわった。
「確かにそのノートパソコンはスペックだけは無駄にあるでしょう。しかしNexus 7の方がどう考えても使いやすい」
「いや、これは使いやすいのだ」
カチェリーナは強弁したが、やはりWindows 8でタブレットの真似事をしてみても全然楽しくなかった。
「ノートパソコンでは画面が大きすぎます。画面が大きいからと言って、巨大なテレビをベッドの中に入れたいですか? Nexus 7の液晶は、人間の視野を考えて作られています。だから、こうやって寝転がりながら使うと、そこには宇宙が広がるのです」
グルーシェンカは楽しそうにNexus 7を使っていた。確かに、そこには最高のユーザー体験があるようだった。
「なぜノートパソコンは人気がないのだろう」
「Windowsは作業感が強いのです。作業させられているという義務感をこれだけ強制するツールはないです」
「かつてビジネスマンは意気揚々とノートパソコンを持ち歩いていたではないか」
「作業してるところを見せたいからですよ。スターバックスでエリートを気取りたいだけで、決して楽しいわけではありません」
確かにカチェリーナの目の前のWindows 8は楽しさを欠いていた。いろいろ操作して作業しなければならないという義務感に満ちていた。
「逆に言えば、Windowsは作業には適しているということだな」
「だったら、そのWindows 8を使って、机に向かって作業すればいいんですよ。ベッドにゴロゴロしている生活を断ち切って、一日中机に向かい、そのノートパソコンで作業すればいいんです。Windowsなんて工作機械と同じなのだから、汗水たらして作業しなければ意味がありません」
もはやカチェリーナは反論出来なかった。Windowsをベッドに持ち込むくらいに似つかわしくない取り合わせはないのだ。
「わたしはこうやってNexus 7で愉しみますので、カチェリーナ様はベッドから出て、Windowsで作業されてはどうでしょう。自堕落な生活から立ち直るよい切っ掛けになると思います」
グルーシェンカは底意地の悪そうな目線で、カチェリーナのWindowsパソコンを蔑んだ。ゴロゴロする生活に馴染んだカチェリーナは、Windowsの不細工な画面を眺めて硬直するしかなかった。