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日本中がワールドカップに熱中して寝不足になるのは一向に構わないが負けは負け、負けによい負けも悪い負けもなく、負けには負けた理由が歴然としてあるのが事実である。

しかるに

その理由とは「弱いから負けるのである!」それ以上もそれ以下もない。

にもかかわらず

「惜敗」という根拠のない情緒的なが文字がおどるのは国会における「蹴鞠的抵抗」でパフォーマンスしかしない野党の本質を踏襲しているとしか考えられないのである。

そして

それ以上に悪辣なのはワールドカップのみならず国民の国会に対する「絶望的無関心」に乗じて「その間に」さまざまな異論が各方面から澎湃として起こっていた自民党の意図する「悪法」が次々と強行採決されて可決していったことであろう。

それは

いうまでもなくいわゆる「働き方改革」とか「カジノ」に関する肯定的な法案のことである。

そして

国民の無関心と野党の本気度の欠如は、どんな法案でも力で押し通す「非知性」内閣をますます増長させていくに違いない。

なかでも

僕が注目するのはいわゆる「カジノ法案の」通し方でありまた「通させ方」である。

もとより

無法非知性を看板にしているミゾウユウデンデン内閣にあって正当な法理論が役に立たないのは承知の上でなお正論「のみ」をとうとうと述べてしまう「知識人?」たちの優雅な蹴鞠発言には鼻白むしかないのは僕だけではないはずだ。

というのは

たとえば一見乱暴な山本太郎の鋭い突っ込みを聞いても、日本のもっとも「野党らしい野党?」であるはずの志位和夫のダブルスタンダードが明らかであるからである。

具体的に、、

志位はこのカジノ法案の違法性を法学徒としてこのように述べている、、、、

~カジノ実施法の最大の問題点は「刑法が禁ずる賭博をなぜ合法にできるのか」という根本問題だ。公営ギャンブルには「公益性」を理由に違法性を阻却する論理があった。しかし今度は「民設民営」。米国カジノ企業が日本人から金を巻き上げる。このどこに「公益性」があるか。説明ないまま強行は許せない!~

まさに

正論であり、法学部の大学生であれば誰でもそういうだろう法理を、しかし、小学生以下の「みぞうゆうでんでん諸氏」にむかってただ述べている。ゆえに発言の政治的有効性のかけらもないのは明々白々である。

それは

駄洒落ではないが志位が恣意的に「無駄」な弁説をもって自民党を影ながら補完しているといえなくもないのだが、それにまっこうから「反論」しているのが新野党(共産を旧野党とすれば)の山本太郎なのである。

なぜなら

志位の正論にかけているのは庶民がだれでも感じる「じゃあパチンコって賭博じゃないの?」という疑問である。

そして

山本太郎は友党の委員長にむかっていう、、、、

~パチンコには、完全スルーですか?
つまり在日のパチンコはOKで、米国のカジノはダメの2重基準ですね。
日本共産党の考え方は、この2重基準ばっかり!
だからまともな日本人の感性ではついていけない!

パチンコとカジノの相違点を教えて下さい。~

これにたいして

一知半解な「識者?」はいうだろう、「カジノとパチンコでは賭ける金額が違う」とか実態を知らない発言で高校中退のタレントを馬鹿にするに違いない。

しかし

間違っているのは「識者」のほうであり、パチンコの総売り上げはおよそ実質20兆円(筆者推定)に喃喃としており今をときめくIT関連の約5兆円規模(筆者推定)をはるかに超えているのである。

しかも

いうまでもなく日本の刑法第185条によってギャンブルは原則禁止されており、いかに説明しようとも厳格にいえば「法律」との整合性はきわめてひくいといわざるをえない。

だから

違法なカジノはおろかパチンコも賭博の違法性を論じるのであればパチンコも同時に志位は槍玉に挙げるべきだったのだ。

もとより

「公営:ギャンブル」の違法性を阻却する論理として「公益性」が曲がりなりにもあるのだけれど、では民間が運営するパチンコの何処に公益性があるというのか?

これは

あえて山本太郎に指摘されるまでもなく本質的な日本の病巣であり、はからずもそれを見逃してきた日本の伝統的な野党とりわけ「共産党」の六全協いらいの「体質」にもよると思う。

しかも

このような「体質」を改めない限り代々木の進展はないものと思われる。

念にために

言っておくが、、、僕はもはや付和雷同するほかの野党に期待できないから最後のよりどころとして代々木に期待「するしかない」から叱咤激励しているのであることを付け加えて起きたい。

ゆえに

志位和夫君の己自身のいっそうの「自己革命」を望みたいと思っている。