聖王国の鈴木悟   作:ニギ

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とりあえずお話が始まる前の前座です。

時期は、原作でモモンガ達が転移したころよりも少し前ということにしています。
あと、ネイアはまだ騎士見習いになっていません。



プロローグ

ノーブル聖王国の北方、大陸本土と半島の境を線引くように建てられた城壁の上にはパベル・バラハは立っていた。本土の方角を見据えるその眼光は鋭い。携える弓は魔法の付与を受けて淡く光っており、その造りは見事である。また、この男もその業物に相応しく、天才的な弓兵であった。百発百中の技術をもって、誇れ高い聖王国九色のうち黒色を戴いている。

「バラハ兵士長、すこし休まれては?」

 

夜番として、日が沈んでからかれこれ三時間以上が経つ。不休で監視を続けているパベルを労り、部下がそう提案した。亜人の進行から、国を守るべく見張りに立つのが彼らの職務である。

 労りの言葉を受けて、パベルは部下の方へ顔を向ける。部下に向けられた双眸は鋭く凶悪であった。何も知らない者であれば、なにかパベルの不興を買ってしまったのかと震えるであろう。しかし、単にパベルは目つきが悪いだけだと知る部下の顔に恐怖の色はない。

 

 「そうだな、では少し休ませてもらおう」

 「はい。兵士長の分もしっかり俺が見張ってますよ」

 

 疲労による集中力の欠如は致命的な見落としに繋がる。そのことを十分に承知しているパベルは素直に部下の言葉に従った。一歩下がって腰を落とす。そして、妻が持たせてくれた夜食用の弁当を取り出す。そして、ささやかな期待を込めて蓋を開いた。

 

 (……やはり、無いか)

 

 弁当の中身を見てパベルは落胆する。そこに詰められていたのは、お世辞にも美味しそうにはみえない、料理下手の妻らしい歪な作品の数々であった。

 ただ、決してパベルは、妻の料理の出来の悪さに落胆したわけではない。妻が料理を不得意とすることなどとうに知っているし、例えそれが如何に酷い出来のモノであったとして、愛する妻が作ってくれた料理にどうして不満などがあるだろうか? とにかく、パベルが落胆した理由はもっとべつにあった。

 

 (ネイアの手料理を久々に食べたいのだがな……)

 

 もう大分昔になるが、一度だけ娘のネイアがパベルに弁当を作ってくれたことがあった。ネイア自身は、パベルが帰ってから「実はあれは私が作ったんだよ」と驚かせるつもりでいたのであろう。しかし、弁当を空けてそれが妻によるものでないことなどパベルにはすぐ分かった。そして、消去法的にそれが愛娘のつくってくれたものであると理解して、任務中であるにも関わらず思い切りにやけた。

 確かに、見た目こそ妻に負けず劣らずの歪な料理であったが、当時の幼さを考えれば十分すぎるほどの出来であったように思う。見方を変えれば芸術的な仕上りであったとも言える。なにより味は、どの一流料理店のものにも勝っていたとパベルは断言できた。

 偶然居合わせたオルランドにも(自慢したくて)分けてやったが、あの男は随分と微妙な顔をしていた。まあ、舌まで闘争本能に侵されているのだろう。気にすることはない。

 

 (ネイアも聖騎士を目指す身だから……色々忙しいのだろう……)

 

 そう、ネイアが弁当を作ってくれていない――後、最近妙に冷たい――ことの理由付けをして自分の中で納得する。

 そして、母に憧れ聖騎士を目指すと息巻いている娘の姿を頭に浮かべる。娘はあまり聖騎士には向いていないとパベルは考えていた。聖騎士の戦い方の基本は剣である。しかしパベルの見立てでは、ネイアに剣の才能はなかった。加えて、聖騎士特有の絶対の正義観も持っているとは思えない、というよりあんな狂信的な思想は持って欲しくもない。

 

 (弓の才能はなかなかあるのだから、それを活かせばいいのに)

 

 自分にも憧れて欲しいという、嫉妬と願望からそんなことを考える。そして、娘からの尊敬を回復させるべく、次の休日にでもまたキャンプをしようと思案していたその時であった。

 

 亜人の接近を知らせる鐘がなった。

 

 パベルは素早く弁当を片付け部下の横に立つ。

 

 「兵士長、あちらです」

 

 部下の示した方角を見やる。100mほど先に四匹の鉄鼠人(アーマット)の姿を確認した。この程度の距離ならばパベルはまず外さない。早急に鉄鼠人達を討伐しようと、背中の弓――コンポジットロングボウ――に手をかける。そこでふと違和感を感じた。

 

 「あの鉄鼠人共、動きが妙だな。こちらに向かってくるでもなく……っ?!」

 

 パベルのいる要塞線と並行して鉄鼠人達が駆ける先に、もう一つ生き物の影があった。訓練によって闇夜も見通す視力を手に入れているパベルは、その影の正体をとらえる。

 

 「人だっ!! 救出部隊をだせっ!」

 「はっ、直ちに!」

 

 命令を受けて部下は部隊を編成するために走り出す。

 パベルは、今まさに襲われようとしているその人物を救うべく、鉄鼠人に矢を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘロヘロさんもログアウトしてしまった。

 

 四十人分の空席を見渡して、オーバーロード、全身骨だけのモモンガはため息をつく。

 ここはナザリック地下大墳墓、MMORPG『ユグドラシル』において、かつてゲーム中に名を轟かせたギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の本拠地である。

 アインズ・ウール・ゴウンは、非公式ラスボスとまでうたわれた大ギルドであった。しかし、そのメンバーは一人また一人とゲームを辞めていき、ユグドラシルがサービス終了を迎えようとしている今ではモモンガただ一人になっていた。

 

 「最終日くらい、皆来てくれるって……少しだけ期待したんだけどな……」

 

 そんなモモンガの思いも虚しく、今日ゲームにログインしてくれたかつてのギルドメンバーはたったの三人だけ、そしてユグドラシル最後の瞬間をともにしてくれる人はついに居なかった。

 モモンガは諦めたように席を立ち、ギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのもと向かう。そして、そのギルドの証を手にしようとして――やめる。

 

 「はは……虚しいな……もう、全部」

 

 モモンガは円卓をあとにして、大墳墓の十階層、王座の間を目指す。

 九階層から十階層まで降りきるとそこには大空間が広がっている。そして、その空間には複数の人影があった。

 彼らはNPC、執事のセバスと、セバス直属の六人の戦闘メイド“プレアデス”である。侵入者たちを迎撃する最終一歩手前の守り手達であったが、ここまで侵入してこれたプレイヤーは遂に居なかった。

 

 (一度も役目を果たすことができずに最期を迎えるのか……)

 

 データの塊でしかないようなNPCを憐れむなど馬鹿な話である。しかし、最後くらいそんなアニミズムに浸ってもいいではないか。

 

 「ええと、確かコマンドは……付き従え」

 

 モモンガの指示を受けて、NPCたちは主人の後に続いた。執事とメイドを従えてモモンガが目指すのは地上である。

 

 (もしかしたら、最後にナザリック地下大墳墓に攻撃を仕掛けるプレイヤーがいるかもしれない。もしいてくれたなら、このNPC達に戦う機会をあたえてあげられるよな)

 

 そんな酔狂な連中の存在を願って、モモンガは上へ上へ向かう。

 そして、墳墓の入り口、霊殿の前まできてあたりを見渡す。

 

 そこには毒の沼地があるだけでプレイヤーの姿はなかった。

 

 「はあ……すまないな、おまえたち」

 

 結局活躍の場は与えてやれそうにない。NPCはギルド拠点を出ることはできないから、ここに誰もいなかったらそれでおしまいである。

 

 無論、モモンガの謝罪に答えるNPCなんかいない。

 

 「もうそろそろか」

 

 気がつけばサービス終了の時は目前まで迫っていた。

 モモンガはそっと目を閉じて、サービス終了にともなう強制ログアウトの瞬間を待った。

 

 23:59:00

 

 ――楽しかったな……本当に楽しかったんだ

 

 23:59:55

 

 ああ、このまま、時間が止まってくれたらいいのに……

 

 23:59:59

 

 そんなことを、往生際悪く考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 00:00:00

 

 

 

 

 

 (……おや?)

 

 目を開ける。

 もうユグドラシルは終了したのだから、そこにあるのは運営からのサービス終了のメッセージであるはずだ。しかし、視界に広がるのは夜の草原、少し先には丘があり森がある。

 

 10年以上ユグドラシルをやっていて、ただの一度も見たことのない光景であった。

 

 (うーん、バグかな? いや、でもどんなバグり方したらこんなことになるんだよ)

 

 理解の及ばない事態に困惑する。困惑するが、それ以上にこの急展開に興奮を覚えていた。

 

 (これ、絶対ネットニュースになるよな! 色々調べてもみたいけど……)

 

 明日も会社があることを思い出して、その好奇心を抑える。それに、なにか面白い発見があったからと言って、その感動を分かち合える仲間はもういないのだ。

 そこに思考がいきつき、興奮も冷めてしまった。

 

 いい加減ログアウトしようとして、気が付く。

 

 (コンソールがない?!)

 

 目の前にいつも浮かんでいたコンソールがなくなっていた。

 それだけではない。コンソールを使わないシステムの強制アクセス、チャット機能、GMコール、強制終了……そのすべてが機能しない。

 

 「はあ? どうなってんだよもう……明日も朝早いんだって……」

 

 少し苛立つ。

 先までの好奇心も悲しみもそのなりを潜め、今考えるのはどうやってログアウトして早く寝るかということだけであった。

 これこそバグで、コンソールはあるがそれが見えなくなっているだけかも知れない。そう考えて、試しにログアウトの表示があったはずのところをタップしようとした。

 そんなことをしようとしたのだから当然、手は持ち上げられその姿は視界に入る。

 視界に入った自分の手を見て――――絶句した。

 

 (はあああっ?! んだよこれぇっ?!)

 

 その手は、長年ユグドラシルで親しんだ骸骨の骨だけの手ではなかった。肉と皮がついた紛れもない人間の手である。まさかと思い慌てて、その手を自分の顔まで持っていくと、やはりそこあるのは頭蓋骨ではなく人の顔である。口元を触れば、今日ログインする前に剃ったザラザラとした髭の感触、そう、“感触があった”。

 

 「ユグドラシルじゃ触覚までは感知できないはずだろ……ああ、口まで動いてるし……」

 

 ようやくこれが単なるバグなどではないことに気がつく。

 

 では、一体なんであろうか?

 

 「まさか、ゲームの世界に入ってしまったみたいな? ……いやいやいや! そんな漫画じゃあるまいし……ふぅ」

 

 一旦落ち着こうと深呼吸をする。

 自分はどうも先程から冷静ではないようだ。悲しんで、戸惑って、苛立って、驚いて、色々な感情が入れ替わり立ち替わりに現れている。情緒不安定だ。ユグドラシルと仲間を失ったショックは自分が思っていたよりも遥かに大きかったらしい。

 

 とにかく、未曽有の大事態がこの身に起きていることは間違いない。冷静を欠いた者から足元をすくわれるとはぷにっと萌えさんの言である。一先ず状況を整理しよう。

 現状自分はユグドラシルでの骸骨姿ではなく、一人の人間の血肉ある姿だ。鏡で見たわけではないから断言はできないが、おそらく現実の鈴木悟の姿であろう。

 このことから、まず、ここがユグドラシルである可能性がほぼ消える。本人の素顔を晒すような行為は肖像権の侵害であるし、そんなことができる技術があるとは思えない。

 次に、とてもゲームの中の物とは思えない肉体の感覚だ。確認してみるとちゃんと脈があるし、体温もある。摘まめば痛い。紛れもない、リアルの人間のソレなのである。

 そうかと思えば、身にまとっているのは、自分が現実で着ていたワイシャツではなく、ユグドラシルの馴染み深い神話級の装備のままであった。

 

 「うーん、とりあえずここはユグドラシルでも日本でもない別の世界ってことなんだろうか? うわー自分で言っておいてわけわからん」

 

 状況は把握できたし、冷静にもなれたが何も分からないままである。

 しかし、少しばかりは心の余裕ができた。

 心の余裕ができたから、一つ気になることもできた。

 

 ――――いまの自分の格好である。

 

 「いやさ、この神話級のローブはさ、ガイコツのオーバーロードの姿だったから似合ってたんだよ……鈴木悟が纏ったところで違和感しかないでしょ……」

 

 けして不細工ではないが格好よくもない、平々凡々たる顔つきの男が神話級アイテムで着飾っているこの状況、滑稽である。着られてる感がすごい。

 

 (別に誰に見られているでもないけど恥ずかしい! 脱ぎたい! でも他に着るものなんて……?)

 

 その時であった。自分の内側になにか湧き上がるものを感じた。

 得体の知れないソレに従って――――

 

 

 

 ――――念じる。

 

 

 

 「おお!」

 

 途端に体から神話級アイテムが消え、ゲーム初期のころに着ていた茶色いぼろ布のようなローブに変った。悲しいかな、こちらは大変良く似合っている。

 

 しかし、それだけではない。

 

 (俺、魔法使えるぞ……)

 

 そう、強く確信していた。

 自分の内側に意識を向ければ分かる。どうすれば魔法が発動するか、その効果範囲はどの程度か、つぎの魔法を使うまでにはどれだけの時間を要するのか、そのすべてが完全に把握できている。 

 

 それにともなって分かったことがもう一つ

 

 (俺、今≪時間停止/タイムストップ≫使っているな)

 

 いつの間にか、というよりこの世界に来た瞬間から自分が第十位階の魔法を使っていたことに気がつく。

 

 (確かに時間が止まってくれればいいのにとは思ったけどさあ……)

 

 まさか本当に止まるとは、と苦笑しながら魔法を解除する。

 世界は動き出し、夜風が草花の香りを運んで、優しく頬をなでる。

 

 「これが自然かあ! 心地良いなあ」

 

 これから自分がどうなるのかは分からない。しかし、自分が魔法が使えると分かったことで、なんとかやっていけるのではなかろうかという安心感が生まれた。

 今はこの生まれて初めての大自然を楽しもうと目を閉じて、吹く風に身をゆだねる。

 

 つい先ほどまで、空はスモッグに覆われ、自然が淘汰されたディストピアに生きていたのである。この瞬間だけはさっきまでの悲しみを忘れて、突然現れた御伽噺の世界にただひたすらに感動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そのせいで注意力が散漫になっていた。

 

 「?!……ひぃっ!」

 

 気付けば自分の真横にまで、ネズミの化け物が迫っていた。

 ゲームのモンスターとは違う、実在する化け物のリアルな姿に恐怖する。

 

 もし、モモンガ――鈴木悟が、ユグドラシル同様にアンデットとしてこの世界に来ていたならすぐに精神の沈静化が起きてこの様に臆することはなかっただろう。

 自身には<上位物理無効化Ⅲ>という常時発動スキルがあることも失念せずに、冷静に対処できていただろう。返り討ちにすることも容易かったはずだ。

 

 しかし、鈴木悟は人間である。

 本物の戦いも命の奪い合いも知らないただの人間であったのだ。

 そして、その弱い心は、自分よりも遥かに惰弱な存在に対しても、そのおぞましい風貌と不意を突かれたことへの動揺から簡単に屈服し、恐怖した。

 

 先も説明したが今の鈴木悟には<上位物理無効化Ⅲ>がある。鉄鼠人ごときでは逆立ちしたって傷一つつけられない存在だ。

 だが、鈴木悟はそのことを思い出せない。思い出せないまま、あり得ようもない死を覚悟して――――気を失った。

 

 

 




次回から、レメディオスさんとかケラルトさんとか出していきたいです。






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