骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ
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第14話 「収集魔王」

 エ・ランテルには様々な人間が行き交っている。

 善人も悪人も、聖職者も犯罪者も、生き抜く者も死にゆく者も……。誰もが己の信念に従い、又は他の誰かに依存し、残酷なこの世界を歩み続けていた。

 

 今、エ・ランテルの巨大墓地を一人の女が走っている。

 顔を隠すはずのフードに役割を与えることなく、脇目も振らず全力疾走だ。

 普通の人間には理解できぬほどの速さであろう。人としての領域を超えているのでは、と思わずにはいられない。そんな驚愕すべき身体能力であった。

 まぁ、昼間とはいえ、震災被害のあった墓地には目撃者などいないのだが……。

 

「ああああ、まずいまずい! このっ、早く動けよ、ボロ仕掛けがっ!」

 

 霊廟に飛び込んだ女は、奥にある台座の裾をガシガシッと蹴りつけ、仕掛け扉のスイッチを起動させる。

 余程焦っているのか、女はゆっくりと動き出す台座が――隠し階段の上から完全に移動するのを待つことなく、軽装の身体を隙間に押し込んで地下へと下りていった。

 

「カジっちゃんカジっちゃん! ヤバいって! 最高にヤバい!!」

 

「……騒がしい女だ。監視の目が無くなったからこの街を出ていく、と上機嫌だったクセに。あと、その呼び方は止めろ」

 

 声を張り上げながら乱雑に掘られた石階段を駆け下りる女に対し、黒ローブの――肉付き骸骨のようであり妙に皺の少ない初老の男は、大袈裟な溜息で答える。

 恐らく知り合いなのであろう、色々と迷惑を被ったと思しき過去の光景が、短い会話の中からも垣間見えていた。

 

「出られないの! 街から出られないんだって! この街、変なモンスターに囲まれちゃってんのよ! 私でも突破できない!」

 

「は? 何を言っておる、クレマンティーヌ」

 

 少し癖のある短い金髪の若い女――“クレマンティーヌ”の実力を、黒ローブの男――“カジット”は十分に知っている。

 だからこそ、呆れたような返事をしたのだ。

 人類の守護者を気取るスレイン法国特殊部隊“漆黒聖典”の元メンバーであり、国一つ、街一つを容易に滅ぼせる死霊術士集団“ズーラーノーン”の十二幹部現メンバーであるクレマンティーヌに、突破できない場所などあるわけがない。

 たとえ近隣諸国最強と名高い王国戦士長が待ち構えていたとしても、鼻歌交じりに突っ込むことだろう。

 例外なのは漆黒聖典、もしくはズーラーノーン十二幹部が複数人で現れた場合だけだが、先程クレマンティーヌはモンスターと言っていた。

 ならばカジットとしては、くだらない妄言と断じるしかない。

 

「またおふざけか? 遊び相手の風花聖典に逃げられたからといって、儂の邪魔をするのは止めてくれ。儀式の準備も佳境に入っておるんじゃ」

 

「ああぁぁああぁー!! どんだけ頭固いのよ! このままだと私たちも終わりだって言ってんのにぃー!!」

 

 頭を掻き毟る女の形相には鬼気迫るものがある。

 それでもカジットは素知らぬ顔だが、付き従っていた弟子たちの中からは、「外の様子を探ってきた方がよいのでは?」との提言が出始めていた。

 

「ふん、まぁ様子ぐらいは構わんが……。それでモンスターがどうのと言っておったな。どんなヤツだ?」

 

「ああもぅ! こんだけ言ってんのに危機感無さ過ぎでしょ! ……はぁ、んで? モンスターがどんなヤツだったかって? あぁ~っと、ほとんどが隠れていてまともに見てないんだけどさ。まずは影みたいなヤツ? あとデッカイ虫? んで他にもヤバいのがいたと思う。見えなかったけど」

 

「ふん、見えないだと?」カジットの呟きは嘲ったものであろう。

 今まで強者として好き勝手に振る舞っていた性格破綻者のくせに、まるで普通の女であるかのような台詞を口にする――そんなクレマンティーヌの言動には鼻を鳴らしたくなる。

 

「くだらん話だ、と言いたいところだがクレマンティーヌよ。儂のところへ来た理由はなんだ? まさか『危険を伝えにきた』なんて妄言をたれ流すためではあるまいな」

 

「ひっどいなぁ、カジっちゃんも無事じゃ済まないと思ったから、協力してあげようと思って来たのに~」

 

 いつもの調子が戻ってきたのか? クレマンティーヌはペロッと舌を出しつつ、不気味な殺気と共に本題へと入る。

 

「まぁ早い話、例の儀式を始めちゃってほしいのよ。アンデッドの軍勢なんかは期待してないけど、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)とか百体程度の動死体(ゾンビ)ぐらいは用意できるでしょ? それで街を混乱させて、隙を見て逃げる。どう? 生き残るために協力しない?」

 

「貴様が協力などとっ」軽々しく儀式発動を口にするような愚か者には吐き気がする。“死の螺旋”を再現するために、どれだけの年月を費やしたか解っているのか?

 エ・ランテルの巨大墓地、深部に建つ霊廟の地下空間。ひっそりと息を潜めながらの拠点構築。街の衛士や冒険者の目に留まらぬよう気を配り、いくつかのトラブルも運と機転で何とか乗り越えてきた。

 だがそれでもまだ足りない。

 死の気配はまだまだ不足しているのだ。

 

「“叡者(えいじゃ)額冠(がっかん)”に用いる子供を攫いに行かなかった貴様が、今更なにを言うか! 風花の気配が無くなった途端、手の平を返しおって。貴様の都合など知ったことではない。とっとと出ていくがよいわ!」

 

「このジジイ……、囲まれているから無理だって言ってんだろうがっ!」

 

 躊躇なく、人の頭にスティレットを突き刺そうとするクレマンティーヌは異常なのだろう。ただ、その行為を予測しているカジットもまともではない。

 地面からせり出した骨の壁で必殺の突きを防いだ死霊術士、そして一歩引いた軽装戦士は、互いの殺害を静かな殺意で宣言すると、軽い笑みを浮かべてにらみ合う。

 

「別にカジっちゃんはいらないんだよねぇ。その、“死の宝珠”だっけ? それさえあればなんとかなるんでしょ? だったら皆殺しでいいよねぇ。――あっ、カジっちゃんの弟子は一人だけ生かしといてあげる。宝珠を使ってもらわないといけないしねぇ」

 

「愚か者が。儂一人だけならともかく、我が弟子たちにも囲まれておきながら勝負になると思っているのか?」

 

 軽く右手を挙げたカジットに従い、十名の黒ローブたちがクレマンティーヌを遠巻きに囲む。

 全員が全員、魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのであろう。実力的にはほとんどが第一位階から第二位階。第三位階には二名ほどがつま先をかけている。

 クレマンティーヌにしてみれば雑魚もいいところだろう。スッと行ってドス、を十回やれば全滅だ。

 とはいえ、その間にカジットから強力な魔法が飛んでくるに違いない。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)をけしかけてくる可能性もある。ならば先にカジットを仕留めるべきなのかもしれないが……。

 

「ちっ、雑魚のくせに」カジットに手古摺れば、周囲から十名分の魔法が襲い掛かってくる。取るに足らぬ相手とはいえ、〈魔法の矢(マジック・アロー)〉などの追尾系を全て避けるのは困難だ。致命傷になることはまずないが、時間が経てば経つほど受ける傷は多く、そして深くなることだろう。

 カジットも当然理解しているからこそ、守りを固めて時間を稼ぐはずだ。

 

「聖典の武装があれば楽勝だったのになぁ。ん~でも、このクレマンティーヌ様が負けるなんて――ありえねぇんだよ!」

「馬鹿がっ! 予備のモーニングスターで骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を相手にするつもりか?! まともな判断も出来なくなったようだな――狂人め!」

 

 英雄の領域に踏み込んだものが発する覇気を前にして、カジットは冷静に、しかし真正面から迎えうつ。

 クレマンティーヌが刺突武器ではなく、腰の後ろに備えていたモーニングスターへ手を伸ばしたのは見えていた。刺突耐性のあるアンデッドに対し有効な武器への変更を行ったのであろうが、それは予備武器だ。

 自慢の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に対し、あまりに貧弱であろう。自身の援護が加われば、弱点の打撃など恐れるに足りぬ。

 

 ――「じゃれ合いはそこまで」

 

「は?」

「え?」

 

 どちらかが確実に死ぬであろう惨劇の一歩は、唐突な何者かの発言によって遮られた。

 クレマンティーヌが、カジットが、そして十名の弟子たちが顔を向けた先は、地下洞窟の荒々しい壁面。そこで壁に背を預けていた軽装の人間――いや、人型に見える存在の薄い陽炎が一体。

 

「な、なんで? なんで気付けなかったの? この私がっ!?」

「クレマンティーヌ! 貴様つけられていたな!? 儂を王国へ売ったか?!」

 

「騒がしいぞ、“レア”と“ゴミ”どもよ」パンパンと手を打ち鳴らす軽装の――布の服しか身に付けていない、恐らく男と思われる人物は「(それがし)は主の命に従い“レア”の回収を行っている者である」と驚愕している人間どもを見渡す。

 

「れ、れあ? ってその姿、もしかしてイジャニーヤ? なんでこんなところに」

 

「どういうことだ? 帝国が関係しているというのか?」

 

 第三者の介入にカジットを含め、クレマンティーヌも思考が定まらない。

 戦うべきか逃げるべきか。戦うならばどちらが先か、それとも一度に両方か、勝率はどの程度なのか。逃げるならばそのタイミングは、背中から襲われる可能性は、そもそも逃げられるのか。

 クレマンティーヌはスティレットを引き抜き、姿勢低く、武技の発動を重ねる。

 

(戦闘態勢でなく、武器も無し! まずテメェからだ! イジャニーヤ!!)

 

 いち早く動いたのは英雄級の戦士、クレマンティーヌだ。

 周囲を囲んでいた黒ローブの横を衝撃波(ショックウェーブ)であるかのように走り抜け、一息で細身の男まで迫る。

 

「死ね!!」

 

 自身でも見事な突きだったと思わずにはいられない。手にする感触は男の頭骨を貫く、甘美なモノであることは疑いようもなかった――のだが。

 

「一つ目の“レア”。エ・ランテルで最も強い個体」

 

 人差し指と親指の腹でスティレットの刀身を軽く摘まみ、くるりとクレマンティーヌを一回転させて、そっと地面へ下ろす。

 まるで紳士的な行動のように見えなくもないが、実態は主への荷物なのだから丁寧に扱っただけに過ぎない。カジットとの戦いに割り込んだのも、荷物の破損を危ぶんだだけであろう。

 軽装の男――ハンゾウは、圧倒的な力の差を前にして動けないでいる女の懐から「罠の類は無し」と口にしつつアイテムを取り出すと、己の任務を確認する。

 

「二つ目の“レア”。ユグドラシルでは製造できないアイテム。そして――」

 

 ハンゾウはカジットの持つ宝珠を指差し、「三つ目、この場における最後の“レア”。ユグドラシルには存在しなかった、インテリジェンスアイテム」と、切りとった人間の手首ごと石ころのような宝珠を地面へ並べる。

 

「なぁ?! なぜ“死の宝珠”がそちらにぃぃぎゃああぁぁああ!!」

 

 気が付けば、右手首の先が宝珠ごとなかった。

 意識してから痛みが走り、自覚してから血流が噴き出す。

 

「は? はぁ? なに今の……、私でも見えなかった」

 

 かつての仲間が血に塗れて叫んでいるというのに、クレマンティーヌは床に置かれたまま動けなかった。

 自分の隣には“叡者の額冠”、その奥には“死の宝珠”が並べられている。

 どうやら“レア”と呼ぶモノを陳列しているのだろう。その一つが自分であることに安堵していいのか、怖れてイイのか解らない。

 今すぐ殺されはしないと推察するも、アイテムと同列に扱われている現状には不安だけが募る。

 

「さて」ハンゾウは軽く鋼糸を振り、十一名の解体で付着した鮮血を振り払うと「後は八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に回収してもらうとして……」なにげなく“レア”の一つ、この地の強者を眺める。

 

「これが最強? パンドラ様の探査に疑いの余地など無いのだが、なんと脆弱な。このような雑魚をモモンガ様の御前に並べてもよいのだろうか? いや、“武技”とやらの使い手であるならば、個の強さは関係ないのかもしれんが」

 

 一人で悩み一人で納得してしまうハンゾウであったが、クレマンティーヌからすると己の生き死にが懸かった査定だ。価値無しの雑魚だと認定されてしまえば、目の前に転がっているズーラーノーンの後を追ってしまうだろう。

 

「は、はい! 私、あの、武技、つかえます! すごく得意です! 何なりと御命令を!」

 

「ほう、それは吉報。武技の研究に役立ちそうだ。ところで……」ハンゾウは怯える人間の傍へ身を屈め、「武技とやらを見物させてもらいたい。どのようなモノなのかを理解しておけば、御方のお役に立てる機会があるやもしれん」と囁く。

 

「はいっ! お見せします! いくらでも!」

 

 生存側へ天秤が傾いたことを確信し、クレマンティーヌは誰にも見せたことのない――既にこの世にはいない実兄が驚くこと間違いなしの――花咲く笑顔で武技の使用を快諾する。

 

 その後、ズーラーノーンの隠れ家であった霊廟の地下空間では、運搬役の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が到着するまでの短い間、数えきれないほどの武技を連続使用する若くて美しい女性の姿があったそうな。

 

「……むぅ、全然わからん」

「ふえっ!!?」

 

 

 ◆

 

 

 パタリパタリと倒れ込むのは人間だ。

 エ・ランテルで生活していた貴族、商人、兵士、そして有象無象の平民たち。老いも若きも、金持ちも貧乏も、強くも弱くも関係なく、静かに膝を崩し、二度と目覚めぬ眠りへと落ちていく。

 場を満たすのは“絶望のオーラ”だ。

 レベルはⅤ。しかも大魔王が試験的に、限界までの強化に挑戦した超絶バージョンである。

 万が一のことを考えて、影の悪魔(シャドウデーモン)八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)、アウラの魔獣などは効果範囲の外へと待避させており、範囲の中に居るのは最低でも“ハンゾウ”クラス。当然、人間などは一切の行動を許されず死へと至る。

 

「期待が過ぎたか。特殊技術(スキル)を無効化する“生まれながらの異能(タレント)”持ちでも居ないかと思っていたのだが……」

 

「モモンガ様のオーラを無効化できる人間なんて、いるわけないですよ!」

「で、でもお姉ちゃん、あの、人間のプレイヤーには凄く強い人も……」

「なぁ~にぃ、マ~レェ~、モモンガ様の御力を疑うっていうの?」

「そ、そんなことっ」

 

 毎度おなじみの可愛らしいじゃれ合いに、大魔王の頬も緩む。――頬無いけど。

 人間の街をのんびり散歩して、ゆったり殺戮して、優雅に特殊技術(スキル)の確認なんかを行ってみたが、中々有意義な時間を過ごせたのではないだろうか。

 互いの死を覚悟した――勇者との決戦も心躍る一時ではある。魔王としての存在意義が刺激される貴重な一瞬だ。

 だがしかし、たまには守護者と共に人間の街を滅ぼすのも一興かもしれない。

 組織の中でコミュニケーションは重要だと、“ぷにっと萌え”も言っていたような――いや、あれは“ベルリバー”だったか?

 モモンガはふと足を止めて、頭に響く着信音に意識を向けながら絶望のオーラを解除する。

 

「モモンガ様? なにかありましたか?」

 

「あぁ、アルベドから〈伝言(メッセージ)〉が入った。……それで、何があった?」

 

『はっ、散策中に申し訳ありません。先程、ナザリック地下大墳墓への侵入を目的とする、四十数名の人間種集団を確認いたしました』

 

「ふっ、ようやく来たか」守護者統括からの報告に、大魔王は喜色をもって答える。

 魔王の居城であるナザリックへの侵入は、勇者が成すべき絶対条件だ。様々な(トラップ)を潜り抜け、迷路を踏破し、襲いくるモンスターを撃破する。そして最奥の玉座で待ち構える魔王との決戦に赴くのだ。

 物語ならば最高に盛り上がる魅せどころと言えるだろう。

 待ち構える側の魔王としても、本来の立ち位置で戦えるので顔がニヤけて仕方がない。――骨だけど。

 

「魔王討伐にきた勇者に対し、肝心の魔王が留守では格好がつかんな。ではこの地での用事はアウラとマーレに任せて、私は帰還するとしよう」

 

『畏まりました。ナザリック地表にてお待ち申し上げております』

 

 モモンガは、嬉しさを抑えきれないでいるアルベドとの〈伝言(メッセージ)〉を終わらせると、双子の闇妖精(ダークエルフ)へ言葉をかける。

 

「聞こえていたと思うが、私はナザリックへ帰還する。アウラはこのまま“生まれながらの異能(タレント)”持ちの少年確保へ向かうように。マーレはエ・ランテルの住人を皆殺しにして“強欲”に経験値を吸わせておけ」

 

「はい! モモンガ様!」

「は、はい! モモンガ様」

 

 寂しさを誤魔化すかのような返事を察し、モモンガは双子の頭をポンポンと撫で叩くと、あさっての方向へ顔を向けて最高傑作の名を呼ぶ。

 

「ところでパンドラ、合流してからずっと姿を隠しているのは何故なんだ? 私に〈透明化(インヴィジビリティ)〉は意味無いぞ」

 

「はっ、失礼いたしました、モォモンガッ様。仲睦まじきぃ光景でありましたのでっ、水を差すのはどぉうかと思いぃぃぃ脇に控えておりましたっ」

 

 実際は合流しようとした直前、アウラから『空気読んでよね』とばかりに睨まれたので、紳士として少し離れ気味に後方を歩いていたのだ。姿を隠したのはなんとなくである。

 

「よく解らんが、まぁよい。パンドラはアウラとマーレのサポートを行い、全てを終わらせてから皆と共にナザリックへ帰還せよ。――では、な」

 

「はっ! いってらっしゃいませ」

 

 深々と頭を下げるパンドラの美しい姿に見惚れつつ、大魔王モモンガはナザリックへと転移した。後に残されたるは闇妖精(ダークエルフ)の双子に軍服埴輪。そして姿を隠した無数のモンスターたち。

 ちなみに、街の住民は数に入っていない。ただのゴミなのだから当然であろう。

 

「あ~ぁ、モモンガ様との散歩が終わっちゃったなぁ~。人間もこんなタイミングでナザリックに侵入しなくてもイイのにさぁ」アウラは御褒美とも言えるエ・ランテル訪問に喜びを示しながらも、一方で邪魔をしてきた人間によからぬ敵意を募らせてしまう。「マーレ! 私は今から例の人間を確保してくるけど、帰ってくるまで掃除を始めちゃ駄目だからね!」

 

「わ、わかったよぅ。えっと、ここで待ってるから……。いってらっしゃい、お姉ちゃん」

 

「アウラ殿、念の為ハンゾウを四体ほどぉお付けいたします。周囲の警戒にぃ――お使いくださいっ」

 

 シュバっとポーズを変えるパンドラからの提案に、アウラは「え~」と僅かに否定的な意思を示していたのだが、途中で思い直しのか「うん、よろしくね!」と元気に答えて、いくつかの特殊技術(スキル)を発動させる。

 恐らく、デミウルゴスの件を思い出したのだろう。

 自らの魔獣に絶対の自信を持っていても、あの頭脳明晰な守護者が一撃を喰らったのだ。どんなに警戒してもし過ぎるということはないのだろう。それにパンドラはモモンガ様からサポートの勅命を受けているのだ。ならば支援を断るのは不敬にあたる。

 

(目標の居場所は完璧に把握しているし、近くにいるのは変な老婆と鳥の巣みたいな頭の女が一人。邪魔されるわけもないだろうけど、魔獣に食べさせちゃえばイイよね。どうせ皆殺しにするんだし……)

 

 ニヤリと子供らしくない笑みと共にアウラは掻き消えた。

 尋常ではない速度で駆け出したのだ。

 周囲への影響を皆無にする恐ろしい技術での疾走なので、まるで転移でもしたかのように見える。

 もちろんマーレなどの強者には『お、お姉ちゃん、張り切り過ぎだよぉ』ぐらいの一般的な現象にすぎないのだが。

 

「え、えっと、パンドラさん? モモンガ様がおっしゃっていた“レア”の回収は大丈夫なんですか? あ、あの、この後、ちょっと大きな魔法で人間の街を破壊しようと思っているので……」

 

「おおぅ、なんと素晴らしき御配慮! まことに有難うございます! それで“レア”の回収ですが、御心配無く! すでに粗方回収済みでございます。今は微妙な価値のモノを選別しているところでして、ええ大丈夫ですよ。リミットまでの時間潰し程度の意味合いしかございません。残らず破壊して頂いて構いませんよ! はいっ!」

 

 天へ突き出した右手と腰に添えた左手が何を意味しているのかは解らないが、パンドラの任務が完了していることだけは理解できた。

 ならば何の遠慮もいらないのだろう。

 この地はモモンガ様を拒絶していた人間の街――いや、ユグドラシルの人間とは別モノなのだろうが、異世界の人間が住まう街。

 故に皆殺し。一切合財を殺し尽くす。

 別モノであろうと関係ない。似ているだけで同罪だ。

 モモンガ様には、敵意・害意を塵ほども向けてはならない。もしそんな愚か者が居るのであれば、この世から根絶すべきなのだ。確実に。

 

「マーレ殿? 私のぉポージングに何かっ、問題でもありましたか?」

 

「え、えっと……」特に気にしていなかったのでなんと言えばいいのか、マーレは右手の角度を調節しているパンドラへ「あ、あの、大丈夫です、はい」とりあえず誤魔化してみた。

 

「それは重畳。アウラ殿には不評だったもので――」

「あたしがなんだって?」

 

 くるりと卵形の頭部を背後に向けてみると、先程駆けていったばかりのアウラが呼吸を乱すことなく悠然と立っていた。

 普通に考えれば、途中で戻ってきたかのように思えるが……。

 

「いえいえ、アウラ殿に評価してもらえる所作の研究を――っとそれより、人間の回収は御済みで?」

 

「うん、楽勝! モノはクアドラシルに運んでもらってる~」ニカっと笑顔を見せてVサインのアウラは『今度はアンタの番だからね。しくじらないでよ』とばかりに弟へ視線を向ける。

 

「えっと、じゃあパンドラさん、街中から(しもべ)たちを待避させてください。お、お姉ちゃんも、ね」

 

「はい、即座に」

「おっけ~」

 

 予定の行動であったが故に、パンドラたちはなんの迷いもなく配下の(しもべ)をエ・ランテルの外へと移動させると、マーレへ完了の意思を伝える。

 

「そ、それじゃ始めますね。〈全体飛行(マス・フライ)〉」

 

 マーレを中心に、アウラとパンドラ、そして姿を消している八体のハンゾウ共々――濃密な魔力に包まれ、地面から足が離れる。

 

「ときにマーレ殿」街の上空へ向かう最中、パンドラの問いが闇妖精(ダークエルフ)の耳を揺らす。「私のバフを受けてみませんか? 先日モモンガ様は、シャルティア殿で実用性を確認しておりましたが、守護者間でも試してみるべきかと思うのです」

 

「は、はぁ……」特に必要性は感じなかった。人間の街を壊滅させるのに、強化魔法など過剰であるとしか思えない。だが、バフを受けた場合の威力上昇――異世界における変化――がどの程度かを理解しておくのは、今後の戦闘でも役に立ちそうだ。もちろん、モモンガ様の御役に、である。

 

「わ、わかりました、パンドラさん。えっと、よろしくおねがいします」

 

「かぁぁしこまりましたっ、マーレ殿。渾身の強化魔法でぇぇ、その身をワールドエネミー並みに押し上げて御覧に入れましょう!」

 

「いや~、それは流石に無理でしょ。てか、さっきからクルクル回り過ぎ」

 

 空中でも容赦なく回転する同僚守護者の意図と、バフの効果を知り尽くしているのに大言壮語な有様には、『突っ込むまい』と思っていたアウラも無意識に突っ込んでしまう。

 これが計算された言動であるなら――たぶんそうであろうが――流石はモモンガ様に創り出された直轄の(しもべ)、レベル100にしてデミウルゴスに匹敵する知恵者、宝物殿領域守護者“パンドラズ・アクター”である。

 

 アウラの目の前で、パンドラはモモンガを始めとする至高の御方々――計五名に次々と変身すると、マーレへ過剰とも思える強化魔法をかけていた。

 それは確かにパンドラにしか出来ない、多様過ぎるバフであろう。

 七百を超える魔法習得のために、ギルドメンバーの力を借りて人間を殺しまくったモモンガよりも色とりどりである。

 変身の特殊技術(スキル)がちょっと便利すぎる気もしないではないが、秘匿すべきプレイヤーの全能力を取り込ませてくれたギルドメンバーのお蔭と言うべきか。アバターの支配権を一時的に貸し与えてくれるような、特別な信頼を得た者だけに許される特権かもしれない。

 まぁ、八割のコピー能力を発現させるためだけに、己の存在が消されるかもしれない『他人への貸与』を行うかどうかは、ちょっと疑問が残るところだが……。

 

「で、では、いきますね。〈魔法効果範囲拡大最強化(ワイデンマキシマイズマジック)大溶岩流(ストーム・オブ・ラヴァ)〉!」

 

 天から舞い落ちる溶けた炎の岩流は、エ・ランテルの住人にとってあまりに美しい非現実的な光景であった。

 魔王の散歩道から遠く離れた位置に住居を構えていた住人などは、絶望のオーラに巻き込まれていた憐れな隣人に気付くことなく、空を仰ぎ見て歓声を上げる。

 

『ああ、なんて綺麗なんだ。まるで炎の神様がこの地へ降り立つかのよう――』

 

 間違ってはいないのかもしれない。

 人の生き死にを決定付けるのが神であるのなら、マーレの撃ち出した溶岩流はまさしく神だ。逃げ出すことなく魅了されている住人の有様からしても、この世のモノとは思えぬ存在が降臨してくるのは確かだろう。

 神は地上に降り立ち、その飛沫を雨のように舞い飛ばす。

『ジュッ』と何かが燃えて焦げて灰になった。

 悲鳴を上げる隙など無い。

 逃げる時間なんか言うまでもない。

 天からは更なる神が降りてくる。街を灰にすべく降りてくる。

 これは罰なのだろうか?

 いや、これはただの掃除だ。余計なモノを焼却処分し、残りの魂を箒で掃き集めて回収する。そんな雑務でしかない。

 

「え、えっと、こんな感じかな? お姉ちゃん」

 

「いいんじゃない? 経験値もけっこう貯まった感じだし」

 

 にこやかに言葉を交わす可愛らしい闇妖精(ダークエルフ)の遥か下方では、川のように流れる溶岩だけが苦痛と苦悩を代弁していた。

 三重の城壁は根元だけが微かに残り、人家は跡形もない。

 無論、人間が住んでいた痕跡などどこを探しても見つからないだろう。

 それでも燃え尽くした人間が己の生きた証を残したいと思っているのなら、彼方此方から立ち昇る煙を断末魔の悲鳴であるとするべきか?

 パンドラはそう物思いに耽りながら『哀愁漂うボージング』の研究結果を秘匿メモに書き込みつつ、帰還用の〈転移門(ゲート)〉を展開するのであった。

 







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