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ヘイトスピーチと表現の自由について ~差別のない社会に向けて~

ヘイトスピーチとは

京都朝鮮学校事件など近年いわゆる「ヘイトスピーチ」と呼ばれる差別表現が社会問題となっています。
差別に関するテーマを扱うことについてしばらく躊躇していたのですが、一時期の報道が過熱した時期から一息ついた時期に入ったと感じたこともあり、主に憲法との関係から、私自身の備忘録も兼ねて問題を整理したいと思います。

京都朝鮮学校事件の事件概要についてはこちらを参照(Wikipedia)。

「ヘイトスピーチ」は、人種や宗教などの要素に対する差別・偏見に基づく憎悪表現であると理解されています。

他人に害を与える表現行為としては、侮辱表現や名誉毀損表現があり、これらは犯罪行為ともなっています(侮辱罪:刑法231条 名誉毀損罪:刑法230条)。

「ヘイトスピーチ」は、侮辱表現や名誉毀損表現と重なり合う部分もありますが、人種や宗教などの要素に対する差別・偏見に基づく表現であるという点において侮辱表現・名誉毀損表現の枠内ではとらえきれない憎悪表現となっています。

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説明を補足すると、侮辱表現・名誉毀損表現は主に個人に対する社会的名誉を低下させる表現ですが、必ずしも人種や宗教などに対する差別・偏見を伴うものではありません。
一方で、「ヘイトスピーチ」は個人に対する憎悪表現という形をとる場合もありますが、究極的にはある人種や宗教などに対する差別・偏見に基づく憎悪表現であり、ある人種や宗教などに属性に向けられた憎悪表現となっています。

個人に対する憎悪表現を含む場合には侮辱行為・名誉毀損行為として「ヘイトスピーチ」の一部を処罰等することは可能ですが、ある人種や宗教などに対する差別・偏見に基づく憎悪表現行為それ自体を規制する法律は現在のところありません。

ヘイトスピーチへの対応・規制の必要性について

憲法は、第13条第1文において「個人の尊重」を定め、第14条第1項において「法の下の平等」および「差別の禁止」を定めています。

※憲法第13条第1文 「すべて国民は、個人として尊重される。」
※憲法第14条第1項「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」

※なお、憲法13条第1文および第14条第1項は「国民は」と規定していますが、「「憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべき」(マクリーン事件最高裁判決)とされており、最も基本的な人権である「個人の尊重」「法の下の平等」「差別の禁止」は当然に在留外国人に対しても及ぶものと考えられています。

「ヘイトスピーチ」は、ある人種や宗教などの属性を有する人々に対してその人としての価値を劣位に置こうとする表現行為であって、すべての人を対等の個人として尊重しようとする憲法13条および14条の理念に明らかに反しています。

人種、宗教、性別などの自らの能動的努力では変更することのできない属性に対する差別的表現はその属性にある人々の全人格・存在を否定するものです。
表現活動を行っているだけで直接の実害はないと思われる方もいるかも知れませんが、差別表現による被差別属性にある方々の精神的負担・社会的負担が著しいものであることは想像に難くないでしょう。
さらに、差別を許容する社会は、自分たちが被差別対象になること可能性に脅えて生活していかなければならない社会です。

「ヘイトスピーチ」は憲法の理念からしても、社会的にも許すことのできない表現行為であり何らかの対応・規制が必要ではないかと考えています。

表現の自由との関係

規制の必要性にもかかわらず、「ヘイトスピーチ」に対する法規制については政府・国会は慎重な対応をとっています。
その理由は、「ヘイトスピーチ」規制が憲法21条第1項の保証する「表現の自由」に対して萎縮的効果をもたらさないかという懸念があるためです。

※憲法21条1項「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保証する。」

※猿払事件最高裁判決「憲法21条の保証する表現の自由は、民主主義国家の政治的基盤をなし、国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によってもみだりに制限することができない」

憲法上の人権である「表現の自由」の行使も、他者の人権を侵害するような態様で行使することは当然許されません(現実に、侮辱表現、名誉毀損表現は表現行為であるにも関わらず刑事処罰の対象となっています。)

問題となっているのは、「ヘイトスピーチ」に対する法規制を創設した場合に、法律の規制範囲が不明確または過度に広汎なために、本来「ヘイトスピーチ」として規制すべきではない表現まで規制し、あるいは、その他の表現を萎縮させてしまうのではないかという懸念です。

※表現の自由に規制に対しては、表現の自由に対する萎縮的効果を防ぐため以下のような基準により憲法適合性が判断されるべきことが有力に提唱されています。

①明確性の原則:表現の自由を規制する法律は規制対象が明確であるべきこと

②過度に広汎な規制の禁止:表現の自由を規制する法律は規制対象が必要最小限であるべきこと

③明白かつ現在の危険の原則:表現の自由に対する規制は、表現活動が明白かつ現在の危険を引き起こす見込みのある場合にのみ規制できること

このような表現の自由に対する萎縮的効果を懸念し、すでに法規制を置いている欧州諸国とは対照的に、米国および日本は「ヘイトスピーチ」に対する法規制が未整備の段階にあります。

※他にも「ヘイトスピーチ」の法規制を創設にするにあたっての問題点は多くあります。例えば、規制対象となる「ヘイトスピーチ」の範囲を非常に限定的に定めてしまった場合、規制対象とならない差別表現に対して合法の承認を与えるような形となってしまい、差別撤廃効果が十分でないばかりか助長してしまう可能性もあるなどの問題があります。

差別のない社会に向けて

「ヘイトスピーチ」の法規制を創設するにあたっては表現の自由との関係などにおいて乗り越えなければならない課題が多くありますが、「ヘイトスピーチ」に代表される差別問題を放置することはできません。立法的な課題や法律の運用実務については。法律の専門家である我々が知恵を絞らなければならないことと思います。

また、一方で差別の問題は法律問題だけで解決できるものではなく、教育、外交、警察その他の行政活動や地域の社会活動によっても解消されていかなければならない問題です。
政治・社会・法律さまざまな方面から、差別のない社会に向けた対応がとられなければなりません。

本記事は、2015年01月26日公開時点での情報です。個々の状況によっては、結果や数値が異なる場合があります。特別な事情がある場合には、専門家にご相談ください。
ご自身の責任のもと安全性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い致します。


この記事のアドバイザー

yoshida 吉田秀平

弁護士

上場企業の総務・法務を担当した経験を活かして、中小企業、ベンチャー企業、スタートアップの支援をさせて頂きたく思っています。訴訟になる前に、リスクが顕在化する前に、低コストで高い効果の予防法務サービスを提供することが目標です。

  • 所属:しぶや総和法律事務所


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