095話 完全勝利
100万倍に引き伸ばされた時間の中で、俺達は向かいあう。
それは、
ヒナタの意識との強制的な思念リンクの構築をやってのけるとは、俺にも予想出来なかった。
では何故このような事を行なったのか?
その答えはシズさんである。
(私がね、頼んだの。リムルの能力である
シズさんはそう言って、そっと微笑んだ。
俺とヒナタの見ている井沢静江は、本人では無い。
本人の魂の残滓。その想いの欠片である。
俺の中で吸収された際、その魂も取り込まれた。進化した
まったく……。
大賢者の時からそうだったけど、俺に黙ってコッソリと何をやっているんだ、コイツは。
真の意味での黒幕は
構築された思念空間の中で、ヒナタはシズさんに抱かれている。
よく頑張ったわね、そう言ってシズさんはヒナタを褒めてやっていた。
あの冷酷なヒナタが、子供のような安心した表情で、されるがままになっているのを見るのは不思議な気分である。
そしてシズさんの手が、ヒナタの頭部に纏わり付く邪蟲を摘み取り、炎で燃やし尽くす。
あれが、ヒナタの思考制御を仕掛けた"呪いの結晶"だったのだろう。
「てか、おい!
無いとは思ったが、念の為に聞いてみた。
《告。
ただし、思考誘導が行われていた形跡を確認しております。
能力の進化に伴い、思考誘導の影響は現在消失しております 》
しれっと、何でも無い事のように報告して来る
この野郎、そういう形跡があったのなら、そりゃ、高確率でユウキが黒幕だって判断出来るだろうよ。
俺でも確信もって疑うレベルだわ! この
まあいい。恐らくはその確証を得る為に、シズさんの魂の再生を試みたのだろうから。
こいつ、完璧主義過ぎて、絶対的に100%正しい情報以外は報告してこないのだ。
俺からしたら欠点に見えるが、つまらぬ情報をいちいち報告してきて混乱させられるのも面倒だし。
そういう俺の本音を汲み取っているのだろう。文句も言い難いというものである。
そうして、暫くの時が流れた。
落ち着いたのか、ヒナタが顔を上げる。
その表情は穏やかであり、先程までの張り詰めた様な雰囲気が緩和されている。
本当は優しい子だったのかも知れないけど、過酷な世界を生き抜く上では冷酷に酷薄に対処する癖が身についてしまったのだろう。
考えて見れば、シズさんはその事が心残りだったのか。
だからこそ、
(ヒナタ、あなたを放り出して御免なさい。
強く生きなさい、信念は大事だけれども、
「
神聖法皇国ルベリオスの有り様が間違っているとは思えない」
(ヒナタ……どれが正しくて、どれが間違っている。
そう決め付けるのは、良くないわ。柔軟に、ね)
シズさんは優しく諭す。
もっと言ってやって欲しい。この
俺の言葉にまったく耳を貸さなかった事もそうだが、もっと融通を利かすべき時があるだろうって話だ。
俺の言葉は聞かなかったけど果たして……
「わかりました。もう一度、やり直します。この目で見て、自分の心で判断します」
ヒナタは素直に頷いた。
おい……。シズさんの言う事だから素直なのか、それとも思考制御が解除されたから素直になったのか?
思考制御のせいだろう。うん、そうに違い無い。
だって、そうじゃなかったらヒナタを説得しようとして苦労しまくってた俺が報われないのだもの。
という事で、悪いのは全てユウキだ。
アイツも可能性としては、操られている可能性があったりするんだが……
「おい、
ユウキが操られている可能性はあるか?
もっと正確に言えば、"
本題をビシっと問い詰める。
こっちから聞かないと、核心的な話が出る事は無さそうだし。
「"
かつて魔王レオンに敗れた魔王、か。生きているのか?」
「ん? ああ。この前に、アイツの部下とかいうクレイマンって魔王が生きてると言っていた
何でも、
えらく人間サイドの情報に詳しいから、人間に憑依していると睨んでる」
「生きているのか。そして、情報が集まりやすい場所にいる、と。
そもそも、私に思考制御を掛けるなど、同時期にこっちにやって来たユウキに可能とは思えない。
何よりも、それをする意図も目的も判らない。が、カザリームが黒幕だと言うならば……」
「ん? 何か知ってるのか?」
俺の問に、ヒナタは答えない。
こいつやはり、俺には素直じゃ無いようだ。
まあいい。俺が聞いたのは、ヒナタにでは無い。
「答えろ、
俺の質問に、やれやれという感じの返答があった。
もしくは、死なないように何とか魂だけを守護し
前者の方が確率が高いそうだが、クレイマンへ連絡が来るのが遅すぎる。クレイマンは10数年前に突然連絡が来たと言っていたから、それまでの動向が謎になるのだ。
で、後者だった場合。
その確率は余りにも低く、考えられないそうなのだが……死んでスライムに転生する者がいる以上、無いとは言い切れないそうで……
って、そりゃあ俺の事じゃねーか! そんな突っ込みも入れたくなるというものだ。
どちらとも言え無いが、
ただし、ユウキの人格がカザリームを飲み込んだ可能性も無いとは言え無いようだ。
完璧主義者も良し悪しと言うものだ。
「ともかく、現在のユウキがヤバイ相手だって言うのは間違いないんだ。その点には注意するさ」
そう、俺は結論づけた。
(でもね、あの子、本当に普通の優しい子に見えたのよ。違和感すら感じない程に。
それが気がかりなのよ、ヒナタ。貴方は決してユウキに近づかないで。
とても、嫌な予感がするのよ……
さようなら、ヒナタ。幸せになりなさい)
最後にシズさんはそう言って、俺とヒナタの前から姿を消す。
彼女のヒナタを心配する想いを伝える事が出来て、思い残す事が無くなったのだろう。
ヒナタはシズさんが消えた後も、その方向に黙祷を続けていた。その姿を目に焼き付けようとでも言うかのように。
そして……
《告。目的を達成致しました。思念リンクを解除致します 》
直後、眩く光に包まれる感触。
(リムル、ヒナタの事ありがとう。貴方はやはり、優しいわね……。此処はとても居心地がいい……)
そうシズさんの声が聞こえた気がした。
それは俺の思い込みなのか、あるいは幻なのか。だけど、シズさんの気がかりが一つ消えたのは確かなのだろう。
穏やかそうな笑顔を浮かべて、シズさんは俺に頭を下げたのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
100万倍に引き伸ばされていた時間は通常の流れへと戻り、思念リンクは解除される。
周囲に戦場の匂いが立ち込め、俺達は先程の体勢のままで睨み合っていた。
現実時間で、戦闘が開始されてから一時間半も経過している。
恐ろしく長い時間戦っているように感じたが、ヒナタとの一騎打ちは30分程と言った所だろうか。
体感時間では既に何日も経過したように感じるが、実際にはそんな事は無いようだった。
「さあ、続きを始めようか」
何事も無いように、ヒナタが剣を構えて言った。
って、ちょっと待てよ。
「おいおい、最後俺が止めっぽく優勢だっただろうが! 何しれっと無かった事にしてるんだよ!」
「知らんな。止めを刺せるなら、出来る時にしておくのは常識だぞ?」
「く……この野郎……」
「それに、な。部下をあの様な目に合わせられて、黙って引き下がる訳にはいかないだろう?」
何の事だ?
そう思って、周囲を見回せば……
「無理、もう無理。好きにしやがれ、化け物め!」
「クフフフフ。思ったよりも楽しめました。少し休憩に致しましょう」
「休憩って何だ? もうやらねーよ! クソが!」
「クフフフフ。まあ、そう言わずに!」
そんな遣り取りをする、ディアブロと聖騎士。
「離れろ、邪魔だ」
「ああ、ソウエイ様……意地悪です!」
何やらソウエイにしなだれかかる赤毛で美人のお姉さん。
というか、戦闘中に何やってるの? 軽く怒りが湧いてきたぞ?
「申し訳ありません、リムル様。拷問していたのですが、加減を間違えたようです。
何故かこのような事になってしまって……」
俺に向かって謝罪するソウエイ。迷惑そうに赤毛の聖騎士を押しのけようとしている。
どうして拷問する流れになったのかも謎だが、拷問してそうなるのも理解に苦しむ。
何が何だか判らないよ。
「貴様、ソウエイ様から離れろ!」
声だけは勇ましく、ソーカが叫ぶ。
しかし、疲労困憊の様子で声しか出ないようだ。立ち上がる事もままならない様子。
見渡せば、ゴブタやガビルらそれにソウエイ配下の影達もクタクタになって倒れている。
その横でハクロウが溜息をつきつつ、
「お前ら、鍛え直しじゃわい」
と、ボソっと呟いている。その言葉が止めとなって、ゴブタ達はパタリと倒れた。
ゴブタ達の横には、同様にボロボロの聖騎士達が転がされている。激しい戦いを繰り広げたのだろう。
ハクロウからすれば満足いかない戦いだったようだが、聖騎士相手に頑張ったんじゃなかろうか?
「騙されたっす。自分の相手が一番強かったなんて、酷いっすよ!」
「ホブゴブリン相手に引き分け……だと? 俺も駄目だな……」
「そんな……我輩、結構頑張っていたのである! なのに何故!?」
口々に何か愚痴っているようだが、まあ、ご愁傷様と言うしかないな。
とまあ、ここまではいい。ソウエイの相手は納得いかないが、まあ置いておこう。
一瞬目にして目を逸らすしかない惨状なのが、ランガとシオンの相手をしたと思える聖騎士達である。
チラっと見た所、ランガの前にパンツ一枚になるまでボロボロにされた者達が8名転がっていた。
それを咥えて運んで来たらしいランガは、尻尾をフリフリ元気である。
「我が主よ! この者達は、我の進化の具合を確かめるのに最適でした!」
嬉しそうにランガがそう言ってきた。
無茶をするなと言ったのだが……まあ、殺してはいないようだけど。
「お、おう。良かったな……」
「は! もっと遊んでいても?」
「いや、止めておいてあげなさい。その人達も疲れているだろうし……」
「そうですか、わかりました」
遊び足りなかったのか、尻尾が垂れ下がってしまったけど……
俺の言葉に安心したのか、ランガの足元に居る人達から安堵の声が聞こえた気がした。
その声で確信する。
それ以上ランガの相手をさせたら、その人達死んでしまいそうだ。
あからさまに助かった! という顔で、俺に感謝の視線を向けてくる程だし……
聖騎士がそんな事で大丈夫か? と少し心配になったが、相手がランガでは仕方ないかもしれない。
そんな事よりも問題は、シオンの相手だ。
何故だろう? 皆手足が無くなって転がされている。
シオンの自慢気な顔が悪い予感を確信させる。
「……おい。シオン、その人達に何をした?」
「は! お褒め頂き、ありがとうございます!
この者達は、生意気にもリムル様に逆らおうとしておりましたので、少々懲らしめました」
褒めてねーよ! バカヤロウ。
得意げにシオンが答えて来たのだが……
どう考えても遣り過ぎだろう。そもそも、俺に逆らうもクソも、俺の部下でも何でも無いのだし。
「おい…。頑張れとは言ったけど、どう見ても遣り過ぎだ! 殺すな! って言っただろう」
「大丈夫です。皆、こうして元気に生きております!」
いやいや。
生きてるから、良いってものではない。手足が無くなって虚ろな顔してるじゃないか!
そもそも、人々を守るのに手足がなくなってたら、どうやって魔物と戦うんだ。
俺の言いたい事をまるで理解してないな、コイツ……。
「シオン、どうやらお前だけは俺の言いつけを守らなかったみたいだな。
そういう言い訳をするのなら……」
俺がそう言い掛けた途端、
「おっと、忘れておりました! お前達、喜べリムル様に感謝するがいい!」
そんな事を言いながら、大慌てで足元に転がる聖騎士達を全員纏めて一薙ぎした。
そして、
俺の見ている前で、聖騎士達に手足が生えてきた。
どういう能力か知らないけど、なんという恐ろしい能力を手に入れたんだ、シオンめ。
結果を操作する系統だろうか? 厄介なヤツに、滅茶苦茶危険な能力が目覚めてしまったものである。
相手に同情を禁じえなかった。
手足を戻された聖騎士達は、お互いに喜びあっている。
あれだけされて廃人にならなかっただけでも、普段からどれだけ鍛えているのか解るというものだ。
まあ、シオンは暴走しやすそうだ。今後は気をつける事にしよう。
聖騎士達の無事を確認し、俺はそう思った。
しかし、まあ……
ヒナタからすれば、部下が全員酷い目に逢わされたという事か。
自業自得とは思うのだが、それは此方の言い分である。
仕方ない。仕切りなおして、相手をしてやるか。
「判ったよ。仕方無い、相手してやる。
ただし、これで恨みっこなし! お前、負けたら潔くこの国に手出ししないって誓えよ?」
「……判った。約束しよう、この勝負で最後だ!」
信じるよ、ヒナタ。
ヒナタの目は、先程までと違い迷いがなくなっている。
聖騎士達に対する仕打ちに対しての恨みも無いようだし、俺の話を聞く気にもなっているようだ。
良かった。いつまでも頭固いままじゃなくて。
さて、そうなれば最後の勝負だ。
俺たちは剣を構え、互いに距離を取る。
その様子を、固唾を飲んで見守る仲間達。
聖騎士達も、全員食い入るように俺達に注目している。
正義がどうのと、御託はいいのだ。
結局、暴力に訴えるのは癪だが、理解しやすい。
互いの信念を賭けて、二人の戦いは再開したのだ。
………
……
…
しかし、だ。
ぶっちゃけ、俺に負けはないハズ。
何しろ、『未来攻撃予測』が在るのだ。
如何に聖属性が
そう思っていたのは、決して油断では無いと思いたい。
俺の視界の中で、『未来攻撃予測』の全攻撃予測ラインが光を発した。
ん???
と、驚く。どういう意味だっけ、これ? そう思った俺に、
《告。個体名:
これにより理から外れた存在となった為、結果操作系の能力への耐性が生じているようです 》
つまり、自力で避けろって事ですか?
って、何でだよ! やっぱ、さっきの状態で勝った事にしておけば良かったんじゃねーか!
戦いの最中に成長するなんて、やる分には素敵だけど、やられる方はたまったもんじゃねーぞ!
くそ、何と言う事だ。本気で、仕切り直しになってしまった。
さっきの戦いで
そんな事を考えつつ、必死でヒナタの剣を受け流す。
"勇者の卵"に為ったからと言って、急激に強くなった訳では無いようだ。
それが救いだった。まだ何とか対処可能だったから。
しかし、受けてばかりでは勝利は無い。何とかしなければ……
そんな焦る俺に向けて、
《告。問題ありません。
はあ? 対消滅したんじゃ……
《告。対消滅しましたが、復活可能ですので問題ありませんでした 》
って何で過去形になってるんだよ。それならそうと先に言えよ! 焦ったじゃねーか。
と、喜んでいいのか悔しがったらいいのか迷う俺に、
《告。
おい。さっきまでは発動して無かったのか?
その問いに、
何しろ、
《解。
故に、発動していましたが意味がありませんでした 》
などと、言い放ったのだ。
完璧主義者にも程が在る。
ヒナタと戦う前までは、聖属性の霊子の動きは予測不可能なのだと言っていた。
絶対防御をも貫通する可能性があるのは、"霊子"と"陰子"という物質(?)のみらしい。魔素すら通さない絶対防御結界すらも素通りするそうだ。
小規模転移を
では何故今頃自信満々に発動云々言い出したのか? つまり、完全に防げるようになった、とでも?
《解。先程、
これにより、聖剣技:
その際、予測外の出来事でしたが、霊子の動きの法則性を在る程度認識出来ました 》
ふーん……
ん? ちょっと待って、ちょーーーっと待って。
え? て事は、さっきの戦いでヒナタの剣に直撃を受けても、ダメージを受けない可能性もあったって事?
《……》
おい! 無視かよ、このヤロウ……。
というか、答えないのが答えになってるのか。
え? でも……
ちょっと待て、さっきヒナタの
《解。当然です。多大なダメージを受ける可能性はありましたが、即時再生可能でした 》
じゃあ、何でお前焦ってたの? もしかして……
《……》
おっと、またもや答えたくないってか!
このヤロウ、段々受け答えが高等になってきやがって。人間らしくなって来たというか、腹黒になって来たというか。
既に自我があると言われても、俺は素直に信じられる気がしてきたぞ。
……だが、確かに。俺が望んだんだろう。
あの攻撃に耐え切りたいとか、使えるようになりたいとか。
その一瞬の願いを汲み取り、即座に実行に移したのか? なんてふざけた
俺には勿体なさすぎる能力だ。
《否。私は、
即座に否定しやがった。
ふん、ありがとうよ。
今後も頼むぜ、相棒! だがな……秘密はなるべく無しで頼む。
思考加速の中、俺と
そして、発動した
驚き、目を見開くヒナタ。
そりゃあ、そうだろう。自分の人生の中で、最速最高の一撃だっただろうから。
そのヒナタに対し、
「俺の完全勝利だな、ヒナタ!」
そう告げて、俺は
煌く閃光。
目にも追えない閃光の一撃は、ヒナタの持つ剣をへし折って、ヒナタの首筋でピタリと止まる。
勝負は決したのだ。
ヒナタは驚きのまま硬直していたのだが、
「私の完全敗北だ、リムル。お前の好きにするが良い……」
そう呟き、目を閉じた。
戦いは終わった。俺の勝利で。
さて、と。
ヒナタもようやく素直になったようだし、俺の話を聞いて貰うとしますかね。
こうして、聖騎士達の襲撃を完全なる形で防ぎきった。
というか、一部遣り過ぎな感じだったのだが、敢えてそこは見なかったフリをしようと思う。
後始末が大変そうだが、一先ず問題は片付いたのだった。