82話 平等な死
※残酷な描写あり
状況を理解出来ていないのか、クレイマンが眼を血走らせて、ミリムや俺達を交互に見比べる。
そして、魔王達へと視線を向けて、その動きを固める。
ミリムを操っていた事を自白した事に、思い至ったようだ。もっともそれはミリムの演技であり、実際には操られていたのはクレイマンの方だったようだけど。
クレイマンは狼狽え、後ずさる。
「バカな・・・
何故、呪法の支配を受けていない? そんな事は有り得んだろうが!」
そんな事を、うわ言の様に口走っている。
最早、魔王達へ取り繕うのも止めたようだ。
状況は既に確定し、今更言い逃れも出来ないだろうし、正しい行動である。
魔王達も、既にクレイマンがミリムを操ろうとした事には気付いている。どう受け取るかはそれぞれ次第だが、バレた者への待遇は決まっている。
基本はお互いに不可侵だが、手を出す事を禁止している訳ではないのだろう。
単に、クレイマンの信用が無くなっただけであり、そういう者の末路は悲惨だ。
だが、今回は魔王達の出番は無い。
「うむ。苦労したぞ!
ワタシは、そういう魔法は大抵簡単に弾いてしまうからな。
まず全部の結界を解除し、
お前の目の前で呪法が成功した所を見せておかねば、用心深いお前は信用しないからな。
そうやって、頑張って呪法をワタシにかけさせたのだ!」
「な…何だ、と? ワザと…ワザと受けただと!?
魔王すらも支配する、
「そうなのか? でも、ワタシを支配するのは無理だっただろ。
ワタシは、そういうのを解除するのも得意なのだ!」
ミリムは自慢げに、胸を張って大威張りである。
その様を見やり溜息をつきつつ、
「でも、クレイマンがミリムを殴った時は焦ったわ。
ミリムの計画が失敗するのはどうでもいいんだけど、私のお家が壊されるのは、ね。
本当、良く我慢出来たわね」
と、翼の生えた
今殴っただけでなく、前にも殴った事があったのか。
何てヤツだ。自殺志願者なのだろうか?
「うむ! ワタシもな、大人になったのだよ。我慢の出来る大人にな!」
やけに大人を強調している所が、まだまだ子供だけどな。
「どこがよ。まあ、いいけど。
それにしても、一体何が目的だったの?」
「ん? いや何、クレイマンが怪しい会話をしていたのを思い出してな。
何でも、テンペストの町を人間の敵に仕立て上げて人魔戦争を画策してたようだ。
そんな事されたら面白くなくなるから、邪魔しようと思ったのだ!」
「へえ、貴女が自分の事以外で動くなんて……」
「わはははは! だから言ったであろう!
「はいはい。そういう事にしておくわ。
でも、クレイマン。貴男、弱者や抵抗出来ない者の前では、威張り散らすのね。
私、貴男に魔王を名乗る資格は無いと思うのよ。
ミリムが我慢していたから口出しはしなかったけど…少し怒っていたのよ、私も」
静かな怒りを漲らせて、フレイが言った。
「そういう事なら、町ごと吹き飛ばされた俺にも、言いたい事があるぜ。
なあ、クレイマン。取り敢えず、お前は許さん!」
ミリムにやられた事を見事にクレイマンの責任に転換して、魔王カリオンも言い放った。
どうやら、クレイマンのヤツは魔王達の怒りを買いまくっている様子。
だが、一番ムカついているのは、この俺だ。
ミリムが俺達の為に頑張ってくれてたのが凄く嬉しいが、そのせいでこんな下種に殴られたなんて……。
決定だ、お前が安らかに死ぬ事は無くなった。
「済まないが、コイツは俺が相手をする。俺も魔王を名乗った訳だし、自分の席は自分で用意したい。
コイツを排除して、俺の事を認めさせる事にする」
俺がそう言うと、仕方ないとばかりに譲ってくれた。
まあ、俺の実力を見極める為にというのが本音だろうけど。
ミリムだけは、嬉しそうに笑っていた。
言わなくとも、俺の怒りが伝わったようだ。
クレイマンは、俺達の会話を聞きながら冷静さを取り戻したのか、
「ククク。そうか、そうでしたか。泣かせますね、お友達の為にスパイをね。
はーーーっはっはっは。これは愉快だ。
あの暴君と恐れられたミリムが、今では使いっ走りですか。
私はこんなヤツを恐れていたのか。これは滑稽だ。
良かろう。少々早いが、奥の手を使わせて貰いましょう!」
そう言って、懐から虹色の宝玉を取り出す。
その宝玉は、聖霊の力を感じさせて、そのエネルギー量は人間1万人分の魂に相当し……
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閃光。
それが収まった時、そこに立つ者は以前に比べる事も出来ぬ上位存在へと変貌していた。
髪は聖霊エネルギーの名残を受けて虹色に輝き、長く伸びている。
服は筋肉に弾かれて上半身は裸になっていた。
引き締まり、圧倒的な力を感じさせる筋肉が露出している。
その目は虹色の輝きを放ち、辺りを睥睨する。
その者の発する聖魔力は、巨人の魔王たるダグリュールに匹敵する程であった。
人為的な強制進化。
聖霊の宝玉のエネルギーを吸収し、自らを覚醒魔王へと導いたのだ。
ただし、性質の異なる属性のエネルギーを用いている為に、完全なる魔王では無い変異魔王へと進化している。
だが、祝福された収穫祭を待つ迄も無く、その力を我が物に出来ているようであった。
先程までの肉体が脆弱に感じられる進化。
自分の持つユニークスキル『操演者』が、そのエネルギーを受けて進化の兆しを見せている。
圧倒的な力。
なるほど、この力を得たならば、先程までの自分を見下す気持ちも許せるというもの。
いや、納得してしまう。
覚醒してもいない魔王など、所詮は偽物という事なのだ。
これが、力。
これが、覚醒。
そして、これこそが魔王なのだ!
試し撃ちしたエネルギー弾を受けて、魔王カリオンが後方へ弾かれる。
フレイも同様。耐える事など、出来る筈も無い。
流石に、ミリムは平気な様子で弾いている。忌々しいヤツであった。
だが、ここで覚醒したと言っても古参どもに勝つのは至難である。
3度以上の大戦を生き抜いた魔王達。
生意気な妖精はともかく、ギィ、ミリム、ダグリュールは特に厄介であった。
新参の者だけならば互角かそれ以上だが、この3名は今は不味い。
そう判断出来る冷静さは今まで通りである。
魔王二人を吹き飛ばし、状況を素早く確認する。
後ろのスライム達も無事な様子なのも腹立たしいが、先ずは撤退し体勢を立て直すべきであった。
慌てずとも、各個撃破すればいいのだ。
この宝玉を授けてくれた"あの方"に報告を入れ、今後の方針を相談する事にする。
ならば、作戦は決まった。
最大出力で
警戒すべきはギィだが、アイツはこの様な事に興味を示さない。
大丈夫、脱出は可能だ。そう判断を下す。
何人か殺すことが出来ればいいのだが……
そんな事を考えながら、
魔王さえも壊す破壊力。集積されたエネルギーによる攪乱光線により、魔素の配列を狂わし内部より破壊する。
物理的防御は意味を為さず、魔素を利用した結界ごと破壊する究極の対魔攻撃。
個体に集中すれば、これに耐える者は存在しないと自負していた。
今回は、広範囲へと放つので、生き残りが出るだろうが贅沢は言ってはいけない。
進化し大幅にパワーアップした今の自分が放つ
周囲に
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閃光が収まった時、自分が手に持つ宝玉が奪われている事に気がついたのか、呆然とした顔でクレイマンが狼狽えていた。
どうやら、
精神に働きかけて、思念伝達で見せてやったのだが、結構リアルに描いていた。
俺は手の中の宝玉を確認し、そっと懐にしまい込む。
ネコババでは無い。
クレイマンが宝玉を発動しようと宙に浮かべたから、その瞬間に空を喰って手元に引き寄せただけの事。
だが、良い物を手に入れた。これは今後の研究に大いに役立つだろう。
この宝玉をクレイマンが使用していれば、先程の
そうなったとしても叩き潰すだけなのだが、心を折るには奥の手を封じるのは有効なのだ。
決して、宝玉が欲しかったとかそういう理由で無いのは、ご理解頂ける事と思う。
そもそも、クレイマンは俺を舐めている。
思考加速で知覚100万倍の状態は、時が止まっているに等しく、魔法とは念じると同時に発動するものなのだ。
それはつまり、発動に時間が掛かる魔法であっても、複数同時にセットしておけるという事。
このような場所で、相手が進化するのを許す程マヌケでは無い。
以前だったら、仕出かしてたかも知れないけども……。
魔王達も、俺の放った目眩ましから回復しているようだ。
あまり手の内を見せたくないので、瞬間に光を放って誤魔化したのだが、何名かには見られていたようだ。
これは仕方ない。相手が悪すぎる。
なるべくは手の内を見せないように戦いたいが、ちょっとした事からでも予測されてしまうのまでは防げないのだ。
多少は仕方ないと割り切って、クレイマンへ声をかける。
「おい、奥の手を使うのなら、早くしろ。待っててやるから。
まさか、今の光に紛れて逃げようとかいう作戦じゃないんだろ?」
知ってて追い詰める。
俺も人が悪い。まあ、人じゃなくてスライムだし、問題ないか。
「な、何だ? 何が起きた……?」
動揺を隠せないクレイマン。
奥の手が一瞬で奪われて、状況把握も出来ていないようだ。
だから言ったろ? お前、既に詰んでるって。
お前程度の実力で、俺に敵対した時点で未来は確定していたのだ。
自分の実力と相手の実力、これの見極めは本当に大切である。
俺だって、魔王達の目を誤魔化しながらコイツを苦しめて倒す必要がある。
余裕は無いので、さっさと進めよう。
「なあ、クレイマン。お前が扇動したファルムス王国の国王がどうなったか、知ってるか?
お前、情報集めるの得意だろ? 部下から報告を受けているか?」
心を折る。
それだけで、俺の勝利条件は達成される。
心を折るには、恐怖が一番だ。
というか、俺の思考がだんだん悪者っぽくなっているが、やっぱ魔物だからか?
魔王になったからなのだろうか……まあ、いいんだけどね。
俺の言葉を受けてこちらを見るクレイマン。
どうやら、まだ報告は受けていなかったようだ。
ファルムス王国のエドマリス国王。
ヤツはまだ生きている。
ここに来る前に、ファルムス王国の玉座に置いてきた。
俺のスキルにより精神の固定を行い、発狂を防ぐ。
そして、試作品の回復薬を大量に用意し、殺さぬように拷問を加えたのだ。
許容量を超える痛みでも発狂を許されず、手足がちぎられてもまた生えてくる。
そのちぎった手足でシオンが作った料理が、エドマリス国王のエサだった。
これを捕虜にして解放するまでの7日間程、シオンが目覚めてから行わせたのだ。
殺された恨みを十分にはらせた所で、解放してやった。
後は、王次第。
心を折っているので、逆らうようなら何時でも殺せる。
だが、あれだけやられて逆らう事が出来るならば、俺は王を認めてもいい。
どちらにせよヨウムを樹立するか、従順になったエドマリス国王を傀儡とするかの違いでしか無いのだから。
さて、操られていた王でさえ、それだけの地獄を味わったのだ。操っていた者へはそれ以上の苦しみを与えるべきではなかろうか。
「シオン、コイツは俺が止めをさす。だが、暫くお前に貸してやろう」
「さっきから何を言っている! 人間の王が何だというのだ。
しかも、偉そうに部下に相手させるだと? 臆病者め、自分が相手……」
「五月蝿い。黙れ」
俺の言葉で、クレイマンの喋りが止まった。
声を出そうとするが、クレイマンの意思に反して言葉は出ない。
それはそうだろう。
何しろ、俺の新しい能力、ユニークスキル『
さて、使いどころがあるかどうか判らないが、こっそり能力も奪った。
クレイマンは流石に自分の能力が奪われた事に気付いたのか、半狂乱になっている。
だが、声は出せない。
コイツには黒幕を喋って貰うだけであるが、その前に……
「シオン、3秒間だけ殴っていいぞ」
腹ペコの犬の様に、待て! の状態だったシオンが、全力で3秒間クレイマンを殴り付けた。
恐らく、百発を超える拳の雨が、クレイマンへと降り注いだ事だろう。
傍から見ていると3秒殴られただけの事。クレイマンの超回復で既に治癒が始まっている。
だが、本当の意味でクレイマンが味わった恐怖を想像出来る者はいるだろうか?
俺がクレイマンに施したのは、言葉を止める事。
それと同時に、精神の固定化を行い発狂を防ぎ、思考加速にて認識力を100万倍分の状態に加速させる。
俺の能力は、自分だけでなく、影響を与えうる者全てに及ぼす事が可能になっていた。
シオンのヤツも心得たもので、俺の意図を瞬時に読み取り『恐怖』を拳に纏わせていた。
これは、肉体のみならず、精神へもダメージを与える。
発狂を封じられたクレイマンの精神は、痛みと苦痛と恐怖が膨れ上がるが、その逃げ場は無い状態であった。
そして行き場の無い感情は、その魂に恐怖を刻み込む。
3秒が経過した時、クレイマンの髪は真っ白に変色し、その表情は屍人の如く。
不死者である筈のその肉体も、
もはや、俺に逆らう気を起こす事も出来ない状態だった。
「さて、クレイマン。素直に喋れば、殺してやるぞ。喋らないなら、もう一度シオンと遊ばせてやろう」
俺の言葉を理解したのか、
「しゃ、喋る! 何でも喋るから、許して・・・。こ、殺してくれ!!!」
引き攣ったように声を張り上げた。
心を折る事に成功したかな?
「では、問おう。お前を操っている黒幕の名は?」
暫し濁った目で俺を見て、躊躇った様子を見せたが……
俺が見つめ返すと目を血走らせて、
「言う! 言うから、待ってくれ!」
と、慌てて声を張り上げた。
そして、
「私の主、あのお方の名は、カザリーム。"
そこのレオンに倒されたが、
そして、私を魔王へと引き上げてくれた、偉大なるお方……」
ふむ。
誰だ、それ?
魔王達の反応も、いたっけ? というような軽いものだった。
レオンが魔王になったのは200年前だって話だったから、クレイマンを魔王にして更に仲間を増やそうとでもしてたのか?
「ああ、思い出した。
仲間になるなら魔王へなれるよう紹介してやる! などと偉そうに言っていたな。
ウザかったから、即殺したが……、俺を仲間にしたかったのか」
しれっとレオンが呟いた。
レオン…恐ろしい子。人の話を聞かないヤツが、ここにも居たようだ。
まあ、これでハッキリした。昔から勢力を増やす事に固執していたのだろう。
「では、その目的は? テンペストを襲って、何を企んでいた?」
「目的は、私の魔王化。聖霊玉は奥の手であり、効果時間が過ぎれば力も消える。
なので、私の魔王化を手伝って下さっていたのだ」
なるほど。
混乱を起こして、大量の"死"を撒き散らす。その結果、クレイマンの覚醒を促す、か。
だが、だとするとカザリームって野郎は、人間に詳しすぎるな。
魔王達の住む場所では直ぐに存在がバレるだろうし、今まで気付かれなかった事からも魔の領域には隠れていないと思われる。
人間に化けて、或いは、人間に憑依して?
「お前は、何時から言いなりになっていた?」
「それは……。
魔王へと取り立ててもらった400年以上前に私はカザリーム様の副官だったのだ。
魔王となっても、裏ではあのお方の命令通りに動いていた。
レオンに倒されて、100年以上連絡が取れなかったのだが、十数年前に突然連絡が来た。
それ以来、私は"あの方"に従っている」
「そいつは現在どの程度の配下を持っている?」
「いや…配下は少ない。私と、後数名程度。だが、恐ろしい程情報を握っている。
人の町の動向は、あのお方が。魔王達の情報は、私が流していた。
東の勢力の情報はおろか、世界の情報を掴んでいたようだ」
「なるほど、分かった」
十数年前、か。
何かが繋がりそうな気がする。
俺の考えと、確定した事実と。
そこから
結論は保留。しかし、限りなく疑わしい。
だが、この話を
まあいい。
聞きたい事は全て聞けた。後は、楽にしてやるだけだが……
「一応教えておいてやるけど、お前、復活は出来ないぞ?」
と、クレイマンに声をかける。
もし、復活を期待していたのなら悪いしな。
クレイマンは、一瞬何の事か判らなかったようだ。
だが、直ぐに顔を青褪めて、
「何を、何の事だ?」
と、必死に誤魔化そうとしている。
素直に喋っていたのは間違いないが、それはコイツの計略だろう。
俺が死を与えたら、コイツは
残念ながら、
ぶっちゃけ、俺の前でそういう儀式は全て筒抜けとなるのだ。
クレイマンは俺に勝てないと判断し、これ以上の苦しみを味わうのを避けただけ。
余りにも素直に喋るので、逆に疑ったのだ。
喋った内容は事実だろう。
だが、死んだ後で即座に復活出来るように準備していたからこそ、これ以上の苦しみを味わいたくなかっただけのようだ。
本当に姑息なヤツである。
だが、ある意味しぶとく主へ報告に向かおうとする精神は感心すべき点があるけれど。
「さて、聞くべき事は聞いたので、これよりクレイマンを処刑する。
反対の者はいるのかな? いるなら、相手するけど?」
騒ぐクレイマンを無視し、魔王達の反応を観察した。
「好きにしろ」
赤髪、ギィが代表して答えた。
異議は無いようだ。
「やめろ! おい、やめろ!!!」
騒ぐクレイマンに、
「約束通り、速やかに死を与えてやる。感謝するがいい」
そう言って、クレイマンの頭に手を乗せる。
「いやだ! おい、やめろ!!! おいぃ! やめろぉぉ!!!
た、助けて! カザリーム様ぁ!!!」
どれだけ騒ごうと、俺の心には届かない。
こういうヤツを生かしておくと、また災厄の種になる。
それにな、お前のお陰で、俺の中の甘さは死んだんだよ。
もう二度と、俺の甘さで仲間を失うのはまっぴらなのだ。
「死ね!」
煩く、みっともなく騒ぎ立てて抵抗していたクレイマンが、一瞬でその場から消えた。
それは、俺の中で力へと変換される。
汚れた魂であれ、邪悪な魂であれ、善良なる魂であったとしても。
死は等しく平等であり、魂は俺の中で分解され、純粋に魔力へと変換されるのだ。
こうして、約束通りクレイマンへ速やかに"死"を与えたのである。