「連続起業家」にPEが注目、保有に固執しないミレニアル世代発掘
谷口崇子、氏兼敬子-
「連続企業家案件が過去5年で浮上」とアドバンテッジパートナーズ
-
若い世代には一人でいくつも起業できる才覚のある人材が存在
起業しては会社を売却し、また新たなアイデアで起業するー。これまでの創業者とは異なる新しいタイプの起業家(シリアルアントレプレナー)が日本でも、脚光を浴びている。後継ぎが見つからないタイプの承継案件が中心だったプライベート・エクイティ(未公開株、PE)ファンドは、新たな投資機会の発掘に向け、注目している。
1992年創業の日本の草分け的なPEファンド、アドバンテッジパートナーズの共同代表パートナー笹沼泰助氏(64)は、「シリアルアントレプレナーという名の繰り返し起業家の案件は過去5年ぐらいの新しいトレンドとして、PE業界やM&A市場の対象に浮上している」とし、今後も増えてくるとみている。
少子高齢化が進む中、同社が検討中の国内案件の7割は後継者難などの承継関連で占められている。このため、新たな成長企業をいくつも興す才覚がある「連続起業家」への期待は大きく、これまでに5件投資、現在も約10件検討している。
こうした起業家として有名なのは、今年最大の新規株式公開(IPO)を果たしたメルカリ創業者の山田進太郎会長(40)だ。同氏は以前起業したモバイルゲーム会社を同業大手に売却した。リラクゼーションサロン「りらくる」を全国展開するりらくの創業者の一人、竹之内教博氏は同社を譲渡した後、再び起業し、現在はコッペパン専門店の経営などに携わっている。IT企業をSNSサービスのグリーに売却した木村新司氏は、グノシー創業に関わった。
PEファンドは起業家から未公開企業を買い取り、成長戦略の策定や企業風土の改革などを通じ企業価値を上げ、新規株式公開(IPO)や他社への売却を目指す。りらくの案件にはアドバンテッジが関与、出店計画の精緻化やセラピスト養成の投資を行い、買収前に比べて店舗数が約2倍の569店に拡大した。
英調査会社プレキンによると、PEファンドによる17年の国内買収案件(公表ベース)は252億ドル(約2.8兆円)と記録の残る07年以降で最高。ただ、世界3位の経済大国としては市場規模はまだ小さく、米国は日本の7倍近い1700億ドル(約18.8兆円)だった。
ミレニアル世代
町工場から世界のソニーへ発展させた井深大氏、オートバイ好きが高じて世界的な自動車メーカーに育て上げたホンダの本田宗一郎氏。戦後にベンチャー企業を興した日本の著名な創業者は総じて、モノづくりにこだわり、自らの企業を心血注いで育ててきた。
これに対し、連続起業家には一つの会社を保有・経営し続ける気はないのが特徴だ。「会社は子供でも何でもない。売ることに抵抗はないですね」と話すのは、学生時代から起業を繰り返してきた古川健介氏(37)。学生向け掲示板を立ち上げたり、早稲田大学在学中にレンタル掲示板運営会社の初代社長を務め、卒業後はリクルートに入社したが2009年に退職。ハウツーサイト「nanapi」の運営会社を起業したが、14年にはKDDIに売却した。
81年生まれの古川氏は「物心ついた時から不況で、一生同じ会社で働けると思ったことはない」と振り返る。03年に最低資本金が1円に引き下げられた影響で、学生起業家の存在が当たり前の環境の中、彼らにとって大企業への会社売却は勝ちパターンの一つ。KDDIへの売却話が持ち上がった時、「大企業の優秀な人材や資金を使って、革新的なことができれば良い」と思ったという。
「才能があり、頭の中が新規事業で満ちあふれている。でも、会社の規模が大きくなって管理業務が増えるのは苦手」。アドバンテッジの笹沼氏は、成人したのがデフレ期の2000年代というミレニアル世代の起業家気質をこう分析する。
ベンチャーシーン
少子高齢化の進む日本を本拠とするPEファンドにとって、新たな起業家たちの登場は市場拡大につながる。アドバンテッジの笹沼氏は、「日本のベンチャーシーンは大きく変わってきている。企業数が増え、事業の質も非常に高度な技術やノウハウを持ったものが出ている」と話す。こうした起業家案件はまだ少ないが、PEファンドの存在が「認知されてきており、売却先の選択肢として考えてくれるようになってきた」と言う。
一方、起業家の古川氏は「PEはある程度の規模がないと買ってくれないイメージがある」と話し、「日本ではベンチャー企業がほかの創業間もないスタートアップ企業を取り込みながらメガベンチャーに育つ環境が不十分。PEにその手助けをしてほしい」と要望する。
日本にPE市場が生まれて約20年。かつてハゲタカファンドなどと同一視されたPEファンドも「ようやく市民権を得た。これから本格的な成長のトレンドに入っていくと実感している」と笹沼氏は話している。