安心の設計
ニュース・解説
高齢者 食を楽しむ(上)食べ方改善 脱ペースト食
誰もが最期まで、食べる幸せを願っている。しかし、高齢や病気などでのみ込む力などが衰えると、適切な支援もないまま食べる喜びを奪われている人が少なくない。そんな現状を変えようという取り組みを追った。
「やっぱり、うまい。食べるってことは、一番の幸せだな」
神奈川県秦野市の柳川浩正さん(77)は、自宅の居間で、妻(83)や摂食指導をする看護師の小山珠美さんらが見守る中、半年ぶりに大好物のソバを口にして、笑顔でうなずいた。
柳川さんは1月、肺の手術で3週間入院。その間に、 誤嚥 性肺炎を発症した。のみ込む力が弱って口からうまく食べられない 嚥下 障害が原因と診断され、退院時には「今後も肺炎を繰り返す危険がある。食事はペースト食にするように」と、普通食を禁止された。
ミキサーなどで食事をペースト状にしたものだというが、いつまで続けるのか、どうすれば普通に食べられるようになるのか、病院から詳しい説明はない。作り方も分からず困った妻が介護用の冷凍ペースト食を見つけたが、柳川さんは「グチャグチャでまずい」と食が進まない。介護食に月10万円もかかるのに、2か月で体重は10キロも減った。
「このままでは、いっそう筋力が衰え、嚥下障害が進む。胃に管を通して栄養を入れる『胃ろう』の選択を迫られる可能性もある。要介護や寝たきりにもつながりかねない」
柳川さんの退院後から訪問診療を行う山口隆志医師は、そう危惧し、伊勢原協同病院(神奈川県伊勢原市)の摂食機能療法室に勤める小山さんに相談。同病院が3月から試験的に訪問摂食指導を行うことになり、在宅医療チームとの連携の仕組みを整えた。
「食べられないと病院で言われても、適切な対応をすれば、再び普通食を食べられるようになる人は珍しくない」と、小山さんは強調する。
のみ込む力がある程度あれば、実際に食物を口にしながら、誤嚥しない食べ方や姿勢に改善する。絶食状態だった人でも、 口腔 ケアやマッサージと同時に食べるリハビリが始められる。
柳川さんの場合、安全に食べられる姿勢や、口を閉じてのみ込むコツなどを指導。栄養状態を改善するため管理栄養士と調整しながら、徐々に軟らかい煮物などを加え、家族に簡単な調理法を伝えた。
その結果、柳川さんは3か月ほどで家族と同じ食事がとれるようになり、退院後に始まった在宅酸素療法も必要なくなった。「最近は畑に出る日もあるよ」と笑う。妻も「食事に手間もお金もかかっていたが、医療費の負担まで減り、元気になって安心した」と喜ぶ。
<誤嚥性肺炎> 食べ物や唾液が気管に入ってしまう「誤嚥」が原因で、細菌感染して起こる肺炎。以前は飲食を禁止し、抗菌薬を投与する治療が行われてきた。しかし、絶食で嚥下機能が低下し、栄養不足になって寝たきりなどにつながるとの研究報告もあることから、日本呼吸器学会は昨年、「個人の意思とQOL(生活の質)を尊重した治療・ケアを行う」ことを、治療指針に盛り込んだ。
普通食禁止でも「諦めないで」
普通に食事をしていた家族が入院したら、もう口から食べられないと言われ、胃ろうか鼻から管を通すか選ぶよう迫られた――。
「全国的に、こうした相談はまだ多い。医療行為が、食べる力を失わせてきた側面もある」。10年以上も前から東京都多摩地区の医療・介護、行政関係者らと摂食支援のネットワークを作って活動してきた新田クリニック(東京都国立市)の新田國夫院長は言う。
最近は、摂食嚥下の支援チームを設ける病院も増えてきたが、「手術を行う急性期病院は、病気を治すことが優先で、退院後の生活の質につながる『食べること』まで手が回らないことが多い」と指摘。病院と在宅医療や介護関係者との連携を進める地域もあるが、「まだ限定的で、全国に取り組みを広げていく必要がある」と訴える。
こうした実態に、伊勢原協同病院の小山さんは、自ら理事長を務めるNPO法人「口から食べる幸せを守る会」に、家族会を来月設立。正しい知識や情報を提供していくという。「本人や家族が諦めず、医療チームやケアマネジャーらに『食べたい』という思いを伝えるとともに、食べるリハビリをしたいと訴えていくことが大切だ」と話している。
家族会の問い合わせは、同法人ホームページの問い合わせフォーム
( https://ktsm.jimdo.com/お問い合わせ/ )から。
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