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人手不足に悩む日本企業。貴重な人材の流出はなるべく避けたい。対策の切り札として人工知能(AI)が注目を集めている。離職しそうな社員を事前に検知して手厚くケアする、パワハラ上司をあぶり出して早めに手を打つ――。社員が生き生きと働ける組織づくりを目指し、人事分野におけるAI活用が広がっている。
「Aさんの離職リスクが高いと、AIが警告を出しました。すぐにフォロー面談を実施してください」。病院向け派遣業を手掛けるソラストでAさんの上司を務めるマネジャーは人事部門からこんな指示を受けた。
ソラストは全国1500カ所以上の病院に2万人以上の医療事務スタッフを派遣している。Aさんはスタッフの1人で、入社3カ月の新人だ。ある病院で受け付け業務を担当している。
マネジャーは人事部の指示に首をかしげた。Aさんは直近の定期面談で「事務手続きの流れはつかめたが、予約なしのケースなどにすぐに対応できない」などと話していた。マネジャーはこの言葉に「多少の戸惑いはあるが、大きな問題はない」と感じていた。
ところがAIを基に実施したフォロー面談でAさんはマネジャーにこう切り出した。「3カ月間、必死にやってきたが戸惑いや不安が多く、この仕事は私には無理です。周りに迷惑がかかるのでもう辞めたい」。マネジャーはすぐ支社長に連絡。支社長は今後定期的に面談するなど手厚くケアしていくとAさんを説得した。その結果、Aさんは退職を思いとどまったという。
離職者の発言記録を学習
冒頭に挙げたのは「人事AI」が効果を発揮した実例だ。ソラストは2017年6月から本格的にAIを活用し、スタッフの離職率を従来の37%から半分以下の16%に引き下げた。「スタッフ自身はもちろん当社にとってもメリットは大きい」と菊池雅也人事総務本部採用企画部長は手応えを話す。
同社は新人スタッフに対して年に7回、定期面談を実施している。面談では「仕事に慣れたか」など定型的な項目に加えて仕事上の悩みなどを上司が聞き出し、面談記録に残す。この面談記録をAIで分析し、離職リスクが高いスタッフを見つけ出す。
Aさんのように前向きと後ろ向きの内容が入り混じった発言をしている場合、AIはピックアップの対象とする。離職したスタッフの面談内容を振り返るとこうした発言が多いからだ。このほか「仕事と家庭の両立や、通勤時間が長いといったプライベートに関する悩みを挙げる人も離職リスクが高い」(菅野透採用企画部データアナリティクス課長)ため、AIは抽出対象としている。ピックアップしたスタッフについてフォロー面談を設け、きめ細かくフォローする。
過去に離職したスタッフの発言内容や、社内の人材担当者が高リスクと判断した発言内容を約400件、機械学習の教師データとして利用した。AIはFRONTEOのクラウドサービス「KIBIT」を使っている。AIで毎週分析するたびに、離職リスクが高いスタッフを1~2人指摘する。AIの活用とその後のフォローにより、離職率半減という成果が得られた。
2カ月前に離職を予測
人事AIの新たな活用例が増えている。社員が生き生きと働けるよう支援するのが狙いだ。
用途はソラストのような離職防止と意欲向上の2つに大別できる。日立ソリューションズの「リシテア/AI分析」とTISの「HRアセスメントサービス」は離職防止を狙ったAIサービスだ。
リシテア/AI分析は日立ソリューションズの人事パッケージ「リシテア」で管理する年齢など社員の属性情報や勤怠データを予測モデルに学習させて利用する。過去6カ月間の勤怠データを読み込ませると、2カ月後に離職する可能性が高い社員を指摘する。「企業は2カ月のうちに対策を講じられる」(盛井恒男HRテクノロジーセンタ担当部長)。
日立ソリューションズは同サービスを2017年夏から本格的に提供している。ある利用企業はAIが指摘した社員と面談したところ、「異動で通勤時間が長くなり、心理的な負担が高まっている」悩みを打ち明けられた。同社は社員を元の部署に戻すといった措置を講じて離職を防げたという。
TISが2017年4月から提供しているHRアセスメントサービスは企業の人事データを分析して、離職や休職のリスクが高い社員の存在など人事に関わる課題を指摘する。決定木分析やロジスティック回帰分析といった複数の分析手法を併用する。決定木分析は「急に有給休暇を取り出した」「通勤時間が長い」といった複数の離職要因を基に、関連を樹形図で分析していく。ロジスティック回帰分析は「離職という結果に影響する原因はどれか」などを数値で導き出す。
これらのAIサービスを使うと、離職リスクの高い社員の傾向がつかめる。日立ソリューションズがある企業の人事データに適用したところ、「有給休暇を多めに取得、休日出勤が少ない、遅刻しがちの3条件がそろう社員の離職リスクが高かった」(盛井氏)。
TISの板井夏枝エンタープライズソリューション第2部主査は年齢と異動回数の関係を指摘する。「ある企業で調べたところ、一定の年齢以上の社員は異動回数が多いほど離職リスクが高かった」(板井氏)。