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2018-07-04

「保守速報」裁判の高裁判決と、ヘイトスピーチ対策のこれからAdd Starhokuto1989

昨年、地裁判決によって、まとめサイト「保守速報」によるライター李信恵氏への差別や名誉棄損などが認定された(詳細は→http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20171118/p1)。この判決を不服として、「保守速報」は控訴していたが、2018年6月28日、大阪高裁が1審の判決を支持し、「保守速報」の訴えをいずれも棄却するという判決を出した。


名誉毀損や差別が認定され、李信恵氏への慰謝料が必要だとした点は、一審と同様だ。但し、高裁判決では、より差別事象ごとに整理した判決文の書きぶりになっていた。その書きぶりは、あたかもウェブ上の排外的主張に対する、法的観点からの丁寧なQ&Aのようでもあった。


以下、判決文から、控訴人(保守速報)の主張に対する高裁の判断について、気になった論点を自分なりに要約していきたい。



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(1)各ブログの一体性及び新規性

【控訴人】

・本件各ブログ記事は複数の第三者による複数のレスで構成されており、各ブログ記事単位で集合体として一体をなしているわけではないから、各レスの表現が名誉棄損に当たるとしても、ブログ記事全体が名誉毀損、侮辱、人種差別、女性差別にあたるわけではない


【高裁判断】

・本件各ブログ記事は、控訴人がその相当数の表題を作成し、その表題の下に、2ちゃんねるのスレッド又は被控訴人(※李信恵氏)のツイッターに掲載されていたレス又は返答ツイートからごく一部を選択したうえで、順番を並び替え、表記文字を拡大・色付けするなどの加工をして編集・掲載したものである

・すなわち、本件各ブログ記事は、控訴人が一定の意図に基づき新たに作成した一本一本の記事(文書)であり、引用元の2ちゃんねるのスレッド等からは独立した別個の表現行為である

・(本ブログ記事は)各レスを個別にみるものではなく、当該レスを含むブログ記事が名誉毀損や侮辱罪にあたるかを判断するものである


【控訴人】

・各ブログは2ちゃんねるの記載内容以上の情報を伝えるものではない。


【高裁判断】

・素材は2ちゃんねるであるとしても、情報の質、性格は変わっている

・引用元の投稿を閲覧する場合よりも記載内容を容易かつ効果的に把握することができるようになっている上、読者に与える心理的な印象もより強烈かつ煽情的なものになっているというべきである

・2ちゃんねるの読者とは異なる新たな読者を獲得していることも否定しえない

・新たな文書の「配布」であり、新たな意味合いを有する


【控訴人】

・社会的評価の低下や名誉感情の侵害は、2ちゃんねるにおいて元のレスを閲覧し得る状態になった時点で発生しており、社会的評価を新たに低下させるなどすることはない


【高裁判断】

・保守速報には相当数の読者がいると認められる上、保守速報と2ちゃんねるとではその読者層も異なっているから、新たにより広範に社会に情報を広めたものと言える

・控訴人が各ブログ記事を掲載した行為は、その内容によっては、被控訴人の社会的評価をより低下させたものと認められる


(2)権利侵害又は悪質性の不存在について

【控訴人】

・トンスルの意味を理解できたとしても、それは被控訴人が朝鮮半島にルーツを持つというほどの意味にとどまる

・トンスルという用語が、2ちゃんねる等では侮辱的意味を有するとしても、このような論戦の場で使用される用語により被控訴人が名誉感情を害されたととることは困難である


【高裁判断】

・トンスルが韓国人又は朝鮮人を侮辱する際に用いられる言葉として理解される

・侮辱的表現である以上、これにより被控訴人が名誉感情を害されることがないとはいえない


【控訴人】

火病の語義は一般的ではなく、仮に「精神病又は一瞬の癇癪やヒステリー」を意味すると理解できたとしても、それはせいぜい被控訴人の言動が穏当でないというほどの意味にとどまる


【高裁判断】

・火病が韓国人又は朝鮮人を侮辱する際に用いられる言葉として理解される

・被控訴人の名誉感情が害されることはないとの控訴人の主張に理由がない


【控訴人】

・「マジこいつゴミ」「脳内お花畑」「浅はか」「コウモリ野郎」等の表現は、これが被控訴人個人に剥けられた侮辱的表現であるとしても、議論の中で被控訴人の言動をからかう程度の意味合いしか読み取れず、社会通念上許される限度内にとどまる

・そのほかの表現(カス・本当にくるってるなこのクソアマ・精神病・頭くるくるぱー・キチガイ・もはや狂ってます・頭おかしい・気違い女・馬鹿丸出し・バカ左翼鮮人・バカだろリンダ・アホウ・ボケ・バカ・どこまでアホなんだ、この婆は・寄生虫ばばあ・寄生虫・日本に寄生・日本にしがみついてタカって自分の存在を確認している・害毒・ゴキブリ・馬鹿なゴキブリ・ヒトモドキ・人外・朝鮮の工作員・このガラの悪さ、品のなさ、顔の不器用さが在日朝鮮人のリンダちゃんの特徴・外面も内面もブサイクな輩・ヘイトスピーチ増幅器)も、社会通念上許される限度を超えた侮辱に当たらない


【高裁判断】

・「マジこいつゴミ」等の4つの表現は、被控訴人の人格を貶める攻撃的表現又は被控訴人の精神状態や知性を揶揄する侮辱的表現とみるほかない

・その他の表現(頭くるくるパーや寄生虫、ゴキブリ、人外など)が、社会通念上許される範囲内の表現、このような言葉を相手方にいうことが本邦における常識である、言い換えれば、このような言葉を言われても大部分の者は名誉感情を害されないとは、認めることができない

・上記表現は、社会通念上許されう限度を超え、相手に言うことは常識に反し、このような言葉を言われれば名誉感情を害されるというべきである


【控訴人】

・外国人制度等に関する議論又は一定の者に日本を出ていくことを提案するにとどまる

・攻撃的な表現を用いたモノでも、「在日朝鮮人であることを理由に」被控訴人を排除することを扇動するものではない


【高裁判断】

・これらが何らかの議論であるなどとはいえず、単に日本からの出国を提案する内容でもない

・これらは、在日朝鮮人であることを理由に被控訴人に日本から出ていくよう求めているものというべきである

・ブログ記事は、被控訴人に対する人種差別にあたる

・これを閲覧した一般読者がおよそ具体的行為を扇動されたりすることもあり得ないとは言えない


【控訴人】

・「雌チョン」(※ほか、クソアマ、ババア、年中更年期障害みたいなもんだろ、BBA、ブス・ブサイク・鏡見ろ・醜いなど)などの表現及び本件似顔絵は女性であることを理由に差別することには当たらない

・侮辱的表現としては、社会通念上される限度に留まる


【高裁判断】

・女性又は恒例の女性に対する侮蔑的表現、被控訴人が中年以降の年代の女性であることに対する揶揄的表現、被控訴人が女性であることに着目してその容姿を貶める表現である

・このような用語を使用されて、自己に対する客観的、中立的な表現であると受け止める女性がいるとはおよそ考えられない


(3)違法性阻却自由の存在について

【控訴人】

・対立思想支持者全体に対する過激な批判的言動に対抗するための対抗言論として適当と認められる限度を超えていない


【高裁判断】

・言論の応酬の定理は適用されない

・その内容において適当と認められる限度を超えている


【控訴人】

・インターネット上、ことに2ちゃんねる上の表現については、その信頼度は低く、名誉が毀損されてもインターネット上で回復が可能である


【高裁判断】

・インターネット上の表現であるからとの理由で、一般の読者が信頼性の低い情報として受け取るとは限らない

・インターネット上に掲載された情報による名誉棄損の被害の回復がむしろ容易ではない


【控訴人】

・精神的苦痛を被ったとすれば、まずは削除依頼なり警告文なりで当該行為をやめさせるのが通常

・被控訴人が本件各ブログ記事の掲載をやめさせるための行為等(削除依頼等)をしなかったこと及びツイッターでの発言内容から、被控訴人は精神的被害を被っていない


【高裁判断】

・(※別件で要望された)保守速報で掲載された記事の削除依頼を拒否してさらに批判した上、その記事を固定記事にしている

・被控訴人が控訴人に対して削除依頼や講義等を行うのを躊躇するのは自然な事であり、削除依頼や抗議をしなかったことが、被控訴人が精神的苦痛を被っていないことにつながるものではない


【控訴人】

・被控訴人が保守速報に自分に関する記事が掲載されていることを知ってから本件訴訟までに約1年を要したことから、被控訴人が損害の拡大に寄与した


【高裁判断】

・1年という期間は、訴訟を提起するのを不当に遅らせたと評価されるような期間ではない

・控訴人は、保守速報で本名を明らかにしておらず、被控訴人は、控訴人のIPアドレスや住所の特定など訴訟を提起するのに必要な情報を得るのに時間を要したことも認められる

・2ちゃんねるに対して削除依頼をしなかったからといって、損害の拡大に寄与したことにならない


*****


この判決は、「保守速報」が複合差別を行っていると明確に認めたものになっている。また、2ちゃんなどの匿名掲示板からのまとめのみならず、Twitterなどからのまとめであっても応用可能なものになっている。ウェブ上のヘイトスピーチ対応をめぐる議論において、重要な役割を果たす判例になると思われる。今回の判決に励まされて、新たな訴訟が行われるかもしれない。


現在、<ネトウヨ春のBAN祭り><広告剥がし>などの流れの中で、「保守速報」に対する広告出稿が控えられている。その文脈上でも、SNS運営元や広告出稿者が、この判決を議論の具体的材料にする可能性もある。いずれにせよ、インターネット史に残る裁判であることは間違いない。


なお、判決文で紹介されている文言を読むだけで、その言葉が向けられているわけではない僕でさえ、メンタルが削られ気分が悪くなった。こうした言葉を向けられた当事者にとって、その精神的苦痛は大変なものであったろう。


「まとめ」や記事作成、あるいはSNSや掲示板への投稿は短時間で可能だが、その書き込みによる攻撃は長期間にわたって被害者を苦しめ、読者を扇動し、誤った学習を促し、新たな差別を助長する。僕はヘイトスピーチなどは、「言葉の暴力」すなわち、心と脳味噌へのグーパン、人権や尊厳へのストンピングであると考える。ウェブ企業の中には、ヘイトスピーチに対する対応が消極的にみられるところも多々見られるが、実態に即した責任ある対応が求められる。