掘って掘って積んで積んで:ライゾマティクスの最新のドローン、AR、etc…を支える「リサーチ」と「作業」
真鍋大度・石橋素が率いるライゾマティクスリサーチは、いかにして作品を生み出すのか。彼らが利用する3D・CADソフトを開発するオートデスクが主催するイヴェントで、その技術を支える「作業」とコンセプトの源泉に至るための「リサーチ」が明かされた。
TEXT BY NATSUMI MATSUZAKA
2011年11月8日。ニューヨークのクリスティーズで行われたオークションで、1枚の写真が430万ドル(約3億3,300万円)で落札された。こうして世界最高額の写真となった『Rhein II』は、写真家のアンドレアス・グルスキーが、1999年当時の最先端技術で複数の写真を合成した、超高精細かつ静謐な作品だ。
「記録」と「複製」という側面をもっていた写真は、機材の小型化やデジタル化、解像度の飛躍的な向上といった技術的な進歩により、さらにさまざまな表現が可能になりつつある。
写真の技術が発展していくように、「メディアアート」といわれる世界でも、日々、試行錯誤とともに進化が続いている。そして、その最前線の一端は、いま日本にある。
3D CADなどの建築や製造業では欠かせないソフトウェアを開発するオートデスクが運営するニュースサイト「Redshift」のイヴェント「Redshift Live」の第1回が、2018年6月7日に永田町グリッドで開催された。初回のゲストは、日本のメディアアートを牽引する真鍋大度とライゾマティクスリサーチの面々。彼らは、最先端技術を駆使したPerfumeのライヴパフォーマンスのインタラクションデザインや、現実と拡張現実(AR)をシームレスに接続したリオ五輪閉会式「フラッグハンドオーバーセレモニー」などで知られている。
本イヴェントでは、どのようなルーツや経緯から、彼らの作品や演出が、人々の心を動かす作品表現まで昇華させられているのかが語られた。普段あまり表舞台に登場しないエンジニアたちから語られる言葉に、会場からは時折感嘆の声も聞こえてきた。
ルーツを知ることの意味
まず第一部では、ライゾマティクスリサーチの代表である真鍋大度が、これまでの作品紹介と、制作前に必ず行う「ルーツをさかのぼること」に関するプレゼンテーションを行った。
真鍋は直前まで、サンフランシスコで行われていたアップルの開発者カンファレンス「WWDC」にいたという。「明後日からブレーメン芸術大学で授業があるので、そのままヨーロッパに飛んでもよかったんですが、このイヴェントのために帰ってきました」と冗談めかして語り、会場を和ませながら、いままでの作品について話しはじめた。
ライゾマティクスリサーチは、パフォーマンスやライヴといった案件を手がけることが多くなってきている。一般的な映像演出とは異なり、独自のハードウェア、ソフトウェアを用いた演出は技術的な要件もチームづくりも難しいため、同様の案件を手がけるチームは日本にはほとんどいないという。
さらに「ドローン」と「モーションキャプチャー」を例に、アイデアのアウトプットの方法についても真鍋は触れる。
「その表現がどれだけ成熟しているかを知ったうえで、新しい表現をつくり出さなければならない」と語る。その一方で、「自分が新しい表現を探すためにも、技術をリサーチするだけでなくルーツを知らないといけない」と、アップデートを行うことの難しさに触れた。
真鍋は今後トレンドになってくるマーカーレスのモーションキャプチャーを例に、その技術の進歩へと話を進めた。かつては人のポーズを認識する特殊なカメラを設置して特殊なスーツを着なければならなかったが、いまは「スマホについているカメラでも可能になってきている」という。
ルーツ探しに余念のない真鍋は、説明を重ねる。モーションキャプチャーに使われる技術は最新のものだが、表現としてはかなり成熟している。例えばデータとしては、Openendedgroup + Merce Cunninghamの「Biped(1999)」が、モーションキャプチャーと類似したフォーマットを使って20年近く前にすでに作品を制作しているのだという。
真鍋は、そこからさらに歴史を遡ってゆく。カナダの実験映像、アニメーション作家であるノーマン・マクラレンの写真技術を使った映像作品「Pas de Deux(1960)」や、フランス生まれの美術家、マルセル・デュシャンのキュビズム時代の作品で、人の動きの輪郭を連続してとらえた絵画「Nude Descending a Staircase, No. 2,(1912)」が、動きの視覚化という点でモーションキャプチャーと共通していると語りながら、真鍋は映像作品の範囲を飛び越え、「元ネタ」を掘っていく。「いまの技術でしかできないこと、そして、いまの技術がないとひらめかないことを見つけられればいい」という思いを語り、真鍋は「掘る」ことへの思いを総括した。イヴェントで公開されたこちらのリストには、彼の膨大なリサーチの一端を垣間見ることができる。
真鍋は仕事以外でも「元ネタを掘る」。ヒップホップの元ネタの曲を探すのが好きで、どこまで掘れるかをプライヴェートでも実践している。大学のころはレコード屋でバイヤーをしながら元ネタリストを集めた書籍をつくるほどハマっていたという。
研究開発によって技術的な優位性を作り出すだけではなく、文脈や歴史的な部分も深堀りしてルーツを遡ることで初めて独自の表現を生み出すことが出来るのだ。
「制限」をつくらないハードウェア
第二部では、普段はあまり人前で話すことのない、ライゾマティクスリサーチのエンジニア、原田克彦、望月俊孝、田井秀昭、西本桃子、柳澤知明、石井達哉の6名が、それぞれが携わってきた作品や演出をパネルディスカッション形式で紹介した。
紹介された作品・演出のなかでも特に印象的だったのは、2018年2月に行われた、8台のドローンを使った「ドルチェ&ガッバーナ 18‐19秋冬コレクション」でのショーの演出だ。
モデルがランウェイを歩く代わりに、バッグを持ったドローンが飛行する演出で、プロジェクトメンバーはディレクションを務める石橋素のほか、たったの3名。依頼を受けてから1週間後に本番という非常にタイトなスケジュールだったにもかかわらず、「1週間後に(人間ではなくドローンが)フライトです(笑)」と、ハードウェアを担当した西本は笑いながら当時の様子を振り返る。
依頼を受けたその日に、「とりあえずじゃあ、やってみますか」という感覚で、ドローンの足場となる発射台をモデリング担当の望月が即席で制作。はじめはモーションキャプチャーではなく、ラジコンで「ドローンがバッグを持って飛行できるかどうか」をすぐに確認したという。
「ドローンの案件をこれまでにも何度か行ってきた経験上、どこをクリアしなければいけないか」が絞り込まれていたため、今回の場合は発射さえクリアできれば問題ないだろうという判断で、最初にこのテストを行ったのだ。
依頼を受けた段階で、脊髄反射的に案件の課題を見つけ出し、制作に入れるのは、過去の積み重ねなくしてなせない技といえる。担当者たちは涼しい顔で説明していたが、ドローンがきちんとランウェイを飛行するまでには相当な時間を要する。無線の微調整やドローンが落下して壊れるごとにパーツを付け替えるなど、試行錯誤の末、本番前日の深夜2時にやっと成功したという。
また、日本精工の「モノキャリア」を向かい合わせに32台ずつ設置した「Oscillation」では、前日にモノキャリアの配置が決定した。どの案件でも、最後の最後まで粘って最適解を追及する姿勢がうかがえる。西本の「ハードウェアで、クリエイションの制限をかけたくない」という発言は、彼らエンジニアのものづくりへの姿勢を象徴している。
ほかにも数多くの作品が紹介され、そのどれもがギリギリまで粘り強く改良を重ね、妥協を許さず、制作に取り組んでいる様子だった。本番に強いメンタルをもち合わせているライゾマティクスリサーチのメンバーたちだが、「不安をなくすために手を動かす」「本番前にドローンにお守りをこすりつける」「無事にショーが終わったときには、みんなで号泣した」というエピソードも語られ、未来感あふれる作品を生み出す人々の「人間味」も垣間見ることができた。
ルーツと最新技術の探求
作品制作者からは、普段使用しているさまざまなソフトウェアの名前も具体的に飛び出し、制作においてソフトウェアがいかにライゾマティクスリサーチにおいて重要な存在なのかも語られた。ソフトウェアの進化で作業が一段と楽になり、効率化されることで、彼らから生み出される作品もヴァージョンアップされていくのだろう。
ライゾマティクスリサーチがつくりあげる、人々の心をつかみ華やかで完璧に見える作品たちは、ルーツを探り、実績を積み重ねてきた結果だ。また、最新技術と彼らの並々ならぬ精神力、そして、途方もなく地味で地道な試行錯誤の連続によって、作品は生み出されていく。
過去の作品で得た知識や機材を糧とした、新しい表現への挑戦。そこにソフトウェアによる作業の改善が加わり、さらに彼らの表現の幅は広がってゆく。その繰り返しこそが彼らの強みであり、ほかの集団では真似のできない表現に繋がっているのだ。
これまでの経験で培った技術と、どんな状況でもやり切る精神力を武器に、さらなる活躍が期待できるライゾマティクス。彼らの今後の活躍に目が離せない。
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