43話 戦の後始末
大同盟が成立したその日、それは魔物達にとって忘れる事の出来ない記念すべき日となった。
一人一人に名が授けられる事になったのだ。
なんてな。
格好よく言われても、名前付けるの誰がすると思っているんだよ。
15万って、おま。無茶ぶりもいいとこだろ。この前、
15万に名前付けるの待っている間に、飢えて死んでしまうわ!
今回は見送ろうかとも思ったのだが・・・。
コイツ等、
そもそも、本来Dランクのオーク達が、"C+"ランクに近い魔素量を有する程強化されているのだが、これは2週間もせずに元に戻るのだ。
理由は、
であるならば、失われる魔素を俺が喰い、同等量を与える。これで、俺の疲労無く名を授ける事が可能となる。
となると、問題は名前なのだが・・・。こうなってくると、アルファベットを持ち出しても無理だ。
大種族事に区分けしたり、セカンドネームを入れたりしても、管理が面倒になる。
残された道は、究極にして、至高。無限の可能性を秘めた、最強シリーズを用いる必要がある。
そう!
国民総背番号とか言うけど、ぶっちゃけ、管理する側からすれば数字は最高に便利なのだ。
軍事行動で、整列くらいは流石に出来る。そうして、湿地帯にオーク達を並ばせた。
勝手に名前付けると嫌がるのでは?
そう思いはしたが、失われる魔素の効果が無くなると、統制も取れない喰うだけの集団が15万匹。
これは、増えすぎなのだ。
Dランクでは、脅威では無いけれど、この辺一体を荒らし回るのが目に見えている。
それでは、良質な労働力として期待も出来ないし、同盟の意味が無い。
また、進化したら魔物としての格が上がるので、繁殖率が落ちるのは
という訳で、勝者の権利を行使させて貰う事にした。
大氏族に山,谷,丘,洞,海,川,湖,森,草,砂,という具合に、名前を授ける。
山の氏族なら、"山-1M"が名前となる。女性なら"山-1F"となるのだ。そこからの派生は任せた。
ぶっちゃけ、管理するのが面倒なだけなのだけど。子供は、"山-1-1M"とでも派生していけばいいさ。
適当にミドルネームや、アルファベットに対応するような言葉を入れるのもいいだろうし、その辺りは自分達で考えさせよう。
という訳で、俺はオーク達から魔素を喰らい、その代償に名前を授けていった。
氏族毎に並ばせて、男女別に整列している為、結構サクサク名前を付ける事が出来たけど、時間は掛かった。
しかし、今回は名前にいちいち悩まずにサクっと言うだけで終わる。
並んだ順番で名前も決まっているようなモノ。そこに親子がいようが、そんな事は知らん。
今後、自分達で納得してくれればそれでいい。
そんな感じで、ザクっと名前を付けていった。
記帳は各氏族の代表に任せた。紙が無いので、間違いないかの確認だけだけど。
実際には、心配する事も無く、名付けられた本人が忘れる事は無いのだ。
人間と異なり、魂へ刻まれた名前はお互いに判るモノなのだとか。
こうして、延々と名前を付ける日々が始まった。
一人に5秒かけずに。
それでも・・・。多少のロスは生じるので、結局名付けを終わらせるのに、10日程かける事となった。
無論、俺が休む間も無く名前を付けている間、ベニマル達を遊ばせていた訳では無い。
食糧の運搬をさせる為である。
支援してくれる食糧で、本当に15万を賄えるのか? という不安はあったが、そこは信じるしかない。
少なくとも、1年分はあったほうが良いのだが。
運搬については心配していない。
戦争において、最も頭を悩ませるのが、兵粘である。前線で戦う兵隊を飢えさせる事は、敗北を意味するからだ。
魔物とはいえ、15万匹分の食糧を運搬するのは大変である。
ところが!
嵐牙狼族は、ランガが
ランク的には個体がBランク。上位魔物である。
最大数は100のままだが、
そして特筆すべき点として、全個体が『影移動』が可能なのだ。
ソウエイやランガのように、瞬間移動かと思うほど早く移動する事は出来ないようだが、それでも音速で移動するより早く目的地へ行ける。
影移動だと、全ての抵抗なく直線で目的地まで移動可能であるのだ。
点と点を結ぶ最短距離を、通常速度の3倍で移動出来ると思えばいい。ものすごく早いのだ。
筋力もそこそこある
馬車で運搬するなら、遠回りしての移動となるため2ヶ月以上はかかるであろう距離を、1日で往復可能なのだ。
ただし、騎手であるゴブリンは一緒に移動出来ない様子。
今後、練習次第では判らないが、可能ならば出来るようになって貰いたいものだ。
一緒に行けないゴブリン達は、俺の手伝いでオークの整列を手伝わせている。
こうして運搬の問題は片付いた。
そして、心配していた食糧備蓄の問題だが・・・。
自らの魔素の余りを実に込めて実らせるのだが、それを食べるモノは居ないのだ。
聖域内でしか移動出来ない種族である為、実った果実を集めて保管しているだけなのだという。
果実は、魔法植物であり、光に当てていれば乾燥し腐る事は無い。
ちなみに後で知ったのだが、その状態になったものは、
結構出回る事がなく、高額な嗜好品なのだとか。
高額な理由は、濃厚な
もう一つの理由は、人と交流の無い
その事を知った時、オークに
こうして、
10日後。
くたくたになりつつ、俺は成し遂げた。
頭の中を数字が駆け巡っている。しんどい。
しかしだ。俺は、やり遂げたという満足感に包まれていた。
15万だぜ? 数えるだけでもうんざりするってもんだよ。
その頃には食糧の分配も終わっていた。
一人に50粒づつ。
無くすと飢える事になるのは理解しているのだろう。皆真剣に受け取っていた。
名付けを終えて、
彼等が純粋に自分達の意思で同盟に参加し、協力していってくれるのを望むばかりである。
魔物の強さ的には、"C+"ランクに近い状態だったのが、Cランクまで下がって落ち着いた。元はDランクだったのだし、上等だろうと思う。
何より、比較的知性が上昇し、得た特質もそのまま残っている。
どのような状況にも適応する、応用力のある種族へ進化したと言えるだろう。
彼等は俺に礼を言い、各地に散って行く事になる。それに付き添うように、ゴブリン
落ち着く先を確認し、テントの支援等を行う予定なのだ。そして技術指導を行い、各集落を作っていく事になる。
先は長いが、彼等も何れは落ち着き、暮らし向きも向上するだろう。
こうして、
ところが、残った奴もいる。
しかしなあ…。
確かに、労働力が欲しいのは事実だ。
まあいいか。気軽に受け入れる事にする。
黒い
彼等に地形シリーズの数字を割り振るわけにはいかない。どうしたものか…。
黄いオーラだから色分けで数字を振る事にした。
ざっと鑑定で
俺の『大賢者』の解析鑑定も、見ただけである程度の判別がつくようになったのである。
シュナの能力と同等になったようだ。
流石は『暴食者』の食物連鎖。効果抜群であった。
これが、この後の
戦士に男女の区別等無いのだ。
工作用の労働力は、各集落が落ち着いてから派遣して貰う事になるので、現状は、コイツ等に働き手になって貰わないとダメだけどね。
そして、
ある予感がしてならない。
名前は決めている。
奴の思惑がどうであれ、その事に変わりは無いのだ。
さて、名前を与えてみるか…。
「お前の名前は、
その瞬間、
同時に奪われる大量の魔素。やべ…、やはりこうなるのか。
いつもの如く、俺は
そして翌日。
やはりというか、何というか。予感は的中していた。
ただし、元が"C+"相当でB寄りの強さだった事から、全員"C+"ランクのままである。各方面に散った者達より上位に進化したのだ。
ゴブリン
もっとも、単体では"C+"ランクなのだが、ゴブリン
比べるのは間違っているかも知れない。
さて、本題の
能力は、ユニークスキル『美食者』…[胃袋・供給・需要(※同族限定)] を獲得していた。
流石に、同族に死体を食わせたりといった能力は失われていた。その必要が無くなったからだろう。
スキルは、望む者の心に影響を受けるのだろう。
狂わなかったらこうであったのであろう、理性と威厳を兼ね備えた魔物である。
こんなのが、俺の配下で満足出来るのか? ふとそう思ったが、気にしない。
その内独立するなら、それはそれで良いだろう。
ゲルドにはそんな気はさらさら無い様子だったけれども。
とまあ、こうして壮絶な名付けの
ゲルミュッドの奴がかけて来た技の効果が、遅れてやってきたのかもしれん。実は恐ろしい奴だったのかも。
そんな事をチラリと思ったりした。
ゴブリンの戦士達は、先に帰ったそうだ。数が大きく減って、生き残りは4,000名程だった。
大丈夫だろうか? 少し心配になった。だが、これは彼等の問題であり、此方が口を出す事はしない。
過剰に手を差し伸べたりする必要は無いのだ。
という事で、俺達も帰るとするか!
一通りの引継ぎを終えて、
実際には3週間程度しか経っていないが、長く戦っていた気がする。
俺だけはマジで戦っていたようなものだけどね。
森の騒乱はこうして終息したのである。
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ガビルは、父親である
戦の終了と同時に牢に入れられたのだ。
朝と夕の2回、食事を差し入れされるだけで誰も何も言わない。そんな生活が2週間続いていた。
確かに、自分は謀反を起こした事になる。それは事実だ。
良かれと思って仕出かした事であったが、結果は種族の存亡に関わる寸前まで陥った。
自分の責任である。
言い訳する事は出来ないし、するつもりも無い。
自分は死刑だろう。その事に不満は無い。ただ…。
最後に受けた、ゲルミュッドからの裏切り。そんな事がどうでも良いと思えるほどの、スライムから差し伸べられた手。
下等な魔物。そう思っていた。
それは間違いではないが、正解でも無かった。
あの
ユニークやネームドとか、そんな話ではなく、特別な魔物。
叶うならば、最後に問いたかった。
何故、自分を助けてくれたのか? と。
騙されて価値も無い、こんな自分を。間抜けな自分。
この2週間、ずっとその事を考えていた。
父親の前に立つ。
重い空気の中、父親の目を見つめた。
感情を見せない威厳のある父親。ああ…、やはり自分は死罪か。
納得する。
群れを率いる者が、弱みを見せる事は無い。規律は守らなければ示しがつかないのだ。
恨みは無い。
黙って裁きを受けようと思った。
父親である首領の口が開いた。
「判決を申し渡す! ガビルよ、お前は破門だ。二度と、
また、ここへ戻る事も許さん。出て行け! その顔を二度と見せるな!」
え?
何だ…と?
父親の親衛隊に両腕を取られ、洞窟の外まで連行された。
外へと放りだされる。
呆然としているガビルに向けて、
「忘れ物だ! それを持って去るがいい!」
そう言いつつ、何か投げ付けられた。
荷物と一緒に纏められた、細長い包み。手に持つ重みで判った。
ガビルの目に涙が溢れ、何か言おうと父親を見る。
しかし、声に出す事は出来ない。自分は破門されたのだ。
万感の思いを込めて、父親に礼をする。
そして、振り向きもせずに歩きだした。
前に一度訪れた、現在整備されているであろう、町へと向かって。
暫く進むと、
「お待ちしておりました。ガビル様!」
声をかけて来る者達がいた。
配下の100名の戦士達だ。
「な、何をしておるのだ、お前達! 我輩は、破門になったのだぞ!」
「関係ないですよ! 我々は、ガビル様に仕える者ですので、ガビル様が破門なら我々も破門されてますよ!」
「「「そうだそうだ!!!」」」
などと、笑顔で言って来る。
本当にバカな奴等だ。
ここは泣く所ではない。親父のように、威厳を込めて、
「しょうがない奴等であるな! 判った。着いて来い!」
そして、歩き出す。
その歩みは、先程までと異なり、自信に満ちたものであった。
ガビル達がリムルと合流するのは、これから1ヵ月後の事である。