トヨタの内部留保、使い切るのに5千年、という記事が目に止まったので
って話を、MBAでもわかるように書きたいと思います。
まず、本記事は特定の政党批判をしたいわけではありません。ただ「企業のたんまり溜め込んだ内部留保を使えばええやろ!」という誤解を解きたい記事です。
この内部留保使い切るのに5千年、というのは、2つの意味でナンセンスです。
毎日給与27円アップ!!うれしい?
まず、ひとつめは大変単純な計算なのですが、
トヨタ自動車の3月期決算を見てみたら、子会社も含めて連結内部留保は約20兆円。毎日1千万円ずつ使っていくとする。想像できませんが、使い切るのに5480年かかる。
このお金を生かしたら、何ができるか。内部留保を賃上げに回す。正社員の雇用を増やす。そうすれば、トヨタの車はもっと売れるようになる。
とあります。しかし、トヨタの従業員は連結で364,445人居ます(2017年3月)
毎日1千万円を、36万人で割ってみます。うーん、一日27円の賃上げ、魅力的だ!
もちろん、毎日一千万という仮定がおかしいわけです。
ちなみに、2007年にはトヨタの内部留保(この記事では、企業の決算書類の、利益剰余金を参照してます。*1 )は12.4兆円でしたから、
現在の19.5兆円まで、+7.1兆円を11年かけて増やしたわけです。
さすがに、何十年もかかって貯めてきたものを、一年で使うと、今年は賃上げ、来年は賃下げ、になってしまいますから、増加の平均をとってみましょうか。
「平均して年間6,500億円くらいある」と考えれば、たしかに、賃上げや採用や、いろんなことに使えそうです。ほんとうにそうなのか?ここから、この「内部留保」について、もう少し見てみましょう。
さて、内部留保の説明をしようとすると、バランスシートと損益計算書が…という話から始まるのが世の常ですが、会計を知らない人には、出たよ小難しい話…となりますし、会計を知っている人は、この説明を読む必要がありません。
よって、こんなところから始めたいと思います。
たかし君は、いま
・現金20万円
・パソコン1台(30万円のMac Book Pro)
を、いま持っています。
レストランで食べたご飯や、借りているお家の家賃や、少額の消耗品と違って、
パソコンは高額ですし、売ったらお金になりそうですし「資産」と呼ぶことにしましょう。
図でたかし君の「資産」を表現すると、こういうことになります。
でも、たかしくん、実は、去年までは一文無しでした。
この一年で、就職して、お金をいっぱい稼げたので、
50万円分の「資産」を形成することができたんですね。
ちなみに、たかしくんは、一文無しだった去年から、
今日この日までで、300万円稼ぎました。
けれども、家賃と生活費で、たくさんお金を使いました。
いっぱい飲み会にもでかけました。結婚式にも行きました。
(資産となるパソコンを買う費用や、手元に残る現金以外では)
この1年で、260万円使いました。
そうすると、300万円ー260万円は、40万円手元に残っているはずですよね。
でも、いま、たかしくんは、
30万円のパソコンを買っていて、20万円の現金を持っているわけです。
40万円しか手元にないはずなのに、50万円分の資産がある…。
どういうことでしょうか?
実は、10万円、お金を借りていました。
今までの話を図にすると、こうなります。
お金の調達のしかたを、赤枠の右側に。
お金の使いみちを、青枠の左側に。書いています。
実は、これが「バランスシート」または「貸借対照表」と呼ばれるものです。
右側に、お金の調達の仕方を、
左側に、調達したお金が、どんな資産(現金も含めて、機械や土地や建物や…)に
変わっているか、を表しています。
そして、この「稼ぎのあまり」のこと、つまり利益のことを、企業の場合、内部留保(Retained Earnings)と呼びます。*2
つまり、内部留保とは、企業にそれだけの現金があるかどうか?を示すのではなく、
お金をどのように手に入れたか、という調達手法を示す言葉なんです。*3
ここまでの話を、企業のバランスシート(貸借対照表)っぽく書くと
下記のようになります。
だから、内部留保が40万円あっても、
現金は20万円しかない。その20万円も、うち10万円は負債(借金)だったりするわけです。
ちなみに、お金の調達手法には3種類あります。
1.事業活動をして利益を出す(累計) → 内部留保(Retained Earnings)
2.借金してお金を調達する → 負債(Liability)
この2つはたかし君の例でも見てきました。
これに加えて、企業の場合は
3.株式を発行して資金調達 → 資本金(Common Stock)
があります。
正確を期すため、たかし君の例を、もう一年続けましょう。
確認ですが、たかし君は、「今年」持っている資産は50万円です。
20万円の現金と、30万円のパソコンです。
ここから、時計を一年、未来へ進めてみましょう。
なんと!たかし君は、年収がガクッと落ちてしまいました。
一年で100万円になってしまったのです。
たかし君も生き延びるために必死です。
生活コストを、85万円に抑えました。*4
これを図にすると、次のようになります。
一年間で、15万円、売上によってお金を調達したわけです。
ちなみにですが、資産を買うのに使った現金は、費用に含めません。
(だって、税金って、売上ー費用=利益で、税金は利益に掛かります*5から、資産を買うお金が費用に含められるなら、すべての会社が「とりあえず金の延べ棒買うか…あとで現金に戻そ」ってなりますよね)
ともあれ、
一年間で、15万円、売上によってお金を調達したわけです。
先程まで見ていた、バランスシート(貸借対照表)の右側(お金の調達の仕方)だけに注目してみると、次のような変化がある、ということになります。
細かくいうと、
・去年の内部留保=40万円
・今年の利益(Net Income)=15万円
・今年の内部留保=去年の内部留保+今年の利益=55万円となります。
そして、この一年では、ひとつも資産を購入しなかったとすると、
現金は15万円増えているはずです。
では、バランスシートの左右をあわせて、図にしてみましょう。
この一年では、15万円しか利益が出ていない、つまり、15万円しか内部留保は増えていません。
ちなみに、この15万円というのは、法人税などの、税金を払った後の15万円です。
時折、内部留保に課税せよ!という意見を見ることがありますが、
内部留保に課税をする、ということは、既に税金を払った後のお金に、
さらに毎年税金をかける、ということを意味しますし、
この場合では、内部留保が55万円あっても、現金は35万円しかない。
さらに、うち10万円は借金、ということになります。
そして「自分で稼いで調達すると、毎年税金がかかるから、
銀行から借りるか、株式を発行した方がお得!!」
ということになりかねません。
さて、 ここまでで、内部留保については それが何なのか、
少なくとも「企業が自由に使える現金のことではなく、
企業のお金の調達の仕方・形態をさす」ことをご理解頂けたかと思います。
ここからは、実際にトヨタのバランスシートを見てみましょう。2018年3月期(2017年4月~2018年3月の1年間)を見ています。
もちろん、簡略化をしています。
バランスシート全体のサイズが50兆円。(たかし君は50万円でしたね)
左側、つまり「お金の使いみち」を見ると、現金ぽいやつが18兆円あります。
現金ぽいやつの中身は、現金以外にも定期預金、売掛金、前払費用、金融債権など、複雑なので、ざっくり「すぐ(1年以内)に現金にできそうなやつ」だと思ってください。
長期金融債権は、 リース事業や、トヨタの金融事業(ローンで車を買うお客さんにお金を貸していて、それを取り立てる権利=債権があるわけですね。)
投資は、トヨタ系列の会社に2.8兆円、他の会社の株式を7,6兆円分持っています。
固定資産は、さすがトヨタですね、機械装置が11兆円、車両等が5兆円、建物4兆円などが計上されています。*7
難しいので、もっとざっくり書くと、こういう感じになります。
(左側だけ変わってます)
次に、右側を見てみましょう。
早めに返す借金ぽいやつ、つまり、流動負債が、流動資産と同じくらいあります。
内訳の主なものは、5兆円の短期借入金、4.2兆円の長期で借りたけれども、次の一年で返す予定の借入金、2.6兆円の買掛金などです。
固定負債は、10兆円の長期借入金に加えて、0.9兆円の退職年金に当てる費用、などです。
内部留保(利益剰余金)は、これまで見てきたとおりですが、
トヨタの場合、昨年より1.9兆円増えて19.5兆円となっています。
2.5兆円出した利益のうち、配当で0.6兆円を株主に還元し、1.9兆円を内部留保に計上した、ということになります。
あわせて売上も見てみましょう。
ざっくり、こんな感じです。
ということは、貸借対照表(バランスシート)の右側だけを
去年と今年で見比べると、以下のようになるわけです。
それこそ、内部留保の5%課税されたら、その期の利益が半分になる、とか
トヨタの場合、そのくらいのインパクトがあります。
いずれにせよ、上記の議論でわかるとおり「内部留保」の絶対額を元に、
それも、その額が多いことを「企業が現金を溜め込んでいて、それをなにかの原資に使える」かのように表現するのは間違っています。
トヨタの場合では、もちろん現金等を17兆円も持っていますが、それは次の一年では返済に当てなければいけません。
また「無借金経営」がメディアで持ち上げられることもありますが、
無借金ということは、基本的には「資本金」と「内部留保」だけでビジネスを回しているということであり、内部留保を糾弾するのであれば、無借金経営も糾弾されなくては一貫性がありません(もちろん、糾弾する必要はありません)。
内部留保額のみを見て、それを無理やり還元させようとすると、
今度は、機械や設備を売ることになるでしょう。
本稿では長くなってしまいましたので割愛しますが、
労働者にお金が還流していかないのは、
内部留保とは別の問題だと考えており、内部留保を還元するという視点ではなく、
労働者の交渉力を上げるという方向で解決するのが良いのではないかと考えています。*8
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*1:細かくは専門書を当たってください。
*2:もちろん正確には、過去の蓄積ですが、それは記事の後半で扱っています
*3:ご存知のとおり、キャッシュフロー計算書とは違うので、ホントは現金だけ追っても仕方ないのですが、未払金とか前受金とかを考え始めるとちょー大変なので、やめましょう。
*4:細かく言うと、借金の利子などもここに含みます。今回は面倒なので、税金も含みましょうね。つまり、ここの利益は、Net Incomeであって、EBITやEBITDAではありません。
*5:おっしゃる通り、これは嘘です。益金ー損金=所得に対してですね。というかそういうこと知ってる方は対象外なので…。
*6:細かいことをいうと、日本の場合、パソコンは4年で減価償却が必要なので、定額法を用いる場合7.5万円分必要で、その場合、利益が7.5万円分減るので、内部留保は47.5万円になるのは、詳しいみなさんがご存知のとおりです。ただその場合は税金も減るので、47.5万円よりは少し多めに残るイメージでしょうか。今回は無視しましょう。ちなみに、ぼくだったら赤字決算でないなら、30万円未満のパソコンを買って、少額減価償却資産の特例を活用しますかね。
*7:はい、資産購入時の価格が23.6兆円、減価償却の累計分が13兆円あるので、10.2兆円分がNetの資産です。
*8:「正社員の労働流動性の低さ&雇用がいかに守られているか」「労働者の、モビリティの低さ(英語ができない、島国なのですぐ国や会社を去って隣の国で働くということができない)」の2点がメインの論点かと思っています