こんにちは。ジィーサスの藤田です。
前回は「信号と実装」という題で、回路は電源と信号で構成されているという話を書きましたが、あまり電源の話を書かなかったので今回は「機械屋から見た電源」に焦点を当ててみたいと思います。
回路屋さんや基板屋さんを除いた一般の人の電源のイメージって、たぶん「電池」なのではないでしょうか?
少なくとも私はそうでした。コンセントはあまりにも一般化しているため「電源」というイメージが持ちづらく、一方で昔から電気の実験と言えば「電池」が登場してきました。なので「電源」にはプラスとマイナスがあって、繋げば電気が流れるもの、ぐらいのイメージしかありませんでした。電池と言っても昔はマンガン電池でしたから、誤ってプラスとマイナスをショートしても特に問題なく、今のリチウムイオン電池のように「電気の怖さ」というのは感じませんでした。
メーカに入った後も、当初設計していたのが無線機だったので電源は「電池」のイメージでしたが、しだいに大物を設計するようになると電源のイメージは「電池」から「端子台」に変わっていきました。通信機って大物は架(ラック)に入れたものを設計するのですが、架には必ず端子台ユニットがあって、大きな端子台に太い電源ケーブルをネジ止めして電気を供給します。これは有線伝送装置も同じですが、有線の場合は電圧が100Vではなく、だいたい「−48V」でしたね。−48Vの理由はウェブにいろいろ書いてあるので調べてみてください。
電池駆動の製品と外部給電の製品で大きく違うのはそれだけでなく、電圧が違っています。電池を使う場合は電源電圧をそのまま使う場合が多かったのですが、外部給電の場合は「変圧」が必要になり、それは機械屋から見ると「アースが3種類に増える」というように見えていました。具体的には端子台に「FG」と「E」という2つの接地端子があって、更に基板内には「SG」というアースがありました。最初のうちは何でアースが3種類もあるのかさっぱりわかりませんから、電気屋の言うとおりに構造設計をしていましたが、そのうちEMC対策が必要な時代に突入し、機械屋もちゃんとアースを理解する必要のある時代となります。
うる覚えで3系統のアースを図に描くと右図の感じですかね?
給電がプラスでもマイナスでも、その基準電位を提供するのが「E」で、OBPなどで変圧後に基板内等への二次側給電に対するリターンを「SG」(シグナルグランド)、いわゆる「グランド(大地への接地)」を提供するのがFG(フレームグランドとかフィールドグランドとか呼んでいました)だったと思います。(まちがっていたらコメントください!)通信機ってだいたい直流給電だったのでEとSGが似たようなものでしたが、交流給電だと違いがもっとはっきりしますね。FGは筐体を通じて基板のFGパターンに接続されていて、ノイズとかの流れ先に使っていたと思います。
汚い話で申し訳ありませんが、確か家庭の下水もシンクや風呂の下水パイプとトイレの下水パイプは系統が違っていて、最終的には一緒になるような構造だと思いましたが、FGはちょうどトイレの下水パイプのイメージですかね?架(ラック)に入る装置の場合、端子台ユニットのことをFFTUと呼んでいました。Fuse-Filter-Terminal-Unit(ヒューズとフィルターと端子台のユニット)の意味で、このFFTUの中で最終的にEとFGが接続されていましたが、これも「1点アース」が理由だったと思います。(「1点アース」もウェブを調べれば書いてあると思いますが、これを読んでいる貴方がエレクトロニクスメーカの機械屋さんなら、ぜひ電気屋さんに聞いてみてください!)
3種類あるアースのうち、機械屋にとって重要なのが「FG」でした。
何が重要かっていうと、構造部材が電気的にちゃんと繋がっていなければならないからです。無線屋にとってこれは基本的なことでしたが、一般製品でもこれが重要視され始めたのは、やはりEMC対応のためだったと思います。大型製品の構造部材はほとんどが金属で構成されていますが、でも表面は防錆やデザインのためにメッキや塗装などが施してあり、ただネジで止めても電気的に接触してくれません。このためネジ穴付近の塗装を取ったり、導通のあるメッキをかけたりします。またネジも材質がいろいろあって、たとえばアンテナ固定用ネジなどは電気抵抗の低い黄銅ネジを使ったりしていました。鉄やステンレスのネジより黄銅ネジのほうが強度は低くなりますが、導通を重要視する場合には黄銅ネジを使いました。逆に導通してほしくない場所には絶縁ブッシュや非金属ネジを使います。エレクトロニクスメーカの機械屋が機械メーカの機械屋と違うのは、このように製品を機械的観点と電気的観点で考慮しながら設計する必要がある点だと思っています。
その「機械と電気を考えて設計する機械屋」のことを「実装設計者」と言うのだと思っていますが、皆さんのイメージはどうですか?
話をアースに戻します。私がジィーサスへ入社してから半年ぐらいして、あるメーカに3か月程度「派遣」されていたことがありましたが、その時やった仕事はデジカメのEMC対策でした。それまで大小さまざまな通信機を設計していましたが、デジカメは製品の大きさだけでなく、考え方と製品密度が全く異なっていたので、正直カルチャーショックを受けました。その中の一つに「携帯製品ってどうやってアースを取るのだろう?」という疑問がありました。アースって「大地」なのに、手に持った製品はアースに繋がらないじゃない?と思ってしまったのですが、昔はさんざんトランシーバを設計していたのにそんなことを思いつかなかったのは、やはりEMC対策重要視の前後だったからだと思います。ともかくそんな疑問を抱きながらデジカメの構造図・回路図・基板図を眺める毎日を過ごさせてもらいました。今考えると機械屋の私が回路図と基板図を1か月以上じっくり見させてもらったこの時の経験が、今の私の大きな力になっていると思います。(派遣先のメーカさんにとても感謝しています!)
で、デジカメのアースはどうなっているのかというと、やはりちゃんと3系統ありました。電源(電池)のリターンとSGのほかにFGもちゃんとあったのです。ただ当然ながらFGは大地に接触していませんが、回路設計の考え方としてFGを存在させ、FGを中心に電源設計や耐ノイズ設計を行っていました。FGは大地に接続することを基本としているため、メーカによって違うそうですが、たとえば三脚のネジ穴をFGとしたり、電池の充電のために繋ぐACアダプタを介したFGを考慮したりするそうです。
デジカメの基板ってとても小さく、しかも基板面積に対する部品面積が90%以上(上から見ると部品しか見えない)という状態ですが、それでもちゃんとFGパターンがあって、他より太くしてあり、ケースにも接続されているし、二次側へのノイズ混入や二次側からのノイズ放出を考慮してあります。何でこの時の体験が貴重だったかというと、エレクトロニクス製品は大きさの大小はあっても基本的な考え方は一緒なんだと悟ったからです。
電源がらみでもう一つ体験談を描きます。実はこの後、今度は車載機器メーカに「派遣」され、今度はカーナビの課題対策を行うことになったのです。車載機器もこの時初めての体験だったのですが、その時異様に感じたのは、基板を筐体フレームに固定する穴にラグ端子みたいな金具が半田付けしてあったことです。何でそんなものが必要なのでしょうか?
実は車のフレームって大電流が流れるのですね。そのため基板固定穴でFG接続するような箇所は、確実に固定しないと火花が出るそうです。これを聞いた時から私の回路イメージは、右上図のような電流イメージではなく、右下図のような電子流イメージに変わりました。電気の流れって水の流れみたいに小さな川から最後は大きな海に流れ下るイメージだったのですが、実際は大きなダムから下流に放流するイメージですよね?ちょうどダムが抵抗のイメージで、ちゃんとダムを造らないと決壊する恐れがあるという感じです。電気の流れをこのように考えるようになってから、EMCや熱といった課題が原理として理解できるようになった気がします。
特に最近は大飯食いの電子部品が多くなり、瞬間的にダムが枯渇するほどに一気に電子流を必要とするため、ダムの水位が変動してしまう問題や、スイッチング電源の磁束変化でダムに大波が起きたりする問題、つまりグランドバウンスが問題になるため、そういう部品の周りには小分けした貯水槽であるパスコンを配置してやったり、波の原因のFET周囲を防波堤で囲んでやる気配りが必要になっています。貯水槽が必要なのは、部品が必要とする電子流に対してダムの容積、つまりグランドが貧弱なのと、そのダムに電子流を供給するための電源(イメージとしては雨雲ですかね?)のレスポンスや供給量が少ないからです。ここでもクラウド(雲)が重要ってわけです。
そうそう、電源で最も大切な機能はこの供給量の確保ですよね。電源って昔は交流を直流に変換するとか、電圧を変換するとかのイメージしかなかったのですが、一番大事なのは必要量の変化に対し電圧変動なく安定した電流を供給することです。それを実現するには回路設計も重要ですが、物理的にはその具体的な経路の実現が大事です。電流ではなく電子流という考え方、つまり電子の供給元はグランドだと考えれば、実際には筐体や車体などが回路実現に対し最も重要な位置を占めていることになります。
これを電気屋さんも機械屋さんも十分認識すると、良い電気製品が実現すると思いますし、ここが機械設計と実装設計の大きな違いでもあります。
◆執筆者プロフィール------------------------------------------------------------------------◆
藤田 哲也
1981年沖電気工業(株)入社。無線伝送装置の実装設計、有線伝送装置の実装設計、および取りまとめを経て、2002年(株)ジィーサス入社。熱設計・EMC設計・実装技術のコンサルティングや教育に従事。2008年から回路・基板・実装に必要なトータル技術を提供する設計サービスに従事している。