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     理解は記憶の最大の援軍であるが、記憶もまた、ある水準を越えると、理解を助けることができる。

     このことは、とりわけ独学者にとって朗報だ。
     理解を助ける直接的な支援=誰かに教えてもらうことが難しい独学者にとって、他に打つ手があるということだから。

     しかし理解を助ける域にまで記憶が達するには、正確かつ高速に想起することができる必要がある。
     流暢に引き出せる知識は、忘れにくく、妨害されにくいだけでなく、応用されやすい。

     思い出すことを要しないほど定着した記憶は、認知リソースをほとんど消費しない。
     したがって、そこで浮いた分を複雑な処理に回すことができる。

     例えば、掛け算の九九をマスターした人と、7×6を7を6回足して計算する人が、同じ方程式を解くことを想像しよう。
     九九をマスターした人は、ただ解くのが速いだけでなく、正確であり、より楽により複雑なものを処理できる。
     7を6回足すのに費やされるワーキングメモリや注意(これも重要かつ限りある認知リソースだ)を、別のことに用いることができるからだ。

     単純な事項を反復訓練するだけで、文章理解や問題解決のような、より複雑な行動のパフォーマンスが上がることがあるのは、こうした理由からである。



    記憶に最適なスケジュール

     しかし、覚えることに望外の効果があるとしても、その覚えることこそ難所ではないか?

     繰り返せばよいというが、多くのことを覚えようとすれば、そのループの期間は長くなり、最初に覚えたことを忘れてしまっている。
     忘れたことを覚える、覚えたことを忘れる、の繰り返しで、ある程度以上は先に進めない。
     効果が感じられない。やり甲斐がない。続けるのがつらい。やめる。そして忘れ続ける。ついには、何もやらなかったのと同じになる。嫌になる。学ぶことなんてムダだ、二度とやるもんか。


     対処法を示そう。

     まず知っておくべきは、《忘れるのは、人間の仕様である》ということである。
     そして、それに打ち勝つことができるのは、繰り返すことだけである。

     さまざまな記憶の方法(方略)が存在するが、我々に必要なのは、見世物としての記憶術や記憶のスプリント競技に必要な、円周率を何桁も覚えるような少種類大容量タイプの記憶術ではなく、いろいろな種類の事項について長期に維持しメンテナンスできるような記憶方略である。

     ここでいう記憶のメンテナンスは具体的にいえば、繰り返し思い出すことで、記憶の内の優先順位を上げて、取り出しやすくすることを意味している。

     では、多くのことを覚えようとすれば、そのループの期間は長くなり、最初に覚えたことを忘れてしまうという問題はどうすればよいのか?

     忘却するという人間の仕様を、もう少し詳しくみることで対処法がわかる。
     時間が経つに従って忘却し続けるが、その忘却の度合いはゆるやかになっていく。
     この忘却スケジュールに照らすならば、復習のタイミングもまた次第に間隔を広げていくことで最適化できる。

     このスペースド・リハーサルと言われる復習タイミングの方法については、何度か書いてきた。

    復習のタイミングを変えるだけで記憶の定着度は4倍になる 読書猿Classic: between / beyond readers 復習のタイミングを変えるだけで記憶の定着度は4倍になる 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加
    1年の計はこれでいく→記憶の定着度を4倍にする〈記憶工程表〉の作り方 読書猿Classic: between / beyond readers 1年の計はこれでいく→記憶の定着度を4倍にする〈記憶工程表〉の作り方 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加


     単純な暗唱ものから文章理解から技能習得に至るまで有効な方法だが(そしてほとんどの記憶術/記憶方略と併用可能である)、最大の欠点は〈面倒くさい〉ことである。

     最初のうちはいいが、学習をはじめて何十日か経つと、復習すべき項目が〈1日前覚えた項目〉〈3日前覚えた項目〉〈7日前覚えた項目〉……と積み重なってきて、しかも復習までの期間が広がっていくわけだから、とっさに今日はどれを復習すればいいかが分かりにくくなる。

     だったらコンピュータに復習タイミングの管理を任せられないかとは、誰しも考えることだが、スペースド・リハーサルを取り入れた単語帳ソフトSuperMemoが1985年に商品化され、その後Ankiというオープンソースでマルチプラットフォーム(Windows、Mac osx Linux、FreeBSD、iPhone、Android、ノキアのMaemo(マエモ)で動く)のソフトが登場した。



    Ankiによる後退しない学習

     Ankiの使い方は簡単である。

     覚えたいコンテンツをダウンロードなり入力するなりしておけば、カードの表が表示され、それを見て裏側を思い出す。
     正解だったか間違いだったかを、クリック/タップすれば、正答率に基づき、最適化されたスケジュールで(当然、間違えたものはより早いタイミングで、正解だったものはより遅いタイミングで)、それぞれのカードは再登場する。

     携帯端末にAnkiを入れておけば、たとえば乗り物待ちのわずかな時間に数枚のカードを復習することができる。
     あとでその日の学習結果をグラフで見ると、そんなすきま時間だけで合計39分で356枚のカードをこなしていることが分かる。

    anki-統計(一部)


     我々の目標は、単にうろ覚えすることでなく、正確かつ高速に想起できるようになることだから、慣れていけばいくほど、こなせるカードの数は増えていく。

     もちろん、もっと忙しい日や体調が悪い日もあるだろう。しかし机に向かって勉強する/しないの、大きな単位のゼロか100かでなく、Ankiによる学習は最小単位が数秒で済む1枚のカードなので、日によって5や10になることはあってもゼロにはなりにくい。

     そしてこれが重要なところだが、Ankiに入力した事項は、あなたがAnkiを使い続ける限り、もう二度と決して忘れないのと同じだと見なせる。
     今の時点では覚えていなくても、遅かれ早かれ、何十回と思い出す作業を行う中、嫌でも覚えることになる。
     そして忘れようにも、忘れかけた頃に再び登場して、思い出すことを求めるのだから、忘れることができない。いや、たとえその時忘れていたとしても、その時は間を置かずに繰り返し再登場するのだから、やっぱり覚えてしまうしかない。

     Ankiは、あなたが止めないかぎり(止めたとしても再開すれば)、いつまでもあなたに付き合う。



    Ankiで何ができるか?

     シンプルな機能であり、応用は様々であるが、例としていくつかあげてみる。


    ◯外国語の文字

     ロシア語やアラビア語は、文字から覚える必要があったで、カードの表に文字を、裏に文字の呼び名や発音を入れた。
     ロシア語のほうが、由来の外来語や知っている固有名詞も多いので、外来語/固有名詞の綴りをカードの表に、裏にそのローマナイズと外来語を書いた。

    根気も時間もないあなたが外国語習得の臨界点を越える一番ゆるいスタートアップの方法 読書猿Classic: between / beyond readers 根気も時間もないあなたが外国語習得の臨界点を越える一番ゆるいスタートアップの方法 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加




    ◯外国語の単語・短文

     外国語の短文記憶は、語学における九九にあたる。
     
     慣れない言語を、我々の脳が扱うバッファは驚くほど小さい。
     当然、処理速度は遅く、読んでも遅々として進まず、会話も速すぎると感じて、着いていくことができない。

     アルファベットを覚えたての段階では、我々は1文字ずつ写すことしかできない。
     やがて慣れてくると、1語ずつが扱えるようになり、さらに進むと数語を一度に扱えるようになる。

     短文を反射的に想起できるようにすることは、一度に処理できるバッファの容量を増やすことである。
     覚えるなら、自分のバッファぎりぎりのものを選ぶと良い。
     バッファの容量は、外国語の文を見て書き写す時、いくつの語一度に書き写せるかで分かる。
     4語程度のバッファしかないのに、10数語でできた長めの文章を覚えるのはつらい。
     それよりも短い文の、想起の正確さを速度を高めることから取り組んだ方が効率が良い。
     Ankiはこうした用途に向いている。


     さて、Ankiでは、カードの内容と、レイアウトその他を含むカードのテンプレートは、別の階層になっている。
     複数のカードに共通する事項は、テンプレートに記入することで入力の労力を少なくできる。
     また、ひとつの単語帳(カードデッキ)には、いくつのテンプレートでも使うことができる。

     よく使われるテンプレートはすでに用意されている。
     たとえば表裏両面のテンプレートを使えば、表に外国語、裏に日本語を入力するだけで、外国語→日本語と、日本語→外国語の2枚のカードができることになる。

     下の例は、google翻訳を使って発音する機能を埋め込んだものである。
    (参考:Anki日本語マニュアル Wiki* etc/AnkiTips/語学 発音させる

    Anki-arab-temp.png

     これをテンプレートに入れておけば、カードに単語や短文を入れておくだけで、音声ファイルを用意しなくても合成音声による発音をさせることができる。



    ◯プログラミング言語(穴埋め&入力)

     Ankiでは、カードの表/裏を使うだけでなく、穴埋め問題を作ったり、入力を求めて合っているかどうかをテストするカードも作ることができる。

     以下の例は、穴埋め問題 と キー入力 を組み合わせたテンプレートをつかい、Javaについてのカードを作ったもの。
    (参考:Anki日本語マニュアル Wiki* etc/AnkiTips/プログラミング言語


    Anki-java.png

    そのテンプレート

    Anki-java-temp.png


     本やサイトに載っているサンプルコードをもとに、何を答えるべきかをコメントで書き、憶えたい単語 (コマンドや関数名) を穴埋めにすることで、数理系を含む「指が憶える」系の知識を習得することもできる。

    (参考)
    プログラミングの学習を劇的に効率化する「Janki」メソッド : ライフハッカー[日本版] プログラミングの学習を劇的に効率化する「Janki」メソッド : ライフハッカー[日本版] このエントリーをはてなブックマークに追加



    Ankiの入手先とマニュアル

    (本家サイト;ダウンロードもここから)
     http://ankisrs.net/index.html

    (日本語ユーザーマニュアル)
     http://wikiwiki.jp/rage2050/?manual

    AnkiMobile Flashcards App

    カテゴリ: 教育

    価格: ¥2,200




    アンキドロイド単語帳
    Nicolas Raoul
    価格:無料




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