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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 鏑木が来ただとーー?!


「な、なんで…?!なんで鏑木が!」


 今日来るって約束してたの?!

 必死の形相で若葉ちゃんに詰め寄ると、私に両腕を掴まれた若葉ちゃんはブンブンと頭を横に振った。ということはまたアポなしか!鏑木!あれほどアポなし訪問はやめろと言ったのに!


「と、とにかくどっか隠れないと…。それとも裏からこっそり家を出る?!」


 あーっ、ダメだ!鏑木がいるから玄関に靴を取りに行けない!それに玄関前を押さえられていたら、姿を見られる可能性が高すぎるっ。じゃあ、どうすればいい?!

 パニックでまともな案がなにも思い浮かばない。頭の中が真っ白だ。あ~っ、もうっ、もうっ、もうっ!まさか今日、鉢合わせするとは!本当にどうしたらいいの?バレたら何て言って説明すればいい?


「吉祥院さん、一旦落ち着こう」

「だけど、若葉ちゃん…」


 玄関にいる鏑木に聞こえないように小声で話す私達に、「一体、どうしたんだよ」とキッチンから出てきた寛太君が怪訝な顔で聞いてきた。


「なぁ、姉ちゃん、コロネ」

「寛太君、声が大きいっ」


 私はシーッ!シーッ!と人差し指を立てて寛太君に注意した。いきなり静かにしろと言われた寛太君は、「はあ?」と眉間にシワを寄せて訝しげな表情になった。


「あのね、寛太君…」

「若葉ー?鏑木さんが待ってるわよ~?あがってもらう~?」


 ぬおおおおおおおおおおっっっ!!

 お母さんっ、なんてことをぉぉぉぉっ!それだけはやめてーーっ!

 私の胃が雑巾の如く引き絞られた。


「待って!今行くから!」


 若葉ちゃんは、お母さんに向かって大きな声で返事をすると、


「とりあえず、待たせちゃってるから行ってくるよ」

「えっ、行っちゃうの?!」


 縋る私に、若葉ちゃんは「大丈夫、外で話してくるだけから」と安心させるように言葉をかけると、鏑木の待つ玄関に向かった。


「くれぐれも、私がここに居ることは秘密に…!」


 振り向いた若葉ちゃんは、わかってると頷いた。頼んだよ、若葉ちゃん!

 しかし若葉ちゃんはそう言っていたものの、心配でたまらない。玄関の靴を発見しただけで私だとバレる確率は低いと思うけど…。


「おい、コロネ…」


 落ち着きなくその場をうろうろと歩き回る私を、寛太君が完全に不審な目で見ているけど、取り繕う余裕もない。


「…コロネって鏑木さんと仲悪いの?」

「そういうわけじゃないんだけど…」


 私がもごもごと口ごもると、寛太君が目を眇めてさらに眉間のシワを深くした。


「とにかく、私が今ここに居ることを絶対に知られたくないの」

「ふぅん」


 私と鏑木の関係は、今はどうでもいい。

 よりも鏑木が一体何をしに来たのか、そして今、何を話しているのか、そっちの方が重大事項だ。

 私はそろりそろりと気配を殺して、玄関先に近づく。そして柱の梁から細心の注意を払いそーっと覗くと、玄関のドアは閉まっていた。ひとまずホッとする。これでいきなりドアを開けられない限り、見つかる心配も減った。

 あとはふたりが何を話しているかだ。

 はドアにへばりついて、耳をペタリとくっつけた。


「盗み聞きかよ…」


 私を追ってきた寛太君に、再度シーッと人差し指を立てて合図をする。ここからはジェスチャーか筆談でお願いします。

 若葉ちゃんと鏑木はドアからそれほど離れてはいないようで、耳をつけなくても会話が聞こえてきた。


「突然悪かったな」

「それはいいけど…。でも今日はお家の用事があって予備校にも来られないって言っていたよね?」

「ああ。家の所用はさっき終わった。それで本来はこの後夕方からも予定があったんだが、その予定が急遽キャンセルになって時間が空いたんだ」


 …キャンセルになった夕方からの予定。それはもしかして、私のスパルタトレーニングのことですか?


「そうだったんだ。それで、今日はなにかあったのかな?」

「あぁ…。高道に渡したいものがあったんだ」

「渡したいもの?」


 鏑木が渡したいものが気になって、私はドアを慎重に、慎重にゆっくりと数ミリ開けた。そこから片目で外の様子を盗み見ると、鏑木が細長い箱を若葉ちゃんに手渡していた。

 うわぁ、本当に鏑木だよ…。


「これは?」

「簪だ。時間が空いたから街を歩いていたらさっき見つけたんだ。高道は今度の花火大会で浴衣を着ると言っていただろう。その時によかったら使ってくれ」

「ええっ、簪?!いいの?ありがとう!」


 箱を開けた若葉ちゃんは、「わぁっ、可愛い!」と喜んだ。それを見た鏑木が、嬉しさを隠すように口を歪めた。

 それよりも聞き捨てならないことを聞いた。花火大会だと?まさか、一緒に行く約束をしていたの?いつの間に!

 そこへ「あら~、若葉ちゃん」と、ご近所さんらしきおばちゃんが通りがかり、若葉ちゃんも「こんにちは~」と挨拶を返した。


「もしかして若葉ちゃん、彼氏?」


 出た。おばちゃんの必殺技、ノンデリカシー。

 世のおじさん、おばさんというのはどうして若者の恋愛事情に興味津々で土足で踏み込んでくるのだろうか。法事やお正月等の集まりで、親戚のおじさんおばさんに寄ってたかって「彼氏できたか?」「彼女できたか?」と聞かれ、「この子ったら最近妙に洒落っ気出してきているのよ~」「テレビも見ないでずっと携帯をいじっているのよ」と親の裏切りで情報を売られたが最後、自分の話題を延々酒の肴にされるという地獄の数時間に涙した経験のある若者は大勢いるはずだ。


「違うよ。そんなんじゃないから!」

「あらあら照れちゃって~。小さかった若葉ちゃんもすっかり年頃のお嬢さんになったのねぇ」

「も~、おばちゃん、違うってば」


 大変だな、若葉ちゃん…。

 するとおばちゃんと若葉ちゃんがやり取りする間、無言で立っていた鏑木が、ふいに何かを思い出したかのようにおもむろに携帯電話を取り出し操作すると、耳にあてた。電話…?

 その瞬間、ピロロロロ…!と部屋の奥から響く携帯の音に私の心臓が止まった──!

 脱兎のごとく部屋に駆け戻り、カバンの中身をぶち撒ける。なぜマナーモードにしておかなかったんだ、私!

 とにかくこの音を消さないと!

 散乱された荷物の中から携帯電話を見つけると、恐慌状態の私は、鳴り響く着信音を止めるべく、携帯の電源ボタンを必死に連打した。止まれ!止まれ!

 電源が落ちた。

 私は床にへなへなと倒れ込む。心臓がバクバクと全身で音を立てている。

 今のって、鏑木からの着信…?リダイヤルでまた掛かってくる心配があるから、電源を入れて着信履歴を確かめることはできないけど。

 …って、もしも鏑木だったら今の行動は最悪の悪手だったんじゃないの?!家の中から聞こえた着信音が切れるタイミングと、自分の呼び出し音が切れるタイミングが同じだったら、おかしいと思うよね?!やってもうた~っ!

 私は散らかした荷物を急いでカバンに詰め込むと、玄関に取って返した。

 そしてドアの隙間から片目で様子を探ると、ご近所のおばちゃんの姿は消え、代わりに難しい顔で携帯を見つめる鏑木がいた。

 かすかに首を捻った鏑木は、携帯をいじりもう一度耳にあてた。そして、そのまま玄関のあるこちらに視線を向けた。同時に私はバッとドアの後ろに隠れる。セーーフ!!


「どうしたの?」

「…さっき、家の中で携帯の音がしていなかったか?」

「えっ?!そうだった?!」


 若葉ちゃんは「私は気づかなかったけど」と言った。

 しかし鏑木は「…いや、まさかな」と呟くと、考え込んだ。


「それが、どうかしたの…?」

「俺が電話を掛けたタイミングと丁度同じだったんだ。切れたタイミングも…」

「ええっ、偶然じゃない?」


 若葉ちゃんの声が裏返った。


「…誰か来てるのか?」

「えっ、誰かって?!」


 鏑木に見据えられた若葉ちゃんはあらぬ方向に目をやった後、さも今思い出したかのように、「ああ!」と言った。


「友達が来てるよ!」

「友達?」

「うんっ」

「誰」

「えっ?!」

「誰」

「…えっと、えっと、コロちゃん!コロちゃんっていう友達!」

「コロちゃん…?」

「そう!コロちゃん!」

「コロちゃん…。変わった名前だな」


 若葉ちゃんは「そうだね~、あはは~」と笑った。笑ってごまかすしか残された道はなかった。

 鏑木は自分を納得させるように、


「…そうだな。あいつがここにいるはずがない」

「あいつ…?」

「出来の悪い教え子だ」


 …誰が教え子だって。


「教え子?」

「そうだ。少し目を離すとすぐにサボりたがる困ったヤツだ。今日も言い訳をして逃げ出したから、その分の自宅メニューを追加しようと電話を掛けたんだが…」


 追加の自宅メニューなんかいらないし!本当にまだ筋肉痛だし!


「まぁ、あれの話はいい。友達が来ているなら、俺はこれで帰る」

「あ、うん。ごめんね。簪、どうもありがとう」

「いや。今日はそれを渡したかっただけだから。…今度の花火大会、楽しみにしている」

「うんっ。私も!」


 鏑木は表情を隠すように下を向いて頷くと、「じゃあ」と言って帰って行った。

 はあ~っ、なんとか一応バレなかった~…。

 家の中に戻ってきた若葉ちゃんに、私はさっそく花火大会のことを聞いた。


「うん。今度の休みに花火大会に行く約束をしたんだ」

「そうだったんだ…」


 あいつ、なんでこんな大事なことを言わなかったんだ?いつもうるさいくらいに事細かく報告してくるっていうのに。


「でも、大丈夫なの…?」

「大丈夫って?」


 若葉ちゃんは首を傾げた。

 花火大会を楽しみにしているらしい若葉ちゃんに、水を差すようなことを言うのは心苦しいけど、花火大会なんて大勢の見物客が詰めかけるはずだから、瑞鸞の関係者に見つかる可能性が高いんじゃないかと思うんだけど。


「えっと、混んでいるんじゃないかなぁって」


 キッチンに立つ寛太君の手前、言葉を濁す。


「なんかね、鏑木君がクルーザーを出してくれるんだって」


 …クルーザーで好きな女の子と花火見物とは。どうやら鏑木は恋愛謳歌村への不法入村を企んでいるらしい。

 でもクルーザーだったら、遭遇率も下がって安心か。


「すごいよなぁ。自家用クルーザーを持ってるなんてさ。やっぱり瑞鸞って違うんだな」


 話に入ってきた寛太君が、「そういえば」と言った。


「学校で志望校の話が出た時に、瑞鸞ってどうなのかうちの担任に聞いたら、瑞鸞は生徒間のヒエラルキーがあるから、ピラミッドの下の一般生徒は大変だぞなんて言われたんだけど、本当にそんなのあるの?コロネや鏑木さんを見てると、お金持ちなのはわかるけど、ヒエラルキーとかピラミッドとかってあんまり想像できないんだけど」

「……」

「……」


 その瑞鸞ピラミッドの頂点にいるのが、鏑木や私ですが…。

 私と若葉ちゃんは無言になった。


「…まぁ、ないことも、ないかなぁ?」

「えっ、マジで。大丈夫なのかよ、コロネ。コロネはおっちょこちょいだからな。ピラミッドの上の連中を怒らせたりしていないか?」

「…うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、寛太君…」


 私の上には二人しかいないから…。






 若葉ちゃんのお家で夕食をごちそうになり、帰宅した私は切りっぱなしにしていた携帯電話の電源を入れた。

 着信履歴──。予想通り鏑木だった。

 鏑木からはメールも届いていた。電話をしたけど繋がらなかったことと、自宅でのストレッチメニューについてだ。やりたくな~い。適当にやったことにして返信しておこうかな…。

 メールを打っていると、画面が電話の着信に切り替わった。

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