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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 午前中に塾の夏期講習を受けた後は、瑞鸞の特別補講に参加する。今日の英語の補講は最後に小テストがあって、そのテスト内容が二学期のテスト範囲に被っているらしいので、外せないのだ。


「吉祥院さん、帰っちゃうの?」

「そうなの。今日はこれから学校の補講」


 梅若君達に頑張ってね~と見送られ学院に向かう。途中で同じ目的であろう多垣君が前を歩いていたので、車に誘ってあげたが「ぼ、僕は電車に乗って行くので!」とダッシュで逃げられた。おーい、こんな炎天下の中を全力疾走したら熱中症になるぞー!

 英語の補講は盛況で、大教室はほぼすべて埋まっていた。いつもは委員長達と一緒の席に座るのだけど、今回は離れてしまったので空いている席に座った。

 他に誰が来ているか、受講者の顔触れをチェックしていると、あ、若葉ちゃんだ。私の視線に気づいた若葉ちゃんが小さく手を振ってくれたので、私も周りにわからない程度に口角を上げてみた。そしてお互い、目と目で後でねと合図を送る、

 今日はこの後で若葉ちゃんのお家に遊びに行く約束なのだ。

 今日もまだ筋肉痛が残っているので、鏑木式トレーニングは欠席。このままトレーニングの話が自然消滅してなくなってくれないかな~と期待しているんだけど、食事のメニューをメールしないと鏑木からお叱りメールがくるから、たぶん無理だろうな…。ちなみに夕食のメニューを送ると、本日の総摂取カロリーが返信されてくる。これを受け取って私は鏑木の視野の狭さを鼻で笑った。わかってないな、鏑木。世の中のぐーたらには寝る前までに夜食、間食というものがあるのだよ。

 授業が始まる直前に、具合が悪そうにした多垣君が教室に入ってきた。ほら見たことか。車に乗って行けば良かったのに。


 英語の小テストは意外と簡単だった。悔しいことに夏休み前の期末テストで受けた地獄の鏑木式スパルタ勉強で教わった範囲が含まれていたのだ。ちっ、嫌々受けた鏑木式がしっかりと身になっているのが負けた気分だ…。

 若葉ちゃんは別の補講も受けてから帰ると事前に聞いているので、私はその間に手芸部に行くことにした。

 熱心な部員の中には夏休みなのにほぼ毎日登校して手芸に勤しんでいる子達もいるというのに、部長の私が部室にあまり顔を出さないのでは、元から名ばかり部長だったけれど、いよいよもって私の手芸部部長としての存在意義がなくなってしまう。

 部室に行くと、何人かの部員達が楽しげに談笑しながら手芸をしていた。


「ごきげんよう、皆さん」

「あっ、麗華先輩」

「麗華様、ごきげんよう」


 笑顔の部員達に出迎えられ、私は部長らしく皆の作品を見て声をかけながら部室を練り歩く。今日は私の手芸活動はお休みだ。なぜなら手芸道具を持ってくるのを忘れたから…。


「ドレスもかなり出来上がってきているわね」


 学園祭の目玉作品であるウェディングドレス制作に携わっている部員達を労うと、全員が晴れやかな表情で頷いた。


「今年は特に力作ですよね」


 副部長が隣にやってきた。


「ええ。とても素晴らしい出来で完成が楽しみね」


 称賛すると、それを聞いた南君が嬉しそうに笑った。

 お世辞でも身内の欲目でもなく、刺繍の天才南君が主導して作られているウェディングドレスは、かつてない程のクオリティをみせている。


「ぜひこれをたくさんの人に見に来て欲しいわねぇ」

「そうですね」


 夏休み返上でこんなに皆が頑張って作っているのだから、できるだけ大勢の人に見てもらいたい。

 しかし残念なことに、手芸部の展示品を見に来てくれるお客さんはそれほど多くない。食べ物の模擬店やクラスの出し物に比べたら、手芸の展示って地味だものね…。それは手芸部に限らず、作品展示をしている部活ほとんどに言えることだけど。


「まずは手芸部の展示室まで足を運んでもらう気になってもらわないとねぇ…」


 それが一番難しいのだけど。


「華道部は校内のあちこちに自分達の生けた花を飾らせてもらって、そこを通る人達に見てもらう作戦を取っていますよね」


 自分達の作品をより多くの人に見てもらうためには、ただ待っているだけではなく自分達から積極的に動かないとダメだということか。

 私達の話を聞いていた南君が、はいと手を挙げた。


「手芸部の展示室に続く廊下に、これまでの歴代のドレスを飾るのはどうでしょうか?」

「ドレスを?!」


 それはインパクトが高いかも!

 廊下に飾られたウェディングドレスの数々はかなり目立つはず。それに興味を持って、そのまま手芸部の展示室にきてもらえたら見学客もきっと増えるよね。南君、ナイスアイデア!


「僕みたいに、来年瑞鸞を受験する子達の中にも展示品を見て手芸部に入部したいと思う子が少しでも増えたらいいですね」


 さすが次期手芸部部長。来年度の新入部員のことまで考えているとは!


「でしたら、華道部にお願いしてブーケを作ってもらうのはいかがでしょう。華道部との共同作品ということにして、ドレスの傍らに花を飾れば、さらに華やかになって目に留まりやすくなると思うのですが」

「なるほど、コラボね!」


 アパレルといったら異業種とのコラボ!副部長、ナイスアイデア!


「その案を採用するわ!廊下にドレスを並べ、華道部にはそれらのドレスに合うブーケを作ってもらいましょう!」

「ええ、とても良いと思いますわ」

「ただ、共用の廊下に展示品を並べる許可が下りるかわかりませんが…」


 提案者の南君が自信なさ気に言った。


「そこは部長の私が責任を持って許可を取ってくるから安心してちょうだい」


 今こそ部長の威厳をみせるところ。学院だろうが生徒会だろうが許可くらいもぎ取ってやろうじゃないの。大丈夫よ、私はそこそこ力を持っているから。


「私達で勝手に話を進めていますが肝心の華道部が話を受けてくれるかも、まだわかりませんけどね。断られる可能性もありますし」


 学園祭に向けてやる気を漲らせる私に、苦笑いで副部長が言った。副部長まで、なにを弱気なことを。


「そこは部長の私が責任を持って説得してくるから安心してちょうだい」


「期待しています」と副部長の苦笑いが深まった。


「ところで、麗華様。麗華様がお作りになっているウェディングドールの進捗状況はいかがですか?」

「え…、そうね…。大まかな外形はできあがってきているかしら…」

「そうですか!楽しみです」


 嘘だ。まだ買ってきた羊毛を手芸屋さんの袋から出してもいない。

 見学客が増えるということは、私の作品を見る人も多くなるということだ。まずい…。今日帰ったら本当にやらないと。






 約束の時間に若葉ちゃんの家の最寄駅に着くと、先に下校していた若葉ちゃんが制服姿で待っていた。


「ごめんね。忙しい時間帯に押し掛けちゃって」


 本来なら夕ご飯の支度や何かで忙しい夕方の時間帯に、人の家を訪ねるのは迷惑がかかるので避けたかったのだけど、塾のない直近の休日の昼間は若葉ちゃんの予定が埋まっていたので、今日になってしまったのだ。

 若葉ちゃんが気にしなくて大丈夫だと明るく言うので、お言葉に甘えさせてもらった。


「これ、北海道旅行のお土産なの。賞味期限もあるから、これだけ先に渡したかったの」

「わぁ、ありがとう!チョコにゼリーに、バターサンドもある!こんなにいいの?!」

「うふふ」


 若葉ちゃんがお土産の袋を半分持ってくれたので、ふたりでのんびりと家までの道を歩きながらおしゃべりをする。


「下の双子達はおじいちゃんの家に泊まりに行っているんだ」

「へぇ。若葉ちゃん達は行かないの?」

「私は塾があるし、寛太も部活があるからね。お盆になったら行くよ。下の二人はこっちにいても絵日記に書ける材料がないから、先に遊びに行っちゃったの」

「そうなんだ。絵日記の宿題かぁ。懐かしいね」


 そんな話をしながら若葉ちゃんの家に着くと、寛太君がキッチンに立っていた。


「おかえりー。それとコロネ、いらっしゃい」

「ただいまー」

「こんにちは、お邪魔いたします」

「暑かった~」

「麦茶飲む?」

「飲む!」


 寛太君が冷蔵庫から麦茶を出して3人分の用意をしてくれている間に、若葉ちゃんが庭に出て洗濯物を取り込み始めた。


「若葉ちゃん、なにか手伝うことある?」

「大丈夫、大丈夫。暑いから中で待ってて」


 それでも自分だけ涼しい家の中にいるのは申し訳ないので、庭にいる若葉ちゃんを追いかけて窓辺に立つ。夏だから夕方でもまだ日が高い。

 シーツがはためく若葉ちゃんの家の庭には、立派な朝顔の鉢植えがあった。


「あれってもしかして…」

「えっ、ああ!あの朝顔?あの朝顔は、この前鏑木君と朝顔市に行った時に買ってもらった朝顔なんだ!」


 やっぱり…。


「朝顔市、楽しかった?」

「うん!きれいな朝顔がいっぱいあってね。さすがにプロが育てた朝顔は違うねってお母さん達とも言ってたんだ。ほら、こっちにある朝顔は、毎年うちで育てている朝顔なんだけど花の大きさが全然違うでしょ」

「確かに…」


 若葉ちゃんの指差した鉢植えの朝顔は、朝顔市で買ってきた朝顔に比べて、ちょっと控えめな佇まいだ。

 育て方のコツを教えてもらったから、来年はもっときれいに咲かせてみせるよと若葉ちゃんは意気込んだ。


「出店もいっぱい出ててね~。焼きそばとかたこ焼きとか色々食べたよ。鏑木君は、金魚すくいをするのが初めてだったみたいで、瞬殺されてショックを受けていたよ」

「なにそれ」

「あはは。私がなるべくポイを水に漬ける時間を少なくした方がいいよって教えたら、難しい顔で考え込んじゃってね。でもすぐにコツを掴んだみたいで次からはすくえるようになっていたよ。すごいよね」

「へぇ」

「帰りにもらった金魚をぶらさげて歩く鏑木君の姿は、なかなかシュールだったよ」


 その話は聞いていなかったな。鏑木、金魚をもらって帰ったのか…。


「それでいか焼きも売っていたんだけど、いか焼きを見たら吉祥院さんを思い出しちゃった」

「その節はお世話になりました…」


 私達の出会いは、私がいか焼きにかぶりついているのを若葉ちゃんに見られたことから始まった。しかもその時に服にタレをこぼしてしまって、若葉ちゃんの家で洗濯までしてもらった…。本当にあれはやらかしてしまったと思いだす度に反省している。

 取り込んだ洗濯物を持って家に戻ってきた若葉ちゃんは、話しながら素早く畳んで仕舞いに行った。


「コロネ、麦茶」

「ありがとう」


 寛太君が麦茶を淹れてくれたので、私は持参したお土産をテーブルに広げた。

 ケーキ屋さんに洋菓子を手土産にするのはどうかなと思ったんだけど、どうしてもこの夕張メロンゼリーは食べてもらいたかったので持ってきてみた。私はそのひとつを手に取ると、寛太君によく見えるように前に差し出し、


「あのね、寛太君。北海道には夕張メロンゼリーがたくさんあるんだけど、ここのゼリーは他とは全然違うの。ほら、この原材料を見て。原材料の表記というのは重量が多い順に書いてあるのだけど、一番初めにメロンって書いてあるでしょ。つまりこのゼリーはメロンが一番多く入っているのよ。フルーツゼリーの中には果汁で作られている物も多いけれど、このゼリーはメロンそのものをふんだんに使っているから、瑞々しくて夕張メロンの味が活きているの。他のゼリーには無い、蓋を開けた時にふわあっと広がる本物のメロンの香りをぜひ感じてみて!」

「コロネ、通販番組のプレゼンターみたいだな…」


 やだ、日頃からテレビ通販を見過ぎている影響が出ちゃったみたい。


「なになに。どうしたの~?」


 戻ってきた若葉ちゃんもローテーブルの前に座る。


「若葉ちゃん見て。北海道には夕張メロンゼリーがたくさんあるんだけど…」


 若葉ちゃんは「わーすごーい」「えーっ」と絶妙な合いの手を入れて、私のプレゼンを盛り上げてくれた。観覧客として完璧なリアクションだ。


「お次はこちらのバターサンド。全国にバターサンドは数あれど、ここのバターサンドは一味も二味も違うんです」

「え~、気になる~」

「まずはこのバターへのこだわりが…」

「わーすごーい」


 寛太君は私のプレゼンの途中で、すでにお菓子を無言で食べ始めている。寛太く~ん、視聴者の皆さんに、味の感想を伝えてくれないと。

 先にお菓子を食べて麦茶を飲み終わった寛太君がそのまま席を立ってしまったので、私と若葉ちゃんはお菓子を食べながら、お互いの塾の教材を見せ合うことにした。


「これが吉祥院さんの塾のテキストかぁ」


 若葉ちゃんは興味深そうに内容に目を通し始めた。

 私も若葉ちゃんのテキストを見せてもらうが、若葉ちゃんのテキストは相変わらずシャーペンでたくさん書き込みがしてあった。


「ごめんね。私のテキスト色々書いちゃって汚いから見にくいでしょ」

「ううん。そんなことないわよ」


 これが頭の良い人の勉強法かと、とても参考になる。


「あっ、ここの所、後で写させてもらってもいいかなぁ」

「どうぞどうぞ」


 私も一応写させてもらおうかなぁ。

 するとキッチンで夕飯の支度を始めた寛太君が、


「コロネも食べて行くだろ」

「えっ、それは悪いから帰るわよ」

「全然悪くなんかないよ。せっかく来てくれたんだから、吉祥院さん食べて帰ってよ」

「でも…」

「ひとりぶん増えても同じだから、作っちゃうぞ」


 え~、友達の家で夕食までごちそうになるっていうのは、さすがに図々しくないかなぁ…。嬉しいしありがたいけど。

 しかし高道姉弟の中では、私が夕ご飯を一緒に食べていくのは決定事項みたいだ。

 だったらせめて夕飯作りを手伝うと言ったら、寛太君に少しイヤな顔をされた。どうやら私のお菓子作りの破門はまだ解かれていないらしい。


「大丈夫。これでもお料理を習っているから!」


 私が自信たっぷりに宣言するも、寛太君は疑わしげな目になって、


「あ~…、じゃあこのお玉で灰汁取って」


 寛太君、私に料理させる気ないでしょ。

 そこへお店に出ていた若葉ちゃんのお母さんが、若葉ちゃんを呼びに来た。


「若葉~!鏑木さんがみえているわよ~!」


 なんだとー!!

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