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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 海外に行くには日数が足りなかったので、芹香ちゃん達との夏休み旅行は国内となった。場所は北海道だ。少しでも涼しい場所を求めた結果、北を目指すことになった。

 北海道はいいよね。食べ物はおいしいし、見どころはいっぱいあるし。


「実は私、北海道は初めてで…」


 思い掛けない発言をしたのはあやめちゃんだ。

 北海道は国内旅行先としては上位に入る大人気観光地なのに、行ったことがなかったとは意外。でも瑞鸞生の家族旅行先だと海外が主だから、北海道に行く機会がなかったとしても案外不思議じゃないのかな。考えてみたら、私も国内で行ったところがない観光地って多いし。大学に無事合格したら、国内の観光地を制覇する旅に出るのもいいかもしれないなぁ。

 そんなわけで、今回の旅行で巡る北海道の観光スポットは、北海道初上陸のあやめちゃんの希望を優先することになった。


「でしたら動物園に行きたいです」


 あやめちゃんは、前からずっと一度行ってみたいと思っていたと言った。動物園に行くとなると丸一日潰れてしまうけど、私も前にお兄様に連れて行ってもらった時、とっても楽しかったから異存はない。大好きな白クマやペンギンやアザラシも見たいしね~。他にも北海道には来たことがあってもそこの動物園には行ったことがない人もいたので、満場一致で決定した。

 そうしてやってきた北海道は、昼間は夏の暑さはあるけれど猛暑というほどではない、理想的な気候だった。


「あ~、北海道にして良かったわねぇ!」

「本当。風が気持ちいいわ」


 吉祥院麗華と五人囃子、夏の北海道にすでに大満足である。


「まずはどこから見て行きましょうか」

「やっぱり北海道にきたからには、キツネを見ないと。キツネを目指しましょう」

「カピバラはどこ?」

「私は白クマとペンギンとアザラシが見たいな~…」


 私達はパンフレットを開いて、自分が見たい動物の名前をあげていく。


「とりあえず、手前から順番に回って行きましょうか」

「そうね!」


 動物園ってこの歳になると子供の頃と違って普段はそこまで熱烈に行きたいと思う場所ではないけど、いざ来てみるとすっごく楽しいんだよね!フラミンゴきれ~!


「麗華様。ほら、麗華様が見たがっていたホッキョクグマがいるみたいですよ」

「行きましょう!」


 お久しぶりね、白クマさん。お元気でした?


「ねぇ、ここ見て。動物と触れ合えるみたいよ」

「それって子供限定なんじゃない?」

「大丈夫よ。あとで行ってみましょうよ。私、うさぎに触りたいわ」


 なんだかいつもの瑞鸞でのお嬢様然とした芹香ちゃん達と違って、今日はどこにでもいる普通の高校生みたいだな。


「麗華様。次はキツネですよ。キツネ!」


 流寧ちゃんがここまでキツネ好きだったというのも、長い付き合いで初めて知ったよ。旅行って友達の意外な一面を知ることができるよね。


「芙由子様が見たい動物はなんですか?」

「私はライオンとトラです」


 意外な一面。おっとり平安顔の芙由子様は猛獣好きであった──。

 動物園を堪能して、夜はジンギスカンだ。


「臭みもなくておいしいですね!」

「きっとお肉が新鮮なのよ」


 吉祥院麗華と五人囃子の箸がどんどん進む。


「羊といえば、昔佐富が麗華様に羊のコスプレをさせたことがあったわね」

「あったわ!麗華様の巻き髪が羊っぽいとか言って」


 そういえば、そんなこともしたな。懐かしい。学園祭の女装男装カフェだっけ。女子が執事服を着て男子がメイド服を着たんだ。そして店名が“羊のドーリー”だからって、私だけがなぜか羊の執事に変身させられた。今でもなんで私だけが羊にさせられたのか、納得いっていない。でも巻き髪が羊っぽいからか…。

 えっ。ということは、今私は共食いしてる?!


「佐富は麗華様に気安すぎないかしら」

「そうなのよ。佐富には麗華様に対する畏怖の念が足りないわ」


 私が静かに仲間の肉に黙とうを捧げていると、話題は佐富君になっていた。いやいや、むしろ同級生に怖れられたくないから。

 あ、そうだ。佐富君といえば。


「つい最近知ったのだけど、佐富君に年下の彼女がいるみたいなのよ」


 私はとっておきの情報を提供した。

 あのあと、小耳からの報告で確かに佐富君は後輩の女の子と付き合っているらしいと発覚した。ちなみに小耳の情報収集法は、誰かに聞いて回るのではなく、持ち前の存在感の無さを遺憾なく発揮し、ターゲットの傍にそっと近づき話を盗み聞きしてくるという、ステルス戦法であった。

 まぁ、それは置いておいて、今は佐富君の話だ。佐富君ってば後輩の彼女がいるんだよー!


「そうなんですか…」

「あぁ…、佐富に彼女が…」


 しかし芹香ちゃん達からは、期待した反応が得られなかった。

 あれ?この話には絶対に食いつくと思ったのに。

 芹香ちゃん達は目配せをし合った後、言いにくそうに「実は…」と言った。


「すみません、麗華様。私達、佐富行成に後輩の彼女がいることを知っていたんです…」

「ええっ?!」


 私の目と口がパカーンと開いた。


「いつ知ったの?!」

「いつだったっけ…」

「春休みの前後じゃなかった…?」


 春休みって何ヶ月も前じゃない!私が知ったのは数日前だよ?!

 横を確認する。芙由子様は「佐富君って、誰だったかしら…」と首を傾げながら、のんびりとジンギスカンのもやしを食べている。芙由子様はそのままで、よし。

 私は芹香ちゃん達に訴えかけた。


「どうして私には教えてくれなかったの?」

「麗華様が知ったら、佐富を冷かしてしまわれるかと思ったので…」

「え」


 確かに佐富君に彼女がいたことを知ったら私の性格上、嬉々として「彼女いるんですって~?」と本人を冷やかすと思う。だって他人の恋をおちょくるのって面白いし。

 芹香ちゃん達はそういうゴシップ好きみたいな行動を起こすのが良くないと言いたいのか。まぁ、お嬢様としてはあまり品はよろしくないもんね。私だって瑞鸞の歩くゴシップ誌と思われるのはイヤだ。

 今も浮き浮きしながら芹香ちゃん達にしゃべっちゃったけど、反省しよう。芹香ちゃん達を見習って、瑞鸞生としての品格を…。


「せっかくの弱点ですもの。冷やかしてお終いなんてとんでもない。もっと有効に使わなくては」

「え?」


 芹香ちゃんの意見に、私と芙由子様以外の3人が「そうですとも」と悪い笑顔で頷く。


「佐富を脅せる恰好のカードですからね。大事にしないと」

「しかもお相手の彼女が瑞鸞の生徒とあれば、これはもう人質をとったも同然ではありませんか」


 えっ?!えっ?!なにそれ、黒すぎる!

 これじゃ本当に私達ってば瑞鸞の反社会的組織まっしぐら!


「麗華様。従妹の璃々奈さんに佐富の彼女をこちら側に取り込むようお願いしてくださいません?」


 流寧ちゃん…。昼間見たキツネ好きの無邪気な貴女はどこにいってしまったの?

 私は芹香ちゃん達の悪巧みにも我関せずでもやしを食べる芙由子様を見た。どうやら芙由子様はもやしがお好きなようだ。


「芙由子様も楽しんでいますか?」


 芙由子様は自分から積極的に感情を表に出さないので、時々つまらないのではと心配になる。


「はい。北海道に来たのは初めてなので、とても楽しいですわ」

「えっ、芙由子様も初めてでしたの?!」


 今更?!どうしてもっと早く言わなかったの!それなら芙由子様の希望も優先したのに!


「言ってくだされば良かったのに。芙由子様は行きたい場所はなかったのですか?」

「特にここという場所は…。今日の動物園もライオンが見られて楽しかったですし、初めて食べましたがこのジンギスカンもおいしいですし。…でも、そうですね。強いて言えば夜の支笏湖なんかは興味がありますね」

「夜の支笏湖…」


 なぜあえて夜…?

 湖は昼間に見てこそ景色を楽しめるのに、真っ暗な夜の湖に行ってなにが楽しいのか。うん、芙由子様のことだから、絶対オカルト系だよね…。

 しかし、流寧ちゃんの言がそれを覆した。


「あぁ!支笏湖は冬には湖をライトアップするそうですね!私も一度見てみたいと思っていたんですよ」

「えっ、ライトアップ?」


 芙由子様はおっとりと微笑んだ。

 へぇ、そうなんだ。芙由子様って夜のライトアップや夜景に興味がある人だったんだ。ちょっと驚いた。そんなロマンティックな一面があったとは。


「ガイドブックに載っていたんですけどね。ライトに照らされた一面雪景色の夜の湖は、とても幻想的だそうですよ。ほら、これです」


 流寧ちゃんが続けて補足情報を教えてくれながら、ガイドブックを見せてくれた。


「わあっ!素敵!」


 なるほど。ただ雪の湖をライトアップしているだけじゃなく、氷のオブジェを作った冬のお祭りなのね。


「青くてきれいな湖ね」

「昼間で良ければ、明日頑張って支笏湖まで行ってみますか?」


 菊乃ちゃんが提案してくれた。

 しかし芙由子様は、


「大丈夫です。夜の支笏湖はまたの機会に…」

「そうですか?」

「芙由子様、我慢しなくてもいいんですよ?」


 せっかく北海道まで来たんだ。芙由子様の行きたい場所にも連れて行ってあげたい。明日頑張って早起きすればなんとか行けると思うしね!


「気になさらないで?夜の支笏湖でないと意味がありませんから…」

「そうか。芙由子様のお目当てはライトアップですものね。夏で、しかも昼間では意味がないんですね」


 私達も納得して引き下がった。

 そのまま行儀が悪いけれど、食事をしながら皆でガイドブックをめくる。


「まだまだ行ってみたい所がたくさんあるけど、全部回るのはムリですよねぇ」

「仕方がないわよ。北海道は広いから」

「もっと時間があれば良かったんだけどね」


 北海道は観光名所が多すぎる。

 夕食を食べ終えた私達は、ホテルに戻ってきた。


「広くて良い部屋ですね」

「そうね」


 一日目は私と芙由子様が同じ部屋だ。芙由子様は五人囃子に名を連ねているとはいえ、芹香ちゃん達と仲良くなったのは最近だし、一番慣れている私が様子見で芙由子様と最初に同室になるのがいいと思ったので、部屋決めの時にさりげなく志願した。

 芙由子様はピヴォワーヌの権力を振りかざして横暴な振る舞いをすることも一切なく穏やかな気性なので、芹香ちゃん達の誰かと同室になったとしても、そういった意味での心配はしていない。


「麗華様。お風呂お先にどうぞ?」

「よろしいの?どうもありがとう」


 しかし、芙由子様にはひとつ困った悪癖がある。それは…、


「麗華様、ご存じですか。北海道にまつわる世にも恐ろしい話を…」


 出たーーっ!

 翌日にしっかりカールが出るように、私がお風呂上りに髪を念入りに乾かしていると、背後に立った芙由子様が、鏡越しにそっと囁いてきた。


「支笏湖は別名、死骨湖と呼ばれているそうで…」


 やっぱりか!やっぱりライトアップなんかじゃなく、オカルトが目当てだったか!

 私が危惧していたのはこれだった。

 芹香ちゃん達と芙由子様を同室にした時、この調子でオカルト少女の本領を発揮したらと心配したのだ。

 これまでの学院生活で、修学旅行など何度も泊まりがけの行事があったけど、もしかしてその度に同室の子に怪談話をしてきたのかな。そんなことをしてきてたら、相当な変わり者として陰で敬遠されてきたんじゃなかろうか…。

 私がその懸念を口にすると、芙由子様は「まぁ…」と口元に手を当てた後、ひっそりと微笑んだ。


「大丈夫です。ちゃんと人を選んでいますから」


 私、選ばれちゃったんだ…。


「それで麗華様、話の続きなのですけどね…」


 やめて!夜中に枕元に屯田兵が立っていたらどうするの?!


「芙由子様!明日も早いのですから、早くお風呂に入らないと寝坊いたしますわよ!この入浴剤もお持ちになって!」


 私は芙由子様を強引にバスルームに追いやると、妙な物音がしても気づかないように、ドライヤーの風量を最大にして楽しいことを必死で考えた

 明日はお土産も選びたいなぁ。まずは自分用にとうきびチョコと、あとはお父様とお母様と、もちろんお兄様にも。それから伊万里様にもね。

 そうそう璃々奈のぶんも忘れないようにしないと。璃々奈は私の旅行に合わせて実家に戻ったけど、「一回帰る」と言うことは、どうやら夏休み中にまた泊まりに来る気みたいだし。

 ほとんど乾いたのでドライヤーの風量を弱に戻してきれいなカールを再現させる。この夜のブローで明日の巻き髪の完成度が変わってくるのだ。よし、完璧だ。

 保湿のローズのトリートメントオイルを髪にまんべんなくなじませ、支度を終えたと同時に芙由子様がお風呂から出てきた。

 まずい。怪談話を再開される前に早く寝ちゃわないと!


「今日は一日歩いたので疲れてしまったみたいです。お先に休ませていただきますわね」


 私は寝やすい角度を作るため、枕を持ち上げた。


「ひっ!」


 枕の下にお札が!


「なんでお札が…」


 まさかこのベッドはいわくつき?!


「あ、それはさっき麗華様がお風呂に入っている間に私が置いた魔除けの護符です」

「護符?!」

「ええ。麗華様に悪しきものが近づかぬように」


 いらない気遣い~…。


「お気持ちだけいただくわ。寝返りを打った時に護符が折れ曲がったりする心配がありますし…」


 枕の下にお札なんかあったら、絶対に怖い夢を見そう…。

 私が護符を返しに芙由子様の元に行くと、芙由子様はテーブルで何やら書き物をしていた。


「なにをしているのですか?」

「日記をしたためております」

「日記?」

「はい。日課ですの」


 革張りの立派な日記帳の白い紙面には、なるほど日付と途中になった日記が書きこまれてあった。

 他人様の日記をじろじろ見てはいけないな。と、目を逸らそうとする前に、日記の内容が全く読めていなかった。これってまさか…。


「もしかしてその文字…」

「これは鏡文字ですの」


 芙由子様は「私、鏡文字を書く練習をしていますのよ」と嬉しそうに語った。きっと鏡文字はスピリチュアルに関係するのだろう。


「へぇ…」


 私はベッドに入ると、芙由子様に「おやすみなさい」と言い、頭から布団をかぶった。

 …どうしよう。絶対に言えない。私もスケジュール帳を鏡文字で書いているなんて…。

 オカルト芙由子と私に通じるものがあるなんて、絶対に認められない──。

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