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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 璃々奈はしばらく私の家に泊まるつもりでいたみたいだけど、生憎私は芹香ちゃん達と夏の小旅行の予定があった。

 部屋で荷造りを始めた私を見て、なにをしているのか聞かれたので答えると、それを聞いた璃々奈は盛大に不貞腐れた。


「聞いてないんだけど…」

「あ~、ごめんなさい。言い忘れてた」


 目の据わった璃々奈に、ぎろりと睨まれた。


「…だったら一旦帰るわ」

「別に私がいなくても、璃々奈はそのまま泊まっていていいわよ」

「ひとりで居ても、やることなくてつまらないじゃない…」

「お兄様は仕事があるけど、夜には毎日帰ってくるわよ」

「いいの!一回帰る!」


 璃々奈は私の部屋のソファで膝を抱えると、全身から不機嫌なオーラを発して丸まってしまった。

 うわ~、これは相当怒ってるな…。

 言い訳をすると、璃々奈がいつまで泊まるか知らなかったし、それに私がいなくても別に璃々奈は平気かな~と軽く考えていたんだよね。でもこの様子だと違ったみたい…。


「璃々奈~」

「……」

「だんご虫さ~ん。ご機嫌ななめですかぁ?」

「はあっ?!バカじゃないの?!」


 つついた指を手ごと叩き落とされた。痛い…。

 作戦失敗。これは当分、機嫌が直りそうにないかも。う~ん、困った。

 私はバッグに着替えを詰め込みながら、璃々奈を窺い見る。

 このまま放っておいてもいいけど、これだけわかりやすく怒っているのに部屋を出て行かないってことは、私に機嫌を取って構って欲しいってアピールだよねぇ…。

 ただの我が儘だったら無視でもいいけど、拗ねている理由が私が旅行でいなくなることとなると、放ってはおけないよなぁ。

 さては璃々奈。私のこと大好きでしょう?

 …なんて今の状況で本人に言ったら殴られそうなので黙っておく。

 しかしながらこのままにしてはおけないので、私はまだ帰宅していないお兄様に、詳細を書いたメールを送った。璃々奈が、私が旅行に行って不在になることに拗ねちゃいました~。お兄様助けて~。

 しばらくしてお兄様から返信が届いた。


「璃々奈。これからお兄様がお食事に連れて行ってくれるって」


 璃々奈にお兄様からのメールの内容を伝えると、パッと顔を上げた璃々奈は即座にソファから立ち上がり、服を着替えに部屋を飛び出した。

 えっ、立ち直りが早すぎない…?





「貴兄様!今日はどこのお店に連れて行ってくださるの?」


 お兄様と腕を組んだ璃々奈は、さっきまでの態度が嘘のように上機嫌なご様子だ。

 現金な子だなぁ。なによ、私が旅行に行くのが寂しくて拗ねていたんじゃなかったのか?後ろを歩いている私の存在など、すっかり忘れているでしょう。

 今の璃々奈は私が貸したチェリーピンク色のワンピースドレスを着ている。自分が持ってきた服の中に着ていきたい服がなかったのだ。

 一度私の部屋を飛び出した璃々奈は、しばらくすると「麗華さん、服を貸して!」と戻ってきた。そして私のクローゼットを漁り、あれこれと騒ぎながら璃々奈はその中から1枚のドレスを選び出した。この服はデザインもとても可愛いんだけど、私には少し色が明るすぎて派手派手しく見えちゃうからあまり着ていなかったのだけど、璃々奈にはよく似合っていた。璃々奈も気に入ったみたいだし、ご機嫌取りにこの服はこのままあげてしまおう。


「仕事帰りの貴兄様と、こうしてお出掛けできるなんて嬉しいな!」


 普段なかなか接する機会がないビジネススーツ姿のお兄様に、璃々奈は浮き浮きだ。しかし甘いな、璃々奈。お兄様はそのスーツにメガネをかけると、さらにクールさが増してかっこ良いのだ。この情報は今度また璃々奈の機嫌が悪くなった時に出そう。

 はしゃぐ璃々奈に隠れて、私はコソッとお兄様に「急なお願いでごめんなさい。お仕事がお忙しいのに…」と謝った。

 お兄様は優しく笑って、


「平気だよ。妹と従妹と過ごすための時間も作れないほど、無能ではないつもりだからね」


 お兄様~っ!

 私は璃々奈と反対側の腕に飛びついた。


「あっ!ちょっとなにしてるのよ、麗華さん!」


 私がお兄様の腕にしがみついたのを見咎めた璃々奈が、引き離そうとお兄様の腕を引っ張ったので、私も負けじと引っ張り返す。


「そんなに引っ張られて貴兄様が可哀想。放しなさいよ、麗華さん」

「それはこっちの台詞。璃々奈こそ放しなさいよ。お兄様が痛がっているわよ」


 お兄様を間に挟んで、私と璃々奈は火花を散らす。


「いや、ふたりとも。本当に痛いから…」


 ここには子争いを裁いた名奉行はいないので、お兄様は左右から引っ張られっぱなしだ。

 そんな私と璃々奈がいーっといがみ合いながら、お兄様に連れられてやってきたリストランテは、初めて来たお店だけど瀟洒でとても雰囲気のあるお店だった。

 私と璃々奈は、わあっと目を輝かせた。


「素敵なお店ね」

「ねっ」

「お気に召したみたいだね」


 召しましたとも!

 私と璃々奈はお兄様に惜しみない賛辞を贈った。お兄様はお店選びのセンスもいい!

 そしてお兄様にエスコートされて行ったウェイティングバーには、


「やあ」


 食前酒のグラスを軽く掲げた伊万里様がいた。


「お待たせしてしまってすみません。伊万里様」

「全然待っていないよ、麗華ちゃん」


 そう。今夜はお兄様だけではなく、伊万里様もご一緒なのだ。

 元々今夜はお兄様と伊万里様が仕事が終わった後でお酒を飲みにいく先約をしていたらしいのだけど、そこに私達が割り込んでしまった形となってしまったので、伊万里様には大変申し訳なく思っている。

 しかし伊万里様はそんな私の心情に先んじて、「麗華ちゃんと璃々奈ちゃんに会えて嬉しいよ」と、迷惑そうな素振りなど欠片も感じさせない笑顔を見せた。

 伊万里様といえば、鏑木家主催の七夕の会で女性に愛を囁いていた姿が記憶に新しいけれど、こういうところがさすがの対応だなぁ。ほんと誰かさんは見習うべき。

 レセプショニストに案内され席へ着くと、私達はそれぞれコースの中からメニューを選んだ。私は旅行も控えているので量は少な目で。

 カサノヴァ村の村長である伊万里様は女性が楽しめる話題を豊富にもっており、璃々奈も前に麻央ちゃん達と水族館に行った時に伊万里様と会っているので会話も弾み、楽しいディナーとなった。

 しばらくして伊万里様が、


「今日は久しぶりに大学に顔を出してきたよ」

「大学って瑞鸞のですか?」

「そう。教授に少し頼みがあってね」

「教授は元気だったか?」

「元気、元気。相変わらずだったよ」


 お兄様と伊万里様の出身学部は、何を隠そう私の第一希望なのでふたりの会話には大変興味がある。ふんふんと聞いていると、伊万里様がとんでもないことを言いだした。


「それで教授室で彼に会ったよ。ほら、生徒会長をやったりしていた友柄君」

「えっ!友柄先輩?!」


 私は思わずに前のめりになってしまった。


「あれ?麗華ちゃんは友柄君を知っているの?」

「ええ。私が1年生の時に生徒会長をなさっていた友柄先輩には、とてもお世話になりましたから」


 そして私の初恋の君ですから。


「麗華さん、現生徒会長だけじゃなく、先々代の生徒会長とまで交流があったの…」


 信じがたい目を向ける璃々奈に「私は1年の時からクラス委員をしていたからね」と説明した。


「それで、友柄先輩はお元気でしたか?」

「うん。彼はずいぶん優秀みたいだね。教授に可愛がられていたよ」

「そうですかぁ!」


 そっかぁ、そっかぁ。友柄先輩は大学でも優秀かぁ。そして友柄先輩もお兄様達と同じ学部だったのかぁ。これは私もなにがなんでも合格しなくては!


「麗華さんって、そんなに前から生徒会と繋がりがあったのね」

「友柄先輩と同級生の水崎君だけよ。他の生徒会役員の方々とはほとんど交流はないわ」


 本当はそこに若葉ちゃんも入るんだけどね。若葉ちゃん、元気かなぁ。帰ったらメールしてみよっと。


「友柄先輩は誰に対しても分け隔てない態度で接する、それはもう素晴らしい生徒会長だったのよ。バランス感覚に優れていたから、ピヴォワーヌとも比較的良い関係を築いていて、友柄先輩が生徒会長だった時代はとても平和だったわ」

「ふぅん」


 あぁ、懐かしい。目を瞑ればあの頃の友柄先輩の笑顔がまぶたの裏に浮かんでくるよ。


「そういえば彼は確か、深草家の香澄…」

「伊万里。グラスが空いている。注いでもらったら?」

「え、ああ。お願いするよ」


 近くにいたソムリエが空いた伊万里様のグラスにワインを注いだ。


「お兄様、今日のワインはいかが?」

「そうだね。少し重めだけど女性でも飲みやすいと思うよ。ラベルを持って帰る?」

「ええ。伊万里様がよろしければ」

「伊万里。麗華にワインのラベルをやってもいいか?」

「ん?どうぞ」


 一緒に飲んでいた伊万里様の承諾も得たので、お兄様がソムリエにワインのラベルを剥がしてくれるよう頼んでくれた。


「ラベル?」

「麗華はワインのラベルを集めているんだよ」


 不思議そうにした璃々奈に、お兄様が答えた。


「ワインのラベルを?どうして?」


 その疑問には私が答えてあげた。


「20歳になったらワインが飲めるようになるから、そうしたらこれまでお兄様やお父様がおいしいと言っていたワインを順番に飲んでいくつもりなの。そのために銘柄を忘れないようにラベルを集めているのよ。そこに日付と誰がどこで飲んだかも書いてファイリングしてあるから、ちょっとした思い出にもなるの」


 お父様も私がラベルを集めているのを知っているので、外でワインを飲んだ時ももらって帰ってきてくれたりするけど、自分でワインの実物を見ていないからあまり将来飲む時の参考にはならないのよねぇ。まぁ、お父様の気持ちを無下にもできないので、一応それもファイリングしてあるけど。

 そのうちにソムリエが剥がしたワインラベルを持ってきてくれた。これでまた1枚楽しみが増えた。

 すると璃々奈が、


「私も欲しいわ」

「え」


 なにを急に言い出すのよ。


「私も欲しい」

「え~。璃々奈は別に集めていないでしょ」

「今日から集めるわ」

「え~…」


 年上としては、ここは快く譲ってあげるべきなのだろうけど、でも私だって欲しいし…。


「帰ったらコピーしてあげるわよ」

「イヤよ、そんなの!」


 今日の璃々奈はいつも以上に駄々っ子だ。やっぱりここは私が譲るべきか…。でもなぁ…。

 私達のやり取りを見ていたお兄様が、困った顔で伊万里様に頼んだ。


「悪い、伊万里。もう1本飲めるか…」

「しょうがないね」


 お兄様!伊万里様!


「いいんですか?」


 飲み過ぎて、明日に支障が出るんじゃ…。


「飲み足りなかったから丁度いいよ」


 伊万里様がパチリとウインクをした。日本人男性でこんなに自然にウインクが出来る人は、そうはいない。これぞカサノヴァ村村長の地力──。

 静のお兄様と動の伊万里様。このふたりがツートップだった頃のピヴォワーヌは、さぞや華やかであったことだろう。羨ましい!間違ってもこのふたりは、女の子を使い走りにしたりはしない…。

 そして無事、私と璃々奈の手にワインのラベルが渡った。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 おふたりは優しく微笑んでくれるけど、お兄様だけじゃなく、伊万里様にまで迷惑をかけるなんて…。


「もう。璃々奈が我が儘を言うから」

「なによ。私のせいにする気?」


 膨れる璃々奈に、伊万里様が笑いかけた。


「璃々奈ちゃんは麗華ちゃんと同じことがしたいんだよね?」

「濡れ衣ですわ!」


 璃々奈が全力で否定した。


「え~、そうかなぁ?」

「全然違います!」


 余裕の表情の伊万里様に、必死で弁解する璃々奈。伊万里様にからかわれているぞ…。

 そして璃々奈。私のこと絶対に大好きだな。


 帰りは迎えの車が止まっているところまで、前にお兄様と璃々奈が、その後ろを私と伊万里様が連れ立って、夜風にあたりながら歩いた。


「学校はどう?」


 行きと同じくお兄様の腕に引っ付いて何事かを話している璃々奈を後ろから見ていると、隣の伊万里様に話し掛けられた。


「受験勉強が大変ですけれど、お友達もいますし楽しいですよ」

「そっか。今のピヴォワーヌは雅哉君が会長なんだよね。仲良くやってる?」

「ぼちぼちです…」


 私の口ぶりからなにかを察した伊万里様は、ふっと苦笑した。

 豚足呼ばわりされましたと告げ口してやりたいけど、それは私の恥を晒すことにもなるので、悔しいけど言えないっ。鏑木め、次に会った時は覚えてろ!


「そうだ。この前、オペラを観に行ったら円城家の秀介君をみかけたよ」

「そうなんですか?」

「うん。あれは初日だったかな。違うな、週末の時だったか…」

「同じ演目を二回も観に行ったんですか?」

「まぁね」


 …これはそれぞれ別の女性と観に行ったな。


「麗華ちゃんは、秀介君とは仲はいいの?」

「どちらかというと、弟の雪野君との方が仲良しです」


 そして私は、いかに雪野君が天使で可愛いかを伊万里様に力説した。

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