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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 従妹の璃々奈が泊りがけで遊びに来た。

 部屋数はあるから、泊まりにくるのは別にかまわないけど。


「私は、昼間は夏期講習があるから家に居ないわよ」

「別にいいわよ。麗華さんが居なくたって、貴兄様がいれば」


 璃々奈は私の部屋のソファで寛ぎながら、憎まれ口を叩く。


「お兄様は平日はお仕事で、帰宅は夜遅くよ」

「…なによ。邪魔だから帰れとでも言いたいの?」


 璃々奈は口を尖らせて、そっぽを向いた。あ~、拗ねちゃった。

 私は机の上の参考書を閉じると席を立ち、ふたりぶんのお茶の用意を始めた。夜なのでノンカフェインのハーブティー。


「そんなこと言っていないわよ。居たければ好きなだけ居れば?」


 そう言って私はローズヒップティーを璃々奈の前に置くと、その向かいに座った。


「言われなくてもそうするわよ」


 まったく、意地っ張りだなぁ。

 それでもおとなしく私の淹れたハーブティーを飲んでいた璃々奈が、手持ち無沙汰に部屋を眺めて、ある一点に目を止めた。


「麗華さん。あの部屋の隅に置いてある袋はなに?」


 あぁ、あれか。


「あれは手芸に使う道具よ。羊毛フェルト」


 学園祭に出品するウェディングドール制作のために材料は買ってきたけど、まだほとんど手を付けていない。これも早く進めないといけないよなぁ。


「ふぅん。それで、明日は何時から塾なの?」

「明日は塾ではなく、瑞鸞の補講に行く予定よ」


 せっかく塾の夏期講習に申し込んだのに休むのはもったいないけど、瑞鸞の補講は思っていた以上に内部受験に直結している内容だったから、なるべくそちらも出席しておきたいのだ。


「麗華さんって塾だけじゃなく瑞鸞の補講にまで出ているの?ずいぶん頑張っているのねぇ」

「それはそうよ。受験生ですからね。璃々奈も夏休みだからって遊んでばかりで気を抜きすぎていると、新学期に困るわよ」

「私は平気よ。この前の期末テストでも3位だったし」

「3位?!」


 そうだった。璃々奈はこうみえて成績が良いのだった。私なんて、胃痛と戦い、ドーピングまでしてやっと18位だったのに…。


「璃々奈はいつもどうやって勉強しているの?璃々奈は塾には行かず、家庭教師の先生だけよね」

「そうよ。特になにもしていないわ。強いて言えば、学校の行き帰りの車の中で予習復習をしているくらいね。それと家に帰ったらゆっくりしたいから、宿題は帰りの車の中ですべて終わらせているの」

「そういえば、前にそんな話を璃々奈から聞いた覚えがあるわね」


 一般的にも乗り物の中で勉強をするとはかどるという話はよく聞く。あえて遠回りの電車に乗って勉強をする人もいるとか。

 璃々奈の家は遠い。本来であれば璃々奈の家柄であれば瑞鸞初等科を受験していれば、ほぼ確実に合格してピヴォワーヌにも入会できていたはずだったのに、瑞鸞初等科の受験資格である通学時間制限に引っかかって、璃々奈は初等科を受験することができなかった。そのせいで中等科から入学した璃々奈はピヴォワーヌに入会できずずっと悔しがっているんだけど。

 でもその長い通学時間を丸ごと勉強に充てているおかげで、上位の成績を取れているんだから、災い転じて福となすなのかな?あの成績上位者の若葉ちゃんも、行き帰りの電車の中で勉強をしていると言っていたし、やっぱり乗り物勉強法は効果があるのかもしれない。

 私もその話を聞いた時にふたりにあやかって電車に乗って勉強をしたこともあったけど、またやってみようかな。


「…瑞鸞の補講だったら、私も行ってみようかな」

「璃々奈が?まぁ、いいんじゃない。私は明日は瑞鸞の補講に出て、補講が終わったらあの羊毛フェルトを持って、部活にも寄ってくるわ」

「麗華さんの部活って手芸部よね。それで部長をしているんでしょ」

「そうよ。でももうすぐ部長も引退だけどね」


 部長を引退しても学園祭もあるし、部活動は続けるつもりだけど。


「それで次の部長には南君を推薦しようと思っているの」

「南君を?」


 一応南君は璃々奈の派閥に属している。

 南君は男子なのに手芸を趣味としていることで同級生にいじめられやすい立場なのを、私の後輩ということで璃々奈が目を光らせて守ってくれているのだ。

 噂によると南君が少しでもからかわれようものなら、璃々奈が「貴方達、私と麗華さんを敵に回してタダで済むと思っているんじゃないわよ!」と怒鳴りこんでくるらしい。モンペならぬモンフレか。そしてさりげなく私まで共犯者にされている件について注意すべきか。


「2年生の部員の中では南君は手芸の実力が一番だからね」

「へ~、そうなんだ」


 ただ南君は気が優しいから、学園祭の時などに運動部の無理難題に負けちゃう心配が少しあるんだけどね。


「ねえ、璃々奈。今の2年生ってどう?特に男子に横暴な集団やゴリ押しの強い運動部員とかいる?」

「ふん。私からすれば余裕よ。主要な連中の弱みは全部握っているもの」


 ここはモンスターフレンドの璃々奈の働きに期待しよう。


「まぁ、元々2年生は小競り合い程度の衝突はあっても、大きな問題を起こす生徒の話はあまり聞かないものね」


 ピヴォワーヌの子も2年生は比較的おとなしいし。


「そのぶん、1年生に問題児が多いのが気になるけど…」

「そういえば、麗華さん。あの生意気な1年生がまだ楯突いているんですって?」

「桂木のこと?」


 私に楯突く生意気な1年生は、桂木以外に心当たりがない。


「そうよ。そいつ」

「相変わらず璃々奈は情報が早いわねぇ」


 アホウドリ桂木とは補講や部活で学校に行く度に、校内で遭遇している。夏休みで登校している生徒が少ないせいで、お互いを視認しやすいのだ。

 そしてその度に露骨に顔を顰める桂木少年に、わざわざ近づいて「赤点のペナルティ補習ご苦労さま」と嫌味を言って、からかっている私も相当性格が悪い。

 一応人目は気にしておいたんだけど、単純バカな桂木はちょっとつつくとすぐに大声で喚くので、誰かが聞いていたのかもしれないな。いや、璃々奈の情報網が優秀すぎるのか。


「少し上下関係を思い知らせてやったほうがいいんじゃないの。やるなら力を貸すわよ」

「私になにをやらせる気よ。璃々奈はその喧嘩っ早い性格をどうにかしなさいよ」

「けじめは大事よ、麗華さん。下の者に示しがつかないわ。麗華さんに逆らったその1年にきっちり落とし前つけさせなさいよ」

「…どこの極道よ」


 この子、そのうち私のことをオジキとか呼びだすんじゃないでしょうね。


「私がそんなことをするわけがないでしょ。璃々奈も発言に気を付けてよ。私はパブリックイメージを大事にしているんだから。誤解を受けたらどうするの」

「私はその麗華さんのイメージに沿った発言をしているつもりだけど?」

「え…」


 吉祥院麗華のパブリックイメージは、麗しくも華やかな深窓のロココ令嬢だよね?


「……」

「……」


 私は飲み終わったティーカップをテーブルに置くと、ベッドの上に乗ってグーッと前屈をした。イタタ…。


「なにをしているの?」

「寝る前のストレッチ」


 結局ごく軽症といえど、鏑木家の御曹司に怪我をさせてしまった負い目から断りきれず、鏑木が帰国次第、最低でも一度は鏑木式トレーニングを受ける羽目になってしまった。逆らって診断書を持ってこられたら怖いしさ。

 だけどそれまでに豚足呼ばわりされた汚名を少しでも払拭して痩せておこうと、毎晩ストレッチを念入りにするようにしている。

 でもねぇ。こういうのは継続しないと意味がないんだよねぇ。大体わざわざ鏑木家が所有するスポーツジムに行かなくても、私だってスポーツクラブの家族会員になっているのだ。会員になった頃には何度か通ったりもした。しかし現在、家族の中でまともに通っているのはお兄様だけだ。

 おかげさまで我が家はお兄様以外は毎月、会費だけを払い続けている絵に描いたようなカモ状態だ。

 吉祥院家の財力からしたら微々たる金額だけど、もう何年無駄な会費を払い続けているんだろうか。付き合いだからしょうがないけどね。

 よく考えてみたら、使ってもいないのに引き落としだけされているものっていっぱいあるなぁ。ヨガにはまった時にヨガスタジオに入会した覚えがあるんだけど、あれは解約したっけ?引き落としって危険…。きっと世の中の有料会員システムは、私のような節約のためにも整理した方がいいとはわかっているんだけど、解約手続きをつい後回しにしちゃう、不精な人間で成り立っているのだろう──。


「璃々奈、ちょっと背中を押して」

「え~っ」

「泊まるんだから、そのくらい手伝いなさいよ」


 文句を言いながらも、璃々奈がベッドに乗ってきた。


「あ、ちょっと待って」


 今日は璃々奈がいたから忘れてた。

 私はベッドサイドのラジオをつけた。


「なにこれ」

「ラジオよ。ストレッチをする時には、テレビよりラジオの方がいいの」

「普通こういう時って音楽をかけるものじゃないの?今時ラジオって」

「ラジオをバカにするんじゃないわよ。試しに聴いてみなさいよ。面白いんだから」


 前から時々聴いていたりしたけど、本格的にはまったのは期末テストの勉強の時からだ。集中しないといけない暗記の時なんかはもちろん消すけど、ちょっとした気分転換や単調な書き取り作業の時にはうってつけなのだ。


「璃々奈。今度は腕を引っ張って」

「こう?」

「痛いっ。引っ張りすぎ!」


 ラジオはいい。軽妙なDJのトークは今日も面白い。今ではラジオは私の一番のストレス解消法だ。


“次は、今日もきました。ラジオネーム、華麗なるアントワネットさんからのメールです”


 後ろに伸びをする私の体が一瞬止まった。


“私の日常の小さな復讐。それはベタベタする食べ物を触った手で、憎きアイツの携帯電話を触ってやること。油でべったりと付いた指紋は布で拭いてもギトギト油分が伸びるだけ。イライラしながら拭くアイツ。陰からこっそりほくそ笑む私。どうする?拭いたくらいじゃ落ちないぞ。洗うか?その携帯は本当に防水か?拭けば拭くほどギトギト、ギトギト。黒い携帯が虹色に光ってぬるぬる。今度はフライドチキンを持った手で、触ってやろうと思います。さすが華麗なるアントワネットさん。毎回やることがセコい!前回は糊の蓋を開けっ放しにしてカラカラにしてやった復讐のメールだったけど、今回は逆のベトベトバージョンでした。華麗なるアントワネットさん、次回もメールをお待ちしています。では次のメールは、ラジオネーム…”


 そして私はメール職人になった。

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