鳥居啓子(とりい・けいこ) ワシントン大学卓越教授、名古屋大学客員教授
1993年、筑波大学大学院生物科学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、イエール大学博士研究員、ミシガン大学博士研究員などを経て、2009年ワシントン大学教授、11年ハワード・ヒューズ医学研究所正研究員。12年AAAS (米科学振興協会)フェロー。井上学術賞、猿橋賞、米国植物生物学会ASPBフェロー賞など受賞。専門は植物発生遺伝学。
生態系の土台を支える植物、ありふれているからといって見過ごさないで
まずは、次の写真を3秒間だけ見つめて欲しい。
何の写真だろう。
ヒョウ? サーバル? 小さそうだから山猫?
「正解はオセロット猫です」
と言いたいところだが、この画像のうち、オセロット猫が占める面積の割合は5%ほど。残りのほとんどは様々な熱帯の植物だ。
このように植物を認識せず背景として見過ごす現象を、植物学者たちは皮肉を込めて「Plant Blindness(植物に対する盲目)」と呼ぶ。
そんな「日陰者」の植物だが、実は地球上の生態系において圧倒的な位置に立ち、栄華を誇っている。今年の5月末に米国の研究グループによって発表された論文「The biomass distribution on Earth」を見ると、植物の重要性が自然と理解できる。これは、動植物、菌類や細菌、古細菌やウイルスをも含めた地球上のすべての生命の総重量(バイオマス)の概算を示したものだ。
この研究を紹介したサイエンス誌に掲載された図を日本語訳して引用しよう。水分含量によってデータがぶれないよう、炭素(カーボン)を基準に算出されたものだ。それによると、地球上の総バイオマス550ギガトン(550000000000000000グラム)のうち、 何と8割の450ギガトンを植物が占める。その大部分は陸上植物だ。その量は動物の総重量の225倍、人間全員の7500倍。しかしながら、過去1万年ほどの間に、人間の文明により植物バイオマスの半数が失われたと推定される。
これだけの総量を植物が占めているのは、地球の「生態ピラミッド」の土台となっているからだ。すなわち、植物は光エネルギーを利用し、大気中のCO2(温室ガス)を固定し成長する「生産者」である。植物は我々に食料や、木材バイオマス、繊維を作り出し、我々の衣食住を支えている。それだけではない。我々が呼吸する酸素は、 光合成の副産物として植物が作り出したものだし、さらには、植物が身を守るために作り出す様々な化合物は、嗜好品や薬品として我々の日常や健康に深く関わっている。すなわち、植物の存在なくして、我々人類の生存も文明の存続もありえないのである。
そして、植物が支えるのは地球の生態系だけではない。医学を含む生命科学という巨大学問分野の生態系においても、植物の基礎研究はその土台を支えてきた。実際、
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