人生の難易度が変わったようです
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作成者――美濃勇侍様
ここは一体どこなんだろう、自分は一体どうなってしまったんだ。
真っ暗で辺りの様子がまるでわからない。息をするたびに、凄まじい臭気が鼻に付き、思わず鼻をもぎ取りたくなってくる。
まあどうせ幾ら考えたって、今の俺に出来ることはこの暗闇に慣れるまで、目を瞑り息を潜めているくらいだろう。
――なんなんだよ本当……
止まらない溜息を吐きながら、こうなってしまった原因を、ゆっくりと目を瞑りながら思い出す。
◆◆◆◆◆
高校からの帰り道、まるで嫌がらせのように降り注ぐ太陽光が、コンクリートの地面で反射して肌を焼く。雲ひとつない空がとても忌々しい。
「ちくしょう、暑すぎて溶けそうだ」
ジリジリと肌を焼かれ、全身からは汗が吹き出している。肌にはりつく制服の気持ち悪い感触に、俺は思わず悪態を漏らしていた。
「まあまあ。メイちゃんもう少しの我慢じゃないかー」
俺の隣を歩く友人『谷山 洋介』がいつもの如く、なだめる調子で返してくる。
「誰がメイちゃんだ! 女の名前みたいに聞こえるから、その呼び方やめろって言ってるだろうが」
今までに何度となく言ったセリフに、俺は少しの怒りを乗せて吐き出すが、こちらを見ながらニヤニヤと笑う友人には大した効果はないようだ。
「何を今更『
「俺の苗字が行方不明になってるじゃねーかっ!」
一体どこをどう略したつもりなのかは知らないが、谷山は一人満足そう頷くと、何か閃いたかのように目を見開き、俺を見た。
「しかしメイちゃん惜しかったね、漢字の読みが『くろかみ』名前の漢字がメイ繋がりで
なんでこんなしょーもない事でこいつはここまで楽しそうなのだろう。訳の分からぬ友人に若干辟易したものの、このまま言われっぱなしも癪にさわる。どうにか反撃をせねばなるまい。
「やかましい、お前の苗字だって、下るのか登るのかどっちかにしろよ。大体、中二病もなにも、すでに高2年だろうが俺ら」
「下るも登るもどっちだっていいじゃない。人生だって谷もあるし山もある事だし。それに今じゃ高二病なんていうものもあるらしいぞ、メイちゃん」
こいつ……。
サラリと言い返されて、逆にとても悔しい気分になってしまう。言い返してやりたいのは山々なのだが、このまま繰り返していても、きっと切りが無くなりそうなので、俺は話を変えるためにも、自ら話題をふった。
「しかし明日から夏休みだな。今年の夏こそ彼女でもゲットして。海にでも行って、キャッキャウフフな夏を過ごしたいもんだ」
「確かに――でもメイちゃんは彼女の一人くらいできたってオカシクはないのだけれどね。別に美形とまではいかないけれど、2.5枚目くらいはあるのにー。まあ、目付きはちょっと悪いけど」
うっせ、余計なお世話だ。
しかし、2.5枚目はさすがに言い過ぎだろうけど、普通くらいはあるはずなんだけどな……たぶん。
ここは試しに髪でも切ってみるか? と、自分の赤みがかった茶色の髪を弄りながらも考えたが、べつに切るほど長くもなく、切ったら切ったで、どうにもしっくりこない気がして踏み切れない。
若干、前髪は鬱陶しい長さではあるが、基本上げているので邪魔というほどでもなかった。
やはり身長か……いやいや、174cmもあれば物足りないが、平均は有るはずだ。そうなってくると、後は海にでも向けて、筋トレでもしてムキムキになっておくしか思いつかない。
溜息を吐きつつも、俺は自分の細くもなく、かと言ってそこまで太くもない腕を摩りながら、海への期待を膨らませた。
彼女の一人や二人出来たっていいじゃないか。やはり俺には飛び抜けた何かが足りないのかッ……ちくしょう。
忌々しげに舌打ちを漏らしてみると、それに反応したのか、谷山が肩を竦めてみせる。
「あれだね、メイちゃんの日頃の行いでも悪いんじゃないか?」
「っく、谷山だってどこにでもいそうな普通の男じゃないか性格以外。なんだか俺はお前と一緒につるんでるからモテない気がしてきたんだが」
こいつと一緒にいるせいで、いつのまにか俺までもが性格が悪く見られている気がする……ああ、そういうことかっ。きっとそうに違いない、それで決定だ。
「そうだ谷山、全部お前が悪いんだ」
「なんだよいきなり、まったく、酷い事を言うな。慰謝料にファミレスでジュースを要求するよ」
事実なのに慰謝料をするとか、まったく被害妄想甚だしい。この暑さのせいで脳でもやられてしまったのだろう。
まぁ、シャツは汗まみれだし、俺としても少し涼みたい気もする……そう考えると、ファミレスと言うのも悪くはないか。
「なら、とりあえず近くのファミレスにでも行くか。奢らないけどな」
「ケチだねー、わかったよじゃあとりあえず行こうか」
さくさくと目的地が決定し、俺たちは行きつけのファミレスのある方向へと、足を向ける。
茹だる暑さを我慢して、ひたすらオアシスを目指す。暫く歩いて、ようやく街の商店街の出口に差し掛かった。
――くそ、暑すぎてシャレにならん。
溜息混じりに顔を上げ、遠くの街へと目を向けてみると、ずっと先の方でビルが乱立している。
陽炎のせいでそのビル郡がユラユラ揺れているように見えて、なんだかとても気持ちが悪く感じてしまい、俺は少しだけ目を逸らした。
――ん?
青空に流れる白い雲をボンヤリと眺めながら、暑さでボーっとしていたその時だ。不意に、背後で何か気配を感じて、振り返る。
だが、映っているのは商店街の景色だけで、他にはどこもおかしな様子はない。
駄目だ、きっと暑さで脳がやられたんだ。と、少し
瞬間。
――ギィッ――ィィ――イイイッッ!!
突如としてそこら中に怪音が鳴り響き、俺の鼓膜をビリビリと揺らした。頭痛がしそうなほどの音量。例えるなら、黒板をガラスを爪で引っ掻いたような音。
そんな生理的な嫌悪が湧き上がる音を耳にして、
「っぐあ!? いきなりなんなんだこの音は」
俺は堪らず両手で耳をかばって、その場でしゃがみ込んでしまう。
辺りの様子を伺う余裕もなく瞼を瞑って動きを止めていると、今度は一瞬だけ、シンと怪音が止み――そして鉄板を力任せに裂いているような音へと変貌した。
交通事故でも起こったのか、それともなにか事件でもあったのか。
慌てて目を開いて周囲を確認してみるが、どこもおかしな所は見当たらない。
……あれ?
不意に、遠くのビル群になにか違和感を覚えて目を向ける。
少量だった違和感が徐々に強くなり、ソレが最大限に達した時――
ビルの上空が引きちぎられるように割れた。
……なんだ、アレ。
溶かした鉛を零すように、青空の割れ目から出てきた銀色のナニカは、俺の混乱など知ったことかといわんばかりに、ビルをなぎ倒しながら街へと落下していく。
地面が揺れて、轟音が遅れて聞えてくる。
何が起きたか理解できず、頭の中は真っ白だった。
ゴロ……と。
ただ人形のように呆然と立ちすくみ、動きを止めていた俺の足元に、何かが転がってきて当たった。
「つっ、次はなんなんだよっ――ッ!?」
声を上ずらせながらも足元に目を向けると、そこには俺がよく知る谷山の顔……だけが転がっていた。
「谷……山?」
いつもニヤニヤ笑っていたあいつの顔が、驚きと恐怖に凍りつき、赤黒いものをぶちまけながらこちらを見ている。
「――――ッヒ」
言葉にならない声が口から溢れ、俺は立っている事すらできずに、座り込みながら助けを求め視線を泳がす。
だが、俺の求めているソレは、残念ながら視界の中のどこにもなかった。
轟音。
少し離れた道路にあるマンホールの蓋が、脈絡なく空に吹き飛び、中から巨大なウジ虫のようなものが大量に這いずり出てくる。
そして、ウゾウゾと蠢くソレは、出てくるや否や、近くの人に襲いかかり、容赦なくむさぼりだした。
「……っ……」
言葉も出ず、余りの惨事に目を向けていられなくなり、目を逸らす。だが逸らした先では、血のように赤い骸骨が、同じく赤い燕尾服を着こなして、人間をまるで虫けらのように吹き飛ばしていた。
ぐしゃ……ぐしゃ、と。
背後から何かを噛み砕くような音が聞こえ、顔を向ける。
と、今度は無数の顔と人間の腕が生えた、俺の身の丈三倍はあるだろう肉色の巨人が悠然と佇んでいた。
怪物がソノ手に持っていたモノは……俺の知ってる友人、谷山の身体だった。
生々しい色をした、無数に突き出すその腕で、谷山だったモノを抱え、体中についている人面で嫌な音とを立てて喰らっていく。
「なんだよこれ、なんなんだよ……これ。こんな、まるで地獄……じゃないか!! 谷山をっ、谷山を離せよっ」
余りの惨事に頭の中は真っ白だった。無様に喚き散らしながら、俺は近くに落ちていたカバンを巨人に向かって投げつけてやる。
勢い良く飛んで行くカバンは吸い込まれるように化け物に当たった。
衝撃で注意が向いたのか、ゆっくりと谷山を放り投げた巨人は、こちらに幾つモノ眼球をやった。
先ほどいた赤い骸骨も俺の叫んだ声を聞きつけて、本来骸骨にはないはずの、黒い宝石が嵌った目で俺の姿を捉えている。
カタカタカタ。
真っ赤な顎を嬉しそうに打ち鳴らす音が響き渡り、骸骨は俺を捕まえようと、手を伸ばすように動かした。
逃げないと……逃げないと。震える足を強引に動かして、俺は危険から逃れようと走り始める。
しかし、それをさせじと、巨人と骸骨の二匹も少し遅れて動き出した。
俺は横目で谷山だったモノを一瞥し、走りながらもポツリと呟きを漏らした。
「すまん谷山……ちきしょう、もしこれが夢なら早く覚めろよバカヤロー」
逃げる。ただ逃げる。
恐怖で足は縺れそうになり、呼吸は早くも荒れている。背後から追ってくる化物の足音が、まるで死神が迫る音のようで、震えが止まらない。
刃物を目の前に突きつけられたような、嫌な感じがザクザクと背中にささっている。聞えてくる足音も、だんだんと距離が縮まっているようだ。
「振り向かねーぞ……絶対振り向かないからなッ!」
自分自身に言い聞かせるように、俺は無意識のうちに叫んでいた。
恐怖で振り向いた瞬間に、俺の命はマッチの如くあっさりと消え去ってしまう気がして、衝動を意地で押え付けた。
駆ける、全速力で駆ける。
だが、いくら走っても引き離せた気がしない。
――くそ、もう嫌だ。
目の前が涙で歪みそうになる――否、本当に……歪んでいる。
涙で……ではない。
駆け出す先の空間がクシャクシャにしたラップのように歪み、黒い穴のようなモノが急速に出来上がってゆく。
そして、穴はどんどん広がり、遂には、その中から後ろを追っている巨人とは見た目が少し違う、別の巨人が出現した。
「ざッけんなッ! 洒落になってねーよ!」
巨人は目の前にいる俺を見るやいなや、体中に張り付いている顔から雄叫びを放ち、腕を振り上げ、叩き潰そうとしてくる。
死ぬ――このままでは死ぬ。止まっても駄目、きっと殴ったって無駄。背後だってきっと地獄だ。
どうする、どうしよう……このまま走っても逃げ道なんて……アソコしか。
――ちくしょう。
「くそッ、くそッ! やってやるッ、一か八かやってやる。お前なんかに殺されてたまるかぁぁ」
恐怖を吹き飛ばすように咆哮を上げて、俺は……真っ直ぐ、巨人の足元に向かい全速力でスライディングをぎみに突っ込んだ。
轟。
寸でのところで俺の頭上を巨人の豪腕が通り過ぎ、直後、背後のコンクリートが爆ぜる音が耳に入ってきた。
滑り込むように閉じかけている黒い穴に向かって身体をやった俺は、穴に飛び込む直前に、欲望に負け後ろを振り返ってしまう。
「……やっぱり途中で振り向かなくて良かったわ」
黒い穴に滑りこみながら俺が最後に見たものは、二匹の巨人と赤い骸骨。
そして道路を埋め尽くすほどのウジ虫たちが、忌々しそうな雰囲気でこちらを睨みつけている様子だった。