「筋トレは疲労困憊まで追い込むべきか?」
この問いに現代のスポーツ医学はこう答えます。
「筋肥大が目的であれば、疲労困憊まで追い込め!」
「しかし、筋力増強が目的であれば疲労困憊の手前で終わりにしよう」
筋肥大の効果は、トレーニングの総負荷量(重量×回数×セット数)により決まります。そのため、疲労困憊まで追い込み、総負荷量を増加させることが筋肥大を生じさせるポイントになります。
これに対して、筋力増強は、疲労困憊の手前でトレーニングを終わらせることが効果を高めるポイントになります。
『筋トレは疲労困憊まで追い込むべきか?〜最新のエビデンスを知っておこう』
では、なぜ筋力増強の場合は、疲労困憊の手前で終わらすべきなのでしょうか?
実は、近年の報告によると、疲労困憊まで追い込むことにより、パワーに富んだ重要な筋線維が減少してしまう可能性が示唆されているのです。
今回は、筋力増強を目的としたときに疲労困憊まで追い込んではいけない理由について考察していきましょう。
Table of contents
◆ 疲労困憊まで追い込んではいけない2つの理由
2016年、シドニー大学のDaviesらは、これまでに報告された筋力増強の効果と疲労度(疲労困憊まで行うか否か)の研究結果をまとめて解析したメタアナリシスを報告し、こう結論づけています。
*メタアナリシスとは、これまでの研究結果を統計的手法により全体としてどのような傾向があるかを解析するエビデンスレベルがもっとも高い研究デザイン。
「疲労困憊まで追い込まないほうが筋力増強の効果はやや高い」
筋力増強は筋肥大をベースに「神経活動の適応」によって生じます。神経活動の適応について説明しようとすると、運動単位(モーターユニット)の話からしなければなりません。
ひとつの運動神経は、いくつかの筋線維とつながり、その収縮をコントロールしています。この運動神経と筋線維のユニット(単位)を運動単位といいます。
運動単位は、運動神経が数十本の筋線維を支配する「小さな運動単位」と数百本から数千本の筋線維を支配する「大きな運動単位」に分けられます。この大小の運動単位は、筋肉にさまざまな割合で分布しています。筋肉は発揮する力の強度に応じて、小さな運動単位から収縮に参加(動員)させ、強度が増加するにしたがって、大きな運動単位を動員します。筋肉の収縮力は、強度に応じて異なるサイズの運動単位を動員する「サイズの原理」にもとづいているのです。
高強度トレーニングを行うと、サイズの原理にもとづいて、大きな運動単位が動員されます。また運動神経は多くの筋線維を収縮させるために、発射頻度を高めます。さらに、数ある運動単位の動員を同期させるように発射タイミングを調整します。
高強度トレーニングを繰り返し行うことにより、このような神経活動が適応された結果として、筋力増強が生じるのです。
『筋力増強と筋肥大の効果を最大にするトレーニング強度の最新エビデンス』
しかし、筋力増強のために疲労困憊まで追い込んだほうが良いのか?というと、そういうわけではありません。
筋力を増強させるためには、大きな運動単位の動員に神経活動を適応させる必要があります。しかし、大きな運動単位が動員されるピークは疲労困憊の手前で終わっていることが示唆されています。そのため、疲労困憊になる手前でトレーニングを終わらせ、これを繰り返すことによって大きな運動単位の動員のピークに神経活動を適応させることが、もっとも筋力増強を最大化させるのです。
これが疲労困憊まで追い込んではいけない理由になりますが、話はこれで終わりません。
実は、疲労困憊まで追い込むと、「もっとも強力で収縮速度の速い筋線維が減少してしまう」ことが示唆されているのです。
運動単位の小大というサイズの異なりは、筋線維のタイプに対応しています。
小さな運動単位は、発揮する力が弱く、収縮の速度もゆっくりですが、疲れにくい特徴があり、タイプⅠ線維に分類されます。大きな運動単位は、発揮する力が強く、収縮の速度も速いですが、疲れやすい特徴があり、タイプⅡ線維に分類されます。また、タイプⅡ線維は、強い力を速く発揮するⅡaと、さらに強力な力を速く発揮するⅡxに分けることができます。
タイプⅡx線維は、力が強く収縮速度が速いため、大きなパワーを発揮することができます。そのため、特にアスリートにとっては重要な筋線維とされています(Harridge SD, 2007)。
Fig.1:Harridge SD, 2007より筆者作成
しかし近年では、疲労困憊まで追い込んでしまうと、このタイプⅡx線維が減少してしまう可能性が危惧されているのです。
◆ 疲労困憊まで追い込むと重要な筋線維が減少する
それでは、スクワットをメトロノームに合わせて一定の速度で繰り返してみましょう。
回数が増してくると、大腿四頭筋がプルプルして、スクワットの運動速度が遅くなり、メトロノームのリズムからズレてしまいます。
このような疲労による筋力の減少と運動速度の関係についてのレビューを報告したのがマンチェスター・メトロポリタン大学のJonesらです。
大きな力を発揮しようとすると運動速度(筋肉の収縮速度)は小さくなります。逆に小さな力であればすばやく運動することができます。この関係を示しているのが「力-速度曲線」です。
Fig.2:Jones DA, 2010より筆者作成
そして、疲労が生じると、この曲線が左下に変位してしまうことが明らかになっています。つまり、同じ力を発揮しようとしても、運動速度は遅くなってしまうのです(Jones DA, 2010)。
Fig.3:Jones DA, 2010より筆者作成
2017年、パブロ・デ・オラビデ大学のPareja-Blancoらは、この疲労における力と運動速度の関係性をもとに、トレーニングで疲労困憊まで追い込んだ場合と疲労困憊の手前でやめた場合による筋力、筋肉量、筋線維への影響について検証しました。
トレーニング経験のある被験者が集められ、ふたつのグループに分けられました。ひとつのグループは、スクワットの運動速度が20%低下したら終了するように指示されました(これは、疲労困憊の手前で終えることを意味します)。もうひとつのグループは、スクワットの運動速度が40%低下するまで続けるように指示されました(これは、疲労困憊まで追い込むことを意味します)。
ふたつのグループは、それぞれの条件のもと、同じ運動強度で8週間のスクワット・トレーニグを継続し、トレーニング前後で、総回数、筋肉の横断面積、最大筋力、筋線維の状態が計測されました。
その結果、運動速度が40%低下するまで追い込んだグループは、20%の低下で終了したグループよりもスクワットの総回数が多くなり、大腿四頭筋がより筋肥大することが示されました。
Fig.4:Pareja-Blanco F, 2017より筆者作成
これは疲労困憊まで追い込み、総回数(総負荷量)を高めたほうが筋肥大が促進されるという、これまでの知見を支持する結果となりました。
これに対して、最大筋力は運動速度が20%低下したところで終えたグループが、40%の低下まで追い込んだグループよりも増加したことが示されました。そして、40%の低下まで追い込んだグループでは、タイプⅡx線維が有意に減少していたのです。
Fig.5:Pareja-Blanco F, 2017より筆者作成
大きい運動単位の動員は、疲労困憊の手前でピークを迎えます。つまり、このときにもっと強力で速い筋線維であるタイプⅡx線維が動員されます。
しかし、疲労困憊まで追い込むと、ピークを過ぎてしまい、運動速度が低下することからタイプⅡx線維の動員が少なくなることが予測されています。そのため、タイプⅡx線維の動員が少ない状態に神経活動が適応してしまい、結果としてタイプⅡx線維が減少したと推察されています(Pareja-Blanco F, 2017)。
これが、筋力増強を目的としたときに、疲労困憊まで追い込んではいけないもうひとつの理由なのです。
では、実際のトレーニングにおいて、どのようにして疲労困憊の手前を判断すれば良いのでしょうか?
この答えのヒントを与えてくれるのがゴイアス連邦大学のGentilらの報告です。
2018年3月、Gentilらは、トレーニング経験者を集め、最大強度の75%の高強度でベンチプレスを行わせました。被験者はスマホアプリのメトロノームを使用して、挙上2秒、下降2秒のリズムで疲労困憊になるまで繰り返しました。
その結果、疲労困憊になる2回前からメトロノームのリズムから外れることがわかったのです。
研究結果はベンチプレスのみであり、これを一般化することは難しいですが、Gentilらの報告は、スマホアプリのメトロノームを使用するなど簡易的であり、試してみても良いかもしません。
何より、疲労困憊の手前で運動速度が低下するということを意識して、主観にはなりますが、自分の疲労困憊の手前となる回数を判断してみるのも良いと思います。その効果をみながら、回数を調整していきましょう。
これらの知見は、新規的であり報告数も少ないため、さらなる検証が必要です。しかしながら、近年では、筋トレで疲労困憊まで追い込むことによるネガティブな影響が示唆されているのです。
「筋力増強が目的であれば疲労困憊の手前で終わりにしよう」
そこには現代のスポーツ医学が示す、注意すべき理由があるのです。
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References
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