[弁理士試験]商標法案内(2)
携帯電話機を買い替えようかと思いつつ、買替時の端末価格は思ったよりも高額で、いつでも店頭で逡巡してしまいます。狙っている端末は、新宿の量販店で2万2千円あまり(私の契約期間の場合)。ドコモショップだと1万6千円あまり。なんと。ドコモショップの方が安いとは。
▽ それでも、現在一応は使えている端末の買替に1万6千円は高額だなぁ、と棚を眺め回しておりましたら、おもしろい名前の端末を見つけました。D800iDSというのです。たしかに Dual Screen ※で、タッチパネル操作。
おやおやニンテンドーDSを意識したネーミングでしょうか。ニンテンドーも黙っているでしょうか。もっとも、DSという英文字二文字では識別力がない、というのが一般的な認識です。他の人の商品と区別できるだけの指標にならないということです。それでは商標とは言い難いんです。
※このDSは、実は Direct & Smooth の略だそうです。取ってつけたような…。
■基本機能
多少回り道になりますが、いきなり商標法の各規定に入り込まずに、まず商標の機能という観点を通っていきましょう。諸説はありますが、いっぱんに、商標は次の3つの機能を有していると言われます。
- 出所表示機能=特定の企業から出ていることまでは認識しなくても、同一の出所から出たものであるという程度にまで認識させることができる。
- 品質保証機能=品質の高低は問わないが、過去に経験した品質と同等であると、需要者に推定させることができる
- 広告機能 = 需要者に対して、マークから商品を想起させることもできる
そしてこうした機能を発揮していないもの、つまり自他商品の識別札として使われていないマークは、商標と言えるだろうか、という争いが後を絶ちません。
■商標的使用態様
商標関係の判例を学習していくと、よく、「商標的使用」という語に当たります。商標権について文言的に侵害しているケースはいいのですが、モメるケースとして、マークは同一又は類似なのだが、そのマークは自他商品を識別する標識として機能しているんだろうか、というのがあるわけです。
著名判例として、「ポパイ・アンダーシャツ事件」(昭和49年(ワ)第393号)があります。余談ですが、よく書籍などで、無体集のページを挙げているのをみます(この事件の場合、無体集八巻一号102ページ)。しかし裁判所のウェブサイトでは事件番号で事件を特定するしか方法がありませんし、一般にはこれに合わせるのがこれからの便宜じゃないかと思うんですが、どうでしょう。…いや、余談でした。
事案は、子供用の下着に、アメリカの人気マンガ、ポパイの絵と、「ポパイ」などの文字を配した模様を付したところ、ポパイの絵柄を用いたマークについて商標権を有する商標権者が訴えた、というものです。判決の文章を(ちょっと長いですが)、おもしろいので拾ってみましょう。
□(商標権者に)侵害の停止又は予防その他の請求をなし得べき旨規定しているのは、登録商標の経済的機能の発揮を法的に保護することを意図したものである。
「本来の商標」は、これにより自己の営業に係る商品を他の商品と区別するための「目じるし」として、すなわち、自他商品を識別することを直接の目的として商品に附されるものである。「本来の商標」の経済的機能として、出所表示機能のほか、品質保証機能、広告宣伝機能があることは一般に認められている。
したがつて、商標法における商標の保護とは、「本来の商標」が指定商品について商品の出所表示等の機能等を発揮するのを違法に妨害する行為から法的に保護することを意味する。商標権者の権利内容は登録商標を指定商品について排他的に使用することであるが、これを防害する違法な行為は、登録商標と同一又は類似の商標を指定商標と同一又は類似の商品についての使用についても行われ得る。そこで、前記三七条が設けられたわけであるが、その立法理由は、同条に列挙せられた行為が一般に登録商標の正当な権利行使、すなわち、登録商標の機能の発揮を防害するものであるからこれを排除し、登録商標の権利者に正当な権利行使を得せしめる必要があるからである。そうすると、右三七条の法意は、単に同条に掲げる商標が同条に掲げる商品に表現せられているという形式のみ充足するだけでなく、実質的にも、その行為が「本来の商標」的使用の行為であることを要すると解すべきである。けだし、登録商標の機能と関わり合いがない使用態様のものは、特別の事情がない限り、登録商標の正当な権利行使、すなわち、出所表示、広告、品質保証等の本来の商標の経済的機能の発揮に不当な影響を及ぼすことはないと解せられ、この行為についてまで権利侵害を認めることは、実質的理由なく不必要に権利者を保護する幣害をもたらす反面、一般人は不当に自由を奪われることになり、公正な競業秩序を維持するゆえんではないからである。
※着色部は、私の強調。
そして、判決は、本件下着の模様は意匠的な使用態様なのであって、商標としての機能を発揮することを企図してされていない、と判じます。
□各標章の現実の使用態様は、右各標章をいずれもアンダーシヤツの胸部中央殆んど全面にわたり大きく、彩色のうえ表現したものである。これはもつぱらその表現の装飾的あるいは意匠的効果である「面白い感じ」、「楽しい感じ」、「可愛いい感じ」などにひかれてその商品の購買意欲を喚起させることを目的として表示されているものであり、一般顧客は右の効果のゆえに買い求めるものと認められ、右の表示をその表示が附された商品の製造源あるいは出所を知りあるいは確認する「目じるし」と判断するとは解せられない。
自他商品を識別できないものは商標とは言えない、とするのは、もとより現行法(昭和34年法)立法当時からの認識ではあったようです。しかし商標の定義からこの識別力の要件を除いているというのには、「商標権侵害の際に、侵害と目される者が商品に付した、ある文字・記号・図形が、商標か商標でないかの論争をなくしようとした」という(当時の逐条解説)が、皮肉にもこのことが却って機能侵害の問題として繰り返し争われる結果となっているのです(小野昌延「商標法概説」pp.8-9)。
なお、もうちょっと最近の判例でいえば、おもちゃのレーシングカー用のシールについて商標的使用でないとしたもの(Marlboro事件、平成5年(ワ)5655号)や、井上陽水のアルバム「Under The Sun」の題号は商標の機能を発揮しておらず、CDレーベルとしての「Under The Sun」商標を侵害しないとしたもの(Under The Sun 事件、平成6年(ワ)6280号)などがあります。
■機能の侵害の別例
商標の機能が害される場合、というものの態様には他にもいろいろなものがあります。
例えば正当な商標権者から購入してきた商品(真正品)を詰め替えたり、小分けするなどし、その詰め替え後のパックに、元の商標をつけたら侵害でしょうか。この場合、品質保証機能などが害される虞がないとはいえません。例えば詰め替えのときに空気が入ると品質が変わるような商品であったらどうでしょう。判例は、こうした商標権者が意図してない流通品に、登録商標をつけていく行為に、侵害を認めていきます。きわめてキツイ表現がある判例に「マグアンプK事件」があります。
□当該商品が真正なものであるか否かを問わず,また,小分け等によって当該商品の品質に変化を来すおそれがあるか否かを問わず,商標権者が登録商標を付して適法に拡布した商品を,その流通の過程で商標権者の許諾を得ずに小分けし小袋に詰め替え再包装し,これを登録商標と同一又は類似の商標を使用して再度流通に置くことは,商標権者が適法に指定商品と結合された状態で転々流通に置いた登録商標を,その流通の中途で当該指定商品から故なく剥奪抹消することにほかならず,商標権者が登録商標を指定商品に独占的に使用する行為を妨げ,その商品標識としての機能を中途で抹殺するものであって,商品の品質と信用の維持向上に努める商標権者の利益を害し,ひいては商品の品質と販売者の利益もを害する結果を招来するおそれがあるから,当該商標権の侵害を構成するものといわなければならない。
また電子部品について付された商品番号を改竄し、メーカー標章を付した上で、完成品(パチスロ機)に組み込んだという例があります。「リノCPU事件」または「パチスロ機CPU事件」と呼ばれる事案(平成7年(う)第228号)です。事件番号からお分かりのように、この事案は刑事事件で、判決主文も懲役6月、執行猶予2年ということになってます。
シャープは、Z80(ザイログという会社の開発した著名8ビットCPU)に所定のプログラムや、ロジック回路を組み込んだカスタムICを製造しています。侵害者たちがパチスロ機に使っていたのは、このカスタムICなのですが、そのパッケージにはどういうわけか、汎用のZ80(付加回路などのないもの)の部品番号と、メーカーであるシャープの名称とが入っていました。おそらくは遊技台の許認可などが汎用品であれば簡単、などの意味があるのでしょうが、詳しくは知りません。
この行為、地裁の段階では商標権侵害とはなりませんでした。というのは、「本件CPUは,『リノ』に組み込まれることによって,商品としての独立性を失い,これに残存する標章は,商標法上保護されるべき商品識別機能を失うと認めるべき」と判断されたからです。しかし高裁はこれをひっくり返します。
□一般に,商標の付された商品が,部品として完成品に組み込まれた場合,その部品に付された商標を保護する必要性がなくなるか否かは,商標法が商標権者,取引関係者及び需要者の利益を守るため商標の有する出所表示機能,自他商品識別機能等の諸機能を保護しようとしていることにかんがみると,完成品の流通過程において,当該部品に付された商標が,その部品の商標として右のような機能を保持していると認められるか否かによると解すべきであり,その判断に当たっては,商法の付された商品が部品として完成品に組み込まれた後も,その部品が元の商品としての形態ないし外観を保っていて,右商標が部品の商標として認識される状態にあり,かつ,右部品及び商標が完成品の流通過程において,取引関係者や需要者に視認される可能性があるか否かの点を勘案すべき
そして本件の場合、取引者が流通過程で見る可能性があり、商標としての機能を発揮していると判断しています。
■機能侵害の事案には、商標の概念を捉えるのに必要な要素が詰まっていると思います。今回、こうした事案をいくつかピックアップしましたのは、商標法の具体的規定に分け入る前に、商標の概念を再確認しておくことで、商標法の各規定の趣旨が見やすくなると、私は考えているからです。
例えば、商標となるには自他商品の識別力が必要、という考え方から、識別力が得られない商標は登録しないという登録要件が導かれます。具体的な規定は普通名称の規定(3条1項1号)などです。商品「シャープペンシル」に、「シャープペンシル」だとか、「シャーペン」というのでは、普通名称や著名な略称をそのまま表しただけで、自他商品の識別指標となり得ないわけです。
そういえば、案外知られていないようなのですが、シャープペンシルの「シャープ」は、家電製品のあの「シャープ」のことです。シャープペンシルの実用化は、「シャープ」の創業者、早川徳次の手によるものなのです。当時は「早川式繰り出し鉛筆」と呼んでいたと聞いたことがあります。その後、ラジオ製造事業から始め、いまのシャープに至るわけです。いまでは「液晶のシャープ」ですからね。最近私は、表示デバイス関係の仕事にはとんとご無沙汰ですが、液晶についても相変わらず技術開発が進んでいるのでしょうかね。
□小野昌延「商標法概説」…ちょっとばかり改正に対応していないのですが:
□もう一冊、わりと網羅的な本を見つけました。こちらはかなり新しい改正まで盛り込まれています:
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