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サブカルチャー 2018.06.29(金)

福岡セミナー講師刺殺事件に思うこと:ロマン優光連載112

 


ロマン優光のさよなら、くまさん

連載第112回 福岡セミナー講師刺殺事件に思うこと

 加藤智大は「自分より幸せな人」を殺すために秋葉原に2トントラックを走らせ、造田博は「努力しない人」を殺すために池袋の路上に走り出た。加藤は渋谷センター街には向かわなかったし、造田も霞が関には向かわなかった。人間は自分の想像の範囲を越えて行動することはできない。だから、幸せな生活を謳歌する若者が多く集う街にも向かえなかったし、「努力しない人」が支配している国の中枢にも向かうことができなかった。
 Hagex氏が、松本英光容疑者の生活エリア、彼が自転車でたどり着けるエリアを訪れなかったとしたら、あの事件は起こらなかったのではないだろうか。そのエリアをたまたま訪れてしまったために、容疑者の想像が届く範囲に入りこんでしまうことになり、事件は起きてしまった。そんな気がしてならない。偶然の結果、届かないもののはずが届いてしまったと。そして、松本容疑者ははてなの本社には向かうことはできなかった。

 今回の事件はネット上のトラブルからくる恨みによる犯行、言論の自由に関わる犯罪と言ってしまってよいのだろうかという違和感は私の中にある。容疑者は、はてなブックマーク上で「低能先生」とよばれていた荒しであったと言われている。他のユーザーに対して罵倒や誹謗中傷を繰り返していた彼だが、他人を「低能」と罵る癖があったために「低能先生」と自然発生的に呼ばれるようになってしまった。Hagex氏が、彼に何をしたかというと、彼の荒し行為と彼に対する通報に関する株式会社はてなの対応をblogに書いたこと、程度の低いことに関するたとえとして「低能先生」の名を出したこと、それぐらいだ。容疑者を運営会社に通報したり、そのことを公言してた人間は他にもいるだろう。そればかりか、容疑者に対する酷い罵倒を書いていた人たちだって何人もいることだろう。別にHagex氏が彼を必要以上に攻撃していたというようなことは、特にないのだから。

 容疑者が本当に憎んでいたのは、彼の妄想の中に潜在する「ネットリンチに勤しんでいる人々」であったろうし、彼のアカウントを閉め出す株式会社はてな、要するに漠然としたはてな界隈というもので、Hagex氏が個人として特別に恨まれていたかというと、そうではないような気がする。容疑者の生活エリアにそれとわかる形で現れたために、容疑者の憎む全てを仮託されてしまっただけであり、Hagex氏は松本容疑者が殺したかった世界そのものの象徴にされてしまったのだろう。容疑者にとってHagex氏は実在の個人というよりは概念に近い存在だったから踏み切れたというのもあると思う。造田の言う「努力しない人」のような。

 加藤や造田は実在する特定された恨みの対象に怒りをぶつけることができないまま、その怒りの対象を特定の対象から彼らの妄想によって生まれた概念に移行させていき、結果として無関係な人々に対して凶行を働いた。松本容疑者も、同じような過程をたどっていったのだろう。ネットリンチを過剰に憎む言動に、彼が最初に本当に憎んでいた特定の存在の影は窺うことはできるが、それが誰であったのかはわからない。わかることは、彼が孤独の中で一人意識を先鋭化させていき、妄想の中で歪んだ正義の概念を育てていったということ、それだけだ。
 そういった正義の執行対象になってしまうことには、本当は論理的な理由なんか存在していない。偶然、犯人の妄想と想像力の届く範囲に入りこんでしまっただけなのだから。たまたま、造田たちの行った先を歩いていた人たちと同じように。容疑者の世界があまりに狭いためにわかりにくいが、この事件は通り魔事件の新しいスタイルであって、言論テロとかいう話ではないのではないか。気をつけろといって、何とかなるものではない。恨みを買うようなことをネットで撒き散らしている炎上ビジネス家、歯に衣を着せぬ毒舌評論家たちが殺されるかもみたいな話ではなく、犯人のストーリーに組み込まれてしまえば誰でも同じだ。そもそも、Hagex氏のネット活動自体がそういうタイプの活動では特になく、ネットで起こる奇妙な出来事をまとめて、全うな批評を柔らか目に書くようなことをしていた人ではないか。

ネット上の救われない孤独な魂

 はてなに限らず、ネット上の色んな場所で救われない孤独な魂を見かけることがある。現実のツラさから逃げ出して、救いをもとめてやってきたネットの世界でも孤独にならざるを得ない人たちだ。たとえ、客観的にはどんなに異常であったとしても、ネットで政治や思想にはまってわめき散らかしているような人は、大きな集団の中にいる意識が与えられるので、主観的には幸せだろう。そんな歪んだ幸せにすら、参加できないような人たちのことだ。
 たとえば、Twitter上で誰彼かまわず直接罵倒し、誹謗中傷を行い、本人だけが信じている事実という実質デマでしかないようなことを撒き散らす人たち。当然ながら、そういうことをする人物は嫌われる。彼らの行っているのは正義の執行ではなく、単なる理不尽な暴力に過ぎないから。当然、反論はされるし、その異常な振る舞いは噂になってしまうだろう。そして、そのことは彼らをより孤独にし、異常さに拍車をかけることになる。「通報は恨みを買わないようにわからないようにこっそりとやれ」という処世術も、結果が出てしまえば、誰かが恨まれるわけで、その誰かも誰だかわからない。ふとしたことで、誰かが行いに値しない憎しみを買うことになる。
 彼らはカウセリングを必要とする人たちだったり、何らかの精神的な疾患を患っているのかもしれない。だからといって、彼らがネット上で振り撒く理不尽な暴力を向けられた人たちに我慢しろというのは、おかしな話だ。しかし、彼らが本当の意味で救いが必要とされる人々なのも、また確かなのだ。
 人生は何が起こるかわからない。ちょっとした切っ掛けで人生の歯車が狂ってしまい、孤独の中で魂を歪ませていく可能性は誰にだってある。ネット上の異常な人々も、何事もなければ普通に少し正義感が強いくらいの人間で終わっていたかもしれない。ネットで可視化されているギリギリのところに踏み留まっているような人たちを含めて、最終的に今回の事件のような犯罪をおかしてしまう人間は少ないだろうが、共通する資質の持ち主なんて実際は大勢いて、何らかの切っ掛けがなければ、普通の人間として暮らしていけるというのが本当のことなのではないだろうか。私たちも含めて。自分のことを被害者側として想像しているだけの人が多いだろうが、自分が加害者側になってしまう可能性もあるのではないかということも想像すべきではないのだろうか。
 彼らのような人間を救うことこそ、真に必要なことなのだろうけど、彼らのような人達を救う方法は私にはわからない。ただ、陰鬱な気持ちで眺めているだけだ。

(隔週金曜連載)

図版:故人が福岡で当日主催したセミナー(ATNDでの参加募集告知より部分引用)

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ろまんゆうこう…ロマンポルシェ。のディレイ担当。「プンクボイ」名義で、ハードコア活動も行っており、『蠅の王、ソドムの市、その他全て』(Less Than TV)が絶賛発売中。代表的な著書として、『日本人の99.9%はバカ』『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』(コアマガジン刊)『音楽家残酷物語』(ひよこ書房刊)などがある。現在は、里咲りさに夢中とのこと。twitter:@punkuboizz

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