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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 私が案内したお好み焼き屋さんは、鏑木が前に持っていた情報誌に載っていた自分で焼くタイプのお店で、そこそこ庶民的だけど学生が集う安さ重視のお気軽店よりは上で、夜景の見える高層ビルの店内でシェフが目の前で焼いて恭しく切り分けてくれるような高級店よりは下という中間くらいの位置のお店だ。

 店内は混んでいたけれど予約をしておいたので、すぐに座れた。テーブルを挟んで鏑木円城と、向い側に私だ。


「さて、なにを注文しますか?」

「そうだな…」


 鏑木はさっそくメニューを手に取る。ナチュラルに自分ひとりでメニューを見る鏑木、さすがだ。真ん中に置いて全員が見られるようにしろと注意する。


「吉祥院さんのお薦めはなに?」

「う~ん。私もこのお店は初めてですから…。でも海鮮が人気らしいですよ」

「海鮮かぁ」


 牛明太もちチーズも気になるけど、私はやっぱりこの雑誌にも載っていた海鮮ミックスかな。ネギ玉…。いやいやでも定番の豚玉も捨てがたい。豚もちチーズもあるのかぁ。山芋チーズ豚玉?!これは…!


「せっかくですから3人別のものを注文して、シェアしましょうね」


 色んな種類を食べたいもんね!


「俺は海鮮ミックスにする」


 決めるのが早いな。そして鏑木に海鮮を取られた!

 だったら私は、えっとえっと…。


「吉祥院さんはどれで悩んでいるの?」

「私はこの牛明太もちチーズと山芋チーズ豚玉のどちらにしようかと」

「ふぅん…。だったら僕が山芋チーズ豚玉にするよ。シェアするんだよね?」

「いいんですか?!」

「うん、いいよ」


 円城に後光が差して見えた!

 なによ、円城。意外といい人?!


「これはなんだ?」


 注文を終えると、テーブルに設置してある油やソースに鏑木が興味を持った。


「お好み焼きを焼く時に使うんですよ。これは油で、こっちはソースで…」


 私が蓋を開けて説明すると鏑木はふむふむと頷いた。特に油引きが気になったようで手に取って矯めつ眇めつ見ていた。


「お待たせしました~」


 しばらくするとそれぞれが注文したお好み焼きの具材が運ばれて来た。


「……」

「……」


 目の前に座る鏑木に動く気配がない。両手は組んだままだ。


「…なにをしているんですか?」

「なにがだ?」


 きょとんとした顔の鏑木。全然可愛くないぞ。


「なにって、自分の分は自分で混ぜて自分で焼くんですよ。もしかして誰かが全部やってくれるのが当然だと思っています?というか私がやるのが当然と思っています?女性がやるのが当然だと?うわぁ、男尊女卑ですか。引きますわ~」

「…言っていないだろ、そんなこと」

「いいえ。今の態度からわかります。あれですか、もしかして男子厨房に入らずの人ですか?わぁ~ムリ~。今時流行らないんですよねぇ。そういう亭主関白的なタイプって」

「…チッ。やり方を教えろ」

「あ、もしかしてイヤイヤやりますか?これじゃあ女の子は幻滅してしまいますねぇ。女の子は見ていますよ、そういうところ」

「あ~もう、うるさいうるさい。いいから早くやり方を教えろ」


 こういうことは最初が肝心だからね。若葉ちゃんの弟の寛太君は私の分も焼いてくれたもん。


「ではまずは、具を混ぜてください。きちんと下から混ぜてくださいよ。玉子もしっかり混ぜてください」

「…わかった」


 私達はそれぞれの具材を混ぜ始めた。


「…これ、混ざりにくいぞ」


 山盛りの具をこぼさずに混ぜるのは意外と難しい。私もキャベツがテーブルの上にボロボロと落ちた。ふたりに気づかれないようにこっそり隠す。


「ある程度でいいんです。ある程度で。できましたか?」

「あぁ」

「これでいいのかな?」


 鏑木は私と同じくキャベツが少しだけこぼれていたけれど、なんとか混ざっているようだ。円城は…、初めてのくせにこぼした様子もなく上手に混ぜてあるな。


「はい。そんなものでしょう。では次はいよいよ焼きに入ります。鉄板にこれで油を薄くひきます」


 私が油引きを使って鉄板に油を伸ばすと、鏑木が俺にやらせろと手を出し鉄板に油を塗りたくった。楽しそうだ。


「では焼きましょう。お肉は先にに少し焼いておくんですよ。生は危険ですからね。それから生地を焼く。そんなにぶ厚くすると火が通らないので、もう少し薄くしてください。伸ばしすぎ!」


 俺様殿様鏑木様が私の陣地にまで生地を伸ばしてきたので、ヘラでここからはみ出てくるなときつく言い渡す。


「底がほど良く焼けてきたら、このヘラを使ってひっくり返します。こうして両側からヘラを下に入れて崩れないようにポンとひっくり返す。この返しがきれいに上手くできるかで、料理のセンスが問われますよ」

「大袈裟な…」


 鏑木は躊躇なく勢いをつけてひっくり返す。ちょっ、あぶなっ!油が飛んでくるじゃないか!


「もっと静かにやるんですよ!今なにか飛んできましたよ、私の方に!」

「わかったわかった」


 私が鏑木に文句を言っている間に、何事も器用な円城はきれいに返していた。

 私も続いてひっくり返す。あ、ちょっと生地がデロっとなった…。


「センスがなんだって?吉祥院」

「すぐに整えれば問題ありません」


 この程度は許容範囲です。


「なかなか面白いな」


 鏑木は「もうそろそろいいか?」と何度もヘラで底の焼き具合を確かめる。まだだから。

 両面しっかり焼けたのを確かめてから、専用の刷毛でソースを塗る。


「焼けたら仕上げにこうして表面にソースを塗って、かつおぶし、青のり、マヨネーズは各自お好みでかけてくださいね」


 うわぁ、かつおぶしが踊っておいしそうだぁ!


「三等分に切るのは難しいので、とりあえず四等分にしましょう。余った分は注文した人の分にしましょうね。不公平にならないように均一に切り分けてくださいね」

「わかった」

「これで切ればいいんだね?」

「そうです」


 切り分けたお好み焼きをお皿に乗せて、ではいただきましょう!


「あつっ。でもおいしいっ」

「…美味い」

「うん。自分で焼いて食べるのも乙なものだね」


 私達はほくほくとお好み焼きを食べた。


「でも今日は大変だったよねぇ」


 えっ、今その話を出す?!

 私はお好み焼きを食べながらコソッと鏑木の顔を窺う。


「まぁな」


 どうやら鏑木はもう落ち込んではいないみたいだ。眉間にしわが寄ったけど。


「いくらピヴォワーヌだからといって、さすがに1年生が3年生相手にあそこまで罵詈雑言で騒ぎを起こすのはやり過ぎだったね。しかも相手が生徒会長の水崎有馬。あれを見た時は正直かんべんしてくれと思ったよ」

「円城様もそんなことを思っていたんですか?」

「そりゃあね。トラブルはないに越したことはないでしょ」


 鏑木はイヤなことを思い出したとばかりに、お好み焼きをバクバクと食べながら、


「なんであいつらはあそこまで極端に増長しているんだ」


 う~ん、それはたぶん…。


「あの子達は前会長の沖島瑤子様の影響を強く受けていたので…」

「あ~…」


 鏑木と円城が微妙な顔をした。


「沖島先輩はよく生徒会とぶつかっていたからねぇ」


 円城が苦笑いをした。

 前会長の沖島瑤子様はピヴォワーヌ至上主義で、瑞鸞生らしからぬ外部生を嫌っていた。特に雪の日に長靴を履いて登校した若葉ちゃんのことは、瑞鸞ブランドを傷つける不届き者として目の敵にしていた。


「今回は偶然通りかかることが出来たから止められたけど、こんなことが度々起こるのは少し困るね」

「…そうだな。それに高道への態度も大問題だ。あいつらだけじゃない。周りに集まっていた連中の中にも便乗して高道をバッシングしていたのもいた。なんなんだあいつらは!」


 怒りを顕わにした鏑木が乱暴な仕草で鉄板の上のお好み焼きをヘラですくい取って食べた。うん…?


「あっ!それ私の分の山芋チーズ豚玉ですよ!」

「えっ、ああそうだったか?」


 信じらない…。ひとり1個って決まっているのに!


「吉祥院さん、僕の分をあげるから…」


「僕はひとつ食べたから」と自分の分を差し出した円城に免じて、鏑木の暴挙を許してやることにする。危ないからちゃんと見張っておかないと…。


「それで、なんの話でしたっけ?」

「高道のことだ」


 そうだったそうだった。若葉ちゃんへのバッシングね。


「あれは成績優秀な高道さんに嫉妬している層も混ざっていたんでしょうね」

「なんだそれは」


 受験年だからね。良い進路を勝ち取るには若葉ちゃんの存在は目の上のたんこぶなんだろう。


「今日くらい大きな騒ぎでしたら気づいて注意できるかもしれないですけど、当て擦りや嫌味まで防ぐのは難しいでしょうね…」

「雅哉が高道さんを庇い過ぎると、今度は別の嫉妬を買うんじゃない?」

「ったく、忌々しい…!」


 瑞鸞の皇帝といえど、すべてを思い通りにするのは難しいようだ。


「いっそ完全なる瑞鸞の独裁者となって、誰を庇おうがひいきしようが、誰にも文句ひとつ言わせないようにしますか?」

「…俺は暴君になるつもりはない」

「あら御自覚がない?今でもすでにわりと暴君ですよ」

「はあっ?!」

「ええっ!!」


 本当に無自覚なのか?!これまで私をどれだけ好き勝手に振り回してきたか!そしてたった今も私の分の山芋チーズ豚玉を食べたというのに?!


「さて、締めのもんじゃ焼きを頼みましょうか。私はチーズミックスもんじゃにしますよ」

「…おい、俺が暴君だという話はどうした」

「円城様はどうしますか?」

「そうだなぁ。この五目もんじゃにしてみようかな。雅哉は?」

「…デラックスもんじゃ」


 では注文しましょう。


「おふたりはもんじゃ焼きは食べたことはありますか」

「ない」

「僕もないな」


 まぁ、そうだろうな。もんじゃなんてB級グルメの最たるものだし。


「混ぜ方はさっきと同じ要領ですよ。はい混ぜて」

「さっきより水っぽいな」


 鉄板に油をひきなおし、もんじゃを焼く。


「待った!いきなり全部焼こうとしない!まずは出汁を残し具材だけを先に焼きます。そしていい感じに炒めたらこうしてドーナツ状の土手を作る」

「……」

「……」

「そしてこの真ん中に先程の出汁を投入!土手の外に流れた出汁はヘラで戻す」


 あとはぐつぐつと煮立ったら土手を壊して混ぜ合わせると。


「……」

「…吉祥院。本当にこれが完成形か?」

「そうですよ」

「なんというか、食べるのに少し躊躇する見た目だね…」

「初めて食べる人はそうかもしれませんね。でも食べたらやみつきですよ。この小さいヘラでこそぎ取って食べるんです。う~ん、おいしい」

「……」

「……」


 鏑木と円城が私に倣ってモソモソともんじゃ焼きを口に入れる。


「あ…、見た目に反して意外とおいしい」

「味はまともだ」


 一口食べたら見た目にも慣れたようだ。焦げたところを食べるのが通だと教えたら、自分のもんじゃを育て始めた。

 もんじゃ焼きをあらかた食べ終えたところで、円城が「それでどうするの?」と鏑木に話を向けた。


「そうだな。俺に少し考えがある」


 ニヤリと笑い「吉祥院も明日は絶対にサロンに来い」と私に命令した鏑木の顔は、どこからどう見ても暴君皇帝にしか見えないんですけど…。

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