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今日は授業が早く終わる日だったので、学校帰りにお母様と待ち合わせ。美容命のお母様に付き合ってエステに行き、お父様の仕事が終わるのを待って3人で外食だ。
私が制服デートに並々ならぬ憧れがあるように、お母様も瑞鸞の制服を着た娘とお出かけをするのが好きらしい。
「もうすぐこの制服を着ている麗華さんも見納めなのね。寂しいわ」
「そうですね。多少のデザインの違いはあっても、初等科から数えて11年以上着ていますから、そう考えると私も名残惜しい気持ちです」
「そうでしょう。だから卒業までに私とたくさん出かけましょうね、麗華さん」
「はい」
まぁ、制服で出かける程度で親孝行になるなら、いくらでも付き合うよ。
「いらっしゃいませ、吉祥院様」
お母様行きつけのエステサロンで出迎えられ、本日のメニューはお母様はアンチエイジングコース、私はホワイトニングコースをお願いする。この前、桜ちゃんに色白は七難隠すと失礼なアドバイスをもらったからね。
薔薇を浮かべたフットバスで足先から血行を良くした後、フェイシャルエステをしてもらう。
「麗華様。最近お疲れだったりストレスが溜まっていたりしますか?」
「わかりますか?」
受験のプレッシャーと思い通りに進まない勉強。学院で起こるトラブルや鏑木と円城からもたらされる面倒事に、私の繊細な神経は疲弊しまくっているのだ。
「ええ。表情筋が少し固くなって老廃物が溜まり、むくみやすくなっています。特に眉間のあたりなどに日頃から力が入っているようですね。ここは放っておくとシワになってしまいますからケアしていきますね」
「!よろしくお願いします」
眉間のシワが固定されるなんて恐ろしすぎる…!それもこれもみんなあいつらの…。
「麗華様、お顔に力が…。リラックスなさってください」
「すみません」
つい思い出し怒りが…。目を瞑ってリラックス、リラックス…。
1時間後、熟睡から目が覚めた私の顔はむくみも取れ、真っ白ツルツルになっていた。
やっぱり私には修行よりもこっちのが合っているな。
エステサロンを出た後、お母様がショッピングがしたいと言うのでお目当ての旗艦店の近くで車を降りて歩いていると、
「あら、吉祥院様ではありません?」
その声に親子で振り向けば、そこには華やかな空気を纏う鏑木母が立っていた!
「まぁ、鏑木様!ごきげんよう」
「ごきげんよう、吉祥院様。瑞鸞の制服をお見かけしたので、どちらのお嬢さんかしらと思ったら、麗華さんでしたので、声をお掛けしてしまいましたわ」
お母様孝行の制服が仇となった!
やっぱり制服って目立つんだ。どこで誰が見ているかわかったもんじゃない。これからも制服での寄り道は細心の注意を払っていこう。特に存在が目立つ鏑木との庶民ツアーは断固拒否の方向でいかねばと、固く心に誓う。
「今日はおふたり揃ってどちらへ?」
「ええ。今日は娘とエステに行って参りまして、今はその帰りですのよ」
「まぁそれで今日はいつにも増して奥様のお肌が輝いていらっしゃったのね」
「ほほほ。鏑木様はお上手ですこと」
「あら御謙遜なさらないで。奥様はいつも美意識が高くていらっしゃるから、尊敬申し上げていますのよ。麗華さんのお美しさはお母様譲りですものねぇ。ご自慢のお母様ではなくて?」
話を振られた私はうふふと、どちらとも取れる微笑みで調子を合わせる。
「そうだわ。今度我が社で新しく建てるホテルでは、独占契約を結んだオーガニックブランドの日本初上陸エステサロンが入る予定ですので、開業した暁にはぜひご招待させてくださいな。私が現地へ行って直接その効果を確かめたサロンですので、お目が高い吉祥院様にも自信を持ってご紹介できると思いますのよ」
「まあ!それは楽しみですわね。ぜひ伺わせていただきます」
「嬉しいわ。その時はぜひ麗華さんもお母様とご一緒にいらして!ね、麗華様」
「ありがとうございます。母と楽しみにしております」
鏑木母は私の返事に満足げに頷くと、
「あぁ、やっぱり女の子はいいですわねぇ。こうして可愛い娘を連れて歩けるんですもの。うちなんか男の子だから可愛げがなくて」
「まぁ、そんな。こちらこそ雅哉様の優秀な評判は聞き及んでおりましてよ。ピヴォワーヌでも会長を務めていらして、卓抜したリーダーシップを発揮されているとか。素晴らしい後継者に恵まれて鏑木グループは安泰ですわね」
「ほほほ。まだまだ未熟でお恥ずかしい限りですわ。吉祥院様こそ、御子息の貴輝さんが若くして大きなプロジェクトを成功なさったとか。さすがですわねぇ」
ひとしきりお互いの子供の褒め合いをすると、鏑木母が艶やかなネイルの施された両手を合わせた。
「私ったら楽しくてつい長くお引止めしてしまったわ。ごめんなさい。そろそろ退散いたしますわ。あ、そうだわ。吉祥院様には招待状をお送りしていると思いますけど、今度私が主催する七夕の会には麗華さんもいらしてくれるのかしら」
「えっ」
「麗華さんはあまりパーティーには参加されないから、いつもお会いできなくて残念に思っていましたのよ。今回の七夕の会はうちの雅哉も参加しますし、他にもお若いお客様が大勢みえる予定ですから、どうぞ麗華さんも気軽なお気持ちでいらして?」
「え…、あ…」
「素晴らしいお誘いじゃない、麗華さん。雅哉様もいらっしゃるのだし、ぜひご招待をお受けしましょうよ。私も麗華さんのドレスを選ぶのが楽しみだわ」
「あらぁ、親子でドレス選びだなんて素敵ねぇ。私も当日の麗華さんのドレスを楽しみにしているわ」
返事をする間も与えてもらえず、気が付けば鏑木家主催のパーティーに参加することが決定事項にされている…!
行きたくない…。でも小心者の私にはこの状況では今更断ることなんてできない。
「雅哉にも麗華さんをエスコートするように言っておきましょうか」
「まぁ、麗華さん!良かったじゃない!」
「いえ。雅哉様はお忙しいと思いますし、両親がおりますからお気持ちだけで充分ですわ。お気遣いいただきありがとうございます」
「あら、そう?」
お母様が横で、なんで断っちゃうのと不満そうな目で睨んできたけれど、鏑木のエスコートなんて冗談じゃない。考えただけで胃がキリキリする。
そうして鏑木母は、私に胃痛の種を残して颯爽と去って行った。
予約したフレンチレストランのウェイティングバーでお母様と、シャンパンとノンアルコールカクテルを飲んでいるとお父様が到着した。今日は生憎お兄様は仕事が忙しくて来られない。お兄様は仕事なのにお父様はいいのか?
席に案内され、美しく盛り付けられた前菜からいただく。はぁ、おいしい。
「さっき鏑木様の奥様と偶然お会いしてね。今度のパーティーには麗華さんも一緒に行くことになったのよ」
「ほぉ、珍しいな。麗華は学生のうちはあまりパーティーには参加したくないと言っているのに」
「うん…」
あの鏑木母を目の前して直接断る強心臓を持ち合わせていなかったんだよ。
「でも麗華さんたら、せっかく雅哉様にエスコートしてもらえる話を断ってしまったのよ」
「なんだ、もったいない」
「でしょう」
私は聞こえないフリで、運ばれてくる料理を口にする。う~ん、白身魚が香ばしくておいし~い。
「しかし麗華はつい先日も円城家のご次男が遊びにきていたようだし、瑞鸞で良好な人間関係が築けているようだな」
う~ん、良好な人間関係か。芹香ちゃん達とは相変わらずだし、芙由子様は変わっているけど打ち解けて話せるようになったし、若葉ちゃんとは仲良しだし、雪野君を筆頭にプチの子達は可愛いし、鏑木と円城が引っかかるけど今の所パシられている程度だから、良好といえば良好かな。
「そうですね」
私は頷いた。
「でもねぇ。瑞鸞も高等科にもなると、毛色の違う生徒さんも何人か入学してこられるでしょう?もちろん瑞鸞の入学試験をパスしてこられたのだから、とても優秀ではいらっしゃるのでしょうけど。でも成績が優秀なだけでは、ねぇ」
え…?
「学院の方針ですから仕方ないですけど、校風に合わない生徒さんを大勢入れて瑞鸞の評判を落とす様なことがないかと、この前も他の保護者の方々からも心配するお話を聞いたのよ」
「そうだな。元々瑞鸞にふさわしくない生徒が入ってきて、麗華に迷惑をかけられたり悪影響を受けるのは困る。麗華、大丈夫なのか?」
「…え、はい。皆様とても頑張っていらっしゃいます」
「そうか。学院でなにか困ったことがあったら、お父様に言いなさい。すぐに対処するからな」
「……」
「麗華さんのお友達は、初等科からの身元のしっかりしたお嬢さんばかりだから安心ですけど」
さっきまでおいしかったはずの料理が急に、胃に重たく感じられた──。