この記事は約6分で読めます。
10 年ほど前に第1次 BI ブームがありましたが、ほどほどの話題でいったん下火となりました。ちょうどそのころ、人工知能(AI:Artificial Intelligence)が過去3度目のブームを迎え、現在も続く第3次 AI ブームの中、数年前から第2次 BI ブームも訪れています。
第3次 AI ブームと第2次 BI ブームが同時にやってきているのは偶然ではありません。
今回の AI ブームは、過去2度と違って、10 年にも及ぶ長期のブームとなっており、もはや「ブーム」ではなく、AI が社会の「インフラ」となりつつあります。
そして、AI のインフラ化とともに、今後は AI が人間の仕事を奪うようになるため、失業者が街にあふれかえり、格差が徐々に拡大していく、という言説が流布される中、その格差を解消する手段として、BI の存在感が徐々に増してきています。
まずは、そんな BI のメリット・デメリットをまとめておきましょう。
ベーシックインカムのメリット
社会保障制度の簡素化
失業した場合は失業保険をもらいますが、その給付期間が切れた後も職が見つからず、生活が困難な場合は、生活保護を受給することになります。
その際には、資力調査という受給資格の審査を筆頭に、数々の煩雑な手続きを踏まなければなりません。もちろん、給付する側(役所)にとっても膨大な手間とコストが掛かる手続きとなります。
生活保護以外にも、年金や健康保険、児童手当などなど、行政と市民との間の社会保障制度はかなり複雑になってしまっており、これらを「BI」に統合することで、制度を大幅に簡素化できる可能性があります。
セーフティネットの強化
現状の生活保護では、救済されるべき人たちがすべて救済されているわけではなく、今後、もし受給者が増えれば、その手続きの煩雑さも相まって、制度から漏れる人がさらに増えてしまう可能性があります。
BI は、赤ん坊から高齢者に至るまで、無条件に一定の額を給付することが基本であるため、このような「漏れ」が生じることはなく、セーフティネットが強化されます。
また、BI は生活保護と異なり、「楽してお金をもらっている」というスティグマ(社会的烙印)を押されることもないため、現在の生活保護のような批判・差別・劣等感の対象となることもありません。
労働意欲の維持
生活保護の場合は、働いて稼いだ分だけ給付が減らされますが、BI はそのようなことがありません。給付額が固定なので、働いて自分で稼げれば、その分だけ収入が上積みされ生活が豊かになるわけで、労働意欲を維持しやすい側面があります。
生活保護は、働いても働かなくても収入が同じなので、これでは労働意欲を維持し続けるのがなかなか難しいですね。
経済成長の可能性
たとえば8万円/月の BI が支給されると、(地域や物価にも依りますが)それで最低限の生活は保障されるため、「食べるための労働」という切迫感がなくなり、心は安定し、メンタルヘルスも向上して、労働に対する意欲が湧き起こり、結果的に労働人口が増えたり、新しいサービスなどが登場して、経済が大きく成長する可能性もあります。
経済が成長すると、その分だけ BI の原資も増やせる、という好循環が期待できます。
景気のコントロール
景気が良くないときは BI を増やしてインフレを起こし、景気が良いときには BI を減らして景気を引き締める、というように、現在の金融政策のような景気のコントロール手段として、BI を活用できる可能性があります。
ベーシックインカムのデメリット
不正受給
上にも書いたように、BI は、赤ん坊から高齢者に至るまで、無条件に一定の額を給付することが基本であるため、子どもをたくさん作りお金だけもらって育児放棄したり、親が亡くなったのに死亡届を出さず受給し続けたり、といった抜け穴を悪用する不正が考えられます。
財源の捻出
1億 2000万人全員に、たとえば8万円/月の BI を支給しようとすれば、年間 100 兆円以上もの財源が必要になります。
これを賄うには、所得税や相続税の増税も考えられますが、現実的には、BI の導入で不要になる社会保障費の一部を回したり、BI の導入で役所の手続き(人的コスト)が減って浮いた分を回したりということなるのでしょう。
社会全体で見ると、国民全員で払った税金を BI として全員で分けるだけのことなので、理屈の上では何も問題ないのですが、税金にはさまざまな利権が紐づいているため、それを解きほぐすことが現実的に可能なのか、という問題があります。また、仕事がなくなる公務員の反発も無視できないでしょう。
経済停滞の可能性
メリットのところで「経済成長の可能性」と書きましたが、それは労働意欲が向上すると仮定した場合のシナリオであり、多くの人が、「BI を8万円/月もらえれば十分」と考えてしまえば、労働人口が減って、経済の停滞を招く可能性もあります。
少なくとも、「食べるための労働」という切迫感がなくなるため、誰もやりたがらない嫌な仕事を引き受ける人は、いなくなるでしょうね。そういう仕事に限って、意外と AI で代替できない類のものだったりします。
ベーシックインカムの導入事例
2年ほど前、スイスでは、日本円にして 27 万円(!)ほどの BI の導入を巡って、国民投票が実施されましたが、結局は「 財源不足」「労働意欲の減退」「BI 目当ての移住の増加」などが理由となって否決されました。
その後、2017 年の初頭から、フィンランドで 2,000人を対象に、7万円ほどの BI の試験運用が行われていますが、主に政治的な理由から、実際に導入されることはありません。
一方、同じ欧州のオランダでも実験が盛んに行われており、また、キャッシュレス化やフィンテックを急速に推し進めているインドでは、少なくとも1つの州で、2020 年にも BI を導入・実施することが発表されています。
インドが、BI を世界で初めて本格的に導入する国となるのかもしれませんね。
「フロンティア」という考え方
ここまで考えて、「フロンティア」という言葉が頭をよぎりました。
「フロンティア」というのは、米国の西部開拓時代の「辺境・外辺」あるいは「先住民の掃討の最前線」という意味であったり、学問や研究の分野では「最先端領域」「未開拓分野」という意味もありますが、これらの意味合いも含めて、経済の分野では「成長を駆動するもの」という意味があります。
つまり、大航海時代から、欧米諸国を中心として、「資本が利潤を得られる空間」に投資して回収する、という「フロンティア開拓作業」を延々と繰り返してきたわけです。
その作業が地球を何周もする間に、アジアやアフリカも含めて、「空間」としてのフロンティアはほぼなくなり、それに代わって、「格差」というフロンティアが顕著になってきました。
利潤が得られるのは「差」があるためですが、「国 vs. 国」の差がなくなりつつある今、国内の「格差」というフロンティアをも「成長の駆動源」として利用するようになっています。というか、利用せざるを得なくなっているのでしょう。
そして、AI などのテクノロジの進化により、「持てる者」と「持たざる者」との差が広がって、「格差」フロンティアが後戻りできないほどの分断を生む流れとなっています。だからこそ、それを解消し得る BI の注目度も高まっているわけです。
「フロンティア維持装置」としての BI
格差が「成長の駆動源」になるなら、国内の格差は広がる方向にしか進みません。
そして、格差が広がるのに BI のような基盤がないと、失業者や低所得者層が増え、消費(需要)が落ち込み、経済が回らなくなる可能性もあります。
AI の進歩で供給力が強くなればなるほど、皮肉にも需要側の規模は縮んでいき、「ちょうど良い格差」のバランスが崩れて、またしてもフロンティアの消滅の危機が訪れます。
そこで、BI の登場です。BI を適度に配ることで、需要側(辺境・外辺)の規模縮小が抑えられ、供給側は引き続き「回収作業」を楽しめるわけです。そう考えると、BI というのは、「フロンティア維持装置」と言うこともできそうです。
BI 賛成派と反対派
統計などを取ったわけではありませんが、日本では、比較的所得の低い層と所得の高い層が「BI 賛成派」であり、依然として分厚い中間層が、「変化」を嫌う気質などもあって、「BI 反対派」を形成している(することになる)のではないでしょうか。「楽してお金をもらうこと」に対する生理的な忌避もあるでしょう。
低所得者層が賛成なのは分かりやすいですが、高所得者層も賛成が多いとすれば、それは「フロンティア維持装置」の重要性に気付いているから、ということかもしれません。
BI 待望論と導入の議論
いずれにしろ、この日本では、BI がそう簡単に導入されるとも考えられませんので、テクノロジなどの「持てる側」である供給側ばかりが強くなり、格差の拡大は必然的に続いていくのでしょう。
そうなると、「BI 賛成派」予備軍である低所得者層と高所得者層が増え、「反対派」の中間層が少なくなり、時間とともに「BI 待望論」が大きくなる可能性が高いと考えられます。
そうなってから議論していてはあまりにも遅いので、好むと好まざるとに関わらず、BI 導入の是非の議論だけは、どんどん進めておいた方が良いと思うんですよね。
さいごに
門外漢ながら、「フロンティア維持装置」としてのベーシックインカム(BI)を考えてみました。意外と、そう遠くない未来に、BI を導入せざるを得ない事態・状況が訪れるような気もしますね。