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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 座禅修行の後は滝行まで時間があるので昼食などの時間にあてる。

 お寺の近くにはおいしそうなお蕎麦屋さん等があったけれど、芙由子様がお寺の精進料理を希望したので、そちらをいただくことになった。一汁五菜で思ったよりも豪華だ。うわぁ、ごま豆腐がおいしそう。

 体験修行なので厳しくは言われないけれど、本来は音を立てず無言で食べるのが規則のようなので、私達も雑談をせず黙々と食べる。うっ、沢庵を音を立てずに食べるのは難易度が高すぎる。あえて咀嚼音が立ちやすい沢庵を出すのは修行僧達への試練なのか?これはあえて噛まずに飲み込むのが正解なのだろうか。

 私は必殺技、鳥が鳴いたタイミングに合わせて三噛みして飲み込むという荒業で乗り切った。あとで消化不良にならないといいな…。

 食事が終わり少し休むと、いよいよ芙由子様お待ちかねの滝行だ。

 参加者は持参したジャージやスイムウェアの上からお寺で貸し出される白装束を着こむ。う~ん、全身ラッシュガードで防寒対策ばっちりな滝修行って不思議。


「この白い装束を着用すると、身が引き締まる思いがいたしますわね」


 まぁ本人が満足しているのならいいか。

 私はふたりの荷物を預かることを申し出る。生駒さんは恐縮して遠慮をしたけれど、1人分も2人分も同じだから気にしないでいいよ。滝から戻って来た時に新しいタオルとか鏡とかすぐに使いたい物もあるだろうしね。気分は運動部のマネージャー。

 ふたりは他の参加者と共に滝まで誘導されて行ったので、私は滝壺が見える橋に行った。通りすがりの見物客もちらほらいる。滝行をやっている場面なんて物珍しいもんね。


「あらぁ、荷物がいっぱい。ご家族のぶん?」


 上からふたりの姿を見守っていると、3人分の荷物を持っている私に同じように近くで見学していたおばちゃんが話しかけてきた。大荷物の私が目に留まったみたい。


「いえ、これは…」

「滝に打たれるのも大変だけど、荷物番をしてお子さん達を待っているお母さんも大変よねぇ」

「お母さん?」


 お母さんってなんのこと?

 一瞬、言われている意味がわからなかった。

 …えっ?!まさか、私子持ちの母親だと思われてる?!


「…私、子供はいません。友達の荷物を持っているだけですけど…」

「えっ?!」


 震える声で訂正すると、おばちゃんはまずいといった顔で「あらやだ、ごめんなさい~」と笑ってごまかしながら、連れのおばちゃん達と逃げて行った。


「なにやっているのよ、野中さん。若い女の子だったじゃない。可哀想に」

「だってほら、日傘なんて差してずいぶんと落ち着いた雰囲気だったから」

「あの様子はまだ20歳過ぎくらいでしょ。そんな若い子をつかまえてお母さんだなんて」

「そうよ野中さん。悪いわねぇ」


 私、女子高生だけど…。未成年だけど…。

 うら若い女子高生なのに子持ちの母親に間違われるなんてっ。これって老けているってこと?!所帯じみているってこと?!お寺を訪問するのだからカジュアルすぎちゃいけないと、座禅や正座をするのにも適しているフレアスカートのお上品コーデが選択ミスだったってこと?!なんてこった。熟読しているファッション誌がまるで身についていないらしい。それともそれとも、原因はやっぱり…時代遅れな顔?

 おばちゃん達にとんだ晒し者され、他の通行人や見物人達から同情と好奇の目で見られている気がして顔から火が出そうなくらい恥ずかしい思いでいっぱいだけど、プライドにかけてさも気にしていない風を装う。芙由子様達の順番はまだかしら~。あ~、いいお天気。あら。携帯が震えている。メールかしら?新着メールなど1通も届いていないメールボックスを開いて、メールを読んでいるフリをする。

 ……お願いだから、ふたりとも早く戻ってきて。

 芙由子様が介添えされて水の中に入って行く。滝の勢いはなかなか強いけど大丈夫なのかなぁ。案の定滝の下に入ると水流に圧されて芙由子様の体がよろめいた。けれどなんとか立て直すと新調したという数珠を持って手を合わせた。滝に打たれていた時間は数分だけれど、介添え人に滝から出された時には1人で歩けないようで手を貸してもらって岸まで上がっていた。

 次の生駒さんは芙由子様よりも長い時間滝に打たれて、介添え人が制止する限界まで頑張っていた。おかげで岸に戻ってきた時にはフラフラだ。

 滝行をした人達には芋汁が振る舞われるようで、タオルを頭からかぶったふたりは両手で椀を持って岩場にちょこんと座っていた。芋汁おいしそう…。

 私は荷物を持って滝壺へ続く道まで行くと帰ってきたふたりを出迎えた。


「おかえりなさい。お疲れさま」

「素晴らしい体験でしたわ!新たな世界が開けた思いです!」


 陶然とした様子の芙由子様の隣で、生駒さんも「麗華様に荷物を持たせてすみません」と謝りながらも、滝に打たれた顔は清々しい表情をしていた。


「ふたりとも頑張っていましたね。特に生駒さんは皆さんのなかで一番長く打たれていたのじゃない?」


 初夏とはいえまだまだ水は冷たいのに、よくあそこまで耐えられたなぁ。まだ唇が紫じゃないか。


「私の罪を洗い流すにはあのくらいでは足りなかったですから」

「あ~、まぁほどほどにね…」

「やはり自宅での水垢離とは全然違いましたわ~」

「芙由子様、タオルタオル」


 濡れた頭をろくに拭かずに浮かれた足取りで歩く芙由子様の頭を片手で拭き、もう片手で芙由子様のキャリーバッグを転がす。さすがピヴォワーヌの芙由子様。日頃から人に荷物を持ってもらう生活に慣れているおかげで、今自分が手ぶらだということを全く気にしない。


「…あの、麗華様。芙由子様の荷物は私が持ちます」

「いいわよ。生駒さんも自分の髪を拭いて」


 お寺に戻って着替える段になった時にやっと自分のバッグの行方を思い出した芙由子様は、私が持っているのを見て「まぁ麗華様。ありがとうございます」とおっとり微笑んだ。どういたしまして。

 身支度を済ませたふたりと住職に本日のお礼を済ませると、ハイキングがてらお山を散策する。


「森林浴ですわね~」

「そうですね~」


 私達は「あら珍しい形の植物。山菜かしら」「ただの雑草じゃない?」等と自然好きなおばちゃんのような会話をしながらのんびり歩く。


「今日は念願の座禅や滝行、写経まで体験できて素晴らしい一日でしたわ。これも誘ってくださった麗華様のおかげですわね」


 うっかり芙由子様の前で座禅をしたことがあると口を滑らせちゃったからねぇ。ま、喜んでもらえたのなら良かったよ。


「麗華様と芙由子様は同じピヴォワーヌなので普段から仲が良いんですね?」

「そうね」


 芙由子様とは初等科からの付き合いだけど、実際にはこんな風に親しく話すようになったのはつい最近からなんだけどね。

 私が仲良しを肯定すると芙由子様は嬉しそうに頬を緩ませた。


「麗華様がピヴォワーヌのサロンにいらしている時は楽しい時間を過ごさせていただいていますけど、麗華様は部活動の方もお忙しようでサロンにいらっしゃれない時も多いので、そんな時は少し寂しい思いがいたします」


 え、それはごめん、手芸部以外に鏑木からの呼び出しが私と芙由子様の時間を裂いているのよ。恨み言は鏑木に言ってね。


「麗華様は手芸部の部長をなさっているのですよね」

「ええ、そうなの。今は学園祭に出展するウェディングドレスの制作をしているのよ」

「わぁ、素敵です!私も毎年手芸部の展示を見に行かせてもらっているんです。麗華様の作品も拝見させてもらいました!」

「まぁ、それはどうもありがとう。拙い作品で恥ずかしいわ。よかったら今年もぜひ見にいらして」

「はいっ」

「羨ましいわぁ。私も入部できる部があれば良かったのですけど」

「芙由子様は何も部活にも入っていらっしゃらないのですか?」

「ええ。私が興味を持つ分野の部がありませんでしたので」


 残念ながら瑞鸞にオカルト研究会はないからね。


「私がもう少し早く麗華様に打ち明けていれば良かったのですけど」


 芙由子様はそう言ってホウっと溜息をついたけれど、オカルト趣味を早くに打ち明けられていたところで、私はオカルト研究会創設の片棒は担がなかったから。


「打ち明ける…?」

「あ、え~と、芙由子様は世界中の伝承や古来からの超自然的なしきたりを研究するのがお好きなの」


 さすがに芙由子様がスピリチュアルにどっぷり浸かっていたオカルト趣味の人だというのは、芙由子様の面目を守るためにも明け透けには言えない…。

 私達が修行体験をしたお寺以外にも、近くには神社や別の宗派のお寺などもいくつかあった。その中に大きくて立派な神社があったので行ってみることにした。手水舎で手を清めてからお参りをすると、芙由子様が社務所に行きたいと言う。授与品に何があるか見たいらしい。

 社務所に置いてある授与品はお札やお守りの他に神社の名前入りの紙袋に入った清めの塩もあった。


「私はこの清めの塩をいただきますわ」


 清めの塩なら私も欲しいな。私達は3人で清めの塩を分けてもらった。


「あら?あちらにも何かありますよ」


 拝殿の少し離れた横に小さな池があった。中央に小さな島があり鳥居と社もある。そしてその隣には台の上に人型の紙が置いてあった。どうやら京都の神社などにもある願いを書く人型のようで、この人型に願いごとと名前を書いて息を吹きかけ水神様を祭った池に沈めると、それが溶けて願いが叶うというものらしい。


「まあっ!ぜひ私達もやりましょうよ!」


 スピリチュアル芙由子様が当然飛びついた。私もこういうのは好きなので賛成する。

 私達は初穂料を納めて人型をいただくと、各々願いごとを書くためにペンを持った。生駒さんと芙由子様は願いごとを何にしようか楽しそうに考えている。しかし私が書く願いごとは決まっているので迷いはない。願いはもちろん“素敵な恋人ができますように”の一択だ。

 すると芙由子様が「そうだわ」と先程の清めの塩を取り出した。


「どうしたのですか?」

「塩まじないですわ。紙に願いごとを書いてそこにお塩をひとつまみかけて清め、火で燃やした後に水に流すおまじないです」


 へー、そんなおまじないがあるんだ。


「でも火がありませんよ?」

「燃やせない環境でしたら水に流すだけで良いのです。ここは水神様のご利益がある池で、特にこのお塩はお祓いを受けた清めの塩ですから、効果はいやが上にも高まりましょう!」


 でもまぁ確かに、水神様の水に清めの塩だもんね。そしてそんな話を聞いちゃったら、せっかくなので私もそのおまじないにあやかりたい。

 私と生駒さんも清めの塩を取り出した。

 恥ずかしいのでふたりに見られないように背中で隠しながら、私は人型の紙に“素敵な恋人ができますように”と願いごとと名前を書き、息を吹きかけると、その上にぱらぱらと清めの塩をかけ、包んで水の中に落とした。どうか神様、私の願いが叶いますように!


「注意点といたしましてはこの塩まじないは、叶えたい願いごとをそのまま書くのではなく、成績があがらない、好きな人と両思いになれないなど、現在困っていることを書くことです。塩まじないが悩みを浄化してくれるので、そのまま書いたらむしろ逆効果になってしまうので気を付けてくださいね」

「ええっっ!」


 なにそれ、早く言ってよ!っていうことは、素敵な恋人ができますようにの願いは、素敵な恋人ができないになっちゃうってこと?!うわあっ、今の無し無し!ぎゃあっ、私の人型、もう溶けてる!

 私は膝から崩れ落ちた。

 恋愛ぼっち村を私が卒村する日は、まだまだ遠い──。

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