挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
254/299

254

 あぁ、まずいなぁ…。非常にまずい。

 鏑木の我が儘に振り回されたり、早朝登校するために早寝をしたり、円城の影に怯えたりと何やかやと時間がなかったせいで、全然受験勉強が出来ていない!

 受験年ということもあって、瑞鸞でも定期テスト以外に実力テストや小テストが増えているけど、正直言って順位があまり上がっていない。いや、上がっていないどころか他の生徒達の追い上げがすごい。大多数の瑞鸞生はエスカレーターで付属の大学に内部進学をするけれど、希望する学部への入学は成績上位者から決まっていくので、高倍率の学部狙いの生徒は真剣に受験勉強に取り組み始めているのだ。

 小学生の時には将来は学費の安い国公立の大学を受験しようと野望を抱いていたのに、気が付けば学費の心配も今のところないし、瑞鸞の大学に内部進学でいっかぁと難しい外部受験を避け、人生目標を楽な方へと修正してしまった私。せめて就職に強い学部に入ろうと勉強は続けているけど、このままではフリーパス学部行きになってしまうかも?!

 あ~っ、焦る~、焦る~。塾の皆も完全受験モードに入っていて、今までとは顔付きが違うもんなぁ。国立付属の葵ちゃんなんてやつれるくらい毎日勉強をしているみたいだし。私も頑張らなくちゃ。

 そう決意した私は机に向かい、ひたすら問題集を解く。解く。解く。

 2時間が過ぎた頃、難しい問題を参考書を調べながらなんとか解いたところで、何か飲みたくなった。夜だしハーブティーがいいかな。

 キッチンにローズヒップティーを取りに行き、部屋に戻って勉強の続きをしようと思ったところでマガジンラックに置いてあるファッション誌に目がいった。

 常日頃からセンスのあるおしゃれな人と思われたいという密かな願望を持つ私は、毎月ファッション誌にも何冊も目を通している。目指すは時代遅れから時代の最先端へ!

 がしかし、今のところ身になっている実感はない。

 私はローズヒップティーを飲みながら、パラパラとページをめくる。


 “専属モデルアヤの1ヶ月着回しコーディネート術”

 1日、今日は仲間とバーベキュー。動きやすいパンツスタイルにブルーのアクセで涼感コーデ

 2日、気になる彼から映画のお誘い。ふんわりシフォンワンピにパステルカーデで女子力をアピール!さて彼の反応は?

 5日、親友のミホと代官山で雑貨屋めぐり。可愛いピアスを見つけちゃった!今シーズンのマストアイテムになるかも

 8日、今日は幼馴染の応援でサッカー観戦。ビタミンカラーでヘルシーカジュアル。ケンタ頑張れ!

 9日、憧れの先輩と美術館。眼鏡をアクセントにモノトーンで知的大人コーデ。いつもと違う私に気づいてくれるかな?ドキドキ

 11日、今日は女子会!甘すぎないコーディネートにあえての外しアイテムをセレクト

 12日、彼と喧嘩しちゃった(涙)仲直りのカフェにはピンクのトップスにマシュマロメイクで愛されコーデ

 14日、大好きなバンドのライブに初参戦!髪はまとめてくるりんぱ。楽しむぞ~(小物、スタイリスト私物)

 16日、雨の日でもお気に入りのレインブーツがあればどこにだって行けちゃう!美容院では好きな音楽の話で大盛り上がり。今度お薦めCDを借りる約束をしちゃった

 18日、大変!親友のミホが失恋しちゃった。ミホの家でお泊り会&慰め会。一晩中話を聞くよ!友達ママにも好かれるお呼ばれコーデ

 20日、今日は私の誕生日。みんながパーティーを開いてくれたよ!彼が手の中に隠しているのはもしかして…

 22日、幼馴染のケンタたちとキャンプ!防寒対策には大判のストールがお役だち~。私が焼いてきた手作りパンは全部ケンタに食べられちゃった!

 23日、テーマパークのナイトイベントには、ショーパンにロングカーディガンで適度なこなれ感を

 26日、ええっ!親友のミホが怪我で入院?!お見舞いはガーリーなトップスにフレアスカートで

 30日、憧れの先輩からサンセットクルーズに誘ってもらったの。ちょっと背伸びしたきれいめワンピで大人っぽさを演出。船上から見る夕日がきれいだった~

 31日、彼との待ち合わせにはレースのトップスでレトロフェミニン。そして手には誕生日にもらったおそろいの指輪


「……」


 …世の中の女の子はこんなにも毎日スケジュールが埋まっているものなのか?私の日常とはかけ離れた世界だ。こんな生活を送っている女の子なんて本当にいるのかな。

 バーベキュー?キャンプ?サンセットクルーズ?ありえない。今の私に必要な情報は、座禅修行に行く時のコーディネートだ。

 それにしても毎日の予定がギッシリ盛りだくさんもありえないけど、普通の女子学生の設定のはずなのに、これだけ毎日遊びに行ってよくお金が続くなぁ!もしかしてアヤは瑞鸞の内部生なみのお金持ち設定なのかなぁ! ファンタジーだなぁ!

 お金はあるけど誘いは無い私のスケジュールは、ほぼ学校と家の往復がメインだ。そこに塾や習い事や鏑木のパシリの予定が入るだけ。


 “麗華の1ヶ月コーディネート術”

 ○日、休日だけど予定がないから、朝から部屋でするめいかをかじりながらゴロゴロしていたら、もう夕方になっていてびっくり!どうやら時間泥棒が出たみたい

 ×日、今日は前から気になっていた行列のできる洋食屋さんに行ったよ。並んでいる間に誰かに会ったら困るから、ニット帽にサングラスとマスクで行ったら不審者扱いされちゃった!もう少しで入店拒否されるところだった。あっぶな~い

 ○日、今日はスーパーのお菓子全品1割引きデー!できる私はポイントカードだって忘れない

 ×日、休日だけど予定がないから、朝から部屋で頂き物のお菓子をかじりながらゴロゴロしていたら、もう夕方になっていてびっくり!もしかして私って無自覚のタイムトラベラー?!


 …着回さなくても大量に服はあるけど、おしゃれなコーディネートをして出かける場所が無い私に、果たしてこんなに何冊ものおしゃれファッション誌なんかを読む意味があるのだろうか。

 いやいやいや、まだ諦めちゃいけない。もしかしたら一緒にいる友達が良くないのかもしれない。桜ちゃんや葵ちゃんはともかく、芹香ちゃん達や芙由子様とかって今時の女子高生っぽい遊びを知らなそうだもん。女子高生が学校の友達と出かける予定先が座禅修行って、そりゃどの雑誌でも取り上げない。私を取り巻く環境が悪いんだ、きっと…。

 勉強もせずに毎日遊びほうけている専属モデルアヤは留年して泣きをみてしまえ。そして親友のミホは色々がんばれ、と雑誌の企画に毒づいていた私は、ふと時計を見てギョッとした。もう1時間も経ってる!ほんのちょっとの休憩のつもりだったのに!

 アヤとは別の理由で勉強をしていない私が先に泣きをみそうだ…。






 というわけで、今日も鏑木からのお好み焼きツアーは断る。おかげで目の前の鏑木の不機嫌は最高潮だ。


「約束したことは守れよ」

「私も忙しいんです。先日もファーストフードにお付き合いしましたでしょう?」


 鏑木の鋭い眼光に射殺されそうだけど、こっちだって人生がかかっているんだ。期末テストで結果を出してなんとか希望学部に滑り込みたい。ここで今までみたいに楽な方へ流されたら、待つのはコネ入社一択だ。

 定期的にお父様とお兄様に探りを入れて、吉祥院家の会社が現時点では安泰だという確信をほぼ得られている今、根が怠け癖のある私にはフリーパス学部に入ったらそのままなし崩しに楽なコネ入社を選んでしまう未来が見える。でもそれだけはダメだ。私はどうしてもコネ入社だけは避けたいのだ。

 吉祥院家の系列会社か、またはお父様とお付き合いのある企業か、いずれにしてもそんなところにコネ入社をしたら、腫れ物扱いで遠巻きにされ同期の友達もできず、私のミスを毎回代わりに怒られる一般入社の同僚達に、「あの縦ロールうぜ~。マジ使えね~」と仕事帰りの居酒屋で私の悪口を酒の肴にされる未来が確実に想像できるんだもん。お昼ごはんは私だけ役員食堂で重役と食べる毎日なんてい~や~だ~!


「おい、人の話を聞いているのか」


 はっ、恐ろしい未来に我を見失いそうになっていた。図らずも私が無視してしまっていた鏑木の背後に怒りの黒い炎が見える。これはまずい…。


「それで?俺との約束を反故にしてまで忙しい理由はなんだ」

「…勉強です」


 あまり勉強をしていることは言いたくないんだけど、ヘタなごまかしはすぐに見抜かれそうだからしょうがない。


「また勉強か。勉強勉強って、一体なにをそんなに勉強しているんだ」

「なにって色々です。宿題もありますし」


 そっちこそ受験生の自覚はないのか?

 引かない私に鏑木がやっと「わかった」と折れた。よしっ。


「だったら俺が勉強を見てやる」

「はぁ?!」


 なんで私が鏑木に勉強を見てもらわないといけないのよ!どっからそういう話になった?!


「お前の勉強が終わらないと、いつまで経っても行けないからな」


 いやいや、受験生の勉強は合格するまで終わらないぞ。

 しかし妙にやる気になってしまった鏑木に私は引き摺られ、連れてこられた場所はすっかり皇帝の私室と化したいつもの小会議室。もうこうなったら仕方ないから宿題だけ学校でやって帰ろう。どうせ宿題は今日中にやらないといけないんだし。

 鏑木と私は向かい合わせで座った。


「それで、どこがわからない」

「自分でやるからいいです」


 私は自分が勉強をしているのを誰かにジッと見られていたり待たれるのが苦手なのだ。だから鏑木にも私のことは放っておいて自分の宿題でもやってくれとお願いし、私も今日出された宿題を机に取り出した。すると私が広げたノートに鏑木が反応した。


「なんだ、そのカラフルなノートは」

「私が使いやすいようにまとめたノートです。見ないでください」


 呆れたような声音に反発して、私がノートに覆いかぶさって見られないように隠すと、鏑木はフンッと鼻を鳴らして自分もノートを広げた。鏑木のノートは私とは正反対の黒一色。字はきれいで読みやすいけど赤線すら引いていなくてわかりにくくないのかな。

 静かな部屋にペンの音だけが響く。


「……」

「……」

「……」

「……」


 あ、ここ大事なところだから、教科書に線を引いておこうかな。大事だけどそこまで大事じゃない部分は蛍光ブルー。やだこっちのペン先がダマになってる。ティッシュティッシュ。


「鏑木様、色ペンを使いたかったらこれ、どれでも好きな色を使ってくださいね」

「…ああ」


 静かな部屋にペンの音だけが響く。


「……」

「……」

「……」

「……」


 あ、これなんだっけ。いつも忘れちゃうんだよなぁ。ほら、すでに過去の私が付箋が貼って覚えるように注意喚起している。ついでにこっちにも貼っておこう。


「鏑木様、付箋が必要だったら言ってくださいね。私たくさん持っていますから」

「…ああ」


 静かな部屋にペンの音だけが響く。


「……」

「……」

「……」

「…ふうっ」


 ──今日1番の難問を解き終わった。躓いてからが長かった~。しかも鏑木の止まらないペンの音がプレッシャーをかけてくるしさ。

 私は伸びをして立ち上がった。


「…どうした」

「お茶でも淹れようかと思いまして。鏑木様はなにがよろしいですか?」


 ほとんど使われていない部屋なのに、いつの間にかウォーターサーバーだけではなく、お茶セットまで完備されているのは鏑木の存在が要因なんだろうなぁ。

 すると鏑木は返事の代わりに大きなため息をついてパチンと音を立ててペンを置くと、「吉祥院」と私の名前を呼んだ。


「はい?」

「吉祥院、毎日塾だ家庭教師だと言うわりに、お前の成績がパッとしない理由がわかったぞ」


 パッとしないだと?!なんて失礼なことを言うんだ。なんという無神経っ。

 心を抉られて固まる私を気にも留めず、鏑木は納得したようなしたり顔で頷く。


「俺は今まで、あえてこのことには触れずにいてやった。たとえ心の中では、いつもガリ勉発言をしているくせに、ほとんど成果として表れていないじゃないかと思っていたとしてもだ」

「ええっ!」


 あんた、いつも心の中でそんな酷いことを思ってたんかいっ!ひどい。そりゃあテスト順位トップ3常連さんからしたら、パッとしないかもしれないけどさ!

 私は完全に不貞腐れた。当然だ。それでも私の成績がパッとしない理由は気になる…。


「…なんですか、理由って」

「それは、獲得的セルフハンディキャッピングだ」

「は?」


 なんだそれ。


「最優先でやらなければいけない試験勉強や仕事の前に、なぜか身の回りの片付けや別のことをしたくなる現象のことだ。お前には無駄な時間が多すぎる」


 なんと!この私の怠け癖に名前があったとは。

 私は話の続きを待った。しかし鏑木は言いたいことを言い終えると自分の勉強を再開してしまった。ちょっと待て。

 私はペンで机をコツコツと叩き、鏑木の注意をこちらに向けさせる。鏑木は鬱陶しそうな表情で顔を上げた。


「なんだ」

「それで?」

「?」

「それで、その獲得的なんちゃらを治すにはどうしたら良いのですか」

「気合じゃないか?」


 うわぁ、使えない…。言いっ放しはないでしょう。


「ちょっと…」

「集中しろ、集中」

「ねぇ…」

「集中、集中」


 私を完全に無視することに決めたらしい鏑木は、自分の言った言葉そのままに驚異的な集中力でペンを走らせ、次々に課題を終わらせていく。すごい。これが常にトップ争いをしている人間と、50位圏内のギリギリをうろちょろしている人間の差か。まずいっ、置いていかれてる。私も集中しなきゃっ。

 そして1時間後、とっくの昔に手持ちの課題をすべて終わらせて携帯をいじる鏑木と、未だ課題に四苦八苦している私。


「…ノート写させてやろうか?」

「結構です!」


 敵の情けは受けない!

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。