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今日は桜ちゃんと葵ちゃんと休日ランチ。
待ち合わせの駅に着くと、すでに桜ちゃん達は先に来ていた。私はふたりに小走りで駆け寄る。
「おはよう桜ちゃん、葵ちゃん!」
「あっ、麗華ちゃん!」
「おはよう麗華」
お互いの手を取ってきゃあきゃあとはしゃぐ。久しぶりだね~。特に葵ちゃん。
「葵ちゃん元気だった?」
桜ちゃんとは定期的に電話でおしゃべりをしたり、秋澤君に予定が入っていて桜ちゃんが暇な時などに会ったりしていたけど、葵ちゃんとこうして会うのは何ヶ月かぶりだ。
国立付属に通う葵ちゃんは、ある程度の成績を取っていればエスカレーターで付属大学に進学が約束されている私達とは違って一般受験をしないといけないので、受験勉強のために遊べる時間がほとんど取れないのだ。今日もこの後に予備校の授業が夜まであるらしい。
「葵ちゃん、なんだかちょっとやつれたというか、痩せた?」
「そうかな?」
「今、話を聞いていたんだけど、平日も食事とお風呂の時間以外はずっと受験勉強をしているんですって」
「ええっ!」
本物の受験生というのはそんなに勉強をしているの?!
そりゃあ勉強疲れでやつれもするよ…。大丈夫か、葵ちゃん。
「ちなみに毎日どれくらい受験勉強をしているの?」
「平日は学校もあるから大体6時間から8時間くらいかな。休みの日だと予備校を含めて15時間くらい」
「15時間?!」
「これくらい普通だよ。もっと勉強している人だって大勢いるよ」
「ええ~っ…」
骨の髄まで甘ちゃん内部生の私には考えられない勉強スケジュールだ。15時間って、頭から煙が出ちゃうよ。
「だったら今日は誘っちゃって悪かったかなぁ」
「そんなことないよ。たまには息抜きも必要だし」
葵ちゃん…。せめて今日はおいしい物をたくさん食べて少しでも栄養をつけてね。
ランチのお店は予め予約をしておいたので、すぐにテラス席に通される。気候も良い季節になって風が気持ちいい。
「このお店ってデザートのテイクアウトもできるのね」
「そうみたいだね。なあに桜ちゃん、テイクアウトしたいの?」
「せっかくだから匠になにか買って帰ろうかと思って」
ふーん、相変わらず仲がよろしいことで。結構なことでございますなぁ。
「なによ、その目」
おっと、僻みが目に出てしまっていたか。気のせいだよぉと笑ってごまかす。うふふぅ。
「葵ちゃんは彼氏とはどう?」
桜ちゃんが葵ちゃんに話をふった。
「受験があるから終わるまでは遊びに行ったりはできないねって話しているの」
「そうなの。それはしかたないけどちょっと寂しいわね」
「うん。でも一緒に勉強をしたりはしているから」
こちらの恋も順調らしい。
「麗華は?」
「…なにが」
「なにか報告はないの?」
「…特にお話するようなことはありませんが」
誰も彼もが恋愛謳歌村の村民だと思うなよ!
「あら、前に言っていた図書館の君はどうなったの?」
「図書館の君…」
ナル君(仮称)のことだ。
「受験が終わったのか、図書館には現れなくなってそれっきり…」
「えっ、それだけ?」
「それだけって他になにが?」
図書館でしか会えない人なんだから、図書館に来なくなったら接点だってなくなるよ。何度か会えないかなと図書館に行ったりはしているんだけどさぁ。あぁ、思い出したら会いたくなっちゃったなぁ、ナル君。
「図書館の君って、もしかして私と同じ学校のあの先輩のこと?」
葵ちゃんが遠慮がちに聞いてきた。
「そう。葵ちゃんの高校の先輩だからって色々調べてもらったこともあったよね」
「…うん。麗華ちゃん、まだあの先輩のことを好きだったんだ…」
「好きっていうか…、気になるっていう程度だけど。そうだ葵ちゃん。あの図書館の君のその後の情報ってなにかある?」
ナル君の受験の結果はどうだったんだろう。図書館に現れなくなったってことは合格したんだろうと思うんだけど。
桜ちゃんが同じ学校なら葵ちゃんに力になってもらったらと言った。
「卒業してからのことは詳しく知らないけど…」
「うん」
葵ちゃんは逡巡するように何度か口を開けては閉じた。
「先輩、彼女がいるみたい…」
──私の心がハンマーで殴られた。
ナル君に彼女がいた……。
ショックのあまりテーブルに突っ伏す私に代わって、桜ちゃんが「それって本当なの?」と聞いた。
「うん…。卒業式の時に彼女と一緒に記念写真を撮ってたよ。それから卒業後に職員室を二人で訪ねてきたのも見かけた…」
「それだけじゃ彼女かわからないんじゃない?」
「手を繋いでいたし、私の知っている先輩からも二人は付き合っているって聞いたから…」
「…あぁ、それは確実ね」
確実だね…。
前世のナル君と現世のナル君(仮)と、二回も失恋してしまった…。
好きだった従兄のナル君に似ているな~、懐かしいな~って気持ちでときめいていただけだから、友柄先輩の時よりは全然ショックは小さいけど。でもなぁ…!
「麗華ちゃん、元気だして」
「う~…」
今世、二度目の失恋。図書館に運命は転がっていなかったかぁ。
「果たしてこの世に両思いなんて本当にあるのだろうか…」
「あるわよ」
「ある、かなぁ」
この謳歌村の村民どもめ!
「大体図書館で見掛ける人に一目惚れをしたのはいいとして、声をかけたりはしなかったの?」
「ええっ、しないよぉっ」
ありえない、ありえない。見ず知らずの人になんて言って声をかけるの?不審者だと思われちゃうじゃない。なにこの子って目で見られたらどうするの。そんなことになったら恥ずかしくて立ち直れない。
「じゃあただ見ていただけなのね」
「こっち向け~こっち向け~って念は送っていたけど通じなかったみたい」
「なにそれ、怖いわね」
「奥ゆかしいって言ってよ」
私の繊細な乙女心を桜ちゃんは鼻で笑った。
「通っている学校までわかっているんだったら、文化祭に行ってみるとかお近づきになる手段はいくらでもあったのに、なにをやっていたのよ」
「だって…」
私は口を尖らせた。
だって文化祭まで行って、私の好意がバレたら恥ずかしいじゃないか。
そんな私に桜ちゃんが「麗華ってさぁ」と続けた。
「いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるとか、夢見がちなことを考えているでしょ」
「え…」
私を見る桜ちゃんの目が眇められた。
「あのねぇ、そんないつ来るかもわからない不確かな王子様をぼんやりと待っているからダメなのよ。自分から白馬に乗って王子様を迎えに行くくらいの気概を持ちなさいよ。気概を!」
気圧される私に、桜ちゃんはさらに畳みかける。
「いつかきっと素敵な王子様が私を迎えにきてくれるわ、なんてボケーッと待っていたら、あっという間におばあさんよ。それでもいいの?」
私の脳内に、縦ロールの老婆が王子様はまだかしら~と恋愛ぼっち村を徘徊する恐ろしい光景が映し出された。
「…乗馬は苦手だから、白いポニーでいい?」
私は村を出て旅に出る約束をした。
「しかし軍曹殿。自分には迎えに行くべき王子様の存在がどこにも見当たらないのであります」
「誰が軍曹よ」
出会いがないんだよ。出会いが。
「瑞鸞にいないの?」
「いない」
きっぱりはっきり。
「瑞鸞の男子生徒は私の学校でも人気が高いわよ」
だって比較的仲のいい男子達にはもう皆、お相手がいるんだもん。委員長しかり。岩室君しかり。それ以外の男子となると距離があってよく知らない。常に遠巻きにされているし。
「そういえば匠が言っていたわね。麗華が廊下を歩くと参勤交代状態になるって」
「なにそれ!秋澤君、陰でそんなことを言ってたの!ひどい!」
「本当なの、麗華ちゃん」
「そんなわけないでしょ!大嘘だよ!」
笑いごとじゃないよ、桜ちゃん!参勤交代ってなんだ。そんなわけないじゃないか。確かにほとんどの人は皆、道を譲ってはくれるけど、土下座したりはしないから!目はあまり合わせてくれないけど!
「だったら他校に目を向けてみたら」
「他校?それこそどうやって知り合うのよ」
「お誘いはないの?」
お誘い?なんだそれは。
「桜ちゃんはあるの?」
「私の通っている学校はお嬢様学校として有名だもの。男子校からのお誘いは色々あるわよ」
なんと!
「瑞鸞だってあるんじゃないの?」
「聞いたことないわよ」
そもそもどうやってお誘いとやらがくるのよ。その疑問に桜ちゃんは友達を介しての紹介と答えた。なんてこった。
「瑞鸞の仲のいい友達で誰か紹介してくれそうな子はいないの?」
芹香ちゃんや菊乃ちゃん達の顔を思い浮かべた。
「いない」
きっぱりはっきり。
私の周りは全員、瑞鸞学院“女子”高等科在籍だ。
「じゃあ麗華に誰か紹介をしてくれそうな他校の友達は?」
他校の友達…。
私は無言で目の前の二人を指差した。
「えっ、私達?!」
驚く二人にコクコクと頷く。
桜ちゃんと葵ちゃんは目を見合わせて「それはちょっと~」と言った。なんでよ。
「桜ちゃんはいっぱいお誘いがあるって言ってたじゃない」
「私は匠がいるからすべて断っているもの」
「葵ちゃんの学校は共学だよね…」
「うちの高校は今はもう受験一色で合コンをする余裕のある人は1人もいないと思うよ。ごめんね」
ほら見ろぉ!白いポニーに乗って村を出る決意をしても、王子様を見つける糸口すらないじゃんか!
私はパスタをやけ食いした。
「せっかく共学に通っているんだから、葵ちゃんみたいに同じ学校にいればいいんだけど」
「どうせモテませんよ」
「そんなこと言ってないでしょ」
共学に通うメリットを全く活かせていない私は、ぶーっとふてくされた。
「麗華は性格は悪くないのよね。少し変わっているけど」
「褒めてるのか、貶してるのかわかんない」
「麗華ちゃんは明るくて性格もいいし、すごくいい子だよ」
ありがとう葵ちゃん。
「じゃあなんでさ」
桜ちゃんがじーっと私の顔を見た。その目線。
「…顔がダメって言いたいの」
ひどい。
「そんなことないわよ」
「いいよ。はっきり言って。どうせどうせ」
「ちょっといじけないでよ。麗華は決して不細工じゃないわよ。むしろ整っていると思うわ。ただなんと言うか…」
「なんと言うか…?」
私の顔を隅々まで観察した桜ちゃんが、う~んと唸った。
「顔が、時代遅れなのよね」
顔が時代遅れ!
初めて言われた。顔が時代遅れ。時代遅れの顔ってどんなの?!
「麗華ちゃんは10代にはない品があるからっ」
葵ちゃんが慌ててフォローしてくる。
「顔が時代遅れ…」
言われてみれば私の顔って、一昔前のぬりえっぽい…。
「麗華ちゃん、しっかり!」
「麗華ごめん。そういう意味じゃなくて」
私のショックの受けように、さすがの桜ちゃんも謝ってきた。
「葵ちゃんが言ったように、品がありすぎるから今時の高校生には見えないってこと。顔だけじゃなく髪型や服装もね。だから普通の男の子には近寄りがたいのかなって」
…そこは私にも大いに思い当たるふしはある。街を歩いていても、私みたいな女子高生あんまりいないもん。ゴージャス縦ロールの女子高生なんて。
「日焼けでもしてみようかな」
小麦色の肌で溌剌感を出したら遅れた時代に追いつけるかも。
「それは絶対にやめたほうがいいわ」
しかし桜ちゃんに止められた。
「昔から色白は七難隠すと言ってね。色が白いだけで七つも欠点をカバーしてくれるんだから、麗華、その色白は大切にしなくちゃ」
ちょっと!それは私に隠さねばならない難が七つもあると言っているのか?!失敬な!
私の七つの難ってなに?豊満な腹囲。人よりちょっぴり高い座高。そして時代遅れの顔…。
胸を押さえて苦しむ私の背中を、葵ちゃんが大丈夫大丈夫とさすってくれた。現実がつらいよ、葵ちゃん…。
すったもんだのランチを終え、そのまま予備校へ行く葵ちゃんに別れを告げると、私と桜ちゃんは途切れないおしゃべりをしながら、ショッピングやカフェを巡った。途中、今時の女子高生に近づくべくカジュアルな服などを見に行ってみたけど、どうにも縦ロールの壁が高すぎてカジュアルの入る隙間はなかった。
帰宅すると伊万里様がいらしていた。
「おかえり~、麗華ちゃん」
「おかえり麗華」
「ただいま帰りました。ごきげんよう伊万里様」
立ち上がった伊万里様がにこやかに私の手を取ってソファに誘導してくれた。
「今日はどこに行ってたの?」
「お友達とランチです」
「楽しかった?」
「はい」
「それは良かった」
そして気がつけば、私は伊万里様と並んでソファに座っていた。
──こうして私は今宵もCLUB KISSHOUINの客となる
「伊万里様は最近よくいらっしゃいますね」
「麗華ちゃんは俺がきたら迷惑?」
伊万里様はわざとらしく哀しい表情をする。
「いえ、決してそんなことはありません。伊万里様ならいつでも歓迎です。ただ伊万里様のようなかたは、休日は女性との約束がぎっしり詰まっているのかと思いまして」
「え~、俺ってそんなイメージ?」
ごめんなさい。そのイメージしかないです…。
「ちょっとね。麗華ちゃんのお兄さんと相談事」
「相談事?」
「知りたい?」と顔を近づけて意味深に笑う伊万里様にダーツの矢が飛んできた。
「おまっ、危ないだろ!麗華ちゃんに当たったらどうする!」
「だから麗華から速やかに離れろ」
ヒュンヒュンヒュンと伊万里様に矢が次々と放たれる。私は一番安全なお兄様の隣に避難する。さすが元弓道部部長。ダーツといえど的を外さない。伊万里様はそれを近くにあった雑誌で防御した。
ひとしきりお兄様による伊万里様への制裁が落ち着いた頃、私は「私の外見って時代遅れだと思います?」と二人に聞いてみた。
「時代遅れ?」
「いきなりどうしたの?」
「なんとなく、私って今時っぽくないかなぁって」
お兄様だって特に流行を追ってはいないのに、その凛とした佇まいからは時代遅れ感は全く受けない。同じ兄妹なのにこの違いはなんだろう。センスか。
悩む私に伊万里様もお兄様もそんなことはないよと否定してくれた。
「麗華ちゃんは、ソフィー・アンダーソンの描く乙女達のように愛らしいよ」
「ええっ」
私って伊万里様にあんなに可愛いと思ってもらえているの?うふふ、でも嬉しいっ。もうさすがCLUB KISSHOUINのNO1!
両手で頬を押さえて照れる私の隣で、無表情のお兄様が静かにダーツの矢を手に取った──。
でも後で考えてみたら、100年前の絵画の乙女って時代遅れも甚だしいよね?