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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 そうして始まった同志当て馬との犯人探しだけど、敵もなかなか尻尾を出さない。嫌がらせも毎日ではないから、そういう時は私の持参した掃除グッズを使ってふたりでなんとなく他の人の机なんかも磨いていたら、若葉ちゃんのクラスでは密かに朝、机が輝いていたら幸運の印という妙な噂が出回ってしまった。

 その手の話に目がない芙由子様からの情報によると、“抜き打ちテストで良い点数が取れました!”“好きな人と上手くいきました!”“臨時収入がありました!”等々、体験者からの喜びのコメントが続々と届けられているらしい…。


「きっとあのクラスには瑞鸞の座敷童がいるのですわ」


 本日のピヴォワーヌのお菓子はフロランタン。アーモンドキャラメルがおいし~い。

 甘いお菓子を堪能する私の隣で、オカルト少女芙由子様は瑞鸞の新たな不思議に胸を高鳴らせ、ほおっと熱いため息をついた。座敷童って…。

 同志当て馬よ、知らない間に私達は座敷童にメタモルフォーゼしていたようですよ?

 でも、なんとかボードやらアルテミス様の恋まじないやら、西洋オカルトが大好きな芙由子様なら、座敷童よりも靴屋の妖精を想像すると思ってた。というようなことを芙由子様に言ったら、「最近、私は和に目覚めましたの」と返された。


「麗華様達と和風スイーツのお店にご一緒させていただきましたでしょう?それがとても楽しかったものですから、それから日本や東洋の文化にも興味がわいて今色々と勉強しているのです」

「へえ」


 日本の文化に興味がわいた結果が日本のオカルトに行っちゃうのが芙由子様だなぁ。

 それから芙由子様は、この学院には風水による結界陣が敷かれている、鬼門裏鬼門だの龍脈だとの怪しげなことを言い出した。やめろ、戻ってこい。


「私の部屋も風水を元にインテリアを変えようと思っていますのよ」


 え~っ、迷信のためにそこまでやる?風水に縛られて家具も好きに配置できないのって面倒くさいなぁ。私だったら迷信よりも便利さとインテリアのバランスのほうを取るよ。


「それで生活が不自由になるのは大変ではありません?」

「それほど大規模なことではありませんもの。今実践しているのは鏡の位置を変えたり、小物の置き場所を変えたりする程度ですし。あとは方角によって運気のあがる色を置いたりですね」

「あぁ、西に黄色とかでしたっけ」

「それは金運ですわね。ええ、そうです!西に黄色いお花を飾ったり、お財布を黄色や金色にすると金運があがると言われていますね」

「黄色いお花はともかく、いかにもな金色のお財布はためらってしまいますわねぇ」


 いくら金運をあげたいからってそんな派手な金ぴか財布はちょっとね~。あはは。


「ふふふ。まぁ麗華様は金運などご興味ありませんものね。でも風水で色はとても重要ですのよ。赤は火の象徴ですのでキッチンやお財布には使ってはいけないですとか、他には…」

「えっ、赤いお財布がダメ?!」


 私のお財布の色、ワインレッドですけど?!


「ええ。赤いお財布はお金を燃やしてしまうので良くないそうなのです。それから青いお財布もお金が水に流れていってしまうので良くないとか」


 ええっ、知らなかった。だから私は散財が多くて今ひとつお金が貯まらないのか?!いやいや迷信だし…・


「なんだか大変。赤もダメ、青もダメでは選択肢が限られてしまいますよねぇ。やはり風水ではお財布は黄色か金色以外はダメということでしょうか」

「いえ、ピンクや黒も良いそうですよ。特にピンクは恋愛運もあがりますし」

「あら、そうなんですか?」


 そうだよね。お金持ちが全員、黄色いお財布を使っているわけじゃないもんね。ふ~ん。


「それと私、座禅にも興味があるのです」

「座禅?」

「ええ。やはり精神修養といえば座禅ですし、ぜひ一度修行をしてみたくて」


 座禅か。そういえば、何年か前に桜ちゃんに連れられて行ったことがあったな。


「座禅なら私、前に体験したことがありますよ」

「まぁっ、本当ですか?!」


 まぁまぁ羨ましいと、芙由子様が興奮した。


「それでどうでした?悟りの境地は見えました?宇宙の真理は?」

「え、いや、一回で悟りは…」


 芙由子様の平安顔がグイグイ迫ってきて怖い。

「そうですよね」と芙由子様は少し残念そうな顔をした。


「でもご存じですか、麗華様。かの一休禅師は闇夜にカラスが一声鳴いたのを聞いて、悟りの境地に至ったそうなのです。ですから麗華様もいつ何をきっかけに悟られるかわかりませんのよ」


 うん、芙由子様。私は別に悟りを目指していないから。

 芙由子様は座禅体験をした私をしきりに羨ましがる。行きたいけれどどこのお寺や道場が良いのかわからないそうなのだ。確かにねぇ。例のリュレイア様と縁が切れたのに、また怪しい縁を繋がれたりしたら私も気が気じゃない。


「では私に禅寺を紹介してくれたお友達に今度会う予定がありますので、よければ聞いておきましょうか?」

「本当ですか、麗華様!ぜひお願いいたします!」


 桜ちゃん所縁のあのお寺なら、由緒も正しいしきちんとしているから芙由子様が行っても大丈夫だろう。

 そのお寺では座禅の他に写経もありますよと教えると、芙由子様は増々心を躍らせた。喜んでいただけてなにより。


「鏑木様、円城様、もうお帰りですか?」


 その声の方向に目をやると、ちょうど鏑木と円城が席を立ったところだった。


「ああ。あとはよろしく頼む」


「ごきげんよう」「お気をつけてお帰りになってください」と、周りを取り囲むメンバー達からの挨拶に片手を軽く上げて応えながら、鏑木は微笑みの円城と共に退出すべくサロンの扉へと向かう。そして私達の前を通り過ぎる時に私を見ると、顎をクイッと上げた、ような気がした…。

 それから数分後、私の携帯電話がブルブルとメールの着信を知らせた──。


「…そろそろ私も手芸部に行かないと」


「でしたら私もこのまま帰宅いたします」と言う芙由子様とご一緒に、サロンに残っている皆様に帰りの挨拶を済ませると、芙由子様は玄関に、私は手芸部の部室に続く廊下へと別れた。

 そしてその廊下を中ほどまで歩くと踵を返し、元来た道を引き返すと、呼び出しを受けたいつもの小会議室のドアをノックした。


「来たか。座れ」


 ドアを開けてくれた円城の肩越しに、偉そうにふんぞり返って座る鏑木の姿が見えた。この横柄な態度に慣れてきている自分が嫌だ…。

 指示通り私が向かい側に着席すると、鏑木は早速本題に入った。


「今日の話はほかでもない、高道のことだ」

「でしょうね」


 むしろそれ以外になにがあるんだ。


「…高道がいじめを受けている」


 鏑木が深刻な顔で言った。


「知っているか」

「それは、まあ…」


 数ヶ月前には私がその犯人ではないかと疑われる騒動まであったんだから、そりゃあ知っているでしょ。


「お前、心当たりはないのか」


 心当たりがあったら同志当て馬と毎朝犯人探しなんてしていないよ。この前、更衣室の若葉ちゃんのロッカーにマジックで付けられたような汚れがあったから、たぶん備品への落書きは女子なんじゃないかとは思うんだけど。でも若葉ちゃんの成績を妬む男子の模倣犯もいるかもしれないからなぁ。複数犯の可能性もあり。う~ん。


「具体的に誰かはわかりませんけど、高道さんを嫌っている生徒が一定数いることは確かですね」


 鏑木は不機嫌そうにチッと舌打ちをした。


「一体どうしたのですか急に」

「なにがだ」

「急にこのようなことを言いだしたことです。こう言ってはなんですけど、高道さんへの風当たりの強さは入学当初からですから、今更改めて鏑木様が問題にしたことに驚いたのです」


 鏑木はケッと口を歪めた。さっきから行儀が悪いぞ。


「それは今日ね、高道さんが背中に丸めたゴミをぶつけられている現場に、偶然遭遇しちゃったからなんだよね」


 私の疑問に円城が代わりに答えた。なるほど…。


「その犯人は捕まえたのですか?」

「いいや。おいっ!と怒鳴ったら逃げられた。追いかけようと思ったけれど、高道に止められたから犯人はわからずじまいだ」

「ちょうど外を歩いている時でね。あっちは二階の窓から投げてきてすぐに隠れたから、顔も見えなかったんだ。でも数人の気配がしたかな」

「そうですか…」


 気に入らない人間にゴミをぶつけるって、高校生にもなって幼稚なことを…。


「本人は丸めた紙だから当たっても痛くないし気にしていないって笑っていたけどね」

「そういう問題じゃないだろ」


 まぁ、それは確かにね。


「とにかく、こんな状況をいつまでも見過ごしておくわけにはいかない」


 鏑木が拳で机を叩いた。

 …なんだか嫌な予感がするぞ。


「そこでだ」


 鏑木は高らかに宣言をした。


「俺は高道をいじめている首謀者を探そうと思う」


 げええっっ!!!

 なにこのデジャヴ!!


「秀介、吉祥院。ふたりとも首謀者探しに協力してくれ」


 いやいやいやいや無理無理無理無理。私ってばすでに同志当て馬の協力者ですし!

 私が実は裏で生徒会長と手を組んでいるなんてことがバレたら、ピヴォワーヌでの私の立場が!そしてその時の鏑木の反応は?!配下の者が敵と通じていましたって?いやあっ、想像するだに恐ろしい…!


「具体的に、首謀者というのはそのゴミをぶつけた人間のことですか?」

「いや。それ以外にも高道に悪意ある行動を取っている人間達もだ」

「…参考までに、探してどうなさるおつもりで?」

「当然、その罪を明白にし、高道に謝罪させる」


 うわぁ…。なんという唐変木。


「それは逆効果だと思いますよ。鏑木様が面と向かって非難することで、表面的ないじめはなくなるかもしれませんが、高道さんへの悪感情は増すと思います。男子に大っぴらに庇われると、同性の反感を買いますから」

「……」


 わ、あからさまに不満気な顔。でもここだけは引けない。私の保身のためにも!


「僕も吉祥院さんに賛成」


 すると横から思わぬ助け舟がやってきた。


「高道さんが女子から嫉妬されている原因って雅哉にもあるのに、その雅哉が公然と高道さんを守るために行動したら、余計火に油を注ぐよ」


 いいぞ、円城!


「それに彼女にも水崎とか助けてくれる仲間達がいるみたいだし、そこまで心配することもないんじゃないかな」


 同志当て馬の名前に鏑木の眉がピクリと動いた。


「大体、高道さんへの悪意ある行動って、陰口や悪口を言っている人達もですか?残念ですが受験期ということで高道さんの成績が良いことをやっかんで当てこすりを言う連中はそこそこ多いですが、その生徒達全員ですか?」

「……」


 腕を組んだ鏑木の目付きがどんどん悪くなっている…。好きな子の窮地を助けたいという気持ちはわかるし、その想いは尊いんだけどねぇ。


「…高道の机などがイタズラ書きなどの嫌がらせをされていると聞いた」

「!!」


 鏑木に知られてた!

 皆が来る前に私が毎朝チェックして消してまわっていたから、特に他のクラスの鏑木には気づかれていないだろうと高を括っていたのに。まずいっ。


「悪口はともかく、そっちは対処すべきだと思う」


 対処って、犯人探し?3人で?若葉ちゃんの教室で?でも私、同志座敷童と毎朝幸運の印を授けてまわっているんですけど?!

 冷や汗を通り越して脂汗が出てきた…。あぶら取り紙!


「それ、僕も聞いたな」


 おいいっ!味方じゃなかったのかいっ、助け舟っ!

 これはダメだ。私はもう逃亡するから、同志座敷童よ。絶対に私のことはしゃべるなよ!


「中間テストが終わった頃かな。そんな話を小耳にはさんだけど。でも最近はなくなったみたいだよ」


 一時的なものだったんじゃないかなぁと円城の言。おや?


「そうなのか?」

「うん。だからそっちの犯人は見つけるのは難しいかもね。無理におとなしくなった藪をつつく必要はないよ」


 円城の説明に、そうかと鏑木が納得した!

 すごいぞ!まさに空母なみに頼れる助け舟!浮沈船円城!


「なにより本人がどう思っているかだよね。こんなところで第三者がああでもないこうでもないと議論していてもあまり意味がない。直接本人に聞いてみればいいんだよ。雅哉に助けて欲しいと思っているのかどうかをさ」


 若葉ちゃんに直接?


「雅哉のヤツ、ゴミをぶつけられた現場でちゃっかり次のデートの約束を取り付けたんだよ。気晴らしに映画でも観に行かないかってさ」


 それはなんというちゃっかり!


「ちゃっかりって言うな」


 鏑木が口を尖らせた。


「それで?なんの映画を観に行くの?」

「まだ決めていない」


 鏑木は情報誌を取り出して上映中の映画を検討しはじめた。なんだか首謀者探しの話がこれでうやむやになった?

 艱難辛苦が去り、肩の力が抜けた私は椅子の背もたれに寄り掛かった。ほっ。


「これなんかいいんじゃない?スパイ映画」

「スパイ映画か」

「二重スパイとなった主人公の過酷な未来を描く、クライムサスペンス映画だって」


 鏑木が円城の薦めに興味を示し、あらすじを読み込み始めた。

 その間に円城が「吉祥院さんもスパイ映画は好き?」と、私に話しかけてきた。


「普通、でしょうか」


 とりたてて好きでも嫌いでもないかな。ただ、今の私にとってスパイとは他人事の存在ではない。しかも二重スパイ。身につまされる…。映画ではぜひその二重スパイにハッピーエンドを迎えてもらいたい。

 円城はそっかそっかと頷いた。


「でも、二重スパイの末路というのはいつの時代も悲惨なものだよね。正体が知られれば味方からは切られ、敵からも裏切り者の烙印を押され追われて、始末される」


 え…。


「最期は人知れず海の底か山の中か…。どちらにせよ、二重スパイなんてやるもんじゃないよね」


 そう思わない?吉祥院さんと、円城がニヤリと笑った──。

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