労働法務Q&A浅野総合法律事務所

会社が労働者に対して結果を求めるため、ノルマを課すこと自体は問題ありませんし、営業成績が重要な営業社員の場合には、目標値を設定し、その到達・未到達で評価を行う「目標管理」を行う評価方法が、モチベーションを上げることに繋がります。

しかしながら、企業の「目標管理」の中には、過剰なノルマを課すことによって労基法違反のリスクが生じるケースもあります。

今回は、営業職社員に対する管理方法と、ノルマ未達成の従業員に対する一定の制裁行為が許されるのかという点について、営業会社を経営する社長、人事労務担当者が同席した相談事例を元に解説します。

「自爆営業」に関する相談ケース

相談内容

当社では、化粧品の販売営業を主な事業としているのですが、月間の売上が月初に設定した目標に到達しなかった社員に対しては、売れ残り分の化粧品を自腹購入させることによって目標を達成させることとしています。

目標管理を徹底すれば、ますますやる気が出ますから、制裁行為としていわゆる「自爆営業」を行うよう命令することには、労働法上問題があるのでしょうか。

「自爆営業」について、商品購入代金を強制的に給与から天引きするということとなると、労働基準法24条1項に定める、賃金の「通貨払いの原則」「全額払いの原則」という基本原則に反するおそれがあります。

したがって、会社の命令で強制的に商品を買い取らせることにはリスクがあります。

賃金支払いの四原則という基本原則があります。

  • 通貨払いの原則
  • 直接払いの原則
  • 全額払いの原則
  • 毎月1回以上一定期日払いの原則

このうち、自爆営業で問題となるのは「通貨払いの原則」「全額払いの原則」です。すなわち、賃金は、決められた額の「全額」を、「通貨」で支払わなければならず、労働者の同意なく一方的に控除をしたり、物品やサービスで支給したりすることは許されません。

したがって、売れ残りの商品を自腹で購入させるということとなると、これは賃金の一部であると評価される可能性がある上、購入代金を賃金から差し引くということとなれば、明らかに賃金の基本原則に反し、労基法違反となります。

郵便局の年賀はがきの自爆営業、コンビニ店員の恵方巻の自爆営業が話題となったように、自爆営業の強要は企業の評判を下げ、ブラック企業とのレッテルを貼られることで結果的に経済的にもマイナスとなるおそれが大きい危険な営業手法です。

懲戒処分に関する相談のケース

相談内容

当社では、売上目標が未達の場合には、労働者に罰金を支払ってもらうというルールがあります。

罰金は社内のルールとして定められたものですが、労働法上問題となりうるのでしょうか。

ノルマ未達成の場合の罰金制度は、労働基準法16条(賠償予定の禁止)に違反して無効であり、徴収した罰金額は損害賠償請求によって返還する必要が出てきます。

仮に、御社の罰金制度が懲戒処分として就業規則に規程されていたとしても、懲戒処分の性質にそぐわないこと、懲戒処分の「減給」には上限額の制限があることから、労働者から訴えられる可能性のある危険な制度と言わざるを得ません。

労働基準法16条は、次のように定め、労使関係で予め損害賠償額や違約金を定めておくことを禁止しています。使用者が優越的な地位を用いて、労働者の退職の自由を奪うことを禁止することが目的とされています。

労働基準法16条
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

また、懲戒処分による「減給」であるという考え方である場合には、減給が認められる上限額が次の通り定められています。

  • 1回の減給額は、平均賃金の1日分の半額まで
  • 1賃金支払期の減給額は,その賃金総額の10分の1まで

そして、懲戒処分とは労働者の企業秩序違反行為、非違行為に対する制裁を本質とするものであって、ノルマを達成できなかった理由が非違行為等違法性の高いものでない場合には、懲戒処分とするのは筋が違うように思います。

過酷なノルマに関する相談のケース

当社では、特にノルマを達成できなかった社員に対して制裁などを設けていないにもかかわらず、従業員からノルマがきつすぎるとの不満が多すぎます。

精神論だけではないのは理解しますが、もう少し頑張ってほしいと思うのはいけないのでしょうか。

もう一度、ノルマの内容が業務内容、見込顧客数、従業員の能力等の諸事情に照らして適切かどうかを再検討しましょう。

ノルマが実現不可能な内容となっていたことを理由として労働者が体調を崩した場合、安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求されるおそれがあります。

過酷なノルマによって労働者が体調を崩した場合の会社の責任については、厚生労働省が発表している「心理的負荷による精神障害の認定基準」という指針を参考にしてください。これは、労働者がメンタルヘルスにり患した場合の労災認定基準を定めたものですが、使用者の安全配慮義務を判断するにあたっても重要な参考資料とされます。

指針では「心理的負荷」の強度等を総合的に判断することによって労災認定を行うことが定められ、ストレスの度合い委によってその強度を「弱」「中」「強」と分類しています。

この指針の中では、業務上設定されたノルマを達成できなかったという事実について、ノルマが会社から強く求められてはいなかった場合、心理的負荷は「弱」、ノルマが達成できないと評価に影響する等の一定のペナルティがあった場合は「中」、ノルマ未達成を理由に配転・異動となった場合は「強」とされます。

心理的負荷による精神障害の認定基準の指針によれば、ノルマを強要する程度が強いほど、いざ労働者が体調を崩した場合に、労災とされ、また、会社が安全配慮義務違反の責任を負うと認められる可能性が高いといえ、叱咤激励のし過ぎには注意が必要です。

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