数年前からある男性が、家族に恐ろしげなことを言うようになった。自分の体内に虫がいるというのだ。
その虫には硬い殻があり、潰すとバリバリと音がするという。虫は自分の体内、とくに鼻や陰部の中を動き回っていると男性は訴える。当初、男性の家族は、そんなことはありえないとやんわりと本人に伝えたが、彼はいっそう頑なに同じことを言い募るばかりだった。(参考記事:「目から寄生虫が次々と、14匹を摘出、初の感染例」)
実際の「標本」を集めようと、男性は鼻にピンセットを突っ込んで組織や軟骨を引っ張り出し、しまいには鼻の隔壁に穴を開けてしまった。検査を何度繰り返しても虫を見つけられない医者たちはお手上げだった。
これは「寄生虫妄想」あるいは「モルゲロンズ病」という病気の典型的な症状だ。寄生虫妄想の患者は、自分の体が何かに寄生されているという強力かつ誤った確信を抱く。
昆虫学者は長年にわたって、こうした妄想は精神科医や一般の人たちが考えるほど珍しいものではないと主張してきた。そして先日、米国の総合病院メイヨー・クリニックが学術誌「JAMA Dermatology」に発表した論文により、昆虫学者たちの訴えの正しさが証明された。寄生虫妄想に関する初めての集団ベースの研究により、10万人に約27人の米国人が寄生虫妄想にかかっていることが明らかになった。(参考記事:「男性にも読んでほしい、女性ならではの睡眠障害」)
こうした症状を持つ患者の多くが、自分の体に寄生しているのは昆虫あるいはダニであり、それらは非常に小さく、皮膚を噛んだり、這い回ったりしていると訴える。そのほか、ミミズのような生物やヒル、あるいは正体不明の寄生虫の存在を感じるという報告もある。
同様の症状に悩まされる患者の中には、昆虫学者の元を訪れる人が多い。だが、昆虫学者が彼らに伝えるのは、人間に寄生する節足動物はシラミとダニの2種類だけということだ。そのどちらもがたやすく特定でき、独特の症状を伴う。トコジラミやノミは家に潜むが、人の体や内部に住みつくことはない。また人間の皮膚に住みつくダニはいても、彼らはちょうど腸内に住む細菌のように、誰の体にもいるごくありふれた存在だ。(参考記事:「ダニの奇妙な世界、人の毛穴にすむダニも」)