東京都議会で27日、受動喫煙防止条例が成立した。東京五輪・パラリンピックが開催される2020年までに国の法律より厳しい規制が段階的に施行される。都内の84%の飲食店が対象。日本の酒場の定番だった「酒と紫煙」の組み合わせは過去のものになりつつある。
わずか0.8ヘクタールの土地に約280の飲食店がひしめく東京・歌舞伎町の「新宿ゴールデン街」。バー「洗濯船」は30年以上前から禁煙を掲げてきた。この街ではむろん少数派。「こんな時代が来るなんて」。店主の吉成由貴子さん(69)はカウンターの奥で感慨深い表情を浮かべた。
開店は1976年。グラスを片手にたばこを吸うのは当たり前の時代だった。いつも白くかすむ狭い店内。吉成さんは胸の痛みなどの症状が出るようになった。
悩んだ末、87年から店を禁煙に。「もう二度と来ない」。客からの反発は強く、当初は客数が半減したという。ここ10年ほどの間で理解を示す客が増えたが、今でも「なぜ禁煙なのか」と難癖をつけられることがある。吉成さんは条例成立を受けて「闘いの連続だった。これでたばこをめぐるストレスから解放される」。
ゴールデン街には古い木造建築が密集し、夜になれば袖看板が並ぶ建物間の路地を酔客が行き交う。ほとんどの店は3~4.5坪の狭小店舗。カウンターに5~10人も座れば満席という店で、たばこを楽しむ客が多い。禁煙の店は今のところ数店にとどまるという。
都条例は「従業員を雇う飲食店」は客席面積にかかわらず原則屋内禁煙とすることが柱。専用室でしか喫煙できなくなる。店主らが加盟する「新宿三光商店街振興組合」によると、ゴールデン街の多くの店が従業員を使っており大半が規制の対象になるが、狭い店に専用室をつくるのは難しい。
ゴールデン街では2016年に放火事件が起き、私道の路地部分の路上喫煙が原則禁止になった。「店内外で吸えなくなれば、客足が落ちるのでは」と不安がる店主は少なくないという。
6月下旬のある日もゴールデン街ではカウンターを挟んで店主と初めて会った客同士が、紫煙をくゆらせて会話を楽しんでいた。多くの文化人らが常連客や店主となってつくり上げた独特の雰囲気が、行政の手で変わることを惜しむ声もある。
プチ文壇バー「月に吠える」を営む肥沼和之さん(38)は「この街は健全とは逆の怪しさがあり、世の中と一線を画して迎合しないという意味で時が止まった空間。それが時代にのみ込まれるのかという思いだ」と残念そうに話した。
受動喫煙の悪影響を指摘する声は高まり続け、公共の場での喫煙への視線は厳しさを増す。同組合副理事長の塚目博美さん(47)は「昔と比べて店で吸う人は格段に減っている。決まったら従うしかない」と静かに受け止める。